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第2章 サンドリヨンが王子様に捕まってから
弟の視点から。
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「オリヴィエ、記憶の消去と操作を頼む」
オリヴィエの研究室に勝手にクラリスを移動させた上で、自分も乗り込んできた兄――クレイディオが、いきなり先のような依頼をしてきたので、オリヴィエは頭が痛くなった。
「兄上がやればいいでしょう」
面倒なことに、私を巻き込まないでほしい。
バスルームに無造作に横たわるクラリスを、扉口から見ながらオリヴィエはクレイディオに告げる。
何かの液体でべたべたのどろどろになっているクラリスを移動させたのが、バスルームだということには、一定の評価をしていいとも思うけれど。
「…今の私がやると、うっかり廃人にしてしまいかねないよ…?」
クレイディオが告げる声も冷ややかなら、クラリスを見下ろす目も冷ややかだ。
女性に対しては、雑でもなく丁重でもなく、そつのない対応をしてきたクレイディオにしては、珍しい。
うっかり廃人にするってなんだ、うっかり廃人にするって。
うっかりで廃人にされてたまるか、というのはオリヴィエの感想だが、多くの人間に当てはまるという自信はある。
「…クラリス、何したの?」
オリヴィエが問えば、クレイディオは瞬き一つすらせずにクラリスを見下ろしたまま、唇だけを動かした。
「今まで目を瞑ってきたのが良くなかった。 移動魔法でアシュリーの部屋に入って、着替え中のアシュリーを見た」
「うわぁ」
それは、確かに、記憶消去・操作で対処しなければならないような案件だろう。
クレイディオは、アシュリー以外を妃に向かえるつもりは、さらさらない。
アシュリーが男だとしても構わないのだから、アシュリーが男だと知られること自体は何とも思っていない。
問題なのは。アシュリーが男であると知られることで、アシュリーとの結婚に反対する者が現れること。
アシュリーと公然と祝福され、公然と共にいられる関係でなくなることなのだと思う。
だが、クラリスの件については、クラリスばかりが悪いとは言えない。
「まあ、ねぇ。 兄上も悪いよね。 小さい頃、いつでも遊びにおいでって渡した許可証、回収してなかったんだから。 クラリスは公爵様の権限で、移動魔法もお咎めなしだしね」
「妹ができたつもりでいたんだよ」
クレイディオは普段ならここで、深い溜息でもつきそうなものなのだが、表情がないままで、全体的に冷たい。
これは、相当にキている。
「父上にはなんて説明するのさ。 正当な理由のない記憶の消去・操作こそ、刑罰ものでしょう。 私は犯罪に加担したくはないよ」
「もう、許可は得てきた。 越権行為、王族の居住エリアへの不法侵入、侮辱罪…十分ではしょう?」
クレイディオの返答に、用意周到なことだ、と感心しつつオリヴィエは肩を竦める。
禁術と呼ばれる類の魔術や魔法、許可証については、国王陛下の発行する魔術式や魔法陣がなければ発動できないようになっている。
それを、陛下陛下が許可しているのであれば、それは必要なことなのだろう。
主には、クレイディオの状態の安定の為と、周囲の精神衛生上への配慮といったところか。
「そう、父上織り込み済みなの」
諦め交じりにオリヴィエは息を吐く。
大体、このクレイディオはアシュリーに関することだと、容易く魔力を漏らす。
クラリスが倒れたのだって恐らく、クレイディオの発する魔力の濃度に耐えられなくなってのことだろう。
クレイディオの魔力備蓄量ははっきり言って化物並みだ。
同じ人間とは思えないし、神というよりは魔王のレベルだとオリヴィエなどは思っている。
普通の人間に耐えられるわけはなく、オリヴィエ含めクレイディオの周辺で魔力を持つ人間には、護符が持たされている。
アシュリーは魔力を持たない【見捨てられし子】ではあるが、それが結果的にはよかったのだろう。
魔力を持たない人間に、魔力を感じることはできない。
なので、アシュリーはクレイディオが周囲にどれだけ圧をかけようとのほほんとしていられるのだ。
もちろん、クレイディオが魔力で圧をかけていることになど気づきもしない。
クレイディオはクレイディオで、アシュリーに影響がないからと魔力を駄々洩れにできるのだろう。
「アシュリーを奪われないために必要なことだよ。 お前ができないなら、私が彼女を廃人にしたっていいんだ」
かなり本気の目と声で告げるクレイディオに、オリヴィエは震え上がった。
自分の兄が、やると言ったら――なんならやると言わずとも――やる人間だということは、痛いほどよくわかっているからだ。
「いいよ! 引き受ければいいんでしょう、引き受ければ!」
半ば自棄っぱちでオリヴィエは応じた。
これは、オリヴィエが引き受けないと、本気でクラリスが廃人になる。
オリヴィエはクラリスのことはどちらかと言えば苦手だったが、子どもの頃から知っている幼馴染ではあるのだ。
そのクラリスを、クレイディオが廃人にする宣言をしていて、止めないわけにはいかない。
記憶の消去も操作も、父の許可が出たから、多少色をつけてもいいだろう。
こんな化物王子のことなど忘れて、他のどこかの男と幸せになってくれればいい。 そういうふうに、記憶を操作してしまおう。
これは、クラリスのためだけではない。
今後クラリスに絡まれずに済むのであれば、クレイディオだって荒れずにいられて、結果オリヴィエが心穏やかに過ごせる。 これ以上に平和的な解決法があるだろうか(主にはオリヴィエのために)。
「……私はこれでもね、兄上とアシュリーには幸せになってほしいって思ってるんだよ」
ぽそり、とオリヴィエはクレイディオに届くか否かくらいの声量で漏らした。
それが一番、オリヴィエを含めた周辺が、平穏に暮らせるという意味だけではない。
どんな女性にも一切の興味を示さなかったクレイディオが、望んで婚約者に仕立て上げたアシュリー。
アシュリーにとっても、あのモンスター家族の住む家で召使い同然に扱われるより、ここで暮らす方がいいのだと思う。
アシュリーは、オリヴィエにとっては数少ない同性の友人だし、素直に好感が持てる人物だった。
きっと、オリヴィエは今後恋をすることも結婚することもないだろう。
だからこそ余計に、大切な人たちには幸せになってほしいと思うのだ。
少し照れながら告げれば、ぎゅうと抱きしめられて、オリヴィエは目を白黒させる。
オリヴィエを抱きしめているのはもちろん、クレイディオだ。
「ありがとう、オリヴィエ。 私も、オリヴィエには幸せになってほしいと思っているよ」
降ってきたのは、低くて甘い、クレイディオの声。
クレイディオも、何の計算も含みもなく、こういうことを言うのだ。
本当にずるい。
オリヴィエの研究室に勝手にクラリスを移動させた上で、自分も乗り込んできた兄――クレイディオが、いきなり先のような依頼をしてきたので、オリヴィエは頭が痛くなった。
「兄上がやればいいでしょう」
面倒なことに、私を巻き込まないでほしい。
バスルームに無造作に横たわるクラリスを、扉口から見ながらオリヴィエはクレイディオに告げる。
何かの液体でべたべたのどろどろになっているクラリスを移動させたのが、バスルームだということには、一定の評価をしていいとも思うけれど。
「…今の私がやると、うっかり廃人にしてしまいかねないよ…?」
クレイディオが告げる声も冷ややかなら、クラリスを見下ろす目も冷ややかだ。
女性に対しては、雑でもなく丁重でもなく、そつのない対応をしてきたクレイディオにしては、珍しい。
うっかり廃人にするってなんだ、うっかり廃人にするって。
うっかりで廃人にされてたまるか、というのはオリヴィエの感想だが、多くの人間に当てはまるという自信はある。
「…クラリス、何したの?」
オリヴィエが問えば、クレイディオは瞬き一つすらせずにクラリスを見下ろしたまま、唇だけを動かした。
「今まで目を瞑ってきたのが良くなかった。 移動魔法でアシュリーの部屋に入って、着替え中のアシュリーを見た」
「うわぁ」
それは、確かに、記憶消去・操作で対処しなければならないような案件だろう。
クレイディオは、アシュリー以外を妃に向かえるつもりは、さらさらない。
アシュリーが男だとしても構わないのだから、アシュリーが男だと知られること自体は何とも思っていない。
問題なのは。アシュリーが男であると知られることで、アシュリーとの結婚に反対する者が現れること。
アシュリーと公然と祝福され、公然と共にいられる関係でなくなることなのだと思う。
だが、クラリスの件については、クラリスばかりが悪いとは言えない。
「まあ、ねぇ。 兄上も悪いよね。 小さい頃、いつでも遊びにおいでって渡した許可証、回収してなかったんだから。 クラリスは公爵様の権限で、移動魔法もお咎めなしだしね」
「妹ができたつもりでいたんだよ」
クレイディオは普段ならここで、深い溜息でもつきそうなものなのだが、表情がないままで、全体的に冷たい。
これは、相当にキている。
「父上にはなんて説明するのさ。 正当な理由のない記憶の消去・操作こそ、刑罰ものでしょう。 私は犯罪に加担したくはないよ」
「もう、許可は得てきた。 越権行為、王族の居住エリアへの不法侵入、侮辱罪…十分ではしょう?」
クレイディオの返答に、用意周到なことだ、と感心しつつオリヴィエは肩を竦める。
禁術と呼ばれる類の魔術や魔法、許可証については、国王陛下の発行する魔術式や魔法陣がなければ発動できないようになっている。
それを、陛下陛下が許可しているのであれば、それは必要なことなのだろう。
主には、クレイディオの状態の安定の為と、周囲の精神衛生上への配慮といったところか。
「そう、父上織り込み済みなの」
諦め交じりにオリヴィエは息を吐く。
大体、このクレイディオはアシュリーに関することだと、容易く魔力を漏らす。
クラリスが倒れたのだって恐らく、クレイディオの発する魔力の濃度に耐えられなくなってのことだろう。
クレイディオの魔力備蓄量ははっきり言って化物並みだ。
同じ人間とは思えないし、神というよりは魔王のレベルだとオリヴィエなどは思っている。
普通の人間に耐えられるわけはなく、オリヴィエ含めクレイディオの周辺で魔力を持つ人間には、護符が持たされている。
アシュリーは魔力を持たない【見捨てられし子】ではあるが、それが結果的にはよかったのだろう。
魔力を持たない人間に、魔力を感じることはできない。
なので、アシュリーはクレイディオが周囲にどれだけ圧をかけようとのほほんとしていられるのだ。
もちろん、クレイディオが魔力で圧をかけていることになど気づきもしない。
クレイディオはクレイディオで、アシュリーに影響がないからと魔力を駄々洩れにできるのだろう。
「アシュリーを奪われないために必要なことだよ。 お前ができないなら、私が彼女を廃人にしたっていいんだ」
かなり本気の目と声で告げるクレイディオに、オリヴィエは震え上がった。
自分の兄が、やると言ったら――なんならやると言わずとも――やる人間だということは、痛いほどよくわかっているからだ。
「いいよ! 引き受ければいいんでしょう、引き受ければ!」
半ば自棄っぱちでオリヴィエは応じた。
これは、オリヴィエが引き受けないと、本気でクラリスが廃人になる。
オリヴィエはクラリスのことはどちらかと言えば苦手だったが、子どもの頃から知っている幼馴染ではあるのだ。
そのクラリスを、クレイディオが廃人にする宣言をしていて、止めないわけにはいかない。
記憶の消去も操作も、父の許可が出たから、多少色をつけてもいいだろう。
こんな化物王子のことなど忘れて、他のどこかの男と幸せになってくれればいい。 そういうふうに、記憶を操作してしまおう。
これは、クラリスのためだけではない。
今後クラリスに絡まれずに済むのであれば、クレイディオだって荒れずにいられて、結果オリヴィエが心穏やかに過ごせる。 これ以上に平和的な解決法があるだろうか(主にはオリヴィエのために)。
「……私はこれでもね、兄上とアシュリーには幸せになってほしいって思ってるんだよ」
ぽそり、とオリヴィエはクレイディオに届くか否かくらいの声量で漏らした。
それが一番、オリヴィエを含めた周辺が、平穏に暮らせるという意味だけではない。
どんな女性にも一切の興味を示さなかったクレイディオが、望んで婚約者に仕立て上げたアシュリー。
アシュリーにとっても、あのモンスター家族の住む家で召使い同然に扱われるより、ここで暮らす方がいいのだと思う。
アシュリーは、オリヴィエにとっては数少ない同性の友人だし、素直に好感が持てる人物だった。
きっと、オリヴィエは今後恋をすることも結婚することもないだろう。
だからこそ余計に、大切な人たちには幸せになってほしいと思うのだ。
少し照れながら告げれば、ぎゅうと抱きしめられて、オリヴィエは目を白黒させる。
オリヴィエを抱きしめているのはもちろん、クレイディオだ。
「ありがとう、オリヴィエ。 私も、オリヴィエには幸せになってほしいと思っているよ」
降ってきたのは、低くて甘い、クレイディオの声。
クレイディオも、何の計算も含みもなく、こういうことを言うのだ。
本当にずるい。
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