【R18】紅の獅子は白き花を抱く

環名

文字の大きさ
上 下
4 / 97
紅の騎士は白き花を愛でる

3.ついてきちゃって、よかったの?

しおりを挟む
 ごとごとと、馬車の揺れる音だけが、その狭い空間を満たしていた。
 リシェーナと対面で座ったジオークは頬杖をついたまま、窓の外の景色に視線を投げていて、リシェーナに横顔だけを晒している。

 よくよく見ても、やはりジオークは綺麗な顔立ちをしている。
 男の人なのに睫毛は長いし、肌も綺麗。
 男の人なのに、ずるいと思う。

 リシェーナは、あまりじろじろ見ては不躾かな、と思い直し、ジオークが見ているのとは逆の窓の外に視線をやる。
 その、直後だった。


「…ついてきちゃって、よかったの?」


 耳に届いた声に、リシェーナはふっと目の前に視線を戻す。
 そうすれば、いつの間にかジオークはリシェーナを見ていて、その柘榴石の瞳とかちあった。


「おれについてきちゃって、よかったの?」


 唐突な問いかけに、リシェーナは首を傾げる。
「…ダメ?」

 ついてきてはいけなかったのだろうか、と思い、そう問い返せば、慌てたようにジオークは口を開いた。
「あ、違う。 おれが言いたいのは、そんなに簡単に、よく知らない男を信用してよかったの? ってこと」
 つまり、それは、リシェーナのことを案じてくれているということ。
 そして、よく知らないジオークについてきたリシェーナのことを、心配している。
 もしくは、呆れているのだろうか。
 やはり、ジオークは優しい人だ、と思えば、気持ちと表情が、同時に緩んで、リシェーナは慣れない言葉で口を開く。

「わたし、知った」
「え?」
「知った」
 儘ならない言葉に焦れったい思いをしながらリシェーナが繰り返すと、ジオークは苦笑いした。
「結婚式で少し話したくらいじゃ、おれのことなんてわからないでしょ?」

 リシェーナは自分の拙い言葉でどれだけ伝わるかわからなかったが、それでも伝えずにいられなくて口を開く。
「わたし、言葉、上手、ない」
「ああ、いいよ。 気にしないで。 知ってるから」

 やっぱり、ジオークはリシェーナがこの国の公用語であるフレンティア語が得手でないことを知ってくれていたらしい。
 だから、リシェーナは安心して、話すことができたのだと思う。 一呼吸置いて、もう一度言う。
「わたし、あなた、知った」


 じっと、ジオークの柘榴石の瞳を見つめる。
 その方が、言葉に換えられない気持ちが伝わるような気がしたから。
「父、たくさん、来た」

 リシェーナが言えば、ジオークは目を見張った。
 リシェーナの瞳に、嘘はないとわかったのだろう。
 ジオークは苦笑すると、鷹揚な動作で自分の紅緋の髪を一房、つまんだ。
「…目立つって…損得両方なんだよねー…やっぱり」


 ジオークは、その目立つ、派手な髪の色のために、リシェーナがジオークを覚えていたと思っているのだろう。
 確かにそれもあるけれど。


「父、あなた、好き」
 リシェーナの父は、リシェーナが幼いときはこの国――フレンティアの要職に就いていたということだったが、リシェーナの母が亡くなって仕事を辞めた。
 表向きの理由は、「国の次代を育てるため」だ。
 母の死を理解できずに、母がいないと泣き暮らすリシェーナの傍にいることが本当の目的だったのだろうと、成長した今ならばわかる。

 よく知らないけれど、父はフレンティアのどこかの貴族の養子だったらしい。 本当は、その貴族の落とし胤らしいのだが、恐妻家だったそのお貴族様は使用人夫婦の子どもとして父を育てさせ、「優秀だったから」という理由で父を養子にしたという。
 父は、リシェーナにとっては祖父にあたるそのひとのことを、一度も悪く言ったことはなかった。 「お祖父様はね、とても優しくて、優しすぎて、臆病なひとだったんだよ」というのが、父の口癖だった。

 恐妻家だったお祖父様は、父の母であるメイドに安らぎと癒やしを求めたらしかった。 きっと、父がお祖父様のことを悪く言わないのは、リシェーナのお祖母様と父が、お祖父様に大切にされていたからなんだと思う。


 父の生い立ちは、それなりに複雑だった。


 だから父は、国の現在の在り方と、国の未来を憂いたのだと思う。 貴族の子どもしか満足に教育を受けられず、登用されないような在り方に異を唱えた。 だから、無償で平民の子どもたちへの私塾を開いたのだ、と父の親友であるというオズワルドおじさまが教えてくれた。
 父の葬儀には、オズワルドおじさまとは別に、とても身分の高そうな方々もお忍びで来てくださった。 現在の国のいしづえを築いたのは父なのだと、その人たちは教えてくれた。
 父はオズワルドおじさまと、その方たちに言ったらしい。 「私は、次代の国を担う人材を育てることに専念するよ。 その子たちが成長したとき、彼らが活躍する場を造れるのは君たちだ」と言ったらしい。


 嬉しかった。
 父が生きた証が、リシェーナの記憶や胸の中だけでなく、たくさんのひとの中に、そしてこの国にも、残っていることが。


 父の私塾の生徒の中に、リシェーナの元夫であるキュビスもいたらしいが、リシェーナはキュビスのことは覚えていなかった。
 けれど、今、目の前にいるジオークのことは、覚えていた。
 父が、彼のことを気に入っていたし、褒めていたからだ。
 だから覚えていた、と伝えると、ジオークは視線を少し落として、笑みを見せる。
 懐かしむような、けれど、少し寂しそうな笑み。
 それがひどく印象的で、リシェーナはじっとジオークを見つめた。

「…うん。 すごくよくしてもらってたし…おれもせんせいのこと、好きだった」
「だから、よかった」
 意識せぬままに、そう、リシェーナの唇からは言葉が零れていた。

「?」
 意味がわからなかったのだろう。
 ジオークはそんな表情をしていた。
 だからリシェーナは、ジオークを見据えたままで、笑んだ。
「あなた、よかった」

 父が、認めていたひとだったからよかった。
 ジオークが、本当に父のことを慕ってくれていたのがわかるから、よかった。
 それから、リシェーナが、ジオークのことを好きだと思ったから、よかった。
 軽く見張られたジオークの目が、だんだんと細められて、笑みに変わった。
「…そう」
 小さく、落とすような呟き。
 それは、どういう意味だろう。
 だから、リシェーナはジオークを窺い見る。


「…迷惑?」
「迷惑じゃないよ。 ばあやは大喜びだと思う」
 ジオークは、即答する。
 リシェーナはまた、不思議に思った。 ジオークはさっきから「ばあや」と口にしているし、どうやらお祖母様と二人暮らしなのだろう。
 それで、どうしてジオークのお祖母様が、リシェーナを連れて帰ると喜ぶのだろう。
「なぜ?」
「おれが、家に女性を連れてくの、初めてだから」

 事実か嘘かわからない、ジオークの言葉に、リシェーナは面食らう。
 どう言葉を返したものかと考えていると、ジオークが続けた。
「…自分の家だと思って、くつろいでくれたら嬉しいな。 ばあやもそう思ってくれるだろうし。 遠慮なんかしないでね」
「…ありがとう」
 ジオークの優しい言葉に、自然とその言葉が洩れていた。

 不思議なことに、不安はなかった。
 父が亡くなって、キュビスに引き取られるときとは、違って。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました

加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...