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紅の騎士は白き花を抱く
3.彼が、好きなものを作れるのが、好きなの。
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「彼の好きな、クッキーなの。 この前、ばあやが教えてくれた」
本当に嬉しそうに笑うリシェーナに、ジオークの胸は温かくなる。
確かに、オレンジピールとアーモンドのクッキーは、ジオークの好物だ。
「嬉しそうだね。 料理が好きなの?」
口の中の物を嚥下し終えたアミルが、リシェーナにそんな問いを投げた。
すると彼女は目を丸くした後で、微笑む。
「彼が、好きなものを作れるのが、好きなの」
頬を染めて、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべたリシェーナが、ちらっとジオークを見るので、ジオークはドキリとする。
「彼が、喜んでくれる顔を見るのが、好きなの」
そんな風に言ってくれるリシェーナが、可愛くて堪らない。
視線で、言葉で、全身で彼女は、ジオークのことが好きだと言ってくれる。
それがジオークは、嬉しい。
けれど、さっきアミルにクッキーを食べさせてあげたのは、いただけない。
ジオークは笑んだままでリシェーナの手首を取ると、すいとリシェーナを抱き寄せた。
「アミーにばっかりずるいよ? おれには?」
アミルが見ていようがいまいが、ジオークには関係ないし、気にならない。
ひとつ気になったのは、リシェーナがジオークの行動を、発言を、子どもっぽいと呆れなかったかどうかだが、リシェーナはただ、笑っただけだった。
それがまた、ジオークには嬉しい。
リシェーナは、ジオークのそういったところも含めて、理解してくれていると思えたから。
リシェーナはそっと手を伸ばしてクッキーを一枚摘まむと、ジオークの口元に持ってきてくれた。
「はい。 あなたも」
ジオークはそれをぱくりと口に含み、そのついでにリシェーナの指先を軽く吸って離れる。
リシェーナがビクリとしたのを見て、ジオークはにっこりと笑った。
「うん、美味しい」
指を吸ったことが何でもないかのように笑ってみせると、リシェーナも気にするのは自意識過剰かもしれないと思ったのだろう。
やはり、何もなかったかのように笑ってくれる。
こんなに容易いと、悪い男につけ込まれないか、不安になるなぁ、と思ったときだった。
「あのさー…俺の存在、無視しないでよ」
呆れ顔のアミルが、思い切り呆れを滲ませた声を出した。
リシェーナは、ハッとしてジオークから離れたが、ジオークとしては逃げられて残念、といったところだ。
「無視はしてないよ。 気にしてないだけ」
「それってもっと悪い」
間髪入れずに返したアミルに、ジオークは打てば響くってこういうのを言うんだろうなぁ、とのんびりと考える。
その様子が、リシェーナの目にはどのように映っているのだろう。 嬉しそうに聞いてきた。
「あなたの仲よし?」
「そう見えるのかー…。 アミルって言うんだ。 師のことも知ってるよ」
師――リシェーナの父の名が出ると、リシェーナは小さく笑みを零した。
彼女の父の名が出たこと自体に、というよりは、ジオークの気遣いを喜ばしく思った風だった。
「そう。 ゆっくりして行って? ワインとチーズ、ありがとうございます。 お夕飯のとき、ね」
言ったリシェーナは、ワインの瓶とチーズの入った籠を手にして立ち上がる。
まさか、リシェーナはこの男を、夕飯時まで居座らせるつもりなのか。
折角、ジオークが休みで、リシェーナと二人きりで過ごせる貴重な一日なのに。
というか、リシェーナはこの後、どうするつもりなのだろう。
そう思えば、ジオークは尋ねていた。
「リシェ、どこ行くの?」
「お庭のお手入れ」
簡潔に、リシェーナは返す。
席を外すことが、気を遣ったからなのかどうかは、その反応からだけでは測れなかった。
「大丈夫。 ここから見えるところにいる」
けれど、この言葉が、ジオークの心を慮ったものだということは、わかる。
「ありがと」
ジオークがリシェーナに言うと、リシェーナはそっとリビングを後にした。
「…ほんと…幸せそうだね」
リシェーナの足音が遠ざかったのを聞いて、だろう。 アミルはそっと口を開いた。
ジオークは、ここぞとばかりに盛大に惚気ることにする。
「おれはリシェが好きだし、リシェもしっかりおれのこと好きだし。 ああ見えて意外に甘えたがりなんだよ?」
「じゃあ、ジオがかまいたがりだから釣り合い取れていいね」
笑ったアミルにそう言われて、ジオークは確かに、と思った。
ジオークは好きな子には優しくしたいし構いたいし甘やかしたい派だ。
リシェーナは、我慢することに慣れているのか、甘え下手ではあるが同時に甘えたがりでもある。
上手くバランスって取れるものらしい、と頷いていると、アミルの声が耳に届いた。
「…よかったね」
ジオークはその言葉に誘われて、ふとアミルを見る。
アミルが一体何を「よかったね」と言ったのかわからなくて、ジオークがアミルを見つめていると、アミルは続けた。
「学者先生が死んで、彼女がカージナルにかっさらわれたとき…見るのが辛いくらい、荒れてたから」
過去を辿るかのように、アミルの目は、目の前のジオークではなくどこか遠くを映しているようだった。 ジオークは、肩を竦めて苦笑する。
「開き直るのも早かったけどね」
「まぁ、それがジオのいいところだよ」
「いいんだ。 どんなに願っても、過去には戻れないし取り戻せもしないから。 現在と未来はしっかり捕まえておくって決めたから」
誓ったから。 他の誰でもない、リシェーナに。
ジオークの眼は、真っ直ぐに前を、未来を映している。
ずっと望んでいたひとと共にいる、という揺るぎない未来を。
そのためには、不安要素は取り除いておかないといけない。
そう考えると、今日、ここにアミルが来てくれたのも、天の配剤なのかもしれない、と思えた。
本当に嬉しそうに笑うリシェーナに、ジオークの胸は温かくなる。
確かに、オレンジピールとアーモンドのクッキーは、ジオークの好物だ。
「嬉しそうだね。 料理が好きなの?」
口の中の物を嚥下し終えたアミルが、リシェーナにそんな問いを投げた。
すると彼女は目を丸くした後で、微笑む。
「彼が、好きなものを作れるのが、好きなの」
頬を染めて、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべたリシェーナが、ちらっとジオークを見るので、ジオークはドキリとする。
「彼が、喜んでくれる顔を見るのが、好きなの」
そんな風に言ってくれるリシェーナが、可愛くて堪らない。
視線で、言葉で、全身で彼女は、ジオークのことが好きだと言ってくれる。
それがジオークは、嬉しい。
けれど、さっきアミルにクッキーを食べさせてあげたのは、いただけない。
ジオークは笑んだままでリシェーナの手首を取ると、すいとリシェーナを抱き寄せた。
「アミーにばっかりずるいよ? おれには?」
アミルが見ていようがいまいが、ジオークには関係ないし、気にならない。
ひとつ気になったのは、リシェーナがジオークの行動を、発言を、子どもっぽいと呆れなかったかどうかだが、リシェーナはただ、笑っただけだった。
それがまた、ジオークには嬉しい。
リシェーナは、ジオークのそういったところも含めて、理解してくれていると思えたから。
リシェーナはそっと手を伸ばしてクッキーを一枚摘まむと、ジオークの口元に持ってきてくれた。
「はい。 あなたも」
ジオークはそれをぱくりと口に含み、そのついでにリシェーナの指先を軽く吸って離れる。
リシェーナがビクリとしたのを見て、ジオークはにっこりと笑った。
「うん、美味しい」
指を吸ったことが何でもないかのように笑ってみせると、リシェーナも気にするのは自意識過剰かもしれないと思ったのだろう。
やはり、何もなかったかのように笑ってくれる。
こんなに容易いと、悪い男につけ込まれないか、不安になるなぁ、と思ったときだった。
「あのさー…俺の存在、無視しないでよ」
呆れ顔のアミルが、思い切り呆れを滲ませた声を出した。
リシェーナは、ハッとしてジオークから離れたが、ジオークとしては逃げられて残念、といったところだ。
「無視はしてないよ。 気にしてないだけ」
「それってもっと悪い」
間髪入れずに返したアミルに、ジオークは打てば響くってこういうのを言うんだろうなぁ、とのんびりと考える。
その様子が、リシェーナの目にはどのように映っているのだろう。 嬉しそうに聞いてきた。
「あなたの仲よし?」
「そう見えるのかー…。 アミルって言うんだ。 師のことも知ってるよ」
師――リシェーナの父の名が出ると、リシェーナは小さく笑みを零した。
彼女の父の名が出たこと自体に、というよりは、ジオークの気遣いを喜ばしく思った風だった。
「そう。 ゆっくりして行って? ワインとチーズ、ありがとうございます。 お夕飯のとき、ね」
言ったリシェーナは、ワインの瓶とチーズの入った籠を手にして立ち上がる。
まさか、リシェーナはこの男を、夕飯時まで居座らせるつもりなのか。
折角、ジオークが休みで、リシェーナと二人きりで過ごせる貴重な一日なのに。
というか、リシェーナはこの後、どうするつもりなのだろう。
そう思えば、ジオークは尋ねていた。
「リシェ、どこ行くの?」
「お庭のお手入れ」
簡潔に、リシェーナは返す。
席を外すことが、気を遣ったからなのかどうかは、その反応からだけでは測れなかった。
「大丈夫。 ここから見えるところにいる」
けれど、この言葉が、ジオークの心を慮ったものだということは、わかる。
「ありがと」
ジオークがリシェーナに言うと、リシェーナはそっとリビングを後にした。
「…ほんと…幸せそうだね」
リシェーナの足音が遠ざかったのを聞いて、だろう。 アミルはそっと口を開いた。
ジオークは、ここぞとばかりに盛大に惚気ることにする。
「おれはリシェが好きだし、リシェもしっかりおれのこと好きだし。 ああ見えて意外に甘えたがりなんだよ?」
「じゃあ、ジオがかまいたがりだから釣り合い取れていいね」
笑ったアミルにそう言われて、ジオークは確かに、と思った。
ジオークは好きな子には優しくしたいし構いたいし甘やかしたい派だ。
リシェーナは、我慢することに慣れているのか、甘え下手ではあるが同時に甘えたがりでもある。
上手くバランスって取れるものらしい、と頷いていると、アミルの声が耳に届いた。
「…よかったね」
ジオークはその言葉に誘われて、ふとアミルを見る。
アミルが一体何を「よかったね」と言ったのかわからなくて、ジオークがアミルを見つめていると、アミルは続けた。
「学者先生が死んで、彼女がカージナルにかっさらわれたとき…見るのが辛いくらい、荒れてたから」
過去を辿るかのように、アミルの目は、目の前のジオークではなくどこか遠くを映しているようだった。 ジオークは、肩を竦めて苦笑する。
「開き直るのも早かったけどね」
「まぁ、それがジオのいいところだよ」
「いいんだ。 どんなに願っても、過去には戻れないし取り戻せもしないから。 現在と未来はしっかり捕まえておくって決めたから」
誓ったから。 他の誰でもない、リシェーナに。
ジオークの眼は、真っ直ぐに前を、未来を映している。
ずっと望んでいたひとと共にいる、という揺るぎない未来を。
そのためには、不安要素は取り除いておかないといけない。
そう考えると、今日、ここにアミルが来てくれたのも、天の配剤なのかもしれない、と思えた。
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