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紅の騎士は白き花を抱く
7.言ってごらん?
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「あなた、いってらっしゃい」
笑顔のリシェーナに見送られて、ジオークは家を出た。 だが、今日は出仕日ではない。
リシェーナにもマリーにも、ジオークは非番の日をきちんと伝えていない。
一ヶ月単位のシフト制ではあるが、リシェーナが来る前から「明日休みだから」という感じで過ごしてきた。
もしかしたら、この前アミルが「夫には向かない」と言っていたのはこういうことかもしれない。
だが、別に悪いことをするわけではないのだから、とジオークは自分を納得させる。
行き先が王宮であることだって間違いでないのだから、嘘は言っていないはずだ。
向かったのは、王宮。
だが、自分たちが簡単には立ち入れない、王族の居住エリア。 そこの管轄は王都騎士団ではなく近衛騎士団であり、国王陛下の身辺警護も近衛騎士団によって行われる。
ジオークは、滅多に来ないそこに足を踏み入れ、近衛騎士団の騎士二名が護る扉の前に立った。 ジオークの赤髪が目立つためか、彼らはジオークが王都騎士団の副団長ということは知っているのだろう。
国王がジオークの特徴と来訪を事前に彼らに伝えていたとしても、扉をノックすることも止められず、扉を開くことも止められないのはいかがなものか。
「失礼します」
ジオークが形式上入室の辞を口にすると、丁度休憩中だったらしくソファに腰掛けた国王陛下――アルヴァートが緩く微笑んだ。
「ああ、来たか」
国王は、彼の近くに控えていた近衛騎士を振り返る。
「下がってくれていい。 彼は王都騎士団副団長だ。 腕は確かだよ、心配ない」
近衛騎士団の、団長だったか。 壮年にさしかかった、シルバーグレイの髪の男は無言でじっとジオークを見た。 値踏みされているのを感じ取ったジオークは、その視線を受け止めて同じくらいの強さで近衛騎士団団長を見返す。
先に視線を逸らしたのは近衛騎士団団長で、これまた無言で国王に一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まる音を聞いてふっと息を吐いたのは、ジオークではなく国王だ。
「彼も、腕は確かなのだけれどね。 少々堅いかな。 沈黙が重いというかね…、私はお前くらい気安い方が好きだよ」
暗に【軽い】と言われているのを感じ取ったジオークは、わざと畏まった口調で応対した。
「お忙しい中わざわざお時間を作っていただきまして、ありがとうございます」
畏まった口調とは言っても、自分の精一杯はこの程度だが。
そうすれば、実に楽しげに国王は笑う。
「随分と他人行儀じゃないか。 面白いな、ジオ。 私とお前は、血よりも濃い絆で結ばれた兄弟だというのに」
さらっと【血よりも濃い絆で結ばれた兄弟】と言われたが、誤解を生みそうな発言は控えてほしいものだ。
たまたま一時期接点があったというだけで、血も絆もあったものではないとジオークは思っている。
正直自分でも、どうしてこんなに国王に気に入られているんだかわからないのだ。
ああ、いや、正確には、知っている。
気に入られているのは、自分が、この国王の、利益になる存在だからだ。
「それを、あんまりほいほい言わないでくださいね。 ただでさえ、貴方とおれが懇意なことに疑問を持っている輩はいるのですから」
だが、この国王陛下はあまりにもあっけらかんとしている。
ジオークの言葉は聞こえていなかったのだろうか、と疑問を覚えるほどだ。
「で? 私に用とは何だろう? お前はひとを頼ることが不得手だからね。 兄弟子としては、お前に頼られるのは嬉しいことだ」
微笑んだ国王は、まさしく王者の風格を纏って悠然と構え、ジオークに望みを問う。
この国王は、一度目をかけた者や懐に入れた者に関しては割と甘い。
そのことを理解していて、自分は利用しようとしている。
罪悪感は生まれなかった。
国王が自分を気に入っている理由が、兄弟弟子であることそれだけや、自分の性格だけではなく、自分の能力や腕も加味されたものだと知っているからだ。
「…お願いが、あります」
ジオークの言葉を待っていたように、国王は微笑む。
「さて、何だろう。 言ってごらん?」
微笑んだ目元は優しく柔らかくても、その瞳の奥は冷静だ。
利用できるもの、できないものをしっかりとより分け、把握している。
それが悪いこととは言わない。
だって、彼は国王なのだから。
国王が他の誰より偉いだとか、人を使う価値があると言っているわけではない。
彼の役割はこの国を上手く機能させること。
彼はとても愛情深く、とても非情な人間でもある。
きっと彼が彼の妃を近衛騎士のひとり――ハルヴェール卿に下賜したのだって、彼のひとつの手腕だ。
きっと、この国王は、彼の妃がハルヴェール卿の想い人だというのを知っていて、妃に迎えた。
そしてずっと、温めていたのだ。 ハルヴェール卿に恩を売るために。
今、ジオークの望みを聞こうとしているのも、同じこと。
これで、ジオークはこの国に繋がれる。
どちらかではない、どちらでもあるのだ。
たくさんの愛情の中に、非情を隠しているのだろうと、ジオークは思った。
笑顔のリシェーナに見送られて、ジオークは家を出た。 だが、今日は出仕日ではない。
リシェーナにもマリーにも、ジオークは非番の日をきちんと伝えていない。
一ヶ月単位のシフト制ではあるが、リシェーナが来る前から「明日休みだから」という感じで過ごしてきた。
もしかしたら、この前アミルが「夫には向かない」と言っていたのはこういうことかもしれない。
だが、別に悪いことをするわけではないのだから、とジオークは自分を納得させる。
行き先が王宮であることだって間違いでないのだから、嘘は言っていないはずだ。
向かったのは、王宮。
だが、自分たちが簡単には立ち入れない、王族の居住エリア。 そこの管轄は王都騎士団ではなく近衛騎士団であり、国王陛下の身辺警護も近衛騎士団によって行われる。
ジオークは、滅多に来ないそこに足を踏み入れ、近衛騎士団の騎士二名が護る扉の前に立った。 ジオークの赤髪が目立つためか、彼らはジオークが王都騎士団の副団長ということは知っているのだろう。
国王がジオークの特徴と来訪を事前に彼らに伝えていたとしても、扉をノックすることも止められず、扉を開くことも止められないのはいかがなものか。
「失礼します」
ジオークが形式上入室の辞を口にすると、丁度休憩中だったらしくソファに腰掛けた国王陛下――アルヴァートが緩く微笑んだ。
「ああ、来たか」
国王は、彼の近くに控えていた近衛騎士を振り返る。
「下がってくれていい。 彼は王都騎士団副団長だ。 腕は確かだよ、心配ない」
近衛騎士団の、団長だったか。 壮年にさしかかった、シルバーグレイの髪の男は無言でじっとジオークを見た。 値踏みされているのを感じ取ったジオークは、その視線を受け止めて同じくらいの強さで近衛騎士団団長を見返す。
先に視線を逸らしたのは近衛騎士団団長で、これまた無言で国王に一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まる音を聞いてふっと息を吐いたのは、ジオークではなく国王だ。
「彼も、腕は確かなのだけれどね。 少々堅いかな。 沈黙が重いというかね…、私はお前くらい気安い方が好きだよ」
暗に【軽い】と言われているのを感じ取ったジオークは、わざと畏まった口調で応対した。
「お忙しい中わざわざお時間を作っていただきまして、ありがとうございます」
畏まった口調とは言っても、自分の精一杯はこの程度だが。
そうすれば、実に楽しげに国王は笑う。
「随分と他人行儀じゃないか。 面白いな、ジオ。 私とお前は、血よりも濃い絆で結ばれた兄弟だというのに」
さらっと【血よりも濃い絆で結ばれた兄弟】と言われたが、誤解を生みそうな発言は控えてほしいものだ。
たまたま一時期接点があったというだけで、血も絆もあったものではないとジオークは思っている。
正直自分でも、どうしてこんなに国王に気に入られているんだかわからないのだ。
ああ、いや、正確には、知っている。
気に入られているのは、自分が、この国王の、利益になる存在だからだ。
「それを、あんまりほいほい言わないでくださいね。 ただでさえ、貴方とおれが懇意なことに疑問を持っている輩はいるのですから」
だが、この国王陛下はあまりにもあっけらかんとしている。
ジオークの言葉は聞こえていなかったのだろうか、と疑問を覚えるほどだ。
「で? 私に用とは何だろう? お前はひとを頼ることが不得手だからね。 兄弟子としては、お前に頼られるのは嬉しいことだ」
微笑んだ国王は、まさしく王者の風格を纏って悠然と構え、ジオークに望みを問う。
この国王は、一度目をかけた者や懐に入れた者に関しては割と甘い。
そのことを理解していて、自分は利用しようとしている。
罪悪感は生まれなかった。
国王が自分を気に入っている理由が、兄弟弟子であることそれだけや、自分の性格だけではなく、自分の能力や腕も加味されたものだと知っているからだ。
「…お願いが、あります」
ジオークの言葉を待っていたように、国王は微笑む。
「さて、何だろう。 言ってごらん?」
微笑んだ目元は優しく柔らかくても、その瞳の奥は冷静だ。
利用できるもの、できないものをしっかりとより分け、把握している。
それが悪いこととは言わない。
だって、彼は国王なのだから。
国王が他の誰より偉いだとか、人を使う価値があると言っているわけではない。
彼の役割はこの国を上手く機能させること。
彼はとても愛情深く、とても非情な人間でもある。
きっと彼が彼の妃を近衛騎士のひとり――ハルヴェール卿に下賜したのだって、彼のひとつの手腕だ。
きっと、この国王は、彼の妃がハルヴェール卿の想い人だというのを知っていて、妃に迎えた。
そしてずっと、温めていたのだ。 ハルヴェール卿に恩を売るために。
今、ジオークの望みを聞こうとしているのも、同じこと。
これで、ジオークはこの国に繋がれる。
どちらかではない、どちらでもあるのだ。
たくさんの愛情の中に、非情を隠しているのだろうと、ジオークは思った。
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