【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

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紅の獅子と白き花

こあくま

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「奥様は、その子熊を本当に大切にされていますねぇ」

 空が青くて、雲一つない。 陽射しもあたたかく、風も爽やかな洗濯日和だ。
 リシェーナが洗い終えたくまのぬいぐるみを干そうとしていると、にこにこと笑顔のばあやがいつの間にか近くにいて、リシェーナに話しかけてきた。
 だから、リシェーナもばあやに微笑む。
「彼が、お守りにくれたから。 わたしと、彼の赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんにあげるの」

 だから、きれいに、長持ちするように、お手入れをするのだ。
 洗濯物干しに布の端と端を結びつけてハンモックを作る。
 ハンモックの形を整えたリシェーナは、そこにくまのぬいぐるみを乗せた。
 今日は天気もいいし、風も爽やかだ。
 そんな日にハンモックに揺られるなんて、きっと気持ちがいいだろう。

「奥様が大切にしているのですもの。 きっとお子様も、気に入って大切にしてくれますよ」
 ばあやは、リシェーナの反対側に立つと、ハンモックの中のぬいぐるみの形を整えてくれた。
 ばあやは、こういうところが優しいし、素敵だと思う。

 絶対にリシェーナに「違いますよ」「間違っていますよ」と言わないのだ。
 言葉の間違いに関しては、使うこともあるが、行動に関しては言わない。

 母が早くに亡くなったリシェーナは、見よう見まねで、あるいは独学で家のことに取り組んできた。
 だから、至らないこともあれば、きちんとした手順を知らないことも多い。
 そういうとき、ばあやはそっと動いて、正しいやり方をやって見せてくれる。
 その度に、「ああ、そうするものなんだ」とリシェーナは学ぶのだ。

 今回も、ばあやはぬいぐるみを干すときには、ぬいぐるみの形も整えるのですよ、と教えてくれたのだろう。
 だから、リシェーナは感謝を述べる。
「ありがとう」
「旦那様も、子熊、とは可愛らしいご趣味ですこと」
 にこにこと微笑むばあやが、くまのぬいぐるみのことを「子熊」「子熊」と言うので、リシェーナはふと、リシェーナが知らない、ジオークが教えてくれない単語を思い出した。

 リシェーナは、ちらり、とばあやを見る。
 …ばあやなら、教えてくれるだろうか。


「ねぇ、ばあや、【こあくま】とはどういう生き物?」


 リシェーナが問うと、ばあやは目を丸くした。
 わずかに首を揺らしたかと思うと、ハンモックの中でくつろいでいるくまのぬいぐるみを見て、再びリシェーナを見た。


「…子熊、ですか?」


 だから、リシェーナはふるふると首を振る。
「【こあくま】。 彼がね、わたしのこと、【こあくま】に似ているというの」
 リシェーナの言葉に、ばあやはなぜか、笑顔のままで数拍固まった。
 それは一体、どういう意味なのだろう。
 リシェーナがじっと答えを待っていると、ややあってばあやは口を開いた。


「上手く説明はできませんが…」


 ばあやはそこでまた、言葉を途切れさせる。 【こあくま】とは、そんなに説明の難しい生き物なのだろうか。
 そうリシェーナが考えていると、ばあやもリシェーナに【こあくま】の意味をわかりやすく伝える言い方を思いついたのだろう。
 リシェーナを安心させるようににっこりと微笑んだ。


「困るくらいに可愛くて、困っても困ってもやっぱり可愛くて大切な生き物のことですよ」



 ・・・○*○・・・○*○・・・○*○・・・



 マリーの説明に、リシェーナは納得し、とても嬉しそうだった。
 あまりにリシェーナが嬉しそうなので、【小悪魔】の本当の意味は告げられないな、とマリーは思う。
 マリーも、【小悪魔】の本当の意味を実はそんなによくわかっていなかったりするのだが、一言忠告しておかねばなるまい。


「旦那様、奥様にあまりおかしな言葉を教えてはなりませんよ」


 マリーは翌朝、ブラッドベル邸を訪れたマリーを出迎えてくれたジオークに物申した。
 もちろん、リシェーナが近くにいないのは確認済みである。
 ジオークは、柘榴石のような瞳を丸くしたと思うと、考えるように首を揺らす。

「………えーと?」
 その、ジオークの反応に、マリーは控えめに肩を竦めて、こっそりと溜息をつく。
 思い当たらないのか、思い当たる言葉が多すぎるのか…。
 本当に困った旦那様だ。


 そう思って、マリーは笑ってしまった。
「え、何ばあや。 何がおかしいの? ちょっと怖いんだけど」

 狼狽えた様子のジオークに、マリーの笑いは治まらない。
 マリーにとっては、リシェーナもジオークも、【小悪魔】のようなものだ。


 困るくらいに可愛くて、困っても困ってもやっぱり可愛くて大切な生き物。
 マリーにとって、ブラッドベル夫妻は、正しくそのような存在だ。
 きっと、いつか誕生する、ブラッドベル夫妻の御子様も、マリーにとってはそのような存在になるのだろう。

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