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紅の獅子は白き花を抱く
ジオークの思案①
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なぜだかわからないが、赤男が近衛騎士団長から呼び出しを受けた。
先日の、国王陛下の誕生式典とパーティの件かと思ったのだが、戻ってきた赤男の様子が何だかおかしい。
そう、デスクの間からアガットは目の前を通り過ぎて行くジオーク・ブラッドベルの姿を観察した。
苛々しているわけではない。
不機嫌なわけでもない。
何がどうかおかしいのか。 じっとジオーク・ブラッドベルを観察していたアガットは、ふと気づく。
あれは、焦燥、かもしれない。
アガットの隣に――ジオーク・ブラッドベルのデスクはアガットの隣なのだ――座ったジオーク・ブラッドベルに、アガットはそっと尋ねる。
「異動の辞令でも出ましたか?」
アガットの想像できうる範囲内で、最も確率の高そうなことは、それだった。
だが、ジオーク・ブラッドベルはアガットを見ぬままに吐き捨てた。
「…糞が」
アガットは自分の耳を疑った。
糞が!?
糞が、と言ったのか、この赤男は!?
「ブラッドベル殿、それ、怖すぎますからね!?」
アガットが悲鳴を上げると、ジオーク・ブラッドベルはアガットに顔を向けて目を瞬かせた。
「え? おれなんか言った?」
けろりとしたその様子に、アガットは震え上がる。
言っていましたとも!
普段の声音からは想像できないような低い声で、呪詛のように吐き捨てていましたとも!
「異動の辞令でも出たんですか…?」
そんなに近衛騎士団に行きたくないのか。
そんなに王都騎士団が好きだったのか。
ならもう少し真面目に仕事をしてくれればいいのに。
きっと王都騎士団長は、近衛騎士団がジオーク・ブラッドベルを欲しいと言えば、喜んで排出…ではなかった、輩出するだろう。
ジオーク・ブラッドベルは、不思議そうに首を傾げると、つい先程座ったばかりの椅子から立ち上がった。
「え? そうなの? じゃあおれ、今日早退してもいいよね」
「は!? あんたまた、そんなこと」
ジオーク・ブラッドベルの言葉の意味が、わからない。
王都騎士団が好きなら働け!
本気で左遷…じゃなかった、異動させられるぞ、赤男め!
だが、ジオーク・ブラッドベルは椅子をデスクに収めながら、視線を流してふぅと息をつく。
「アガットが馬鹿で夏風邪なんて引いたおかげで、おれ色々とフォローしたんだけどなー。 大変だったんだけどなー」
これ見よがしに痛いところを突かれて、アガットは言葉に詰まる。
忘れてしまいたいが、二週間ほど前、アガットは夏風邪を引いた。 そして、夏風邪を派手にこじらせた。
その間、アガットも色々と大変だったのだが、アガットがするはずだった業務を一手に引き受けてくれたのが、このジオーク・ブラッドベルだったというのだ。
アガットは信じられなかったし、今だって半信半疑だ。
アガットが全快して復帰したときだって、ジオーク・ブラッドベルは「アガットの業務やっといたから」的なことはひとつも言わなかった。 その情報は周囲からもたらされたもので、だからアガットはお礼を言うタイミングを逃していたというのに…。
まさか、ここで切り札にしてくるとは!
そんな風に言われたら、アガットが返せる答えなんて、ひとつしかないではないか。
拳を握り、奥歯をぐっと噛んだ後で、アガットは立ち上がる。ジオーク・ブラッドベルに深々と頭を下げる。
「その節は、お世話になりました…。 どうぞお帰りください…」
この後、ジオーク・ブラッドベルを帰したと知ったベンゼが苛立ったようだったが、あのときのアガットにはほかに選べる道はなかったのだと理解してもらいたい。
先日の、国王陛下の誕生式典とパーティの件かと思ったのだが、戻ってきた赤男の様子が何だかおかしい。
そう、デスクの間からアガットは目の前を通り過ぎて行くジオーク・ブラッドベルの姿を観察した。
苛々しているわけではない。
不機嫌なわけでもない。
何がどうかおかしいのか。 じっとジオーク・ブラッドベルを観察していたアガットは、ふと気づく。
あれは、焦燥、かもしれない。
アガットの隣に――ジオーク・ブラッドベルのデスクはアガットの隣なのだ――座ったジオーク・ブラッドベルに、アガットはそっと尋ねる。
「異動の辞令でも出ましたか?」
アガットの想像できうる範囲内で、最も確率の高そうなことは、それだった。
だが、ジオーク・ブラッドベルはアガットを見ぬままに吐き捨てた。
「…糞が」
アガットは自分の耳を疑った。
糞が!?
糞が、と言ったのか、この赤男は!?
「ブラッドベル殿、それ、怖すぎますからね!?」
アガットが悲鳴を上げると、ジオーク・ブラッドベルはアガットに顔を向けて目を瞬かせた。
「え? おれなんか言った?」
けろりとしたその様子に、アガットは震え上がる。
言っていましたとも!
普段の声音からは想像できないような低い声で、呪詛のように吐き捨てていましたとも!
「異動の辞令でも出たんですか…?」
そんなに近衛騎士団に行きたくないのか。
そんなに王都騎士団が好きだったのか。
ならもう少し真面目に仕事をしてくれればいいのに。
きっと王都騎士団長は、近衛騎士団がジオーク・ブラッドベルを欲しいと言えば、喜んで排出…ではなかった、輩出するだろう。
ジオーク・ブラッドベルは、不思議そうに首を傾げると、つい先程座ったばかりの椅子から立ち上がった。
「え? そうなの? じゃあおれ、今日早退してもいいよね」
「は!? あんたまた、そんなこと」
ジオーク・ブラッドベルの言葉の意味が、わからない。
王都騎士団が好きなら働け!
本気で左遷…じゃなかった、異動させられるぞ、赤男め!
だが、ジオーク・ブラッドベルは椅子をデスクに収めながら、視線を流してふぅと息をつく。
「アガットが馬鹿で夏風邪なんて引いたおかげで、おれ色々とフォローしたんだけどなー。 大変だったんだけどなー」
これ見よがしに痛いところを突かれて、アガットは言葉に詰まる。
忘れてしまいたいが、二週間ほど前、アガットは夏風邪を引いた。 そして、夏風邪を派手にこじらせた。
その間、アガットも色々と大変だったのだが、アガットがするはずだった業務を一手に引き受けてくれたのが、このジオーク・ブラッドベルだったというのだ。
アガットは信じられなかったし、今だって半信半疑だ。
アガットが全快して復帰したときだって、ジオーク・ブラッドベルは「アガットの業務やっといたから」的なことはひとつも言わなかった。 その情報は周囲からもたらされたもので、だからアガットはお礼を言うタイミングを逃していたというのに…。
まさか、ここで切り札にしてくるとは!
そんな風に言われたら、アガットが返せる答えなんて、ひとつしかないではないか。
拳を握り、奥歯をぐっと噛んだ後で、アガットは立ち上がる。ジオーク・ブラッドベルに深々と頭を下げる。
「その節は、お世話になりました…。 どうぞお帰りください…」
この後、ジオーク・ブラッドベルを帰したと知ったベンゼが苛立ったようだったが、あのときのアガットにはほかに選べる道はなかったのだと理解してもらいたい。
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