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紅の騎士は白き花を癒す
11.………たぶん、ある。
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誰が、妊娠、している、と?
キュビスは我を忘れて、立ち上がっていた。
もしも座っていたのがソファではなく椅子だったら、ひっくり返していただろうと思われるくらいの勢いだった。
「おまっ…! 手を出したのか!?」
ジオークの胸ぐらを掴んだのが、自分の手だと理解するのにしばし要した。
ジオークは侮蔑するような視線をキュビスに投げて、軽い動作でキュビスの肘の内側を手刀で払うように打った。
「っ!」
ジオークの胸ぐらを掴んだ自分の手がぱっと開かれるのが見えた。
ジオークは、やれやれ、とでもいうように、肩を竦めながらぱっぱと衣服を正している。
「ジオーク」
立ち上がったままのキュビスは、座ったままのジオークの名を詰問口調で呼ぶ。
ジオークは、悠然と構えたままでじっとキュビスを見つめ、言った。
「出してないよ。 カージナルさんの子ども」
俺の、子ども。
どっどっと心臓が駆け出す。
身体がサーッと冷えるのに、嫌な汗が滲む。
ジオークが、自分に向ける視線が、蔑むようで、射るようだ。
「………本当、か」
ようやく言えたのは、そんな、実に情けない答えだけ。
ジオークの瞳が、更に冷たい色を宿す。
「こんな趣味悪くて気分も悪くなるようなこと、冗談で言うと思う?」
疑われたことがよほど心外だったのだろう。
ジオークの顔からは表情が消えている。
「今九週目だって。 身に覚えは?」
九週目。
口元に手を当てたキュビスは、十分に思いを巡らせたあとで、溜息に音を乗せた。
はっきりと、いつということは、覚えていないけれど。
「………たぶん、ある」
なんてことだ。
それぞれの膝に、それぞれの肘を乗せて組んだ手を、額に当てるキュビスに、ジオークは観察するように視線を向けているのだろう。
「嬉しくないの? おめでとう、もないんだ?」
心からの疑問で聞いたというよりは、キュビスの反応を見るために発っされた言葉のように聞こえる。
嬉しくないのか、なんて簡単に答えられる問いではないのを、この男はわからないのだろうか。
「…今は、困る」
「困る?」
ようやく絞り出したキュビスの答えに、ジオークは投じる問いはあまりにも軽い。
だが、キュビスが視線を上げて見たジオークの顔には表情がない。
言うべきか、否か。
けれど、先のジオークの言ではないが、黙っていてもいつかは知れることなのだ。
ならば、きっと、今言ってしまった方がいい。
キュビスは、心を決めた。
「………ハニーフも、妊娠している」
長い沈黙の後の告白に、ジオークが目を見張ったのがわかる。
けれど、ジオークはやはり切り替えが早い。
「それって…奥さんの名前、だよね? ていうか、いつ、できたの?」
自分も動揺していたために、キュビスはジオークの声の棘には気づかなかった。
ああ、やはり、そこに突っ込まれるのか。
キュビスは諦める。
「この前結婚したばっかでしょ。 …時期的におかしくない? まさか…」
そこで、「まさか」の後まで口にしなければいいものを、追及の手を緩めないのがジオークがジオークたる所以である。
普通ならば、面と向かって問うのを憚るようなことを、憚りもせずに訊いた。
「リシェがいるときに、関係持っちゃったってこと?」
ビクリと身体が反応するのを、止められなかった。
視線を落とし続けるキュビスの耳に届いたのは、侮蔑の感情を隠そうともしない、心底からの呟き。
「………さいってー」
「わかってる…。 酒の勢いで、判別がつかなかったんだ…」
キュビスは頭を抱えた。
あの日はパーティで、キュビスは上司に勧められるままに酒を飲み、泥酔していた。
キュビスは、酔いがあまり顔に出ない。
自分に話しかけてくれ、介抱してくれる女性を、リシェーナと勘違いした。
全く、何もかも、似ていないというのに。
「言い訳なんか聞きたくないし。 しなくていいし」
ジオークは、そんなふうにキュビスを突き放す。
キュビスは我を忘れて、立ち上がっていた。
もしも座っていたのがソファではなく椅子だったら、ひっくり返していただろうと思われるくらいの勢いだった。
「おまっ…! 手を出したのか!?」
ジオークの胸ぐらを掴んだのが、自分の手だと理解するのにしばし要した。
ジオークは侮蔑するような視線をキュビスに投げて、軽い動作でキュビスの肘の内側を手刀で払うように打った。
「っ!」
ジオークの胸ぐらを掴んだ自分の手がぱっと開かれるのが見えた。
ジオークは、やれやれ、とでもいうように、肩を竦めながらぱっぱと衣服を正している。
「ジオーク」
立ち上がったままのキュビスは、座ったままのジオークの名を詰問口調で呼ぶ。
ジオークは、悠然と構えたままでじっとキュビスを見つめ、言った。
「出してないよ。 カージナルさんの子ども」
俺の、子ども。
どっどっと心臓が駆け出す。
身体がサーッと冷えるのに、嫌な汗が滲む。
ジオークが、自分に向ける視線が、蔑むようで、射るようだ。
「………本当、か」
ようやく言えたのは、そんな、実に情けない答えだけ。
ジオークの瞳が、更に冷たい色を宿す。
「こんな趣味悪くて気分も悪くなるようなこと、冗談で言うと思う?」
疑われたことがよほど心外だったのだろう。
ジオークの顔からは表情が消えている。
「今九週目だって。 身に覚えは?」
九週目。
口元に手を当てたキュビスは、十分に思いを巡らせたあとで、溜息に音を乗せた。
はっきりと、いつということは、覚えていないけれど。
「………たぶん、ある」
なんてことだ。
それぞれの膝に、それぞれの肘を乗せて組んだ手を、額に当てるキュビスに、ジオークは観察するように視線を向けているのだろう。
「嬉しくないの? おめでとう、もないんだ?」
心からの疑問で聞いたというよりは、キュビスの反応を見るために発っされた言葉のように聞こえる。
嬉しくないのか、なんて簡単に答えられる問いではないのを、この男はわからないのだろうか。
「…今は、困る」
「困る?」
ようやく絞り出したキュビスの答えに、ジオークは投じる問いはあまりにも軽い。
だが、キュビスが視線を上げて見たジオークの顔には表情がない。
言うべきか、否か。
けれど、先のジオークの言ではないが、黙っていてもいつかは知れることなのだ。
ならば、きっと、今言ってしまった方がいい。
キュビスは、心を決めた。
「………ハニーフも、妊娠している」
長い沈黙の後の告白に、ジオークが目を見張ったのがわかる。
けれど、ジオークはやはり切り替えが早い。
「それって…奥さんの名前、だよね? ていうか、いつ、できたの?」
自分も動揺していたために、キュビスはジオークの声の棘には気づかなかった。
ああ、やはり、そこに突っ込まれるのか。
キュビスは諦める。
「この前結婚したばっかでしょ。 …時期的におかしくない? まさか…」
そこで、「まさか」の後まで口にしなければいいものを、追及の手を緩めないのがジオークがジオークたる所以である。
普通ならば、面と向かって問うのを憚るようなことを、憚りもせずに訊いた。
「リシェがいるときに、関係持っちゃったってこと?」
ビクリと身体が反応するのを、止められなかった。
視線を落とし続けるキュビスの耳に届いたのは、侮蔑の感情を隠そうともしない、心底からの呟き。
「………さいってー」
「わかってる…。 酒の勢いで、判別がつかなかったんだ…」
キュビスは頭を抱えた。
あの日はパーティで、キュビスは上司に勧められるままに酒を飲み、泥酔していた。
キュビスは、酔いがあまり顔に出ない。
自分に話しかけてくれ、介抱してくれる女性を、リシェーナと勘違いした。
全く、何もかも、似ていないというのに。
「言い訳なんか聞きたくないし。 しなくていいし」
ジオークは、そんなふうにキュビスを突き放す。
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