【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

8.…師に、認めてもらいたかったのかもね。

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 ジオークは軽く目を見張って、不思議そうに自分の手を見つめる。
 だから、リシェーナはジオークの手を取って、触れる。
「大きくて、かたい」
「…ごつい?」
 微笑んだジオークが訊いてくれるから、リシェーナは安堵した。

 不思議なことだが、ジオークが苦しい顔をしていると、リシェーナまで苦しいような気分になる。
 ジオークが、少し笑ってくれるだけでも、リシェーナはとても嬉しい。
 そして、もっと笑ってほしいと思うのだ。

「ごつい? …男のひと、思う」
 リシェーナは、ジオークの大きくて、しっかりとした手に、視線を落とす。 こういう手を、【ごつい】と言うのだろうか。 男のひとらしい手だ。
 父の手も、こんな手だった、と思う。
 苦労も何も知らない手ではなく、堅くて、大きくて、色んな思いをしてきた手。


 だからだろうか。
 こういう手に、守ってもらえそうな安心感を覚えるのは。


「わたしの手と、全然違う」
 リシェーナは、自分の手を、ジオークの手に合わせてみる。
 そうすれば、ジオークはふっと笑った。
「そうだね、全然違う」

「どうして、騎士になった?」
 リシェーナがもう一度問うと、ジオークは少し困った様子で首を揺らした。
「…不思議?」
「官僚になると、思った」
 ジオークの反応から、もしかすると先の問いがジオークに苦しい顔をさせた原因なのかも知れない、と思い至るがもう後の祭りだ。

 聞いてはいけないことだったのかもしれないが、もう問いは口から出てしまった。
 だから、リシェーナは最後まで言うことにしたのである。
「あなたは、父のところ、たくさん来た。 父も、あなたを、褒めてた」
せんせいが、おれを?」

 思いも、しなかったのだろうか。
 ジオークは、しばし、綺麗な石榴石の目を丸くしたままで固まっていた。
 だが、リシェーナが瞬きをするのとほぼ同時に、ふっとジオークの体の力が抜ける。
「…そっか…。 嬉しい」

 その表情に、思わずリシェーナは見惚れた。
 まるで、少年のような。 嬉しさがそのまま表れたかのような、照れ笑い。
 けれど、すぐにその表情は消えて、ジオークの目はその当時を懐かしむように細められる。
「勉強しに、っていうより、せんせいが好きだったから続いたんだろうけど」
「…あなた…」

 ジオークの言葉が嬉しくて、思わずジオークのことを呼べば、ジオークはリシェーナに目を向けた。
 その瞳は、悪戯っぽい光を湛えている。
「これでも、元は官僚だったんだよ?」
「え」
 驚いて、声が裏返ってしまった。


 彼が、官僚をしていたなんて、知らなかった。
 ジオークは、官僚だった自分に何の未練も感じていないようで、実にあっさりとした様子と口調で語ってくれる。


「官僚になって五年勤めて辞めた。 それで、騎士に転向」
「…もったいない」
 思ったことが、無意識に唇から零れていて、リシェーナはハッとする。
「ご、ごめんなさい。 よく、事情、知らないのに」
「いいよ。 そう思うのが普通だし。 けど、割に合わなくって」
 肩を竦めてひとつ息を吐いたジオークは、憮然としたような表情で、自分の紅緋の髪を一房、つまんだ。


「おれって見た目がこんなで目立つし、後ろ盾がないから、よくあっちこっち外交関係で行かされててさ」
 ジオークは、髪から手を離すと、どこか遠くを見た。
「おれは別に、旅がしたくて官僚になったわけじゃないし…。 なら、少し我慢をしてでも、騎士のほうがいいかな、って」
「何が、したかった、の?」
 思うと、ほぼ同時に問いが唇から零れていた。


 今度は、その問いを口にしたことを、後悔しなかった。
 知りたかったから。
 彼が、何をしたくて、官僚を目指したのか。


 簡単なことではないはずなのだ。 官僚になることも、もちろん、騎士になることだって。
 そうすれば、ジオークは、落とすように微笑んだ。


「…せんせいに、認めてもらいたかったのかもね」


 言葉に、ならなかった。
 きっと、ジオークの言葉は本当だ。
 リシェーナの父に認められたくて、官僚になって、頑張っていたのだとしたらきっと。
 ジオークが未練もなく官僚から騎士へと転向できたのも、父が亡くなって目標がなくなったからなのだろう、と察せた。
 それほど、リシェーナの父はジオークにとって大きな存在で、影響を与えられる存在だったのだ。

 リシェーナも、思い出しそうになる。
 ひとり、取り残されて、何も考えられなくなった、あのときのことを。
 思考も気持ちも落ち込みそうになったとき、絶妙のタイミングでジオークがリシェーナの頭を撫でる。
「…うん。 じゃあ、もうおやすみ?」

 促すような、「おやすみ」の言葉。
 よもや、リシェーナの思考を読んだとも思えないのだが、ジオークの紡いだその音は、それ以上考えずに眠ってしまいなさい、とでも言っているかのように聞こえて、リシェーナは頷く。
「おやすみ、なさい」

 リシェーナが言うと、ジオークはいつも、そっと身を屈めてくれる。
 だから、リシェーナは目を閉じて、その瞬間を待つ。
 優しく、触れるだけのキスが、眉間に落ちる。
 不思議なことに、ジオークにキスをもらうと、途端に眠くなるリシェーナは今夜もすぅ…と眠りに落ちることができた。

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