【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

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紅の騎士は白き花を愛でる

12.…リシェの前で余計なこと言うんじゃないよ。

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 その女性がパタパタと去っていくのをを見届けて、アガットはジオーク・ブラッドベルに詰め寄った。
「あんた、『あなた』なんて呼ばせてるんですか!? セクハラですよ!!」
「まずそこ突っ込むんだー? 夜遅くに訪ねてきた非礼を詫びようよ、まず」
 ジオーク・ブラッドベルにしては珍しく、常識的なことを突っ込んだ。
 その後で、奴はのんびりとアガットに席を勧める。

「とりあえず座って? 落ち着こうよ」
「っ…落ち着いてられませんて!!!」
 思わず声を荒げたアガットの眼前に、ジオークは静かに人差し指をかざす。
「大声止めて。 リシェが驚く」

 反射的に、もしくは本能で、アガットは口を噤まざるを得なかった。
 普段の彼とは思えないくらい、低い声。 静かだけれど、威圧感が漂う。
 灯りが差し込んで黄金を纏った眼で制されたアガットは、ジオーク・ブラッドベルの態度と声に委縮したのだ。

「っ…失礼します」
 それを認めたくなくてアガットは勧められたソファに座った。

 だが、落ち着いている場合ではない。
 見間違いではないはずだ。
 のんびりと再びソファに腰を押しつけたジオーク・ブラッドベルを、アガットは見据える。

「彼女…リシェーナ・アスキス嬢ですよね? なんでこんなところにいるんですか」
「こんなところ、って…暴言だよね」
「ていうか、なんなんですかあのラヴラヴっぷり…!?」
 先程目の当たりにした光景を思い出したら、わなわなせずにはいられなかった。
 アガットの様子に気づかぬわけでもなかろうに、ジオークはにこ、と笑う。

「なんか、すごく懐いてくれてる。 可愛いよね」
「それはもう…。 ってことではなくっ!!!」
「じゃあ何ー?」
 気だるげな様子で首を回すジオークに、アガットは表情を引き締める。
 周囲を気にして、声を潜めた。


「リシェーナ・アスキス嬢は、カージナル殿と、結婚されたはず」


 アガットはこれでも、子爵家の出だ。
 そして、父は官僚で、リシェーナ・アスキス嬢の父君…既に他界されたセリム・アスキス殿と旧知の仲だった。 リシェーナ・アスキス嬢を初めて見たのは、セリム・アスキス殿の葬儀だった。
 まるで、今にも消えてしまいそうな風情の彼女が、その場にいた男たちの視線を釘付けにしていたことなど、彼女は知らないだろう。


 彼女は【白百合の女王】と呼ばれた社交界の華とはまた別の、儚げで危うげで繊細な魅力の持ち主だった。


 届かない憧れの花よりも、近くにある可憐な花の方が、恋愛の対象にはなりやすい。
 彼女がセリム・アスキス殿の葬儀の後間もなく、キュビス・カージナルの妻になったと聞いて、落胆した男だって少なくないはずだ。 自分もその一人だった。

 さて、ではどうして、そのリシェーナ・アスキス嬢が、ジオーク・ブラッドベルの家にいるのか?
「あっちの事情で離婚だってさ。 おれ、ちょっとキュビスを買い被ってたかも」
 何気ない様子でジオーク・ブラッドベルは語っているようだが、アガットはジオーク・ブラッドベルが苛っとしたのをしっかりと感じ取った。

 ジオーク・ブラッドベルのような男ほど怒らせると怖いのは百も承知なので、なるべくなら触れたくないところだが…。
 好奇心に抗えずに、アガットは聞いていた。
「あっちの事情って…」
「ああ、ビスの事情ってことね。 やらしー想像止めて」
 嫌そうな顔をしたジオーク・ブラッドベルに、なぜかアガットは濡れ衣を着せられ貶められている。


 ベンゼが、「あいつと話してるとおちょくられてる気分になる」と言ったことが、わからないでもない。


 だが、アガットは持ち前の精神力で我慢強く問い掛ける。
「だからってなんであんたのとこにいるんですか」
「ビスに頼まれて、おれがお世話することになったから」
 隠すわけでもなく、あっさりとジオーク・ブラッドベルは言った。
 こういうところには、好感がもてないでもない、けれど。

 アガットは目を見張らずにはいられない。
 父親が急逝し、キュビス・カージナルの妻となってまだ二年も経っていない。 なのに、今度はそのキュビス・カージナルから三行半みくだりはんをつきつけられて、この赤男に世話をされている?

「こんな色物に世話されるなんて、リシェーナ嬢が不憫だっ…」
「…だからそれ暴言」
 わっと顔を覆ったアガットにのんびりと突っ込んだジオークは、面倒臭そうに首を巡らす。

「それよりも、何しに来たの?」
 その問いかけで、アガットは、ここに来た当初の目的を思い出した。
 思い出すと同時に、怒りにも憎しみにも似た感情が、それを渡した人物に芽生える。

「明日、あなた休みでしょう? キュビス・カージナルから預かったので、早めにお渡ししたほうがいいと…」
 アガットはもう、その男をカージナル殿、と呼ぶ気も起きなかった。

 封筒を一瞥したジオーク・ブラッドベルは、眉根に皺が刻んだが、一瞬でその皺は消えた。
 近づいてくる足音に、ジオーク・ブラッドベルだけでなく、アガットも気づく。
 ジオーク・ブラッドベルもアガットも、騎士なだけあって、耳はいい。
 ジオーク・ブラッドベルは、さっとアガットの手から封筒を受け取ってクッションの下に隠すと、真剣な眼差しをアガットに向けた。


「…リシェの前で余計なこと言うんじゃないよ。 特に、コイツの話はタブー」
「はい」
 トントン、とジオーク・ブラッドベルの指先がソファを叩いたので、アガットは頷いた。

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