【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

1.…ばあやじゃない。

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 玄関に向かって扉を開けると、笑顔のアミルがワインの瓶と籠を掲げた。
「ブラッドベルさーん。 いいワインとチーズが手に入ったんだー。 飲もー」
 他人の家とは思えないような気安さで、アミルはずかずかとジオークの家へと上がり込む。
 アミルはジオークの家にも何度となく来ているから、家の造りもしっかりわかっているので真っ直ぐにリビングへと足を向ける。

 ジオークは扉を閉めて、施錠して、アミルの後を追った。
「昼間から飲むなんて、何かあったの?」
「何もはないけど、だってジオ最近付き合い悪いじゃーん。 押し掛ければ一緒に飲んでくれるかなーって」

 アミルは黒髪に緑柱石の瞳を持つ、エキゾチックな雰囲気の青年だ。 確か、東方の血が混ざっていると言っていたか。
 ジオークが官僚をしていて財務部門にいたときの先輩だ。

 さて、アミルの先の発言を振り返ると、ジオークと一緒に飲みたいがために、いいワインとチーズを手に入れたということでいいだろうか。
 そう結びつけて、ジオークは首を揺らす。
「…アミーそんなにおれのこと好きだったんだ?」
「大好きだよ。 男でジオの一番は俺だと思ってる」
 にこっと笑うアミルは、ジオークが言うのもなんだがノリが軽い。
 この男が、ジオークが国試を受験する前年度の主席合格者だと言われても、誰も信じないだろう。

「…そだね。せんせいはもういないし、男だったら一番はアミルだね」
 ジオークは適当に応じる。

 そうこうしているうちに、アミルはリビングに辿りつき、くんくんと鼻を動かした。
「何? いい匂いするー」
「あなた?」
 そこで、ひょこり、とリシェーナの姿が覗いた。
 リシェーナは、ジオークの姿とアミルの姿を見比べている。 アミルはぴしり、と固まっているが、ワインの瓶とチーズの入った籠を取り落とさなかっただけましだろう。
「お客様?」
 もう一度ジオークを見たリシェーナが尋ねてきたが、ジオークが応じる前にアミルが呆然と呟いた。


「…ばあやじゃない」


 呆然としたアミルの様子に、ジオークは笑う。
「そだね。 ばあやに見えたら病気だね」
「…なんでお家に新妻さんがいるの?」
 衝撃から立ち直ったらしいアミルは、クルリとジオークを振り返った。
「あ、アミーもそう思う? ウチのリシェ、新妻っぽいよね。 すごく可愛い」
 ジオークは笑みを浮べてほのぼのと惚気る。

 リシェーナは白いエプロンを身につけて、今はクッキーを焼いてくれているところだ。
 純白のエプロンがこんなに似合うのは、ウチのリシェ以外にはいるまい。

「ジオ、いつの間に奥さんもらったの? 俺にも秘密なんて水臭い!」
 アミルの言葉は水臭い、というよりは、羨ましいとかズルイとか、そんな風に聞こえるが、ジオークは聞こえないふりをする。
「リシェ、おれの昔の仕事仲間で、アミルっていうんだ。 おもてなしの準備、できる?」
 ジオークが問うと、リシェーナは笑顔で頷いてキッチンの方へ姿を消す。
 その後ろ姿を見送り、ジオークはソファに座るようにとアミルに促した。

「今はまだ婚約者。 そのうち、可愛い可愛い幼な妻になるけどね」
 アミルはテーブルにワインとチーズの入った籠を置いて座った。
 アミルはキッチンのほうをちらちらと気にしながら、ジオークに問う。
「ねぇ、新妻さん、名前は?」
 まだ新妻ではないと言ったのだが、その辺のことはアミルにはどうでもいいらしい。
 ジオークも、その都度訂正するのが面倒なので、そのままスルーして答える。
「リシェーナ」


「…リシェーナ?」


 アミルは目を瞬かせたかと思えば、耳を疑った、とでも言うかのようにジオークが口にした名を反復する。
「…って、あの…学者先生んとこの?」
「そう」
 こっくりとジオークが頷くと、アミルはもう一度キッチンの方を気にして、視線をジオークに戻した。
「そっかぁ、あのリシェーナちゃんかぁ。 いやー。 きれいになったねぇ」
 まるで、親戚のおじさんのような感慨深い様子のアミルに、ジオークはひとつだけ物申しておかねばなるまい、と口を開く。

「リシェはもとから綺麗だよ」
 ジオークが大真面目に言ったのだが、アミルはきょとんとしたあとで、くすくすと笑った。
「そうだね。 いい意味で親近感湧いたってこと。 前はなんていうか、一線引かれてる感じがあったけど」


 確かに、以前のリシェーナには何か、透明で見えない壁のようなものがあった。
 それが何か、今ならわかる。


「それはたぶん、言葉のせいだよ」
「言葉?」
「そ。 言葉あんまり上手じゃなかったから、あんまり人と接したがらなかったみたい。 せんせいの迷惑になるかも、って。 そういうところも可愛いよね」


 いつだってリシェーナは、その透明な壁の向こうから、ジオークたちを見ていた。


 親しくなりたくないわけではない。 近づきたくないわけでもない。
 けれど、彼女はいつだって、自分の大切なひとに迷惑がかかるのではないかと一歩引いていたのだ。

「でも、今話せるんだから、もともと頭の造りは悪くなかったんじゃない? なんで昔は話せなかったの?」
「あー…それは、せんせいに教える気がなかったからだと思う。 家での会話は全部お国の言葉でしてたみたいだし」
 ジオークがのんびりと自らの見解を示せば、アミルは眉根を寄せた。
「…どゆこと?」


「リシェに悪い虫を寄せつけないためだよ」
 ジオークは、断言した。


 それでも、アミルには伝わらないらしく、訝しげな顔をしている。
「…それでもよくわかんないけど」
「言葉が通じなければ、大抵の男って諦めるじゃない? 生半可な思いじゃない男は、あっちの言葉学ぼうとするけどね。 おれみたいに」
 ジオークはさらりと口にすると、アミルは一瞬、愕然とした表情をした。
 何をそんなに驚いているのだろう。

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