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ジェドの眼
王族と贈り物①
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この国の王族は、神と同義だ。
王族――四兄姉妹弟の中でも、王で長男であるウェシルと、そのすぐ下、長女であるアセトは、男女の違いだけで何から何まで瓜二つ。
王族の名に相応しく、冷徹にして冷酷、温かい血など流れていなければ、温かい涙など流すこともないとさえ思える。 …のだが…。
その、王とアセトが生身の人間らしく見える場面が、ある。
彼らの妹である、テティーシェリを前にしたときだ。
ジェドは室内の調度のように片隅に佇みながら、無言でジッと観察する。
「可愛い可愛いテティ、貴女がこの世に生まれてきてくれたことに感謝します。 ありがとう、テティ。 これはわたくしからのささやかな贈り物。 受け取ってくれると嬉しいわ」
テティーシェリの腰かける長椅子に、テティーシェリに寄り添うようにして腰を下ろしたアセトは、大切そうに手に持っていた布の包みを開いて見せた。
途端にテティーシェリは目を丸くし、声をひっくり返す。
「えっ…えぇっ…こんな、こっ…! いえ、素敵なサンダル…」
咄嗟に、テティーシェリは【素敵な】と言い直すことに成功したようだが、【高価な】という言葉が飛び出しかけたのを、ジェドは悟る。 恐らく、アセトは、テティーシェリが何をいわんとしたかには、気づかなかっただろう。
テティーシェリは、天真爛漫で素直、善良、どこかずれてはいるが、愚かではない。
主人に対してあんまりだと思われるかもしれないが、それがジェドにとってのテティーシェリの評価だ。
そして、テティーシェリは物自体の価値より、気持ちだとか目に見えないものを重要視するが、物自体の価値を理解していないわけではない。
つまり、王族だけあってそれなりに目は肥えている。
あのサンダルを飾っている色とりどりの石が、鉱石ではなく宝石の類だということを、テティーシェリは瞬時に見抜いたのだろう。
アセトは、といえばおそらく、テティーシェリの、物の価値よりも気持ちを重視する性質を理解しながらも、どこにでもある蓮の花を摘んで贈るような真似は出来なかったのだろう。
例えば、アセトがそれをしたならば、テティーシェリにとってそれ以上に嬉しいことはないと思うのだが、おそらくアセトには伝わらないだろう。
アセトが蓮の花を摘むようなことは絶対にないといえるから、それをアセトがしたとなるとテティーシェリは打ち震えて喜ぶに違いない。
そのことを、アセトも理解しているから、こうして今回、自らテティーシェリへの贈り物を運んできたのだろう。
この点はアセトの進歩と言える。
数年前までのアセトは、溺愛するテティーシェリへの贈り物もすべて、侍女に運ばせていた。
だが、あるとき、外遊から戻った王が、従者を待てずにテティーシェリへの土産を手に飛び込んできたところに、アセトがたまたま居合わせたのだ。
王の、テティーシェリへの土産は、エジプトにはない、ジェドも見たこともないような花だった。
テティーシェリはあれで、動物や植物が好きだ。
花が枯れないうちにと、馬を何度も変えて、走らせて、汗だくで戻ってきた王の気持ちも嬉しかったのだろう。
あのときのテティーシェリは、たった一輪の花にとても喜んだ。
これでもかというくらい、喜んだのである。
王族――四兄姉妹弟の中でも、王で長男であるウェシルと、そのすぐ下、長女であるアセトは、男女の違いだけで何から何まで瓜二つ。
王族の名に相応しく、冷徹にして冷酷、温かい血など流れていなければ、温かい涙など流すこともないとさえ思える。 …のだが…。
その、王とアセトが生身の人間らしく見える場面が、ある。
彼らの妹である、テティーシェリを前にしたときだ。
ジェドは室内の調度のように片隅に佇みながら、無言でジッと観察する。
「可愛い可愛いテティ、貴女がこの世に生まれてきてくれたことに感謝します。 ありがとう、テティ。 これはわたくしからのささやかな贈り物。 受け取ってくれると嬉しいわ」
テティーシェリの腰かける長椅子に、テティーシェリに寄り添うようにして腰を下ろしたアセトは、大切そうに手に持っていた布の包みを開いて見せた。
途端にテティーシェリは目を丸くし、声をひっくり返す。
「えっ…えぇっ…こんな、こっ…! いえ、素敵なサンダル…」
咄嗟に、テティーシェリは【素敵な】と言い直すことに成功したようだが、【高価な】という言葉が飛び出しかけたのを、ジェドは悟る。 恐らく、アセトは、テティーシェリが何をいわんとしたかには、気づかなかっただろう。
テティーシェリは、天真爛漫で素直、善良、どこかずれてはいるが、愚かではない。
主人に対してあんまりだと思われるかもしれないが、それがジェドにとってのテティーシェリの評価だ。
そして、テティーシェリは物自体の価値より、気持ちだとか目に見えないものを重要視するが、物自体の価値を理解していないわけではない。
つまり、王族だけあってそれなりに目は肥えている。
あのサンダルを飾っている色とりどりの石が、鉱石ではなく宝石の類だということを、テティーシェリは瞬時に見抜いたのだろう。
アセトは、といえばおそらく、テティーシェリの、物の価値よりも気持ちを重視する性質を理解しながらも、どこにでもある蓮の花を摘んで贈るような真似は出来なかったのだろう。
例えば、アセトがそれをしたならば、テティーシェリにとってそれ以上に嬉しいことはないと思うのだが、おそらくアセトには伝わらないだろう。
アセトが蓮の花を摘むようなことは絶対にないといえるから、それをアセトがしたとなるとテティーシェリは打ち震えて喜ぶに違いない。
そのことを、アセトも理解しているから、こうして今回、自らテティーシェリへの贈り物を運んできたのだろう。
この点はアセトの進歩と言える。
数年前までのアセトは、溺愛するテティーシェリへの贈り物もすべて、侍女に運ばせていた。
だが、あるとき、外遊から戻った王が、従者を待てずにテティーシェリへの土産を手に飛び込んできたところに、アセトがたまたま居合わせたのだ。
王の、テティーシェリへの土産は、エジプトにはない、ジェドも見たこともないような花だった。
テティーシェリはあれで、動物や植物が好きだ。
花が枯れないうちにと、馬を何度も変えて、走らせて、汗だくで戻ってきた王の気持ちも嬉しかったのだろう。
あのときのテティーシェリは、たった一輪の花にとても喜んだ。
これでもかというくらい、喜んだのである。
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