【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

3.彼が、好きなものを作れるのが、好きなの。

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「彼の好きな、クッキーなの。 この前、ばあやが教えてくれた」

 本当に嬉しそうに笑うリシェーナに、ジオークの胸は温かくなる。
 確かに、オレンジピールとアーモンドのクッキーは、ジオークの好物だ。

「嬉しそうだね。 料理が好きなの?」
 口の中の物を嚥下し終えたアミルが、リシェーナにそんな問いを投げた。
 すると彼女は目を丸くした後で、微笑む。

「彼が、好きなものを作れるのが、好きなの」
 頬を染めて、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべたリシェーナが、ちらっとジオークを見るので、ジオークはドキリとする。
「彼が、喜んでくれる顔を見るのが、好きなの」


 そんな風に言ってくれるリシェーナが、可愛くて堪らない。
 視線で、言葉で、全身で彼女は、ジオークのことが好きだと言ってくれる。
 それがジオークは、嬉しい。


 けれど、さっきアミルにクッキーを食べさせてあげたのは、いただけない。
 ジオークは笑んだままでリシェーナの手首を取ると、すいとリシェーナを抱き寄せた。
「アミーにばっかりずるいよ? おれには?」

 アミルが見ていようがいまいが、ジオークには関係ないし、気にならない。
 ひとつ気になったのは、リシェーナがジオークの行動を、発言を、子どもっぽいと呆れなかったかどうかだが、リシェーナはただ、笑っただけだった。
 それがまた、ジオークには嬉しい。
 リシェーナは、ジオークのそういったところも含めて、理解してくれていると思えたから。

 リシェーナはそっと手を伸ばしてクッキーを一枚摘まむと、ジオークの口元に持ってきてくれた。
「はい。 あなたも」
 ジオークはそれをぱくりと口に含み、そのついでにリシェーナの指先を軽く吸って離れる。
 リシェーナがビクリとしたのを見て、ジオークはにっこりと笑った。
「うん、美味しい」
 指を吸ったことが何でもないかのように笑ってみせると、リシェーナも気にするのは自意識過剰かもしれないと思ったのだろう。
 やはり、何もなかったかのように笑ってくれる。
 こんなに容易いと、悪い男につけ込まれないか、不安になるなぁ、と思ったときだった。


「あのさー…俺の存在、無視しないでよ」


 呆れ顔のアミルが、思い切り呆れを滲ませた声を出した。
 リシェーナは、ハッとしてジオークから離れたが、ジオークとしては逃げられて残念、といったところだ。
「無視はしてないよ。 気にしてないだけ」
「それってもっと悪い」
 間髪入れずに返したアミルに、ジオークは打てば響くってこういうのを言うんだろうなぁ、とのんびりと考える。
 その様子が、リシェーナの目にはどのように映っているのだろう。 嬉しそうに聞いてきた。
「あなたの仲よし?」


「そう見えるのかー…。 アミルって言うんだ。 せんせいのことも知ってるよ」
 師――リシェーナの父の名が出ると、リシェーナは小さく笑みを零した。
 彼女の父の名が出たこと自体に、というよりは、ジオークの気遣いを喜ばしく思った風だった。
「そう。 ゆっくりして行って? ワインとチーズ、ありがとうございます。 お夕飯のとき、ね」
 言ったリシェーナは、ワインの瓶とチーズの入った籠を手にして立ち上がる。

 まさか、リシェーナはこの男アミルを、夕飯時まで居座らせるつもりなのか。
 折角、ジオークが休みで、リシェーナと二人きりで過ごせる貴重な一日なのに。
 というか、リシェーナはこの後、どうするつもりなのだろう。

 そう思えば、ジオークは尋ねていた。
「リシェ、どこ行くの?」
「お庭のお手入れ」
 簡潔に、リシェーナは返す。

 席を外すことが、気を遣ったからなのかどうかは、その反応からだけでは測れなかった。
「大丈夫。 ここから見えるところにいる」
 けれど、この言葉が、ジオークの心をおもんぱかったものだということは、わかる。

「ありがと」
 ジオークがリシェーナに言うと、リシェーナはそっとリビングを後にした。

「…ほんと…幸せそうだね」
 リシェーナの足音が遠ざかったのを聞いて、だろう。 アミルはそっと口を開いた。
 ジオークは、ここぞとばかりに盛大に惚気ることにする。
「おれはリシェが好きだし、リシェもしっかりおれのこと好きだし。 ああ見えて意外に甘えたがりなんだよ?」
「じゃあ、ジオがかまいたがりだから釣り合い取れていいね」
 笑ったアミルにそう言われて、ジオークは確かに、と思った。

 ジオークは好きな子には優しくしたいし構いたいし甘やかしたい派だ。
 リシェーナは、我慢することに慣れているのか、甘え下手ではあるが同時に甘えたがりでもある。
 上手くバランスって取れるものらしい、と頷いていると、アミルの声が耳に届いた。


「…よかったね」


 ジオークはその言葉に誘われて、ふとアミルを見る。
 アミルが一体何を「よかったね」と言ったのかわからなくて、ジオークがアミルを見つめていると、アミルは続けた。

「学者先生が死んで、彼女がカージナルにかっさらわれたとき…見るのが辛いくらい、荒れてたから」
 過去を辿るかのように、アミルの目は、目の前のジオークではなくどこか遠くを映しているようだった。 ジオークは、肩を竦めて苦笑する。
「開き直るのも早かったけどね」
「まぁ、それがジオのいいところだよ」
「いいんだ。 どんなに願っても、過去には戻れないし取り戻せもしないから。 現在と未来はしっかり捕まえておくって決めたから」


 誓ったから。 他の誰でもない、リシェーナに。
 ジオークの眼は、真っ直ぐに前を、未来を映している。
 ずっと望んでいたひとと共にいる、という揺るぎない未来を。


 そのためには、不安要素は取り除いておかないといけない。
 そう考えると、今日、ここにアミルが来てくれたのも、天の配剤なのかもしれない、と思えた。
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