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紅の騎士は白き花を愛でる
16.だからおれは、騎士になったんだ。
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「ごめ、なさ…。 ちょっと、びっくり…」
目を伏せて、二・三度深く呼吸をする。
落ち着いたところでもう一度深呼吸をして、リシェーナは瞼を持ち上げ、口を開いた。
「家族は、いない、思った。 母が、死んで。 父が、死んで。 わたしの世界、わたし、だけ」
あのときの、絶望は、言葉にできない。
出口の見えない迷路に迷い込んで、そのままリシェーナは、諦めてしまっていた。
「わたしは、ひとり、と」
それ以上、言葉は続かなかった。
言っているうちに、気持ちがこみ上げて、溢れて。
声が震えだしたと思えば、涙も溢れてきた。
どうしようもなくなったリシェーナは、ベッドに潜り込んでシーツに顔を埋める。
子どものように泣きじゃくっている姿を、ジオークに見られるのは恥ずかしい気がした。
けれど、そこにまだ、ジオークの気配があることに、安堵している。
「ひとりじゃないよ」
いつものように、優しく、ジオークの手がリシェーナの頭を撫でる。
「…実はね、おれも、ひとりだと思ってた」
穏やかなジオークの声がリシェーナの耳に届く。
リシェーナはその声に誘われるようにして、掛布から顔を出してジオークを見上げる。
「おれには父親がいなくて、女手一つで育ててくれた母親も死んで。 ひとりだと思ってた。 けど、師が、ひとりじゃないって教えてくれたんだ」
「父、が」
語られた言葉に、リシェーナは目を見張った。
「血が繋がってなくても、本当の本当に大切に想って、欲すれば…家族になれるって」
ふっとジオークは笑んで手を伸ばし、その指先でリシェーナの涙を優しく拭ってくれる。
「師もおれの家族。 リシェも、おれの家族だよ」
優しく、穏やかな声と言葉が、耳から入って、胸に落ちる。
すると、胸がほんのりとあたたかくなって、そのあたたかさを抱いたままでいたくて、目を伏せたリシェーナは胸をそっと押さえた。
「…ありがとう」
「え?」
小さな呟きをジオークはしっかり拾ったらしく、目を丸くした。
リシェーナは、視線を上げて、ジオークを見つめた。
「父、あなたに言った、わたし、嬉しい」
父が、ジオークに言った言葉で、リシェーナが救われている。
不思議な、縁だと思った。
ジオークとリシェーナの縁は、父が繋いでくれたもの。
そして、ジオークは、もういないリシェーナの父のことも、父との思い出も、父の言葉も、全部大切にしてくれている。
それだけでも、十分だというのに、ジオークが微笑を口元に浮かべて、穏やかな目をリシェーナに向けてくる。
「じゃあ、おれはリシェのために、その言葉を胸に留めていたのかもね」
胸が、震えたような気がした。
リシェーナは胸を押さえたままで、目を伏せる。
父が繋いでくれた、素敵な、縁。
「…わたし…あなた、よかった」
それと同時に、思わずにはいられない。
「…どうして、…」
どうして、このひとでは、なかったのだろう。
父が、リシェーナを預けたのが、このひとならよかったのに。
もっと早くに…父のところでジオークを見かけたときに、言葉の壁など気にしないで、話しかけていたらよかったのに。
そうしたら、何か変わっていたかもしれないのに。
「…うん。 ごめんね」
不意に、そんな言葉が耳に届いて、リシェーナは視線を上げる。
ジオークは、じっとリシェーナを見つめていた。
「だからおれは、騎士になったんだ」
「…?」
繋がりが読めずに、疑問符を浮かべるばかりのリシェーナに、ジオークははぐらかすような笑みを見せる。
「起こして、ごめんね。 もうおやすみ?」
いつものように、そっと眉間に押し当てられる唇。
「どこ、行くの?」
このままではいつものようにあっという間に眠くなってしまう。
そう思ったリシェーナは、慌てて腰を浮かせかけるジオークの服の袖を捕らえる。
「おれも寝るよ」
「一緒、寝よ?」
リシェーナが言った瞬間、ジオークは見事なまでに固まった。
リシェーナは、ジオークを危険視していない。
それゆえに出た言葉であったのだけれど、ジオークはまだ固まっている。
「わがまま、言っていい、言った」
リシェーナがそう言うと、ジオークは自分の額に手を当てて、少しだけ項垂れた。
「そう来たかー…。 本当小悪魔だなー…」
だから、熊の仲間だという【こあくま】とは一体どのような存在なのだろう。
「ねぇ、こあくま、何?」
「うん、内緒」
もう一度聞いたのだが、ジオークは笑ってはぐらかすばかり。
それでも、リシェーナがジオークの服の袖を握った手を離さずにいると、ジオークは諦めて再びベッドの縁に腰かけてくれた。
「じゃ、リシェが眠るまでついててあげる。 これでいい?」
本当は、ずっと一緒にいてほしい。
ジオークのぬくもりは、とても心地がいいから。
でも、ただでさえ困っていたジオークだ。
リシェーナがそれを口にすれば、きっともっと困るだろう。
ジオークを困らせるのは、リシェーナの本意ではない。
だから、リシェーナは頷いた。
「うん、今日は、これでいい」
もう一度、ジオークが固まったので、リシェーナは笑ってしまった。
目を伏せて、二・三度深く呼吸をする。
落ち着いたところでもう一度深呼吸をして、リシェーナは瞼を持ち上げ、口を開いた。
「家族は、いない、思った。 母が、死んで。 父が、死んで。 わたしの世界、わたし、だけ」
あのときの、絶望は、言葉にできない。
出口の見えない迷路に迷い込んで、そのままリシェーナは、諦めてしまっていた。
「わたしは、ひとり、と」
それ以上、言葉は続かなかった。
言っているうちに、気持ちがこみ上げて、溢れて。
声が震えだしたと思えば、涙も溢れてきた。
どうしようもなくなったリシェーナは、ベッドに潜り込んでシーツに顔を埋める。
子どものように泣きじゃくっている姿を、ジオークに見られるのは恥ずかしい気がした。
けれど、そこにまだ、ジオークの気配があることに、安堵している。
「ひとりじゃないよ」
いつものように、優しく、ジオークの手がリシェーナの頭を撫でる。
「…実はね、おれも、ひとりだと思ってた」
穏やかなジオークの声がリシェーナの耳に届く。
リシェーナはその声に誘われるようにして、掛布から顔を出してジオークを見上げる。
「おれには父親がいなくて、女手一つで育ててくれた母親も死んで。 ひとりだと思ってた。 けど、師が、ひとりじゃないって教えてくれたんだ」
「父、が」
語られた言葉に、リシェーナは目を見張った。
「血が繋がってなくても、本当の本当に大切に想って、欲すれば…家族になれるって」
ふっとジオークは笑んで手を伸ばし、その指先でリシェーナの涙を優しく拭ってくれる。
「師もおれの家族。 リシェも、おれの家族だよ」
優しく、穏やかな声と言葉が、耳から入って、胸に落ちる。
すると、胸がほんのりとあたたかくなって、そのあたたかさを抱いたままでいたくて、目を伏せたリシェーナは胸をそっと押さえた。
「…ありがとう」
「え?」
小さな呟きをジオークはしっかり拾ったらしく、目を丸くした。
リシェーナは、視線を上げて、ジオークを見つめた。
「父、あなたに言った、わたし、嬉しい」
父が、ジオークに言った言葉で、リシェーナが救われている。
不思議な、縁だと思った。
ジオークとリシェーナの縁は、父が繋いでくれたもの。
そして、ジオークは、もういないリシェーナの父のことも、父との思い出も、父の言葉も、全部大切にしてくれている。
それだけでも、十分だというのに、ジオークが微笑を口元に浮かべて、穏やかな目をリシェーナに向けてくる。
「じゃあ、おれはリシェのために、その言葉を胸に留めていたのかもね」
胸が、震えたような気がした。
リシェーナは胸を押さえたままで、目を伏せる。
父が繋いでくれた、素敵な、縁。
「…わたし…あなた、よかった」
それと同時に、思わずにはいられない。
「…どうして、…」
どうして、このひとでは、なかったのだろう。
父が、リシェーナを預けたのが、このひとならよかったのに。
もっと早くに…父のところでジオークを見かけたときに、言葉の壁など気にしないで、話しかけていたらよかったのに。
そうしたら、何か変わっていたかもしれないのに。
「…うん。 ごめんね」
不意に、そんな言葉が耳に届いて、リシェーナは視線を上げる。
ジオークは、じっとリシェーナを見つめていた。
「だからおれは、騎士になったんだ」
「…?」
繋がりが読めずに、疑問符を浮かべるばかりのリシェーナに、ジオークははぐらかすような笑みを見せる。
「起こして、ごめんね。 もうおやすみ?」
いつものように、そっと眉間に押し当てられる唇。
「どこ、行くの?」
このままではいつものようにあっという間に眠くなってしまう。
そう思ったリシェーナは、慌てて腰を浮かせかけるジオークの服の袖を捕らえる。
「おれも寝るよ」
「一緒、寝よ?」
リシェーナが言った瞬間、ジオークは見事なまでに固まった。
リシェーナは、ジオークを危険視していない。
それゆえに出た言葉であったのだけれど、ジオークはまだ固まっている。
「わがまま、言っていい、言った」
リシェーナがそう言うと、ジオークは自分の額に手を当てて、少しだけ項垂れた。
「そう来たかー…。 本当小悪魔だなー…」
だから、熊の仲間だという【こあくま】とは一体どのような存在なのだろう。
「ねぇ、こあくま、何?」
「うん、内緒」
もう一度聞いたのだが、ジオークは笑ってはぐらかすばかり。
それでも、リシェーナがジオークの服の袖を握った手を離さずにいると、ジオークは諦めて再びベッドの縁に腰かけてくれた。
「じゃ、リシェが眠るまでついててあげる。 これでいい?」
本当は、ずっと一緒にいてほしい。
ジオークのぬくもりは、とても心地がいいから。
でも、ただでさえ困っていたジオークだ。
リシェーナがそれを口にすれば、きっともっと困るだろう。
ジオークを困らせるのは、リシェーナの本意ではない。
だから、リシェーナは頷いた。
「うん、今日は、これでいい」
もう一度、ジオークが固まったので、リシェーナは笑ってしまった。
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