【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

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紅の騎士は白き花を癒す

7.後悔してるだけ。

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「おはようございまーす」
「…おはよ」
 出勤してきたアガットは、やったらテンションの低い返事に、眉を顰めた。

 見ると、ソファにもたれてテーブルに足を載せた行儀の悪いジオーク・ブラッドベルが、新聞を読んでいる。
 皆、言いたいことはあるのだろうが、先日の一件で恐れをなして、遠巻きにするしかできない風である。
 けれど、アガットは、何だかいつもの機嫌悪いとも様子が違うなー…と思って、声をかけた。

「ブラッドベル殿、今日も機嫌悪いんですか? 最近多いですよ」
「今日は機嫌悪いんじゃなくて、後悔してるだけ」

 ジオーク・ブラッドベルは、新聞をきちんと折りたたむと、テーブルに戻した。
 意味がわからないアガットは、首を捻るばかりだ。
「後、悔? …珍しいですね」
「え? おれよくしてるよ、後悔。 でも、開き直るのも早いから」
「それっぽいですね…」

 だが、アガットの言葉が聞こえているのかいないのか。
 おそらく聞こえていて気にしていないだけなのだろうけれど、ジオーク・ブラッドベルは訳のわからないことを呟いている。
「もう少し早く、正式な形でしておくべきだったなー…」

 物思いに耽るような表情は、ジオーク・ブラッドベルに「遊ばれてもいいから付き合ってほしいわ」とか抜かしている女どもが放っておかないだろう。

 さて、では、ジオーク・ブラッドベルは、何の話をしているのか。
 好奇心に抗えずに、アガットは問う。
「正式な、形?」

「うん。 だって、絶対自分のせいでおれが言いだしたって思ってるもん」
「何のことです?」
「個人的なこと」
 ジオーク・ブラッドベルはアガットを見もせずに、そんなふうに応じる。
 尋ねれば答えはぽんぽんと返ってくるものの、核心にはかすってもいないように思えるのは何故だろう。
 朝っぱらから一体なんだというのか。

「ひとが少し心配してやればおちょくりやがって…!」
 自分の心の声が耳に届いて、アガットはハッとする。
 心の声が口から出るようになってしまっている。
 これはよろしくない。


 自分では、自分の耳にしか届かないくらいの声量だと思っていたのだが、軍人は得てして耳がいい。
 アガットの独白はしっかりとジオーク・ブラッドベルの耳にも届いていたようだ。
「うん。 でも、おれにだってプライドってあるからさ」
 とジオーク・ブラッドベルが口にするものだから、アガットは目を剥いた。
「だからおちょくるんですか!?」
 アガットは声を荒げたのだが、ジオーク・ブラッドベルはケロリとして首を揺らす。
「え? 何の話?」


 だから、この男は、とアガットは握った拳を震わせた。
 まともに取り合うだけ、こちらが馬鹿を見るし疲れるだけだ。


 ジオーク・ブラッドベルはアガットのやりとりに飽きたのか、立ち上がってすたすたと歩き出した。
 向かう先が扉であると気づいたアガットは、自分でも驚くくらいの勢いで立ち上がり、瞬間移動かと思うほどの素早さでジオーク・ブラッドベルの前に立ち塞がることができた。
 否、扉の前で通せんぼをしたのである。


 両手を広げたアガットを前にして、ジオーク・ブラッドベルはのんびりと首を揺らす。
「何? アガット。 おれ男と抱き合う趣味はないよ」
「自分だってないです!」
 どこまでふざけた男なんだ、とアガットは叫んで、ハッとする。


 この男のペースに乗せられてはいけない、と気を取り直して、問い詰める。
「あんたどこ行くんですか」
 精一杯の怖い顔でジオーク・ブラッドベルを睨みつけたのだが、ジオーク・ブラッドベルにはまるで堪えなかったらしい。
 ひらひらと手を振っている。
「身代わり来たから早退するー」
「身代り!? まさか自分のことですか!?」
「だっておれの仕事はアガットとベンゼがいればどうにかなるもん。 じゃ」
 じゃ、と言ったジオーク・ブラッドベルは、ずんずんとアガットに向かってきて、その動作からは想像もできないような強さでアガットを横に退けた。
「ちょっと邪魔」


 あっさりと逃走を許す羽目になったアガットは、最後の足掻きをする。
「っ…どこに…っ!?」
 バッと振り返ったアガットは、かろうじてジオーク・ブラッドベルの背中を捉えることができたが、ジオークは振り返らない。


「日付見てよ。 これで気づかなかったらアガットはただの馬鹿」
「はっ!?」
 ジオーク・ブラッドベルの【ただの馬鹿】という言葉に、アガットはカチンと来る。
 確かに、官僚になれるほどの頭はないけれど、【ただの馬鹿】とは言いすぎではないか。
 日付を見たら何がわかるんだ、とアガットはすぐさまブラックボードの日付を確認する。


 確認して、アガットは細く溜息をついた。


 今日は、麝香撫子じゃこうなでしこの月、二日。
 その日が、何の日だったのかを、アガットはしっかりと覚えている。
 だから、天を仰いで、息を吐く。

「…なるほど…今日は止められませんかねぇ…」

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