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紅の騎士は白き花を抱く
13.これは今日のためだけのものなんだから。
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教会で書類にサインをして、誓いを立てて、あっという間だった。
ジオークと馬車に乗るのは、二度目。
キュビスの家から、ジオークの家へと移動するときには対面に座っていた彼が、今は隣にいて、リシェーナの手を握ってくれている。 手袋越しの手では、体温がしっかり伝わらないことが少し、寂しい。
がたごとと揺れる馬車が動きを止めるので、リシェーナがふとジオークを見ると、ジオークの笑みが降ってきた。
「着いたよ」
一度、握っていた手が離れて、先にジオークが馬車から降りた。 墓地の中までは、馬車では入れない。
「おいで」
先に降りたジオークが、リシェーナに手を差し伸べてくれるが、リシェーナは躊躇った。
「どうしたの?」
焦れた様子はなく、ジオークが訊いてくれるので、リシェーナはちらりと自分が身に着けているドレスの裾を気にした。
「だって、ドレス、汚しちゃう」
きちんと整備されて石畳の敷かれた道ではないのだ。
土の上を引きずれば、汚れてしまうだろう。
折角ジオークが用意してくれたものを、ジオークの目の前で汚してしまうのは忍びない。
リシェーナはそう思ったのだけれど、ジオークは笑い飛ばした。
「いいのに。 これは今日のためだけのものなんだから」
「でも」
きれいなものを自分の意に反して汚したら、気持ちが落ち込むものだから、今日のこの日に、落ち込みたくはなくて、リシェーナは言い募ろうとする。
すると、ジオークはひとつ頷いて、微笑む。
「うん、わかった。 気になるなら、いいよ」
「え、!」
強引ではないけれど、強い力でぐいと手を引かれ、前のめりになったところをすっと膝裏に腕が当てられて、持ち上げられた。 本当に、一瞬の出来事で、リシェーナが目を白黒させているうちに、ジオークはリシェーナの手を引いた手をリシェーナの背に添えて抱きかかえていた。
「よいしょ」
「あなたっ…重い!」
慌ててリシェーナがジオークの胸に向けて手を突っ張ろうとすれば、ジオークは平然とした様子でさらりと言う。
「いつもより、ドレスの分だけ、ね。 おれが重いのがいやなら、しっかりつかまってて」
「~~!」
どうやら、下ろす気は、さらさらなさそうだ。
リシェーナが暴れることでジオークに負荷がかかるのだとすれば、リシェーナができることなど、ジオークの負担にならないようにジオークにつかまることしかないではないか。
だから、リシェーナは諦めて、ジオークの首に腕を回して、腕で輪を作った。
「ありがと。 師も見たいと思うんだ、リシェの花嫁姿」
微笑んだジオークの顔が、少しだけ複雑そうに見えて、リシェーナはジオークを凝視する。
凝視したところで、ジオークの心の内まで見通すことができるわけではないのだけれど。
ジオークが歩けば、ジオークの歩幅で振動が伝わる。 不思議な気持ちだ。
二人なのに、一人になったみたいな気がする。
ふと、ジオークがぴたりと足を止めた。
見れば、父の墓前だった。
「時間がかかったけど、おれもようやく、師との約束、果たせる」
そう、呟いたジオークは、リシェーナを抱きかかえたままで、表情を引き締めた。
「今日から、おれの奥さんです」
ジオークの声は、教会での誓いのときなんかよりも、遥かに緊張しているようにリシェーナの耳には届く。
まるで、父のところに結婚の申し込みにでも行くかのような様子に、リシェーナはふと気づいた。
きっと、ジオークの中では、父はまだ生きているのだ。
きっと、後悔と未練が、そうさせたのだろう。
そして今、その後悔と未練が、落ちた。
「大切に、大切にして…幸せに、しますよ」
ジオークの発した声は、穏やかで、父の墓に向けられていた視線は、リシェーナに向いた。
ジオークの綺麗な石榴石の瞳は、穏やかで、深い愛情に満ちている。
だから、リシェーナも胸がいっぱいになって、どうにかこの【愛しい】という気持ちを伝えたくて、ジオークの頭を胸に抱きしめた。
「ありがとう、あなた」
ジオークと馬車に乗るのは、二度目。
キュビスの家から、ジオークの家へと移動するときには対面に座っていた彼が、今は隣にいて、リシェーナの手を握ってくれている。 手袋越しの手では、体温がしっかり伝わらないことが少し、寂しい。
がたごとと揺れる馬車が動きを止めるので、リシェーナがふとジオークを見ると、ジオークの笑みが降ってきた。
「着いたよ」
一度、握っていた手が離れて、先にジオークが馬車から降りた。 墓地の中までは、馬車では入れない。
「おいで」
先に降りたジオークが、リシェーナに手を差し伸べてくれるが、リシェーナは躊躇った。
「どうしたの?」
焦れた様子はなく、ジオークが訊いてくれるので、リシェーナはちらりと自分が身に着けているドレスの裾を気にした。
「だって、ドレス、汚しちゃう」
きちんと整備されて石畳の敷かれた道ではないのだ。
土の上を引きずれば、汚れてしまうだろう。
折角ジオークが用意してくれたものを、ジオークの目の前で汚してしまうのは忍びない。
リシェーナはそう思ったのだけれど、ジオークは笑い飛ばした。
「いいのに。 これは今日のためだけのものなんだから」
「でも」
きれいなものを自分の意に反して汚したら、気持ちが落ち込むものだから、今日のこの日に、落ち込みたくはなくて、リシェーナは言い募ろうとする。
すると、ジオークはひとつ頷いて、微笑む。
「うん、わかった。 気になるなら、いいよ」
「え、!」
強引ではないけれど、強い力でぐいと手を引かれ、前のめりになったところをすっと膝裏に腕が当てられて、持ち上げられた。 本当に、一瞬の出来事で、リシェーナが目を白黒させているうちに、ジオークはリシェーナの手を引いた手をリシェーナの背に添えて抱きかかえていた。
「よいしょ」
「あなたっ…重い!」
慌ててリシェーナがジオークの胸に向けて手を突っ張ろうとすれば、ジオークは平然とした様子でさらりと言う。
「いつもより、ドレスの分だけ、ね。 おれが重いのがいやなら、しっかりつかまってて」
「~~!」
どうやら、下ろす気は、さらさらなさそうだ。
リシェーナが暴れることでジオークに負荷がかかるのだとすれば、リシェーナができることなど、ジオークの負担にならないようにジオークにつかまることしかないではないか。
だから、リシェーナは諦めて、ジオークの首に腕を回して、腕で輪を作った。
「ありがと。 師も見たいと思うんだ、リシェの花嫁姿」
微笑んだジオークの顔が、少しだけ複雑そうに見えて、リシェーナはジオークを凝視する。
凝視したところで、ジオークの心の内まで見通すことができるわけではないのだけれど。
ジオークが歩けば、ジオークの歩幅で振動が伝わる。 不思議な気持ちだ。
二人なのに、一人になったみたいな気がする。
ふと、ジオークがぴたりと足を止めた。
見れば、父の墓前だった。
「時間がかかったけど、おれもようやく、師との約束、果たせる」
そう、呟いたジオークは、リシェーナを抱きかかえたままで、表情を引き締めた。
「今日から、おれの奥さんです」
ジオークの声は、教会での誓いのときなんかよりも、遥かに緊張しているようにリシェーナの耳には届く。
まるで、父のところに結婚の申し込みにでも行くかのような様子に、リシェーナはふと気づいた。
きっと、ジオークの中では、父はまだ生きているのだ。
きっと、後悔と未練が、そうさせたのだろう。
そして今、その後悔と未練が、落ちた。
「大切に、大切にして…幸せに、しますよ」
ジオークの発した声は、穏やかで、父の墓に向けられていた視線は、リシェーナに向いた。
ジオークの綺麗な石榴石の瞳は、穏やかで、深い愛情に満ちている。
だから、リシェーナも胸がいっぱいになって、どうにかこの【愛しい】という気持ちを伝えたくて、ジオークの頭を胸に抱きしめた。
「ありがとう、あなた」
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