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紅の獅子は白き花を抱く
ジオークの相談②
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「は」
名案だ、とにこにこしている国王に、ジオークは唖然としてしまった。
決闘。
決闘と言ったのか、この国王は?
「騎士団の掟に私闘は厳禁とあった気がしますが」
「私闘は厳禁だが、決闘が厳禁とは書いていなかったと記憶している。 一度、手袋を相手に叩きつける場面を見てみたいと思っていたんだよ」
滅多に見られるものではないからね、一生に一度あるかないかだろうか、と楽しそうに笑う国王に、頭が痛くなってきた。
ふざけているのかと問いたいのはこちらの方だ。
「貴方の娯楽のために命を賭ける覚悟はおれにはありませんよ」
「ならば、命を賭けないルールで決闘をすればいい。 そうだな、例えば、先に剣を落とした方が負けだとか」
他人事だと思って、好き勝手言っている国王に何か言ってやろうと口を開こうとしたが、できなかった。
いつの間にか表情を消した国王が、ジオークに刺すように鋭い眼差しを向けていたからだ。
数瞬行動を停止させるくらいには、鋭い視線だった。
「ジオーク。 私はお前を野放しにするつもりはない。 残念ながら、お前は我が国のことを知りすぎている」
驚きはしなかった。
それは、予想の範囲内の言葉だったからだ。
ジオークは、官僚としても騎士としても、フレンティアの内情を知りすぎている。
ばかりか、官僚時代に訪れたディストニアやアルヴィアーノ帝国でも、幸か不幸か王の側近に気に入られた。 フリーになったジオークに、声がかからないとも限らない。
国王の【野放しにするつもりはない】が、そのままの意味と、【野放しにするくらいなら亡き者にしなければならない】の両方の意味を兼ねたものだということには、気づいている。
そして、国王が、ジオークを亡き者にすることを、惜しんでくれているということにも。
「命令だ。 ジオーク。 私が許す。 これで、貸し借りなしにしてやろう」
ジオークとて、進んで仕事を手放したいわけではない。
かかるかもしれない追っ手に神経をすり減らしながら、リシェーナを守りきれるかどうか不安に感じながら田舎で日々を過ごすよりも、安穏と暮らせた方がいいに決まっている。
「…わかりました」
ジオークが返事をすると、国王は満足そうに笑って、手元にあった半円型の水晶製の文鎮を手に取る。
何をするのだろうと見ていれば、大きく振りかぶって、あろうことか国王は、それを扉に向かって投げつけた。
よくあの距離が飛んだと思うし、文鎮は、鈍いが盛大な音を立てて扉にぶつかり、大理石の床に転がって硬質な音を立てる。
「陛下!?」
何事か起きたのかと、扉の前に控えていたであろう近衛騎士団員が血相を変えて飛び込んで来た。
転がった文鎮は扉で引き摺られ、隠されて見えなくなっているので、矛先は自ずと、ジオークに向いた。 致し方ない。
近衛騎士団員の血走った目がジオークに向けられるが、ジオークは何もしていない。
「ああ、ご苦労。 バルザックをここに呼んできてもらえるかい?」
にこやかに笑ってひらひらと手を振る国王と、整然とした室内の様子に、何もなかったことは一目瞭然だったのだろう。 釈然としない面持ちながらも、近衛騎士団員たちは顔を見合わせて、
「…御意」
と返事をした。
近衛騎士団員たちが、元の持ち場に戻る者と、近衛騎士団長を呼びに行く者とで、国王の執務室には再び国王とジオークが残された。
何だか、大袈裟なことになった気がする。
「ここに呼ぶんですか」
「言っただろう? 一度、手袋を相手に叩きつける場面を見てみたいと思っていた、と」
楽しそうに笑う国王に、ジオークは思う。
それは恐らく、詭弁だ。
国王は、ジオークの逃げ道を塞いでおきたいのだろう。
目の前で、その場面を見ることができれば、安心できる。
だが、そこまでする価値が、ジオークにあるのだろうか。
不可解だ。
そう思いながら、国王を見つめていると、ノックの音に次いで、扉が開く音がした。
「失礼します」
一礼して、顔を上げた近衛騎士団長――バルザック・オーウェルが目を見張った。
ジオークがここにいるとは思わなかった風だった。
「君を呼んだのは私だけれど、君に用があるのは彼なんだ」
バルザックの驚きなど感じなかったのか気にしなかったのか、国王はにこやかに話を進める。
「彼に訊かれたんだよ。 決闘は私闘に入るのかと。私は決闘は私闘ではないと答えた。 君の見解は?」
楽しげにきらめく、国王のダークグレーの瞳。 それが、じっとバルザックを見据えている。
バルザックは、表情を変えぬままに一つ、低く呟く。
「…陛下の御心のままに」
「…だそうだ」
バルザックの言葉はあらかじめ予想していたのだろう。
楽しげにきらめく国王の瞳が、今度はジオークに向いた。 先を促す目だ。
国王の手の平で踊らされるようで癪ではあるが、致し方ない。
こうなっては、ジオークにとっても、避けて通れぬ道である。
だから、ジオークは肩を竦めつつ、手袋のベルトを外して手袋の指先を噛み、引き抜く。
行儀が悪くはあるが、置く場所がないのだ。 こうするほかあるまい。
そして、外した片手の手袋を噛んだまま、もう片方の手袋もベルトを外して外す。
一対の手袋を揃えて、近衛騎士団長――バルザックの足下に叩きつけた。
真っ直ぐに、バルザックを捉えて、微笑む。
「これが、おれの答えです」
名案だ、とにこにこしている国王に、ジオークは唖然としてしまった。
決闘。
決闘と言ったのか、この国王は?
「騎士団の掟に私闘は厳禁とあった気がしますが」
「私闘は厳禁だが、決闘が厳禁とは書いていなかったと記憶している。 一度、手袋を相手に叩きつける場面を見てみたいと思っていたんだよ」
滅多に見られるものではないからね、一生に一度あるかないかだろうか、と楽しそうに笑う国王に、頭が痛くなってきた。
ふざけているのかと問いたいのはこちらの方だ。
「貴方の娯楽のために命を賭ける覚悟はおれにはありませんよ」
「ならば、命を賭けないルールで決闘をすればいい。 そうだな、例えば、先に剣を落とした方が負けだとか」
他人事だと思って、好き勝手言っている国王に何か言ってやろうと口を開こうとしたが、できなかった。
いつの間にか表情を消した国王が、ジオークに刺すように鋭い眼差しを向けていたからだ。
数瞬行動を停止させるくらいには、鋭い視線だった。
「ジオーク。 私はお前を野放しにするつもりはない。 残念ながら、お前は我が国のことを知りすぎている」
驚きはしなかった。
それは、予想の範囲内の言葉だったからだ。
ジオークは、官僚としても騎士としても、フレンティアの内情を知りすぎている。
ばかりか、官僚時代に訪れたディストニアやアルヴィアーノ帝国でも、幸か不幸か王の側近に気に入られた。 フリーになったジオークに、声がかからないとも限らない。
国王の【野放しにするつもりはない】が、そのままの意味と、【野放しにするくらいなら亡き者にしなければならない】の両方の意味を兼ねたものだということには、気づいている。
そして、国王が、ジオークを亡き者にすることを、惜しんでくれているということにも。
「命令だ。 ジオーク。 私が許す。 これで、貸し借りなしにしてやろう」
ジオークとて、進んで仕事を手放したいわけではない。
かかるかもしれない追っ手に神経をすり減らしながら、リシェーナを守りきれるかどうか不安に感じながら田舎で日々を過ごすよりも、安穏と暮らせた方がいいに決まっている。
「…わかりました」
ジオークが返事をすると、国王は満足そうに笑って、手元にあった半円型の水晶製の文鎮を手に取る。
何をするのだろうと見ていれば、大きく振りかぶって、あろうことか国王は、それを扉に向かって投げつけた。
よくあの距離が飛んだと思うし、文鎮は、鈍いが盛大な音を立てて扉にぶつかり、大理石の床に転がって硬質な音を立てる。
「陛下!?」
何事か起きたのかと、扉の前に控えていたであろう近衛騎士団員が血相を変えて飛び込んで来た。
転がった文鎮は扉で引き摺られ、隠されて見えなくなっているので、矛先は自ずと、ジオークに向いた。 致し方ない。
近衛騎士団員の血走った目がジオークに向けられるが、ジオークは何もしていない。
「ああ、ご苦労。 バルザックをここに呼んできてもらえるかい?」
にこやかに笑ってひらひらと手を振る国王と、整然とした室内の様子に、何もなかったことは一目瞭然だったのだろう。 釈然としない面持ちながらも、近衛騎士団員たちは顔を見合わせて、
「…御意」
と返事をした。
近衛騎士団員たちが、元の持ち場に戻る者と、近衛騎士団長を呼びに行く者とで、国王の執務室には再び国王とジオークが残された。
何だか、大袈裟なことになった気がする。
「ここに呼ぶんですか」
「言っただろう? 一度、手袋を相手に叩きつける場面を見てみたいと思っていた、と」
楽しそうに笑う国王に、ジオークは思う。
それは恐らく、詭弁だ。
国王は、ジオークの逃げ道を塞いでおきたいのだろう。
目の前で、その場面を見ることができれば、安心できる。
だが、そこまでする価値が、ジオークにあるのだろうか。
不可解だ。
そう思いながら、国王を見つめていると、ノックの音に次いで、扉が開く音がした。
「失礼します」
一礼して、顔を上げた近衛騎士団長――バルザック・オーウェルが目を見張った。
ジオークがここにいるとは思わなかった風だった。
「君を呼んだのは私だけれど、君に用があるのは彼なんだ」
バルザックの驚きなど感じなかったのか気にしなかったのか、国王はにこやかに話を進める。
「彼に訊かれたんだよ。 決闘は私闘に入るのかと。私は決闘は私闘ではないと答えた。 君の見解は?」
楽しげにきらめく、国王のダークグレーの瞳。 それが、じっとバルザックを見据えている。
バルザックは、表情を変えぬままに一つ、低く呟く。
「…陛下の御心のままに」
「…だそうだ」
バルザックの言葉はあらかじめ予想していたのだろう。
楽しげにきらめく国王の瞳が、今度はジオークに向いた。 先を促す目だ。
国王の手の平で踊らされるようで癪ではあるが、致し方ない。
こうなっては、ジオークにとっても、避けて通れぬ道である。
だから、ジオークは肩を竦めつつ、手袋のベルトを外して手袋の指先を噛み、引き抜く。
行儀が悪くはあるが、置く場所がないのだ。 こうするほかあるまい。
そして、外した片手の手袋を噛んだまま、もう片方の手袋もベルトを外して外す。
一対の手袋を揃えて、近衛騎士団長――バルザックの足下に叩きつけた。
真っ直ぐに、バルザックを捉えて、微笑む。
「これが、おれの答えです」
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