【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の獅子は白き花を抱く

紅の獅子

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「ようやくその気になったか、あの馬鹿弟子は」

 窓の外を眺めながら、上機嫌で呟く軍部統括総帥――ジルド・ガーファンクルを横目に見ながら、アルヴァートは溜息をついた。
 ジルドは何か都合のいい勘違いをしているようだが、甘い。 更に言うのなら、あの、ジオーク・ブラッドベルが職務に心血を注ぎ、やる気になる日が来ると本当に思っているのなら、お気楽としか言いようがない。 
「そんな幻想を抱けるほど、その馬鹿弟子が可愛くて仕方がないんだね」

 ここは、フレンティア国王であるアルヴァートの執務室だ。
 ジルド・ガーファンクルの他に、宰相であり恋人であるオズワルド・シャントゥールがいる。
 ぽそりとアルヴァートが口の中でぼやいた言葉は、しっかりとジルドの耳に届いたらしい。

「何か言ったか? 国王陛下」

 猛禽類を思わせる鋭い眼光が、アルヴァートへと向いた。
 ついでに言うなら、ジルドがアルヴァートを呼ぶ【国王陛下】は嫌味だ。
 だから、アルヴァートも嫌味で返す。
「ジオがガーファンクルを名乗らないと聞いてショックで勘当したのに、それを後悔してジオの様子を探るためにお抱えのマリーまで潜り込ませて…一言謝れば済むことなのに、貴方も頑固だよねぇ」
 ふふっと含み笑えば、ジルドの眼光が更に鋭くなる。
 壮年から初老にさしかかった、既に孫もいる男の眼光とは思えない。
 一体この顔でどんな馬鹿祖父じじいを披露しているというのだろう。

 もう少しで、自分とジルドの間で火花が散るのではないか、と思ったときだ。
 自分とジルドの間に、影が滑り込んだ。
 オズワルドだ。

「陛下、どういうことです?」
「ああ、知らなかったのか? あいつは総帥の、最後の弟子だ。 総帥のガーファンクル流に対応できた、唯一の弟子」
 アルヴァートの、ジオークについての説明に、ジルドは器用に片方の口角だけを上げて笑った。

 ガーファンクル流の子弟は少なくない。
 だが、ジルド・ガーファンクル自身が取った弟子は一握りだし、ガーファンクル流を、本当の意味で受け継げたのはジオークだけ。
 ジルドの弟子の中で、ジルドが【愛弟子】と呼ぶとしたら――恥ずかしがって絶対に呼ばないだろうが――、それはジオークだけだ。


 ジルド・ガーファンクルは双剣使いだ。
 その、双剣使いに対応できたのは、ジオークだけだった。
 その意味でも、ジルドにとってジオークは特別なのだ。
 馬鹿な子ほど可愛いと言うことだし、アルヴァートには、ジルドの気持ちがわからないでもない。
 ふふっと自分の口から笑みが漏れた。


「…全く、世話の焼ける弟だ」


「陛下」
 思わず零れた呟きに、オズワルドの厳しい声が飛んだ。
 けれど、アルヴァートは気にしない。

「うん?」
 そう、返事をする。

 別に、隠す必要はないことだ。
 ここにいる、ジルドも、オズワルドも、その件については知っているのだから。
 アルヴァートの考えを読んだのか、オズワルドはふっと息を漏らす。
「彼、は知らないのでしょう」
「知らないだろう。 知らせなくともよいことだ」


 彼は、知らない。
 アルヴァートが彼を気に入り、執着する理由。


 彼が、アルヴァートの、母親の違う、弟だということを。


 彼の母のことを、アルヴァートはよく覚えている。
 宮仕えのメイドだった彼女は、厳しくて優しいひとだった。 アルヴァートはよく叱られたけれど、叱ってくれる彼女のことが好きだったし、母よりも母らしいひとだと思っていた。
 鮮やかな赤髪のそのひとは、いつの間にか姿を消したけれど、父に連れられて一度だけのぞきに行った家で、彼女を見た。 その腕には赤髪の赤子が抱かれていた。
 その赤子を、弟だと思ったのは、直感だった。

 自我が芽生えてからは、保守的で貴族ばかりを厚遇する父とは衝突ばかりだったが、彼女にジオークを産ませてくれたことだけは、感謝している。
 自分も、当時は若かった。
 父が、何を思い、何に苦しみ、何を自分に望んでいたか、理解できなかった。 否、理解しようとしなかった。
 今、自分が夢見て、描こうとしている未来は、自分だけのものではない。
 それは、はっきりと言える。


 自分が、平民の官僚登用制度に力を入れたのだって、ジオークがいたからだ。
 夢を見た。
 彼が自分を支えてくれる夢を。
 何の因果か、その子どもは、平民の官僚登用制度を提唱したセリム・アスキスに見出され、ガーファンクル家の養子に入った。
 ジルド・ガーファンクルに剣術と護身術を習っていた自分と彼は、兄弟弟子となった。


 嬉しかった。
 彼を、弟と呼べることなど、ないと思っていたから。


 ガーファンクルの姓を名乗りたがらなかった彼に、姓を与えたのは自分だ。
 ブラッドベル。

 彼は知らないだろう。
 彼の母――ベルーナが、その滴る血のような髪の色から、【ブラッディベルーナ】と揶揄されていたこと。
 彼女自身は、その渾名を褒め言葉と受け取っているようだった。
 彼女は彼女の見事な赤髪を、気に入っていたのだ。
 だから、自分は彼に、ブラッドベルという姓を与えた。

 国試に首席合格でき、歴代最高得点を叩き出せる、頭だけではない。
 軍部統括総帥のガーファンクル流に対応できる身体能力、腕、それだけでもない。
 彼が、頭の出来が良い上に、腕も立ち、更にはディストニア語を含め五か国語を自在に操る能力を持っていたのは、アルヴァートにとっては幸運な偶然だった。

 いや、あるいは不運な偶然だったのかもしれない。
 ジオークが優秀だったからこそ、アルヴァートは、ジオークを、利用せずにはいられなくなった。
 近くにある優秀な駒を動かすのに理由は要らない。 だが、動かさないのには、理由が必要なのだ。
 アルヴァートは、ジオークを動かさずに済む、理由を持たなかった。

 また、それがないことに安堵もしていた。
 自ら、進んで、ジオークを利用する訳ではなく、必要に迫られて、ジオークを動かしているのだと。

 これから先、彼を弟と呼ぶつもりはないし、知らせるつもりもない。
 あの、器の大きくて優しい男には、こんな狡猾で目的のためには手段を選ばない兄など、いないほうがいいのだ。

 否、アルヴァートと異母兄弟と知れることで、ジオークの人生は激変するだろう。
 きっと自分も周囲も、【王族なのだから】と理由をつけて、ジオークを消耗させ、摩耗させる。

 アルヴァートは信じている。
 ジオークを、アルヴァートの異母弟と周囲に知られないことが、ジオークを守る術であると。

 けれど、同時にアルヴァートは、展望を抱く。
 彼が、自分と、国の支えとなることを。

 目を伏せて肩を竦めたオズワルドが緩く頭を振った。
 そして、アルヴァートを振り仰ぐ。
 正確には、アルヴァートの背後、玉座の後ろに掲げられた国旗を。

「彼を、【紅の獅子】などと呼んでおいて、よく仰います」
「…何のことだろう?」
 アルヴァートは、ただ、微笑む。

 流石、アルヴァートのオズワルドだ。
 何もかも、わかってくれている。

 きっと、オズワルドはなぜ、自分がオズワルドを宰相に据え、フレンティア史に名を遺すような王になるから、同じく名を遺す宰相になれと自分が命じたか、理解しているのだろう。

 自分とオズワルドは、恋仲にはなれても、婚姻関係にはなれない。
 自分は、王だから、絶対に許されない。
 オズワルドを愛してはいても、オズワルドの為に法を変えるような昏君にはなれなかった。 オズワルドは、名君な貴方だからこそ、自分の人生を捧げようと思ったと、そんな自分の在り方を認めてくれた。


 だから、こそ。
 私の名の隣には、常に、君の名を。


 そして出来ることなら、異母弟と明かせぬお前の名もフレンティア史に残り、私の名前の近くに記されていたら、嬉しい。


 紅の獅子。
 それは、我がフレンティアの国旗に踊る、国の象徴。
 お前はきっと、そのような存在になるだろう。
 いや、なってもらわねば困る。


 フレンティアに、紅の獅子あり、と。

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