【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

15.…どうして、あのとき…攫わなかったんだろ。

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 けれど、ジオークは、とてつもなく不愉快そうな顔をして、吐き捨てた。
「ビスむかつく」
「…あなた…」
 リシェーナの呼びかけに応えたわけではないけれど、ジオークは目を伏せて、小さく頭かぶりを振った。

「違う。 むかつくのは…おれだね」
 その様子は、どこか意気消沈したようにも見える。

 ジオークは、どこか哀しげで、寂しげで、辛そうで…けれども、穏やかな目でリシェーナを見つめて、リシェーナの頬を撫でた。
「…どうして…あのとき…傍にいなかったんだろ」
「…あな、た?」
 リシェーナは、不思議に思いながら、ジオークのことを呼んだ。
 あのとき、とは、いつのことを言っているのだろう。
 けれど、リシェーナがその問いを口にする間もなく、ジオークは続けた。


「…どうして、あのとき…攫わなかったんだろ」


 リシェーナに言っているというよりは、ほぼ独り言のような呟き。
「どういう、こと?」
 その意味を測りかねて、リシェーナは問い掛けるけれど、ジオークには聞こえていないのか答えるつもりがないのか…。
 もう一度、身体が自分のものではないぬくもりに包まれる。
 先程も包まれていたそれに包まれると、安堵して、リシェーナはジオークに擦り寄るようにしてもたれる。

「…もう絶対に、離さないから。 …離れないから」
 はっきりと、きっぱりと、告げられた言葉は、強い意志が感じられる。


 誰かの体温なんて居心地が悪いだけだと思っていたのに、どうしてジオークの体温は心地よいと感じるのだろう。
「リシェがいやだって言っても、離さないし、離れないよ」
 まるで、宣言でも、するかのように、紡がれる言葉。
 こんなジオークは見たことがなくて、何か平素とは違ったものを感じて、リシェーナは彼を見上げて問う。


「…あなた、どうしたの?」
 はぐらかすような曖昧な笑みを見せたかと思うと、次の瞬間にはジオークのぬくもりが、すっと離れる。
 離れた後の彼は、いつものように軽く笑って、軽い調子で答えた。
「うん。 決意表明」
「けつい、ひょうめい?」
 初めて聞く言葉にリシェーナが首を傾げていると、ジオークはいつものように言葉の意味を説明してくれる。

「決めたことを、発表する、みたいな?」
 決めたことを、発表する。
 それは、有言実行に変えるため、だろうか。
 ジオークが、そんなふうに決めて、言ってくれたというのなら。

 リシェーナは頷いた。
「…うん。 じゃあ、わたしも」
「リシェも? 何を決めたの?」
 小さく笑ってジオークが聞いてくる。
 リシェーナは、微笑みを浮かべて、ジオークを見た。
「あなたが離さない、離れない、言う間、ここにいる」


 軽く目を見張ったジオークは一瞬、言葉を失ったようだった。
 どうしてジオークがそんな反応をするのかわからない。
「どうか、した?」
 リシェーナが不安になりながら問うと、ジオークははぁぁ、と溜息をつく。


「…リシェってさー…小悪魔だよね」
「こあくま? 熊の仲間?」
 知らない言葉だ、と思ってリシェーナは説明を求めたつもりだったのだが、ジオークはにこ、と笑う。
 これが、お決まりのはぐらかしの笑みだということは、もう学んだ。
「あ、覚える必要ない言葉だから、大丈夫」

 珍しく、言葉の意味を教えてくれなかったジオークは、リシェーナに視線を落したままで、穏やかに言葉を紡ぐ。
「…ここにいる、って…。 ここにいたいとは、言ってくれないの?」
 思いもよらない言葉に、リシェーナは目を見張った。


 ジオークの傍は、この家は、とても居心地がいいとは、思っている。
 ばあやのことも好きだし、何よりもリシェーナは、ジオークのことを好きだと感じている。
 でも。


「…だって、わたし、他人」
 ぽつ、とリシェーナは、思いを落とす。


「わがまま、言う、立場、ない。 あなたを、困らせる、いや」
 ジオークは、キュビスに任せられて、リシェーナを預かったに過ぎないのだ。
 ずっと、ジオークの傍にいるわけにはいかない。
 ジオークだって、いつかは本当に【いひと】と結婚するはずなのだ。


 ジオークにとって、リシェーナは、【ペット】。
 ジオークが、リシェーナのことをいらなくなったら、出ていく。
 猫が、死期を悟ると、飼い主の元から離れていくように。


 そんなことを考えていると、先程よりも深く重い溜息が耳に届いて、リシェーナはハッとする。
 見れば、ジオークが痛そうな表情をしていて、驚く。
「そうやって、あいつんとこでも、我慢してたんだ? …あいつの、望むままに」

 リシェーナには、どうしてジオークがそんなに痛そうな表情をしていて、苦しそうに言葉を紡ぐのかがわからない。 じっとリシェーナがジオークを見つめていると、ジオークはふっと息を吐いた。
「…言っていいよ…。 ていうか、言ってよ。 いくらでも、わがまま」
「あなた…?」


「リシェも、ばあやも、おれの大切な家族なんだからさ。 遠慮なんていらないんだよ?」
 予想もしなかった言葉が、簡単に、ぽんと投げられて、リシェーナは息をするのも忘れて、固まってしまった。
 その様子に気づいたようで、ジオークは不思議そうにリシェーナの名を呼ぶ。


「リシェ?」
 呼びかけにハッとしたリシェーナは、胸のあたりを押さえる。


 ずっと、思っていた。
 リシェ、と彼がリシェーナを呼ぶ、その呼び方も、リシェーナには懐かしいもので、嬉しいものだったのだ。

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