【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の獅子は白き花を抱く

ジオークの思案②

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 いつもより早く帰ってきたジオークの様子がおかしい。
 いつもと変わりないように見えるけれど、よく観察していればわかる。
 何がいつもと違うのかはっきりさせたくて、リシェーナはジッと、ジオークを見つめる。

 ふとした瞬間に翳りが落ちるというか、元気がない感じがする。
 どこか、そわそわとしている気がする。
 それが、良いことではなく良くないことだという予感もしている。

 聞こうかどうか、迷って食べたお夕飯の味はよくわからなかった。
 お風呂に入っている間も、考えていたし、ベッドに入ってからも考えていた。

 ジオークは、「先に寝てていいよ」と言ってくれたが、このもやもやを抱えて眠れるとも思えない。
 そんなことを考えてベッドに座っていれば、き、と静かに扉が開いた。
 入浴を終えて寝室にやって来たジオークは、軽く目を見張っていたが、すぐにそれを笑みにすり替える。


「起きてたんだ?」


 寝ていて良かったのに、とは言わなかったが、きっと同義だ。
 彼は、リシェーナに眠っていて欲しかったのだろう。

 ジオークはベッドに入ってきて、リシェーナの頬にいつものようにキスをくれる。
「おやすみ、ダーリン」
 リシェーナは再びジッとジオークを見つめた。
 これは、ジオークの癖、だと思う。

 最近気づいたのだが、ベッドに入ったジオークが、「おやすみ」を言って頬や瞼、額にキスをくれる日は、何もない。 「おやすみ」を言わずに唇にキスをくれる日は、リシェーナとそういうことをしたい日なのだということ。


「何かあった?」


 リシェーナの唇から零れた問いに、ジオークは一度動きを止めたように見えた。
 けれど、やはり何気ない風を装って、微笑む。
「どうして?」
「なんとなく」
 そう応じながらも、リシェーナはジオークに何かあったという確信を強くする。

 ジオークは基本的に真摯で真面目だ。 善良と言っていい。
 隠し事はしても、嘘はつかない。
 だから、質問への質問返しはほとんどの場合、【是】という返答と同じ事だと、学んだ。
 彼は、違うことなら違うと、はっきり言ってくれるひとだから。

 リシェーナがジッとジオークを見つめ続けていると、ジオークはふっと息をついて、がしがしとその紅緋の綺麗な髪を掻いた。
「そっかぁ」
 呟いて、ジオークは枕代わりにしているクッションにもたれる。

 そして、沈黙。
 リシェーナでは、ジオークの悩みを聞く相手にはなれないのだろうか。
 たくさん、ジオークには助けてもらっているけれど、リシェーナではジオークの助けになれないのだろうか。 そう考えると、寂しい。
 リシェーナがぎゅっとジオークの上に上体を被せるようにして抱きつくと、リシェーナの髪をジオークの指が梳き始めた。


 ジオークの指の動きは、いつだって優しい。
 繰り返されるその指の動きを心地よく感じる。


 彼が聞かれたくないことなら、聞かない方がいいのかもしれない。
 リシェーナの頭にそんな思いが過ぎったときだ。
 リシェーナの頭上で、ジオークの声が揺れた。


「ねぇ、リシェは、おれが仕事辞めたいって言ったらどうする?」


 リシェーナが顔を上げると、表情を消したジオークの顔があった。
 いつもの余裕が見られないその顔は、緊張しているようにも見える。
 ジオークが、仕事を辞めたい、と言ったら?

 今日、ジオークがいつもと違った様子なのは、それが原因なのだろうか。
 お仕事で何か困ったことがあって、お仕事を辞めたいと思っている。


 それならば。
 リシェーナは手を伸ばして、ジオークのさらさらとした髪を撫でた。


「頑張ったね、って言う」


 ジオークは耳を疑ったような顔になって、リシェーナの顔を凝視していた。
 リシェーナがそんな風に言うとは思わなかった。
 そんな表情だった。


「今まで、ずっと、大変なこと、頑張ったから、あなたの好きにしたらいい」
 リシェーナは微笑んだのだけれど、それでもジオークはリシェーナを凝視したままだ。
 そして、ジオークはそっと疑問を口に載せる。
「…困らない?」
 あまりにも真剣な表情で問われるから、リシェーナはきょとんとしてしまった。


 そして、じわじわと嬉しくなる。
 ジオークはやっぱり優しいし、リシェーナのことを大切にしてくれている。 リシェーナがここで「困る」と一言言えば、ジオークは自分の嫌な気持ちなど押し殺して、我慢をしてくれるのだろう。
 リシェーナを困らせないためだけに。
 本当に、できた旦那様だと思う。


「父も、仕事を辞めた。 けど、わたしも母も、大丈夫だった。 だから、きっと大丈夫」
 もう一度、ジオークの髪をリシェーナが撫でてあげると、ジオークは少しだけ頬を染めて溜息をついた。
 呆れているわけではなくて、照れ隠しの溜息なのだと思う。


 ついでに言えば、照れているジオークは可愛い。
 もっとその顔を見ていたくて、リシェーナはじぃ~っとジオークを見つめていたのだけれど、見られていることに気づいたジオークはぎゅうっとリシェーナを抱きしめてきた。


「あー、おれ、リシェに甘えてるなぁ。 こんなおれ、嫌じゃない?」
 抱きしめてくれるぬくもりにほっとしながら、リシェーナはジオークの胸に甘えて擦り寄る。
「そう?いつも、あなたがわたしを甘やかしてくれるから、甘えてもらえるの、わたしは嬉しい」
 ジオークの胸に、ぴったりと寄り添っていたリシェーナは、気づく。
 薄い寝着ごしに伝わる鼓動が、少しだけ速まって大きくなったような?


 顔を上げてジオークの顔を見ようとしたら、ジオークの唇が唇に触れた。
 ジオークにキスをされると、軽く唇を開くようになってしまったのは、条件反射なのだと思う。 すぐに深いキスに変わって、とろとろになっていると唇が離れて、間近でジオークが尋ねてきた。


「ねぇ、リシェ。 おやすみ、なしにしていい?」
 尋ねながらも、背筋を撫で始めている悪戯な指先に、身体が反応してしまった。
 身体の奥で燻り始めた熱が、心が、ジオークを欲している。
 リシェーナは、ごそごそと動いてジオークの太腿を跨ぐようにして向き合って、照れながらも微笑んだ。
「ん、いいよ」
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