8 / 11
ジェドの眼
王族と贈り物①
しおりを挟む
この国の王族は、神と同義だ。
王族――四兄姉妹弟の中でも、王で長男であるウェシルと、そのすぐ下、長女であるアセトは、男女の違いだけで何から何まで瓜二つ。
王族の名に相応しく、冷徹にして冷酷、温かい血など流れていなければ、温かい涙など流すこともないとさえ思える。 …のだが…。
その、王とアセトが生身の人間らしく見える場面が、ある。
彼らの妹である、テティーシェリを前にしたときだ。
ジェドは室内の調度のように片隅に佇みながら、無言でジッと観察する。
「可愛い可愛いテティ、貴女がこの世に生まれてきてくれたことに感謝します。 ありがとう、テティ。 これはわたくしからのささやかな贈り物。 受け取ってくれると嬉しいわ」
テティーシェリの腰かける長椅子に、テティーシェリに寄り添うようにして腰を下ろしたアセトは、大切そうに手に持っていた布の包みを開いて見せた。
途端にテティーシェリは目を丸くし、声をひっくり返す。
「えっ…えぇっ…こんな、こっ…! いえ、素敵なサンダル…」
咄嗟に、テティーシェリは【素敵な】と言い直すことに成功したようだが、【高価な】という言葉が飛び出しかけたのを、ジェドは悟る。 恐らく、アセトは、テティーシェリが何をいわんとしたかには、気づかなかっただろう。
テティーシェリは、天真爛漫で素直、善良、どこかずれてはいるが、愚かではない。
主人に対してあんまりだと思われるかもしれないが、それがジェドにとってのテティーシェリの評価だ。
そして、テティーシェリは物自体の価値より、気持ちだとか目に見えないものを重要視するが、物自体の価値を理解していないわけではない。
つまり、王族だけあってそれなりに目は肥えている。
あのサンダルを飾っている色とりどりの石が、鉱石ではなく宝石の類だということを、テティーシェリは瞬時に見抜いたのだろう。
アセトは、といえばおそらく、テティーシェリの、物の価値よりも気持ちを重視する性質を理解しながらも、どこにでもある蓮の花を摘んで贈るような真似は出来なかったのだろう。
例えば、アセトがそれをしたならば、テティーシェリにとってそれ以上に嬉しいことはないと思うのだが、おそらくアセトには伝わらないだろう。
アセトが蓮の花を摘むようなことは絶対にないといえるから、それをアセトがしたとなるとテティーシェリは打ち震えて喜ぶに違いない。
そのことを、アセトも理解しているから、こうして今回、自らテティーシェリへの贈り物を運んできたのだろう。
この点はアセトの進歩と言える。
数年前までのアセトは、溺愛するテティーシェリへの贈り物もすべて、侍女に運ばせていた。
だが、あるとき、外遊から戻った王が、従者を待てずにテティーシェリへの土産を手に飛び込んできたところに、アセトがたまたま居合わせたのだ。
王の、テティーシェリへの土産は、エジプトにはない、ジェドも見たこともないような花だった。
テティーシェリはあれで、動物や植物が好きだ。
花が枯れないうちにと、馬を何度も変えて、走らせて、汗だくで戻ってきた王の気持ちも嬉しかったのだろう。
あのときのテティーシェリは、たった一輪の花にとても喜んだ。
これでもかというくらい、喜んだのである。
王族――四兄姉妹弟の中でも、王で長男であるウェシルと、そのすぐ下、長女であるアセトは、男女の違いだけで何から何まで瓜二つ。
王族の名に相応しく、冷徹にして冷酷、温かい血など流れていなければ、温かい涙など流すこともないとさえ思える。 …のだが…。
その、王とアセトが生身の人間らしく見える場面が、ある。
彼らの妹である、テティーシェリを前にしたときだ。
ジェドは室内の調度のように片隅に佇みながら、無言でジッと観察する。
「可愛い可愛いテティ、貴女がこの世に生まれてきてくれたことに感謝します。 ありがとう、テティ。 これはわたくしからのささやかな贈り物。 受け取ってくれると嬉しいわ」
テティーシェリの腰かける長椅子に、テティーシェリに寄り添うようにして腰を下ろしたアセトは、大切そうに手に持っていた布の包みを開いて見せた。
途端にテティーシェリは目を丸くし、声をひっくり返す。
「えっ…えぇっ…こんな、こっ…! いえ、素敵なサンダル…」
咄嗟に、テティーシェリは【素敵な】と言い直すことに成功したようだが、【高価な】という言葉が飛び出しかけたのを、ジェドは悟る。 恐らく、アセトは、テティーシェリが何をいわんとしたかには、気づかなかっただろう。
テティーシェリは、天真爛漫で素直、善良、どこかずれてはいるが、愚かではない。
主人に対してあんまりだと思われるかもしれないが、それがジェドにとってのテティーシェリの評価だ。
そして、テティーシェリは物自体の価値より、気持ちだとか目に見えないものを重要視するが、物自体の価値を理解していないわけではない。
つまり、王族だけあってそれなりに目は肥えている。
あのサンダルを飾っている色とりどりの石が、鉱石ではなく宝石の類だということを、テティーシェリは瞬時に見抜いたのだろう。
アセトは、といえばおそらく、テティーシェリの、物の価値よりも気持ちを重視する性質を理解しながらも、どこにでもある蓮の花を摘んで贈るような真似は出来なかったのだろう。
例えば、アセトがそれをしたならば、テティーシェリにとってそれ以上に嬉しいことはないと思うのだが、おそらくアセトには伝わらないだろう。
アセトが蓮の花を摘むようなことは絶対にないといえるから、それをアセトがしたとなるとテティーシェリは打ち震えて喜ぶに違いない。
そのことを、アセトも理解しているから、こうして今回、自らテティーシェリへの贈り物を運んできたのだろう。
この点はアセトの進歩と言える。
数年前までのアセトは、溺愛するテティーシェリへの贈り物もすべて、侍女に運ばせていた。
だが、あるとき、外遊から戻った王が、従者を待てずにテティーシェリへの土産を手に飛び込んできたところに、アセトがたまたま居合わせたのだ。
王の、テティーシェリへの土産は、エジプトにはない、ジェドも見たこともないような花だった。
テティーシェリはあれで、動物や植物が好きだ。
花が枯れないうちにと、馬を何度も変えて、走らせて、汗だくで戻ってきた王の気持ちも嬉しかったのだろう。
あのときのテティーシェリは、たった一輪の花にとても喜んだ。
これでもかというくらい、喜んだのである。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

明日、雪うさぎが泣いたら
中嶋 まゆき
歴史・時代
幼い頃に神隠しに遭った小雪は、その頃に出逢った少年との再会を信じていた。兄の恭一郎は反対するが、妙齢になるにつれ、小雪は彼のことを頻繁に夢に見るようになって…。
夢の少年と兄の間で揺れる恋の結末と、小雪が選んだ世界とは?
浮雲の譜
神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。
峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……
死は悪さえも魅了する
春瀬由衣
歴史・時代
バケモノと罵られた盗賊団の頭がいた。
都も安全とはいえない末法において。
町はずれは、なおのこと。
旅が命がけなのは、
道中無事でいられる保証がないから。
けれどーー盗みをはたらく者にも、逃れられない苦しみがあった。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~
綾織 茅
歴史・時代
戦国の世。時代とともに駆け抜けたのは、齢十八の若き忍び達であった。
忍び里への大規模な敵襲の後、手に持つ刀や苦無を筆にかえ、彼らは次代の子供達の師となった。
護り、護られ、次代へ紡ぐその忍び技。
まだ本当の闇を知らずにいる雛鳥達は、知らず知らずに彼らの心を救う。
しかし、いくら陽だまりの下にいようとも彼らは忍び。
にこやかに笑い雛と過ごす日常の裏で、敵襲への報復準備は着実に進められていった。
※他サイトにも投稿中です。
※作中では天正七年(1579)間の史実を取り扱っていくことになります。
時系列は沿うようにしておりますが、実際の背景とは異なるものがございます。
あくまで一説であるということで、その点、何卒ご容赦ください。
開国横浜・弁天堂奇譚
山田あとり
歴史・時代
村の鎮守の弁天ちゃん meets 黒船!
幕末の神奈川・横濵。
黒船ペリー艦隊により鎖国が終わり、西洋の文化に右往左往する人々の喧騒をよそに楽しげなのは、横濵村の総鎮守である弁天ちゃんだ。
港が開かれ異人さんがやって来る。
商機を求めて日本全国から人が押し寄せる。町ができていく。
弁天ちゃんの暮らしていた寺が黒船に関わることになったり、外国人墓地になったりも。
物珍しさに興味津々の弁天ちゃんと渋々お供する宇賀くんが、開港場となった横濵を歩きます。
日の本の神仏が、持ち込まれた異国の文物にはしゃぐ!
変わりゆく町をながめる!
そして人々は暮らしてゆく!
そんな感じのお話です。
※史実をベースにしておりますが、弁財天さま、宇賀神さま、薬師如来さまなど神仏がメインキャラクターです。
※歴史上の人物も登場しますが、性格や人間性については創作上のものであり、ご本人とは無関係です。
※当時の神道・仏教・政治に関してはあやふやな描写に終始します。制度的なことを主役が気にしていないからです。
※資料の少なさ・散逸・矛盾により史実が不明な事柄などは創作させていただきました。
※神仏の皆さま、関係者の皆さまには伏してお詫びを申し上げます。
※この作品は〈カクヨム〉にも掲載していますが、カクヨム版には一章ごとに解説エッセイが挟まっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる