【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の獅子と白き花

傷跡

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「ね? 怪我なんてしてないでしょ?」
 ベッドの中で、ジオークが微笑んだ。

 リシェーナはジオークと一緒にお風呂に入って、今は一緒にベッドの中にいる。
 一緒にお風呂に入るのはとても恥ずかしかったけれど、今日はこの前させてもらえなかった洗いっこもさせてもらえたので、リシェーナは非常に満足していた。
 そして、今、ジオークの身体に怪我がないか、改めて確認させてもらえていることも嬉しい。

 お風呂で洗いっこさせてもらいながら、ざっと確認はして、ジオークが怪我をしていないことはわかっている。 けれど、ジオークの身体には傷跡が多いことに気づいて、全部確認したくなってしまったのだ。
 背中をクッションにもたれて仰向けに横になっているジオークの身体の上に寝そべって、ジオークの、筋肉のしっかりした男のひとらしい肌を指先でそっとなぞる。


「うん、でも、けがのあとが、いっぱい」
 近くで見なければ気づかないけれど、ジオークの身体には小さな傷が多い。
 リシェーナがジオークの傷を指で辿っていると、すっとジオークの手がリシェーナの首の付け根に差し込まれてそっと顔を上げさせられた。


「あー…。 見てて楽しいものじゃないでしょ。 もっと楽しいことしよ」
 唇に軽くキスされたリシェーナは、ジオークの言う「もっと楽しいこと」に惹かれなかったわけではないが、首を横に振る。
「楽しい、よ?」


 気持ちを言葉に換えれば、ジオークが驚いたような顔をするから、リシェーナはもう一度ジオークの胸に頬をくっつけて、指先で傷跡を辿る。
「痛そう。 痛かったと、思うけど、わたしの知らないあなたが見えるみたい」


 リシェーナの知らない、ジオークの歴史が見えるようだと、思うから。
 これは、ジオークが頑張ってきた証。 強くなろうとした証。 誰かを傷つけたのかもしれないけれど、生きてきた証。
 温かい、身体。
 とく、とく、と心臓が脈を打つ音が、聞こえる。
 こうして、ジオークが生きて、リシェーナの傍にいてくれることに、感謝するのだ。

「…うん。 どうして、武器をひとに向けようなんて考えちゃったのか、って思ったことはあるんだよね」
 リシェーナの髪を柔らかく撫でるジオークの声は、心なしか元気がない。
 頭の中で、ジオークの言葉を反駁し、リシェーナは気づいた。


 ああ、その点で、ジオークは、リシェーナに見せるものではないと思っているのか、と。


 ジオークが傷ついた分、ジオークだってほかの誰かを傷つけてきたのだろう。 誰かを傷つけてきたことは、誇れることではないと、彼はそう言っているに違いない。
 だから、リシェーナに見せたくはなかった。 リシェーナの知らないジオークを、リシェーナには見せたくなかったのだろう。

「怖い?」
 リシェーナは顔を上げて、ジオークを見つめて、問う。
 そうすれば、ジオークは、静かに少しだけ寂しそうな微笑を浮かべた。
「怖くないわけ、ないよ。 でもね、例えばその武器がおれの大切なひとに向けられたときのほうが、おれは我慢ならないし、怖いんだ。 それを思ったら、覚悟、できたよね」


 意識してのことなのだろうか。
 ジオークは、この辺の言葉の使い方が立派だと思う。


 彼は、絶対に、大切なひとの【為に】覚悟をした、とは言わないのだ。


 自分が、我慢ならないから、怖いから、覚悟をした、と言う。
 そんな彼が、愛しくて、胸の奥がぎゅっとなって、リシェーナはジオークに抱きつく。


「…頑張った、ね」


 愛しくて、愛しくて堪らなくて、彼のすべすべで弾力のある素肌の胸に、口づける。
 何度も、何度も、唇を押し当てていると、ジオークがびくりと反応し、狼狽えたような声を出した。
「ぁ、ちょ、リシェ」
「うん?」
 上目遣いに彼を見てみると、嬉しいけれど困ったような可愛い表情をした彼がいたので、リシェーナは気分を良くしてキスを続ける。
 胸から、筋肉の浮いた腹の方へと降りていくと、ジオークがリシェーナの肩を掴んで引きはがした。

「っ、それは、ほんとにだめ」
 いつもより、大きな切羽詰まった声だったが、怒っている感じではなかった。 表情を見れば、焦ったような、慌てたような印象を受ける。

「いや?」
 ジオークが嫌なことをするのは本意ではないから、ジオークが嫌ならやめよう。
 そう思いながら尋ねたのが伝わったのか、ジオークはもう一度、嬉しいけれど困ったような可愛い表情に戻った。

「…いやじゃないけど、…えっちしたくなっちゃうよ?」
 リシェーナは、自分の頬が熱を持つのを感じる。

 そんな、可愛い顔で、可愛いことを言われたら、リシェーナだってしたくなる。
 それでなくたって、ジオークとくっついて、愛し合うのは、リシェーナの好きなことだ。
 だから、もう一度ぎゅっとジオークに抱きついた。
「うん、する。 大好き、ジオ」
「…もー…、だから、おれの方が好きだってば」
 ジオークに抱きついたリシェーナを、ジオークは更に抱きしめてくれる。
「ううん、わたしの方が好き」
 こんなやり取りですら、嬉しくて、楽しくて、幸せだ。


 傷跡は、男の勲章だと、耳にしたことがある。
 けれど、彼はきっと、彼の身体に残る傷跡を、罪の証か何かと捉えているのだろう。 そして、罪悪感を覚えているのだ。


 傷跡は、消えない、けれど。


 …それならば。
 彼の嫌いなものなら、リシェーナは好きになろう。 それで、好きだと伝え続けよう。
 そうすれば、いつか彼も、好きになってくれるかもしれない。
 罪の意識が、薄れてくれたらいい。

 彼が、あまり好きでなかった、と言っていた、彼の綺麗な紅緋の髪と柘榴石の瞳を、彼が好きになれそうだ、と言ってくれたように。
 リシェーナの大好きなジオークだから、ジオークにはジオークのことを、好きでいてほしいと思うのだ。
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