【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

13.これは今日のためだけのものなんだから。

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 教会で書類にサインをして、誓いを立てて、あっという間だった。
 ジオークと馬車に乗るのは、二度目。
 キュビスの家から、ジオークの家へと移動するときには対面に座っていた彼が、今は隣にいて、リシェーナの手を握ってくれている。 手袋越しの手では、体温がしっかり伝わらないことが少し、寂しい。
 がたごとと揺れる馬車が動きを止めるので、リシェーナがふとジオークを見ると、ジオークの笑みが降ってきた。

「着いたよ」
 一度、握っていた手が離れて、先にジオークが馬車から降りた。 墓地の中までは、馬車では入れない。
「おいで」
 先に降りたジオークが、リシェーナに手を差し伸べてくれるが、リシェーナは躊躇った。
「どうしたの?」
 焦れた様子はなく、ジオークが訊いてくれるので、リシェーナはちらりと自分が身に着けているドレスの裾を気にした。
「だって、ドレス、汚しちゃう」

 きちんと整備されて石畳の敷かれた道ではないのだ。
 土の上を引きずれば、汚れてしまうだろう。
 折角ジオークが用意してくれたものを、ジオークの目の前で汚してしまうのは忍びない。
 リシェーナはそう思ったのだけれど、ジオークは笑い飛ばした。
「いいのに。 これは今日のためだけのものなんだから」
「でも」
 きれいなものを自分の意に反して汚したら、気持ちが落ち込むものだから、今日のこの日に、落ち込みたくはなくて、リシェーナは言い募ろうとする。
 すると、ジオークはひとつ頷いて、微笑む。
「うん、わかった。 気になるなら、いいよ」
「え、!」

 強引ではないけれど、強い力でぐいと手を引かれ、前のめりになったところをすっと膝裏に腕が当てられて、持ち上げられた。 本当に、一瞬の出来事で、リシェーナが目を白黒させているうちに、ジオークはリシェーナの手を引いた手をリシェーナの背に添えて抱きかかえていた。
「よいしょ」
「あなたっ…重い!」
 慌ててリシェーナがジオークの胸に向けて手を突っ張ろうとすれば、ジオークは平然とした様子でさらりと言う。
「いつもより、ドレスの分だけ、ね。 おれが重いのがいやなら、しっかりつかまってて」
「~~!」

 どうやら、下ろす気は、さらさらなさそうだ。
 リシェーナが暴れることでジオークに負荷がかかるのだとすれば、リシェーナができることなど、ジオークの負担にならないようにジオークにつかまることしかないではないか。

 だから、リシェーナは諦めて、ジオークの首に腕を回して、腕で輪を作った。
「ありがと。 せんせいも見たいと思うんだ、リシェの花嫁姿」
 微笑んだジオークの顔が、少しだけ複雑そうに見えて、リシェーナはジオークを凝視する。
 凝視したところで、ジオークの心の内まで見通すことができるわけではないのだけれど。


 ジオークが歩けば、ジオークの歩幅で振動が伝わる。 不思議な気持ちだ。
 二人なのに、一人になったみたいな気がする。


 ふと、ジオークがぴたりと足を止めた。
 見れば、父の墓前だった。

「時間がかかったけど、おれもようやく、師との約束、果たせる」
 そう、呟いたジオークは、リシェーナを抱きかかえたままで、表情を引き締めた。

「今日から、おれの奥さんです」
 ジオークの声は、教会での誓いのときなんかよりも、遥かに緊張しているようにリシェーナの耳には届く。
 まるで、父のところに結婚の申し込みにでも行くかのような様子に、リシェーナはふと気づいた。


 きっと、ジオークの中では、父はまだ生きているのだ。
 きっと、後悔と未練が、そうさせたのだろう。
 そして今、その後悔と未練が、落ちた。


「大切に、大切にして…幸せに、しますよ」


 ジオークの発した声は、穏やかで、父の墓に向けられていた視線は、リシェーナに向いた。
 ジオークの綺麗な石榴石の瞳は、穏やかで、深い愛情に満ちている。
 だから、リシェーナも胸がいっぱいになって、どうにかこの【愛しい】という気持ちを伝えたくて、ジオークの頭を胸に抱きしめた。


「ありがとう、あなた」


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