【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

12.これからもっと、幸せになるんですよ。

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「まずは、御髪を整えましょうね。 こちらへ」
 ばあやが、ジオークがリシェーナのために用意してくれたドレッサーの椅子を引き、リシェーナを誘う。
 リシェーナが素直にばあやに従って座ると、ばあやは優しい手つきでリシェーナの髪にブラシを通し始める。

 リシェーナはいつも、身の回りのことは自分でする。 髪を梳くのだってそうだ。
 伝統的なエルディースなどでは、髪を下ろしておくことはみっともないと思われるらしいが、フレンティアはそうではない。 フレンティアは、身だしなみ、装いに関してはおおらかな国だ。
 さすがに、夜会や茶会で髪を下ろしている人間はいないけれど、一歩外に出れば若い女性などは髪を下ろしていることが多い。 リシェーナもそうだったし、この前会ったハニーフもそうだ。

 誰かに髪を梳いてもらうのは、母が生きていた頃以来かもしれない。
 なんだか、くすぐったくてむずむずするような不思議な気持ちだ。

 恥ずかしいような気もするけれど、決して嫌なわけではない。
 リシェーナは、鏡を通してばあやがリシェーナの髪をきれいに結い上げてくれるのを見る。
 鏡の中に、自分が今まで見たことのない、自分がいる。
 知らない自分に出会ったような、新鮮で、不思議な気持ちだった。

「お着替えをしましょうね」
 ばあやの手に促されて、リシェーナは腰を上げて、ドレスを身に着ける。
 それほど難しいドレスではなかったのだが、ばあやの手が形や細部を整えてくれると更にきれいになったように思えた。

「できましたよ。 よくお似合いです。お綺麗ですよ」
 ばあやが、零れ落ちんばかりの笑顔で言ってくれるので、リシェーナはばあやに微笑む。
「それは、ばあやの手が、魔法の手だからよ。 ありがとう、ばあや」
 するりと、その言葉はリシェーナの口から零れた。

 魔法の手、それは、ばあやの手にぴったりの言葉だと、自分でも嬉しくなる。
 ばあやは、『シンデレラ』に登場する、善い魔法使いのおばあさんのようだ。 リシェーナをきれいにしてくれる、それだけではない。
 美味しい料理を作ってくれるのも、庭の手入れをしてくれるのも、お繕い物をしてくれるのも、たくさんのことをリシェーナに教えてくれるのも、全部、全部。


「…ありがとう、ばあや。 本当に、わたし、今、幸せ」


 もう一度、感謝を込めると、ばあやの淡い優しい灰青の瞳が一気に涙ぐんだ。
 それから、肘の少し上まである手袋に包まれたリシェーナの手を、優しく力強く握ってくれる。
 泣きそうに潤んだ目で、それでもばあやは微笑んでリシェーナに言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
「これからもっと、幸せになるんですよ。 旦那さまと結婚して、温かい家庭をつくるんです」

 ゆっくりと、はっきりと、リシェーナに伝わるようにと、気持ちを込めてくれているのがわかって、リシェーナは頷く。
 そのように想ってくれるひとがいることを、幸いだと感じながら。
「…うん。 でも、わたしと彼、だけじゃない。 ばあやも一緒よ」

 きっと、ジオークだって、そう言うはずだ。
 だって、リシェーナがそう考えるようになったのは、ジオークがばあやのことを家族だと言っていたからだ。
 他人と他人のリシェーナとジオークが家族になれるのだから、ばあやだって家族になれる。

 リシェーナの言葉を、予期しなかったのだろうか。
 ばあやの目が、見開かれて、それから、くしゃくしゃの笑顔になった。
「…はい」
 ばあやは一度目頭を押さえた後で顔を上げると、ぴっと背筋を伸ばしてリシェーナの部屋の扉に向かって歩いていき、扉を開けた。


「行きましょう、奥様。 旦那様がお待ちです」


 ばあやにかけられた言葉に、今度はリシェーナが目を見張る番だった。
 ばあやが、【お嬢様】ではなく、【奥様】とリシェーナを呼んだ。
 ああ、本当に、ジオークの奥さんになるんだ、という実感が湧いたのは、このときだったかもしれない。

 リシェーナが自分の部屋から一歩踏み出すと、そこにはジオークが待ってくれていて、リシェーナの目はジオークにくぎ付けになった。
 若干ブルーがかったグレーのモーニングコートに、リシェーナのドレスの差し色と同じ淡いパステルイエローのタイをしている。
 騎士の彼は体形がしっかりしていて、姿勢もいいためか、凄まじく様になっていた。

「…あなた、素敵」
 感嘆の吐息とともに、リシェーナの心の声は漏れていた。
「ありがと。 リシェの隣に立っても変じゃないね。 よかった」
 ジオークがリシェーナに微笑むと、ばあやは笑顔で何度も何度も頷いている。
「旦那様も、とてもお似合いですよ。 ええ、ええ、とてもお似合いのお二人です」
 ばあやの言葉に、リシェーナはまた、嬉しくなる。
 どんな衣服が似合うと言われるよりも、ジオークの隣に立って、「似合っている」と言われるのが、実は一番、嬉しいかもしれない。

 幸せと喜びを噛み締めるリシェーナの頬に、そっと触れる感触があって視線を上げると、ジオークが嬉しそうにリシェーナを見つめてくれていた。
「リシェ綺麗。 いつも綺麗だけど。 おれのイメージ押しつけてよかった。 やっぱり赤はね、ちょっと違うんだよね」
 後半部分は、独白のようでもあったけれど、リシェーナはふっとあることを思い出した。


 ジオークと暮らし始めて間もない頃、初めて一緒にお出かけをした日。
 ジオークに、好きな色を訊かれたのだ。
 リシェーナは、「赤」と言ったのだけれど、ジオークは微妙な反応をした。

 そのときから、ジオークは、リシェーナにドレスを着せようと思ってくれていたのだろうか。
 そう考えると、胸が温かくなって、少し苦しいような気もして、リシェーナはそっと胸に握った手を添えて目を伏せる。
「うん、赤じゃなくてよかった」

 今度は視線を上げてまっすぐにジオークを見つめ、微笑む。
「一番きれいで好きな赤は、隣にいてくれるから」
 リシェーナに似合う紅は、隣にいてくれるあなた以外に、ありえないのだから。

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