【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を癒す

16.わたしが、悪い。

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 ふっと目を開くと、天井が映った。

 少し顔をずらすと、祈るように手を組んで目を伏せる、ジオークの顔。
 眉間に深い皺の刻まれたその表情は、今までリシェーナが目にしたことのないものだった。
 どうして、彼はそんな、思い詰めた表情をしているのだろう。

「…あなた…?」

 リシェーナが呼ぶと、ジオークは弾かれたように顔を上げ、リシェーナを凝視する。
 その顔が泣きそうに歪んだかと思えば、深い安堵の息を吐いて、ベッドに横たわるリシェーナの前髪をそっとかきわけた。

「…おはよ、リシェ」

 リシェーナは、どういう状況なのかと頭を巡らす。
 なぜかひどく疲れていて、体が重いのだが、一向に理由が掴めない。 それから、喉が渇いた気がする。

「あなた、お仕事…ぁっ…」
 リシェーナは小さく悲鳴をあげる。

 体を起こそうとすると、言いようもない倦怠感に加えて下腹部が鈍い痛みを訴えたのだ。
 ジオークは慌てた様子でリシェーナをベッドに押し付ける。
「リシェ、無理しないで」
 リシェーナはジオークに言われて、再びベッドに横にはなったものの、訳がわからずにお腹を押さえた。

「わたし、どうして、おなか…?」
「リシェ、今は何も考えずにゆっくりお休み?」
 ジオークは、言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
 何かをはぐらかすような。 気づかせまいと努めている様子に、リシェーナはハッとした。


 彼は一体、何を気づかせまいと、しているのか。
 そのことに気づいたのは、あまりにも彼が、必死だったからなのだと思う。
 なぜか、閃いた。


「…あなた…わたしの、赤ちゃんは…?」


 そう問うと、ジオークの肩がわずかに震える。
 それを見たときに、きっと、リシェーナも心のどこかでは気づいていたのだ。

 リシェーナの問いかけに、ジオークは、痛ましげで悔しそうで、苦しそうな表情になった。
「…守れなくて、ごめん」


 ああ、やっぱり。
 そう思った。
 自分のお腹にいた自分の子がどうなってしまったのか。


「…あの子は、わたしの中にいたのに」
 下腹部を押さえるけれど、ここにはもう、その存在はないのだ。


 小さな、小さな、命。
 男の子か、女の子かも、わからなかった。
 けれど、あの子は、リシェーナの中で、生きようと、していたのに。

「わたしが、守ってあげなくちゃ、いけなかったのに」
「リシェは、悪くないよ。 …悪いのは、おれだ」
 リシェーナの言を否定するジオークは、唇を噛んだ。
 布団の上から、リシェーナの腹にそっと触れて、労わるように撫でる。


「おれが、腹の子ごと、リシェを守らなきゃならなかったのに。 それが夫で、父親なのに」


 あまりに苦しそうな呟きに、リシェーナは思わず首を振って声を荒げていた。
「それは、ちがうっ…あなたは、何も、悪くないっ…。 っ…」
 急に大きな声を出したためか、腹部が痛んで、リシェーナは顔を歪めた。
 そうすれば、ジオークが優しくリシェーナの髪を撫でる。

「リシェ、興奮しないで。 身体に悪い」
「だって、あなたは何も、悪くないもの」
 リシェーナは、そうきっぱりと言い切って、目を伏せた。


 誰が悪いのか、本当は何もかも、わかっている。


「ちが…違うの。 わたし…わたしが、悪い。 嫌い。 …怖い」
「リシェ?」
 急にリシェーナが言いだしたことに、ジオークは戸惑ったような表情を浮かべている。
 これを言ったら、なんて女だと、嫌われてしまうかもしれない。
 けれど、言わずにはおれなくて、リシェーナは目を伏せたまま搾りだした。


「ほっと…。 ほっと、したの。 赤ちゃんが、いなくなっちゃったのに」


 ジオークが息を呑む気配が伝わった。
 当然の、反応だ。
 それでも、リシェーナは、続ける。

「…怖かった…。 ここに、あのひとの、子どもがいるの。 あのひとの子ども、産むの」
 目を開くも、怖くてジオークを見ることはできなかった。


「産むのも…本当は、迷ってたのかも、しれない。 ちゃんと、お母さんになれるか、愛してあげられるか、不安で」


 本当は、怖くて、不安で、仕方なかった。
 それでも、お腹の中にいる子どもは何も悪くないから、産もうと、決心した。

 父親が誰でも、自分の子に変わりはないから。
 折角、授かった、命だから。


 なのに、この体たらくだ。


「赤ちゃんは、何も悪くないのに…」
 視界が、歪む。
 涙が、溢れていた。
 それに気づいて、リシェーナは涙を拭う。

 こんなふうに泣いたら、ジオークに気を遣わせるだけだ。
 いなくなってしまった、赤ちゃんにだって、悪い。
 リシェーナに、こんな風に、泣く資格はないのに。


「ごめんなさい、…ごめん、なさいっ…」


 そう思うけれど、涙は止まらなくて、リシェーナは顔を覆う。
 リシェーナが顔を覆ったその手に、ふと自分のものではない手が触れた。
 リシェーナの手を動かそうとするその手に抗えなくて、従う。

 そうすれば、頬に柔らかいものが触れてびくりとした。
 一瞬目を開いたリシェーナは、視界に飛び込んできたものに驚いて、再び固く目を瞑る。

 あの、柔らかいものはジオークの唇。
 頬を目の方に向かって移動していく唇は、きっと涙の筋を辿っているのだろう。
 ちゅ…と小さく音を立てて瞼から離れた唇に、リシェーナが泣くのも忘れて赤くなっていると、ふ、とジオークが笑った。

「止まったね。 ダメだよ、泣くと体力使うから」

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