【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の獅子は白き花を抱く

ジオークの相談①

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弟弟子おとうとでしよ、寝言は寝て言うといい。 ああ、それとも、かせてほしいのだろうか」

 デスクに両肘をついて、組んだ両手に顎を乗せた国王が、笑顔でそんなことを言った。
 言うまでもないとは思うが、にこにこと笑顔なのに、目は全く笑っていない。 ついでに言えば、その笑顔からは威圧感と苛立ちが漂っていて、室内の空気が非常に悪い。
 だが、それくらいで回れ右をするジオークではない。
 この国王に気に入られている自信もある。


「いや、おれ多分、宮仕え向いてないと思うんですよ。 我儘だし、理不尽なこと大嫌いだし。 それだったら、リシェとふたり、田舎で畑耕して生きるのもありかなぁって」


 畑を耕して作物を作り、鶏や豚を飼い、野山に採集や狩猟に行く。
 家ではリシェーナが待っていてくれるし、ばあやもリシェーナと一緒に家を守ってくれている。
 更には、リシェーナと何時までいちゃついていようと、誰に迷惑がかかるわけでもない。
 どうしてもっと早く田舎暮らしの良さに気づかなかったのだろうと、己の愚かさを悔やむばかりだ。

 国王は、笑顔を引っ込めると、はぁぁと深い溜息を吐いた。
「己の才能を埋もれさせてどうする…」
「それは、おれの才能とやらが陛下のためになるものだから、ですよね?」

 ジオークが、この国王と何の接点もなく、無能な一官僚、一騎士であったなら、そのようには言わなかっただろう。
 だが、ここで重要なのは、ジオークの才能は国王のためになるかもしれないが、国王のものではなくジオークのものだということだ。
 もう一つ、溜息をついた後で、国王はダークグレーの瞳でジオークを射るように見る。


「わかっているのなら、余計に、だ。 それに、ジオ。 お前は私に借りがあるのを忘れたか?」


 ああ、覚えていたのか。
 確かに、ジオークはこの国王に借りがある。
 リシェーナの元夫であるキュビス・カージナルを国王の威を借りてこの国――フレンティアから離れさせた。


「お前は恩を仇で返すような男ではない。 借りを返さずにいなくなるような男でもな」
 断言した国王に、ジオークは笑う。
「買い被りすぎです」

 国王は、人を見る力にも長けているようだ。
 確かに、ジオークは恩を仇では返さないし、借りは返す主義だ。 基本的には、自分は真面目だとも思う。 それもまた、今思えば、ジオークを悩ませている一因だったのかもしれない。


「何があった?」
 追及されて、ジオークは肩を竦める。


 この国王は、誤魔化されない。
 そして、ジオークの弱みが最愛の妻・リシェーナであることを知っている。
 のらりくらりしていると、リシェーナが巻き込まれて、ジオークが隠しておきたいことをリシェーナの耳に入れられる可能性もある。
 そう計算して、ジオークは重い口を開いた。


「…近衛騎士団長の御令嬢が、おれのことを気に入ったらしくて…」


 続く言葉は濁したのだが、国王はそれだけで全てを察したらしい。
 得心がいったように、頷いた。
「なるほど」

 ジオークには全く記憶がないのだが、近衛騎士団長の令嬢とはどこかで会ったことがあるらしく、その令嬢はずっとジオークに想いを寄せていたらしいのだ。 例の、国王の誕生会でジオークに話しかけてきた、リシェーナの嫉妬の原因となった令嬢がそのひとだ。
 そして昨日、近衛騎士団長に呼び出されたのは、その令嬢との結婚を勧めるものだった。
 妻がいるという話をしたら、別れればいいと言われた。
 今の仕事と、妻と、どちらを取るのかと迫られた。


 即答は、できなかった。


 正確に言うのなら、答えは決まっているけれど、即答はできなかった。
 あの場でジオークが妻を取ると言えば、その場で即クビを切られる可能性だってある。 職をなくしたジオークでは、リシェーナは困るかもしれないし、嫌だと言うかもしれない。
 まずは、リシェーナと話をしなければならないと思った。
 近衛騎士団長への返事は、それからでもいい。


「上に誰かいるから結婚しろだの離婚しろだの言われて面倒なんですよ。 だから、おれが上に立つか辞めるかしないと同じ事の繰り返しだろうなぁって」


 ジオークが上に立つのは、まだ早い。
 加えてジオークは見た目が派手だし、あまり仕事が好きでない。 正確には、仕事より家庭を大事にしたいだけなのだが、そんなジオークが上に立つことに異を唱えるものも多いことが予想される。
 ジオークが王都騎士団の副団長に就いていることだって、国王の弱みを握っていて便宜を図ってもらっているからだと噂を流している輩もいるほどだ。 


 だからジオークは、辞める、という選択肢を取った。


 ジオークとしては正直な気持ちと【辞める】に至った経緯を説明したのだが、ここでなぜか国王が苛立ちを発露させた。
「よくわかった。 ふざけているんだな、お前は」
「え? これ以上ないくらいに本気ですけど」

 とても不思議なのだが、ジオークの本気の発言や正直な気持ちというのは大方【冗談】や【ふざけている】という処理をされる。 これはどういったことだろう。
 ジオークとしてはとても疑問なところなのだが、国王は目元を片手で覆うとまた深く長く息を吐く。
「ああ、聞いた私が馬鹿だった。 お前はそういう男だ。 お前の上司や部下や同僚が、苦労するわけだ…」

 何かレッテルを貼られたようだが、そういう男がどういう男か一度聞いてみたいものだ。 それに、上司と部下と同僚が苦労していたら、苦労していないのなんてジオークに全く関係ない人間にならないだろうか。
 目を片手で覆って、天を仰ぐようにして固まる国王を、ジオークはしばし見つめていたのだが、国王はパッと手を離してジオークに視線を向けた。
 その表情が輝いているのを見てしまって、何か碌でもないことを思いついたのだろうとジオークは察する。

「じゃあ、決闘でもすればいいのではないか?」

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