9 / 97
紅の騎士は白き花を愛でる
8.…師に、認めてもらいたかったのかもね。
しおりを挟む
ジオークは軽く目を見張って、不思議そうに自分の手を見つめる。
だから、リシェーナはジオークの手を取って、触れる。
「大きくて、かたい」
「…ごつい?」
微笑んだジオークが訊いてくれるから、リシェーナは安堵した。
不思議なことだが、ジオークが苦しい顔をしていると、リシェーナまで苦しいような気分になる。
ジオークが、少し笑ってくれるだけでも、リシェーナはとても嬉しい。
そして、もっと笑ってほしいと思うのだ。
「ごつい? …男のひと、思う」
リシェーナは、ジオークの大きくて、しっかりとした手に、視線を落とす。 こういう手を、【ごつい】と言うのだろうか。 男のひとらしい手だ。
父の手も、こんな手だった、と思う。
苦労も何も知らない手ではなく、堅くて、大きくて、色んな思いをしてきた手。
だからだろうか。
こういう手に、守ってもらえそうな安心感を覚えるのは。
「わたしの手と、全然違う」
リシェーナは、自分の手を、ジオークの手に合わせてみる。
そうすれば、ジオークはふっと笑った。
「そうだね、全然違う」
「どうして、騎士になった?」
リシェーナがもう一度問うと、ジオークは少し困った様子で首を揺らした。
「…不思議?」
「官僚になると、思った」
ジオークの反応から、もしかすると先の問いがジオークに苦しい顔をさせた原因なのかも知れない、と思い至るがもう後の祭りだ。
聞いてはいけないことだったのかもしれないが、もう問いは口から出てしまった。
だから、リシェーナは最後まで言うことにしたのである。
「あなたは、父のところ、たくさん来た。 父も、あなたを、褒めてた」
「師が、おれを?」
思いも、しなかったのだろうか。
ジオークは、しばし、綺麗な石榴石の目を丸くしたままで固まっていた。
だが、リシェーナが瞬きをするのとほぼ同時に、ふっとジオークの体の力が抜ける。
「…そっか…。 嬉しい」
その表情に、思わずリシェーナは見惚れた。
まるで、少年のような。 嬉しさがそのまま表れたかのような、照れ笑い。
けれど、すぐにその表情は消えて、ジオークの目はその当時を懐かしむように細められる。
「勉強しに、っていうより、師が好きだったから続いたんだろうけど」
「…あなた…」
ジオークの言葉が嬉しくて、思わずジオークのことを呼べば、ジオークはリシェーナに目を向けた。
その瞳は、悪戯っぽい光を湛えている。
「これでも、元は官僚だったんだよ?」
「え」
驚いて、声が裏返ってしまった。
彼が、官僚をしていたなんて、知らなかった。
ジオークは、官僚だった自分に何の未練も感じていないようで、実にあっさりとした様子と口調で語ってくれる。
「官僚になって五年勤めて辞めた。 それで、騎士に転向」
「…もったいない」
思ったことが、無意識に唇から零れていて、リシェーナはハッとする。
「ご、ごめんなさい。 よく、事情、知らないのに」
「いいよ。 そう思うのが普通だし。 けど、割に合わなくって」
肩を竦めてひとつ息を吐いたジオークは、憮然としたような表情で、自分の紅緋の髪を一房、つまんだ。
「おれって見た目がこんなで目立つし、後ろ盾がないから、よくあっちこっち外交関係で行かされててさ」
ジオークは、髪から手を離すと、どこか遠くを見た。
「おれは別に、旅がしたくて官僚になったわけじゃないし…。 なら、少し我慢をしてでも、騎士のほうがいいかな、って」
「何が、したかった、の?」
思うと、ほぼ同時に問いが唇から零れていた。
今度は、その問いを口にしたことを、後悔しなかった。
知りたかったから。
彼が、何をしたくて、官僚を目指したのか。
簡単なことではないはずなのだ。 官僚になることも、もちろん、騎士になることだって。
そうすれば、ジオークは、落とすように微笑んだ。
「…師に、認めてもらいたかったのかもね」
言葉に、ならなかった。
きっと、ジオークの言葉は本当だ。
リシェーナの父に認められたくて、官僚になって、頑張っていたのだとしたらきっと。
ジオークが未練もなく官僚から騎士へと転向できたのも、父が亡くなって目標がなくなったからなのだろう、と察せた。
それほど、リシェーナの父はジオークにとって大きな存在で、影響を与えられる存在だったのだ。
リシェーナも、思い出しそうになる。
ひとり、取り残されて、何も考えられなくなった、あのときのことを。
思考も気持ちも落ち込みそうになったとき、絶妙のタイミングでジオークがリシェーナの頭を撫でる。
「…うん。 じゃあ、もうおやすみ?」
促すような、「おやすみ」の言葉。
よもや、リシェーナの思考を読んだとも思えないのだが、ジオークの紡いだその音は、それ以上考えずに眠ってしまいなさい、とでも言っているかのように聞こえて、リシェーナは頷く。
「おやすみ、なさい」
リシェーナが言うと、ジオークはいつも、そっと身を屈めてくれる。
だから、リシェーナは目を閉じて、その瞬間を待つ。
優しく、触れるだけのキスが、眉間に落ちる。
不思議なことに、ジオークにキスをもらうと、途端に眠くなるリシェーナは今夜もすぅ…と眠りに落ちることができた。
だから、リシェーナはジオークの手を取って、触れる。
「大きくて、かたい」
「…ごつい?」
微笑んだジオークが訊いてくれるから、リシェーナは安堵した。
不思議なことだが、ジオークが苦しい顔をしていると、リシェーナまで苦しいような気分になる。
ジオークが、少し笑ってくれるだけでも、リシェーナはとても嬉しい。
そして、もっと笑ってほしいと思うのだ。
「ごつい? …男のひと、思う」
リシェーナは、ジオークの大きくて、しっかりとした手に、視線を落とす。 こういう手を、【ごつい】と言うのだろうか。 男のひとらしい手だ。
父の手も、こんな手だった、と思う。
苦労も何も知らない手ではなく、堅くて、大きくて、色んな思いをしてきた手。
だからだろうか。
こういう手に、守ってもらえそうな安心感を覚えるのは。
「わたしの手と、全然違う」
リシェーナは、自分の手を、ジオークの手に合わせてみる。
そうすれば、ジオークはふっと笑った。
「そうだね、全然違う」
「どうして、騎士になった?」
リシェーナがもう一度問うと、ジオークは少し困った様子で首を揺らした。
「…不思議?」
「官僚になると、思った」
ジオークの反応から、もしかすると先の問いがジオークに苦しい顔をさせた原因なのかも知れない、と思い至るがもう後の祭りだ。
聞いてはいけないことだったのかもしれないが、もう問いは口から出てしまった。
だから、リシェーナは最後まで言うことにしたのである。
「あなたは、父のところ、たくさん来た。 父も、あなたを、褒めてた」
「師が、おれを?」
思いも、しなかったのだろうか。
ジオークは、しばし、綺麗な石榴石の目を丸くしたままで固まっていた。
だが、リシェーナが瞬きをするのとほぼ同時に、ふっとジオークの体の力が抜ける。
「…そっか…。 嬉しい」
その表情に、思わずリシェーナは見惚れた。
まるで、少年のような。 嬉しさがそのまま表れたかのような、照れ笑い。
けれど、すぐにその表情は消えて、ジオークの目はその当時を懐かしむように細められる。
「勉強しに、っていうより、師が好きだったから続いたんだろうけど」
「…あなた…」
ジオークの言葉が嬉しくて、思わずジオークのことを呼べば、ジオークはリシェーナに目を向けた。
その瞳は、悪戯っぽい光を湛えている。
「これでも、元は官僚だったんだよ?」
「え」
驚いて、声が裏返ってしまった。
彼が、官僚をしていたなんて、知らなかった。
ジオークは、官僚だった自分に何の未練も感じていないようで、実にあっさりとした様子と口調で語ってくれる。
「官僚になって五年勤めて辞めた。 それで、騎士に転向」
「…もったいない」
思ったことが、無意識に唇から零れていて、リシェーナはハッとする。
「ご、ごめんなさい。 よく、事情、知らないのに」
「いいよ。 そう思うのが普通だし。 けど、割に合わなくって」
肩を竦めてひとつ息を吐いたジオークは、憮然としたような表情で、自分の紅緋の髪を一房、つまんだ。
「おれって見た目がこんなで目立つし、後ろ盾がないから、よくあっちこっち外交関係で行かされててさ」
ジオークは、髪から手を離すと、どこか遠くを見た。
「おれは別に、旅がしたくて官僚になったわけじゃないし…。 なら、少し我慢をしてでも、騎士のほうがいいかな、って」
「何が、したかった、の?」
思うと、ほぼ同時に問いが唇から零れていた。
今度は、その問いを口にしたことを、後悔しなかった。
知りたかったから。
彼が、何をしたくて、官僚を目指したのか。
簡単なことではないはずなのだ。 官僚になることも、もちろん、騎士になることだって。
そうすれば、ジオークは、落とすように微笑んだ。
「…師に、認めてもらいたかったのかもね」
言葉に、ならなかった。
きっと、ジオークの言葉は本当だ。
リシェーナの父に認められたくて、官僚になって、頑張っていたのだとしたらきっと。
ジオークが未練もなく官僚から騎士へと転向できたのも、父が亡くなって目標がなくなったからなのだろう、と察せた。
それほど、リシェーナの父はジオークにとって大きな存在で、影響を与えられる存在だったのだ。
リシェーナも、思い出しそうになる。
ひとり、取り残されて、何も考えられなくなった、あのときのことを。
思考も気持ちも落ち込みそうになったとき、絶妙のタイミングでジオークがリシェーナの頭を撫でる。
「…うん。 じゃあ、もうおやすみ?」
促すような、「おやすみ」の言葉。
よもや、リシェーナの思考を読んだとも思えないのだが、ジオークの紡いだその音は、それ以上考えずに眠ってしまいなさい、とでも言っているかのように聞こえて、リシェーナは頷く。
「おやすみ、なさい」
リシェーナが言うと、ジオークはいつも、そっと身を屈めてくれる。
だから、リシェーナは目を閉じて、その瞬間を待つ。
優しく、触れるだけのキスが、眉間に落ちる。
不思議なことに、ジオークにキスをもらうと、途端に眠くなるリシェーナは今夜もすぅ…と眠りに落ちることができた。
20
お気に入りに追加
418
あなたにおすすめの小説
不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました
加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる