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紅の騎士は白き花を癒す
21.彼は、ダメじゃない。
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「経過は良好」
訪れた女医――ジョーは、事務的にそう告げた。 「けいかはりょうこう」、その意味は何だろう、とリシェーナは考える。
ジョーの表情だけでは自分の状態の善し悪しがわからずに、リシェーナはジオークを見る。
そうすれば、ジオークは気づいたように笑んだ。
「ああ。 良くなってるってこと。 心配要らないって」
「よかった」
今度はその意味がわかって、リシェーナはほっと安堵の笑みを零す。
そこでジョーも、口元に笑みを浮かべてくれた。
「ああ、すぐに良くなる」
リシェーナは、じっと、ジオークの知り合いだというお医者様のジョーを見つめた。
医師という職業柄なのか、ジョーはあまり表情を動かさない。
それは、医師という職業のひとが相手の病状で表情を変えてはいられないからなのだろう。
仏頂面というのでもないけれど、無表情というか、最初は怖い人なのかと思っていたが、それはジョーの素らしい。 ジョーはクールな印象の美女だから、その表情がこの上なく似合っていたりもするけれど、笑顔も素敵だな、とリシェーナは思う。
ジョーはクルリとジオークに顔を向けると、生真面目にジオークに言った。
「だから旦那さん。 しばらくおイタはダメだ。 今無理させると、次が望めない」
「…おれは何だと思われてるんだろうなー…?」
ジオークは、不貞腐れたように首を揺らすと、首の後ろのあたりを掻いた。
「おいた?」
リシェーナが問い掛けると、ジオークはにっこりと笑った。
「ああ。 リシェは知らなくていいよ」
まるで、子どもに見せたくないものを親が隠すように言われて、リシェーナは少し拗ねたような気分になる。
「…仲間はずれ?」
「違う違う」
ジオークは、そんなふうに軽く否定しながら笑った。
その様子を見ていたジョーは、すっと腰を浮かせる。
「じゃ、私はお暇しましょうか」
「あ。 ジョー」
そのジョーをリシェーナが呼びとめると、ジョーは切れ長のシャープな印象の目を丸くした。
まさか、呼びとめられるとは思わなかったのだろう。 ジョーは身を屈めて、少し首を揺らした。
「なぁに? お嬢ちゃん」
少し不思議なのだが、ジョーはリシェーナの名前を知っているはずなのに、リシェーナの名を呼ぼうとしない。 初めて会ったときだって『奥さん』だったし、今はずっと『お嬢ちゃん』と呼ばれている。
なんとなく、子ども扱いされているような気がしないでもないが、そのことは横に置いておいて、リシェーナは真っ直ぐに訊いた。
「わたし、赤ちゃん、産める?」
ジオークも、ジョーも、目を見張った。
けれど、すぐにジョーは小さな笑みを浮かべて、リシェーナの頭を撫でてくれる。
「ああ。 大丈夫。 また子どもはできるし、産めるから。 今は大事にすることだ」
その言葉に、リシェーナはほっとして、笑んだ。
「…よかった。 母は、わたしを産んで、赤ちゃん産めなくなっちゃったから」
「心配いらないよ。 だから今は、大事にすることだ。 自分の体を一番に考えな? こんな駄目夫のことなんかどうでもいいから」
駄目夫、というのがジオークを指しているのはすぐにわかった。
わかるのとほぼ同時に、リシェーナはむきになって反論していた。
「彼は、ダメじゃない」
自分でも、驚くくらいの声が出た。
ジオークもジョーも、面食らっているのがわかる。
でも、だって、こんなに優しくて素敵で、リシェーナの大好きなひとを、駄目だなんて言われて黙ってはいられなかったのだ。
リシェーナの言葉と勢いに、ジョーは目を丸くすると、声を上げて笑いだした。 なぜ笑われるのかも、リシェーナにはわからない。
「…ジョー?」
「そうかそうか」
不安になってリシェーナがジョーを呼ぶと、ジョーは目元を指で拭うようにしながら笑いを治めた。
そして、あたたかな眼差しをリシェーナに向ける。
「…お嬢ちゃんはいい母親になるね」
「ありがとう」
リシェーナが言うと、今度こそジョーは扉に向かった。
「玄関まで送ってくるね」
それを見て、ジオークが言うから、リシェーナは頷いた。
訪れた女医――ジョーは、事務的にそう告げた。 「けいかはりょうこう」、その意味は何だろう、とリシェーナは考える。
ジョーの表情だけでは自分の状態の善し悪しがわからずに、リシェーナはジオークを見る。
そうすれば、ジオークは気づいたように笑んだ。
「ああ。 良くなってるってこと。 心配要らないって」
「よかった」
今度はその意味がわかって、リシェーナはほっと安堵の笑みを零す。
そこでジョーも、口元に笑みを浮かべてくれた。
「ああ、すぐに良くなる」
リシェーナは、じっと、ジオークの知り合いだというお医者様のジョーを見つめた。
医師という職業柄なのか、ジョーはあまり表情を動かさない。
それは、医師という職業のひとが相手の病状で表情を変えてはいられないからなのだろう。
仏頂面というのでもないけれど、無表情というか、最初は怖い人なのかと思っていたが、それはジョーの素らしい。 ジョーはクールな印象の美女だから、その表情がこの上なく似合っていたりもするけれど、笑顔も素敵だな、とリシェーナは思う。
ジョーはクルリとジオークに顔を向けると、生真面目にジオークに言った。
「だから旦那さん。 しばらくおイタはダメだ。 今無理させると、次が望めない」
「…おれは何だと思われてるんだろうなー…?」
ジオークは、不貞腐れたように首を揺らすと、首の後ろのあたりを掻いた。
「おいた?」
リシェーナが問い掛けると、ジオークはにっこりと笑った。
「ああ。 リシェは知らなくていいよ」
まるで、子どもに見せたくないものを親が隠すように言われて、リシェーナは少し拗ねたような気分になる。
「…仲間はずれ?」
「違う違う」
ジオークは、そんなふうに軽く否定しながら笑った。
その様子を見ていたジョーは、すっと腰を浮かせる。
「じゃ、私はお暇しましょうか」
「あ。 ジョー」
そのジョーをリシェーナが呼びとめると、ジョーは切れ長のシャープな印象の目を丸くした。
まさか、呼びとめられるとは思わなかったのだろう。 ジョーは身を屈めて、少し首を揺らした。
「なぁに? お嬢ちゃん」
少し不思議なのだが、ジョーはリシェーナの名前を知っているはずなのに、リシェーナの名を呼ぼうとしない。 初めて会ったときだって『奥さん』だったし、今はずっと『お嬢ちゃん』と呼ばれている。
なんとなく、子ども扱いされているような気がしないでもないが、そのことは横に置いておいて、リシェーナは真っ直ぐに訊いた。
「わたし、赤ちゃん、産める?」
ジオークも、ジョーも、目を見張った。
けれど、すぐにジョーは小さな笑みを浮かべて、リシェーナの頭を撫でてくれる。
「ああ。 大丈夫。 また子どもはできるし、産めるから。 今は大事にすることだ」
その言葉に、リシェーナはほっとして、笑んだ。
「…よかった。 母は、わたしを産んで、赤ちゃん産めなくなっちゃったから」
「心配いらないよ。 だから今は、大事にすることだ。 自分の体を一番に考えな? こんな駄目夫のことなんかどうでもいいから」
駄目夫、というのがジオークを指しているのはすぐにわかった。
わかるのとほぼ同時に、リシェーナはむきになって反論していた。
「彼は、ダメじゃない」
自分でも、驚くくらいの声が出た。
ジオークもジョーも、面食らっているのがわかる。
でも、だって、こんなに優しくて素敵で、リシェーナの大好きなひとを、駄目だなんて言われて黙ってはいられなかったのだ。
リシェーナの言葉と勢いに、ジョーは目を丸くすると、声を上げて笑いだした。 なぜ笑われるのかも、リシェーナにはわからない。
「…ジョー?」
「そうかそうか」
不安になってリシェーナがジョーを呼ぶと、ジョーは目元を指で拭うようにしながら笑いを治めた。
そして、あたたかな眼差しをリシェーナに向ける。
「…お嬢ちゃんはいい母親になるね」
「ありがとう」
リシェーナが言うと、今度こそジョーは扉に向かった。
「玄関まで送ってくるね」
それを見て、ジオークが言うから、リシェーナは頷いた。
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