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【1】猫ではなかったらしい

2.キアラは人猫族のようです

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「わぁ、ほんとに、ほんとの、人猫族だぁ。 しかも、黒猫族なんて激レアじゃない。 すごいね、ひーくん。 そっかぁ、キアラ姫、人猫族だったんだぁ」
 キアラやご主人様に一切の言葉を挟ませず、一気に言葉を紡いだのは、ダークグレーの髪に若草色の瞳の、優しそうで穏やかそうな青年だった。
 丸眼鏡をかけて、白衣を着たそのひとは、お医者様だとか研究者を連想させる。


 そのひとが、【ひーくん】と言いながらご主人様に顔を向けたので、キアラは問う。
「ひーくん? ご主人様、ひーくんです?」

 キアラはご主人様を見たのだが、答えをくれたのはご主人様ではなく眼鏡のひとだった。
「ヒヴェルディア、だからひーくん。 僕はレノーね。 よろしくね、キアラ姫」
「! はい、よろしくお願いします」
 キアラは、制服を着たご主人様に連れられて、城塞のなかにいた。
 ご主人様の使い魔として、ほぼ毎日一緒に出勤をしていた城塞なのだが、今日キアラが連れられてきたのは、ご主人様のお仕事先ではなく、研究施設のようなところだった。


 ご主人様は、キアラにズボンを穿かせて、靴を履かせて、ベストのようなものを着せてくれた。
 どれも、キアラにはぶかぶかで大きいものだったのだが、ご主人様が魔法でサイズを合わせてくれたので、見苦しくはないと思う。
 ただ、ズボンの中に押し込められた尻尾が窮屈だし、街中を歩いているときは帽子を被されて耳を隠されていた。


 今は、ご主人様に帽子を取ってもいいと言ってもらったので帽子は取った。
 そして、丸くてくるくる回る椅子に座って、お医者様のような、研究者のような丸い眼鏡のレノーの前にいる。


 色々な薬品の匂いがするし、棚には真実、色々な名前の書かれた瓶が入っている。
 色々な形のガラス瓶や、様々な道具、機械が所狭しと置かれていて、キアラはきょろきょろとしてしまう。
 その、キアラの頭上で、ご主人様の困惑したような、少し機嫌の悪そうな声が揺れた。


「本物の人猫族なのか? 俺が、騙されているわけではなく?」
「! キアラはご主人様を騙しません! 困っているのは、キアラです!」
 ご主人様の言葉は、キアラにとってとても心外なものだったので、反射的に声が大きくなった。

 ご主人様は、キアラの反応に驚いたような顔をしている。
 キアラだって、本当はわかっている。
 可愛がっていた猫が、いきなり、人間の姿になって、でも人間ではなくて、保護対象の人獣族だというのだ。
 ご主人様が、困惑するのも混乱するのも、無理はない。

 でも、キアラだって、自分が人獣族のなかの、人猫族と言われる種族だなんて、今日の今日まで知らなかった。
 困惑しているのも、混乱しているのも、キアラも一緒のことなのに。


 キアラが、猫のままだったら、こんなことには、ならなかったのに。
 そう考えると、また、視界がぼんやりと滲む。


「ご主人様を、困らせたくありません。 キアラは、猫に戻りたい」


 昨日のことが、遠い昔のことのように感じる。
 猫のときはよかった。
 本当に、心の底からそう思う。


 鼻の奥がツンとして、ぎゅっと唇を噛みしめていると、ご主人様の優しい手の指先が、キアラの喉元を擽った。
 思わず喉を鳴らしそうになったキアラだったが、すぐにご主人様の指が離れていくので、目を開く。
「…簡単に、そういう顔をするんじゃない」
 ご主人様の声は優しかったけれど、表情は困ったようで、呆れたようでもあって、キアラは肩を落とす。


 落ち込むキアラの左手がレノーに引かれるから、その引力に任せて手を差し出す。
 レノーは、ころころとタイヤのついたラックを動かして、その上にキアラの腕を置いた。
 ちょうどいい高さであり、枕のようなクッションのようなものが下に敷かれている。


 何をするのだろう、と見ていれば、レノーはキアラの二の腕のあたりをチューブのようなもので一周して、金具のようなもので留めた。
 次に、密封性の高いガラス瓶から、小さな四角い紙なのか布なのかを、レノーは取り出す。
 ツンとアルコールの匂いがしたそれで、レノーはキアラの肘の内側、その少し下あたりを拭くようにした。
 ひやりとしたその感覚が不思議だ。
 呑気にそんなことを考えていたキアラだが、次の瞬間取り出されたものを見て、震え上がった。


「とりあえず、採血させてもらえる? 血液検査すれば、その辺はクリアになるから」


 にこりと笑ったレノーが手に持っているものはよくわからないが、その先についているものが針だということはキアラにもわかる。
 震え上がったキアラは、キアラの少し後ろに立ってくれているご主人様に助けを求める。
「あれはなんですか! 武器ですか!」
「武器じゃないよ」
 取り乱していたキアラだが、ご主人様の優しい声と、ぽんぽんと頭を撫でてくれる手に、気持ちが落ち着く。


「ちょっとチクってするだけだから、ひーくんにしがみついてれば終わるよ。 あ、左手だけこっちにちょうだいね」
「にぁっ!?」
 あっという間の出来事だった。
 キアラの左腕はレノーに回収されて、ちくっと一瞬だが、痛みが走った。


「動くと危ないからねー。 じっとしててねー」
 あまりにも軽くレノーは言うし、キアラは自分の左腕がどうなっているかわからなくて、怖くてそちらを見ることはできない。
 ご主人様が近くにいてくれなかったら、ご主人様に縋っていなければ、ご主人様が受け止めてくれなければ、きっと暴れて逃げ出していたと思う。


「はい、終わり~」
 終了を告げられたキアラは、すかさずころころ転がる椅子で後ろに移動し、レノーから距離を置く。
 もう二度と、白衣で丸眼鏡は信じるものか、と思う。


 こんなに怖くて嫌な思いをしたのだ。
 例えばキアラが、何かの罰でこの姿になったのだとしたら、そろそろ猫の姿に戻ってもいい頃なのではないかと思う。
 だから、レノーを警戒しつつも、尋ねた。


「…キアラは、猫に戻れますか?」
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