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紅の騎士は白き花を抱く
5.…リシェを傷つけないための嘘だよ。
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「ほんとにリシェはすぐ焼けるんだから、仕方ないでしょ。 赤くなって痛々しくて可哀想なんだよ」
ジオークの目は、無意識のうちに窓の向こうのリシェーナを追う。
リシェーナは庇の大きな帽子を被り、ジオークが言ったとおりにきちんと、薄手のカーディガンを身につけてくれている。 そのことにジオークはほっとしたのだけれど。
「惚気もいらない」
ばっさりと、ジョーに斬り捨てられた。
今の発言が、果たして惚気に聞こえるだろうか? という釈然としない気持ちでいると、アミルがジオークの気持ちを代弁してくれる。
「…今のが惚気に聞こえるって、ジョー様の耳はどうなってるの?」
「…その呼び名は非常に不愉快なんだが?」
凶悪な笑顔を見せたジョーが、すっと左の胸ポケットから煙草のケースを取り出そうとしたのをジオークは見咎める。
「あ、煙草はやめてね。 リシェの身体に良くない」
ジョーは医者のくせに、と言ってはあれだが、愛煙家だ。
ジオークは煙草は吸わないし、リシェーナのことを考えると吸わないままでいたほうがいいと思っている。
何となくだが、リシェーナは煙に弱そうなイメージだ。
「チッ」
リシェーナの名前を出せば、なぜかリシェーナを可愛がっているジョーは、煙草のケースを胸ポケットにしまう。 かと思えば、ジョーは右の胸ポケットからスキットルを取り出した。
上着のポケットに何か入っているのはわかっていたが、ジョーの胸のボリュームは煙草のケースとスキットルの厚みの成せる業でもあったようだ。
スキットルを常備するジョーは酒豪も酒豪であり、ワインやシャンパンよりも、テキーラやウィスキーを好む。
ジオークもそれなりに酒は好きなので、酒の好みをとやかく言うつもりはないが、酒を常時持ち運ぶ医者というのはどうなのだろう、という疑問は拭えない。
スキットルの蓋を開けようとしたジョーを横目で見つつ、アミルがぽそりと零した。
「昼間からお酒はダメってリシェーナちゃん言ってたよ」
つい先程、リシェーナからワインを止められたことが尾を引いているらしい。
普段のジョーならば、アミルが何と言おうと意にも介さないくせに、やはりリシェーナの名が出ると弱いらしい。
スキットルの蓋に手をかけたまましばし葛藤したようだが、そろり、と胸ポケットにスキットルをしまう。
そして、再びソファの背にもたれるようにしてどっかりと座り、腕組みをした。
「なら茶を出せ」
「茶だってさ、ジオ」
女王然としてジオークに命じるジョーに、アミルも乗っかってくるので、ジオークは無言で立ち上がり、キッチンからティーカップを持ってきた。
少し冷めてしまったが、マリーにしっかりと紅茶の淹れ方を仕込まれたリシェーナの淹れる紅茶は美味しい。
ティーカップを温めるとか手順があることは知っているが、そこまでジオークに求められても困る。
とりあえず、ティーポットに被せられていた茶帽子を取る。
ジオークは、ティーカップに紅茶を注いで差し出したのだが、それでもジョーは不満げだ。
「…待ちに待った茶じゃないの?」
その顔は何だ、と言う代わりにそのように尋ねたのだが、ジョーははぁぁとこれみよがしな溜息をついた。
「どうせならお嬢ちゃんに酌をしてもらいたかったんだが、仕方ないな…」
「酌って言い方やめてくれる?」
どうしてジョーは普通に「紅茶をサーブしてほしい」と言えないのだろうか。
見た目は出来る系の美人なのに、どうしてこうも中身が親父で残念なのだろう。
外見と中身がちぐはぐなことについて、ジオークも言えた口ではないが。
自分の中身とジョーの中身を取り替えたら丁度いいのではないか、と思ってジオークは即座にその考えを打ち消した。
それではジオークが見た目が派手でチャラくて、中身が親父で総合的に残念になる。
ジョーはジオークが注いだ紅茶に口をつけながら尋ねてきた。
「それよりも、ジオ。 私を呼んだ理由は、検査だったのか?」
真面目な顔で訊いてくるものだから、冗談なのか嫌味なのか本気なのか判別がつかない。
だから、ジオークもとりあえず、真面目に応じることにした。
「いらないよ。 リシェを預かるって決めてすぐ、検査はしたから」
「随分と気が早いじゃあないか」
皮肉げに笑んだジョーが、ティーカップを置いた。
アミルも少々驚いたような顔をしているが、その瞳は、どことなくジオークを非難するような光を宿している。
「ジオってリシェーナちゃんにも平気な顔して嘘つけちゃうんだねー…。 かわいそ」
アミルは、ちら、と窓から見えるリシェーナの姿を気にした。
「…リシェを傷つけないための嘘だよ」
リシェーナに本当のことを伝えないことが、リシェーナにとって良い場合だってある。 ジオークは、自分の良心をそうやって納得させる。
だって、自分がこれからジョーとする話は、リシェーナにとって楽しいものでも嬉しいものでも喜ばしいものでもない。
それでも、ジオークは、責任の所在をうやむやにしたくはない。
なぜなら、害を被ったのが他の誰でもない、リシェーナだからだ。
ジオークの目は、無意識のうちに窓の向こうのリシェーナを追う。
リシェーナは庇の大きな帽子を被り、ジオークが言ったとおりにきちんと、薄手のカーディガンを身につけてくれている。 そのことにジオークはほっとしたのだけれど。
「惚気もいらない」
ばっさりと、ジョーに斬り捨てられた。
今の発言が、果たして惚気に聞こえるだろうか? という釈然としない気持ちでいると、アミルがジオークの気持ちを代弁してくれる。
「…今のが惚気に聞こえるって、ジョー様の耳はどうなってるの?」
「…その呼び名は非常に不愉快なんだが?」
凶悪な笑顔を見せたジョーが、すっと左の胸ポケットから煙草のケースを取り出そうとしたのをジオークは見咎める。
「あ、煙草はやめてね。 リシェの身体に良くない」
ジョーは医者のくせに、と言ってはあれだが、愛煙家だ。
ジオークは煙草は吸わないし、リシェーナのことを考えると吸わないままでいたほうがいいと思っている。
何となくだが、リシェーナは煙に弱そうなイメージだ。
「チッ」
リシェーナの名前を出せば、なぜかリシェーナを可愛がっているジョーは、煙草のケースを胸ポケットにしまう。 かと思えば、ジョーは右の胸ポケットからスキットルを取り出した。
上着のポケットに何か入っているのはわかっていたが、ジョーの胸のボリュームは煙草のケースとスキットルの厚みの成せる業でもあったようだ。
スキットルを常備するジョーは酒豪も酒豪であり、ワインやシャンパンよりも、テキーラやウィスキーを好む。
ジオークもそれなりに酒は好きなので、酒の好みをとやかく言うつもりはないが、酒を常時持ち運ぶ医者というのはどうなのだろう、という疑問は拭えない。
スキットルの蓋を開けようとしたジョーを横目で見つつ、アミルがぽそりと零した。
「昼間からお酒はダメってリシェーナちゃん言ってたよ」
つい先程、リシェーナからワインを止められたことが尾を引いているらしい。
普段のジョーならば、アミルが何と言おうと意にも介さないくせに、やはりリシェーナの名が出ると弱いらしい。
スキットルの蓋に手をかけたまましばし葛藤したようだが、そろり、と胸ポケットにスキットルをしまう。
そして、再びソファの背にもたれるようにしてどっかりと座り、腕組みをした。
「なら茶を出せ」
「茶だってさ、ジオ」
女王然としてジオークに命じるジョーに、アミルも乗っかってくるので、ジオークは無言で立ち上がり、キッチンからティーカップを持ってきた。
少し冷めてしまったが、マリーにしっかりと紅茶の淹れ方を仕込まれたリシェーナの淹れる紅茶は美味しい。
ティーカップを温めるとか手順があることは知っているが、そこまでジオークに求められても困る。
とりあえず、ティーポットに被せられていた茶帽子を取る。
ジオークは、ティーカップに紅茶を注いで差し出したのだが、それでもジョーは不満げだ。
「…待ちに待った茶じゃないの?」
その顔は何だ、と言う代わりにそのように尋ねたのだが、ジョーははぁぁとこれみよがしな溜息をついた。
「どうせならお嬢ちゃんに酌をしてもらいたかったんだが、仕方ないな…」
「酌って言い方やめてくれる?」
どうしてジョーは普通に「紅茶をサーブしてほしい」と言えないのだろうか。
見た目は出来る系の美人なのに、どうしてこうも中身が親父で残念なのだろう。
外見と中身がちぐはぐなことについて、ジオークも言えた口ではないが。
自分の中身とジョーの中身を取り替えたら丁度いいのではないか、と思ってジオークは即座にその考えを打ち消した。
それではジオークが見た目が派手でチャラくて、中身が親父で総合的に残念になる。
ジョーはジオークが注いだ紅茶に口をつけながら尋ねてきた。
「それよりも、ジオ。 私を呼んだ理由は、検査だったのか?」
真面目な顔で訊いてくるものだから、冗談なのか嫌味なのか本気なのか判別がつかない。
だから、ジオークもとりあえず、真面目に応じることにした。
「いらないよ。 リシェを預かるって決めてすぐ、検査はしたから」
「随分と気が早いじゃあないか」
皮肉げに笑んだジョーが、ティーカップを置いた。
アミルも少々驚いたような顔をしているが、その瞳は、どことなくジオークを非難するような光を宿している。
「ジオってリシェーナちゃんにも平気な顔して嘘つけちゃうんだねー…。 かわいそ」
アミルは、ちら、と窓から見えるリシェーナの姿を気にした。
「…リシェを傷つけないための嘘だよ」
リシェーナに本当のことを伝えないことが、リシェーナにとって良い場合だってある。 ジオークは、自分の良心をそうやって納得させる。
だって、自分がこれからジョーとする話は、リシェーナにとって楽しいものでも嬉しいものでも喜ばしいものでもない。
それでも、ジオークは、責任の所在をうやむやにしたくはない。
なぜなら、害を被ったのが他の誰でもない、リシェーナだからだ。
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