【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

bonus track.アガットとジオーク・ブラッドベル。(下)

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 あれは、忘れもしない。
 ジオーク・ブラッドベルが帝都騎士団副団長に任命されて間もなくの講義だ。
 騎士道における心構え、的なものだったと思うのだが、この男は開口第一声に、こう言った。


「稽古のときはだめだけどね。 実戦では何でもありだと思いな?」


 あのとき、騎士団のどれくらいの人間が間の抜けた顔をしていただろう。
 自分は完全に、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていたと思う。
 ジオーク・ブラッドベルは、周囲の反応などどうでもいいようで、淡々と続ける。


「奇襲だって立派な戦術。 隠し武器、毒、罠、あらゆる手を考慮しなきゃならないよ。 禁じ手なんて言葉存在しないし、卑怯なんて言ってらんない。 実戦において、敵を目の前にしたとき振りかざす騎士道に何の意味があると思う?」
 謳うように、朗々と紡がれる言葉が、耳から進入して脳に纏わり付く。
 それはまるで、呪詛か何かのようでもあった。


 何の、意味が。
 そう、鈍い思考で考えようとしたときだった。


「何の意味もないでしょ」


 ジオーク・ブラッドベルの口から、ジオーク・ブラッドベルの答えが返された。
 瞬間、ぞわっと全身が怖気立ったのを、今でも鮮明に思い出せる。

 応じる声はなかった。
 誰も、何も言えなかったのだ。

「ブラッドベル、貴様なんて講義をしている!」
 びりびりと、空気を震わせるような、大音声。 それが引いた後の場内は、しん…と静まり返った。
 眉間に皺を深く刻んで、ふつふつと湧く憤怒の形相で、乱入してきたベンゼが怒号を上げたのだ。
 だというのに、そんな空気をこの赤男は物ともしないらしい。

「え。 悪い?」
 のほほんと応えた。
「悪い見本を仕込むな!」
 すぐにベンゼの叱咤の声が飛んだが、それすらも何のその。

 ジオーク・ブラッドベルはそのくすんだ血の色を思わせる眼で、真っ直ぐにベンゼを見据えた。
 そのことに、アガットは驚いた。

 この男は、ベンゼを全く怖れていない。
 怖れていないばかりか、持ち上げようとも思っていないし、敬ってもいない。
 唐突に思った。
 この男にとって、身分や家柄は、身につける衣服程度の価値しかないのだろう、と。
 あの眼は、相対する人間から、付属品を全部取っ払って、その人間単身としてしか捉えていない。


「だからさ、実戦の話。 かっこよく戦って死ぬのと、汚く戦ってでも生き残るの、どっちがいい?って」


 真理を突いたジオーク・ブラッドベルの言葉に、ベンゼはぐっと口を噤む。
 ぐうの音も出ない、とはこういうことだろうか。
 挑戦的にベンゼを見据えていたジオーク・ブラッドベルだったが、ふっと肩の力を抜いた。 それだけで、場内に満ちていた緊張感が和らぐような感じがする。
「まぁ、かっこよく戦って生き残れたら理想なんだろうけど。 そう、キレイゴトじゃ済まないでしょ。 心の準備させとくのもいいじゃない? 要は相手の手法によって、臨機応変にしろってことなんだからさ」

 淀みなく、滔々と、ジオーク・ブラッドベルは独自の見解を語る。
 それをやはり、完全には受け容れられないらしいベンゼは、眉間にまた深い皺を刻んで反論を口にしかける。
「とは言っても」
「ベンゼさんさぁ、生き残った者勝ちって、わかってる? あんた、部下を犬死にさせたいの? くだらない騎士道の前に死んで、何の意味があるっていうの? 勲章でひとは救えないでしょ?」
 半ば、遮るように言葉を発したジオーク・ブラッドベルの声には、僅かだが苛立ちが感じられる。


「貴方の息子さんは、国の為に命を散らしました。 君のお父さんは国を守るために戦って天に召されました。 危険の伴う仕事だっていうのはわかってるだろうけどさ、それで納得できるもの? 納得できるできないじゃなくて、納得しなきゃいけなくて、納得せざるを得ないんだよ。 大義の為に」
 憤怒の形相で怒りのオーラを発するベンゼよりも、ほんの少し声に苛立ちを含ませたジオーク・ブラッドベルの方を恐ろしいと感じるのは、なぜだろう。


「だったら、さ。 生きてることが全てでしょ」


 そう、断言したジオーク・ブラッドベルは、今までアガットが接してきたどんな人間よりも怖かった。


 あれ以来、ジオーク・ブラッドベルの思想は悪影響だということで、奴が壇上に上がったのをアガットは見たことがない。
 けれど、今まで受けた騎士道の話の中で、一番印象深かったのは、あのジオーク・ブラッドベルの話だった。

 奴の言っていることは、間違っていない。
 アガットは、自分の大切なひとたちを守りたくて、自分の大切なひとたちの暮らす国を守りたくて、騎士に志願した。 それは、守るためであって、殺すためでも死ぬためでもない。
 ジオーク・ブラッドベルに言われなければ、気づかなかっただろう。


 自分が誰かの命を奪う可能性。 それから、自分の命が、誰かに奪われる可能性。


 そして、思った。
 ジオーク・ブラッドベルは、どちらの覚悟も抱えて、ここにいるのか、と。

 ブルリと、身震いする。
 ああ、本当にこの男は、恐ろしい。
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