【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

2.本当に大切なら、絶対に手放すべきじゃない。

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「あなた、迷惑?」
 リシェーナが問うと、ジオークは何度か目を瞬かせ、ふっと笑った。
 その微笑みが優しくて、リシェーナはまた、目を奪われる。
 整った派手な顔立ちは軽薄な印象を与える、と思っていたが、微笑むとぐっと優しい印象になる。
 ずっと、笑みを湛えていればいいのに、と思う反面、今の優しい表情を知っているのがリシェーナだけならいいのに、と思う。
 不思議な気持ちだ。

「迷惑じゃないよ。 迷惑だと思ったら、聞いたりしない」
 ジオークは、さっきまでとはうって変わった、ゆっくりとしたペースで話してくれる。
 だから、リシェーナは、決めた。
 自分の意思で。

「…お願い、です」
 リシェーナが畏まって頭を下げれば、ジオークはぽんぽんとリシェーナが下げた頭を励ますように叩いてくれる。
 彼はどんな顔をしているのだろう、と顔を上げたときには、彼はキュビスに顔を向けていた。
「じゃ、おれ、連れて帰っていいんだよね」
「…ああ」
 ジオークがキュビスに投げたのは、問いかけではなく確認。
 それに、キュビスは頷いた。
 ジオークも言っていたが、本当にあっさりしたものだ。

「じゃ、行こ?」
 そして、ジオークもあっさりしたもので、すっと腰を浮かせると、リシェーナに手を差し伸べる。

 リシェーナは、ジオークの顔を見、差し伸べられた手を見た。
 このひとの、手を取ったら、キュビスとリシェーナの繋がりは切れる。

 そんなことを、何の感慨もなく、思った。
 リシェーナ自身も、あっさりしたものだったらしい。


 ひととひととの関係なんて、簡単なもののようだ。


 少なくともリシェーナは、ジオークの手に自分の手を重ねることに、怖れも躊躇いもなかった。
 手の平を上にして差し出された手に、自らの手を重ねると、ジオークがリシェーナに尋ねた。
「荷物は、用意してある? ウチにはばあやしかいないから、若い女性が好むようなものは、期待しないほうがいいよ」
「…何?」
 どういうことかわからずにリシェーナが目を瞬かせていると、ああ、とジオークが言った。
「荷物、持つひと必要でしょ?」

 それは、彼が、リシェーナの荷物を持ってくれる、ということだろうか。
 意外な思いで、リシェーナはジオークの言葉を聞き、それに対する感謝を述べる。
「…あり、がとう」
 そうすれば、ジオークはリシェーナを見て、また、優しい顔をしてくれた。
「どういたしまして」
 ぽん、と感謝に対する応答をジオークは返す。
 自分が発した言葉に、優しい言葉を掛けてもらえるのも、嬉しい。

「…こっち」
 リシェーナが待っていた隣の部屋へと歩き出せば、のんびりとジオークがついてくる。
 気が、利く人なんだな、とリシェーナは横目でジオークを見る。
 元夫であるキュビスが、リシェーナのために荷物を持ちに来てくれたことなど、一年夫婦をやってきたが、過去に一度もなかった。
 気が利くだけでなく、ジオークは優しい。
 きっと、女性にはとても人気があるだろう。

「それ」
 扉を開いて、リシェーナがかばんをひとつ指し示すと、ジオークは目を丸くしてリシェーナを見た。
「これだけでいいの?」

 大きなかばんひとつでは、そう問いたくなるのも無理はない。
 どう伝えたものかと悩んで、リシェーナは単語を並べる。
「…ここ、持つ、それ」

 リシェーナの持ち物は実はそんなに多くない。
 自分の立場はわきまえていたつもりだし、与えられた以上のものを欲しがることはしなかった。
 キュビスに与えられたものがあったとしても、夫婦という関係が解消された以上、与えられたものはキュビスに還元されるものだ。 リシェーナが持っていっていいものではない。
 だから、リシェーナの荷物は、リシェーナの父が死んでから、キュビスの邸に持ってきたもの、それだけとなる。

「じゃあ、もう行く?」
 自然な動作で、リシェーナの荷物を手にするジオークに、リシェーナは頷いた。
 そして、振り返ったのだけれど、そこにはキュビスがジオークを見据えて立っていた。

「ジオ。 別れても、リシェーナは俺の大切なひとだ。 リシェーナを傷つけるようなことをしたら…許さない」
 その、キュビスの言葉を、リシェーナは不思議な思いで聞く。

 どうしてキュビスは、他の男性ジオークにリシェーナを預けておきながら、「別れても、リシェーナはおれの大切なひとだ」などと言うのだろう。

 大切ならば手放さなければいいのだ。
 それに、キュビスの言葉はまるで、別れたあともリシェーナの所有権を主張するもののように聞こえる。
 きっと、ジオークもそのように感じたのだろう。


「認めて、任せてくれたんじゃなかったっけ?」
 ジオークの表情から、表情が消えた。


 問う声は、静かであまり抑揚がない。
 じっとジオークを見据えるキュビスから視線を外して、ジオークの顔がリシェーナに向いた。
 真っ直ぐにその綺麗な柘榴石の瞳に見つめられて、リシェーナの心臓は小さく跳ねる。


「大丈夫だよ。 せんせいの大切なお嬢さんだもん。 何かあったらせんせいに顔向けできない」


 優しい、目だった。
 眼差しも、優しい。
 その理由を、リシェーナはジオークの言葉の中に見る。


 リシェーナが、父の、娘だから。


 そのことに、少しがっかりしたような気がするのも、なぜだろう。
 リシェーナがそんなことに頭を悩ませていると、ジオークの声が耳に届いた。


「けど、ビス。 忠告」


 ジオークはまた、キュビスに向き直っている。
 ジオークの声音が、ほんの少しだけ変化したことに、リシェーナは気づく。
 一呼吸置いた後で、ジオークは正面からキュビスを捉え、断言した。

「本当に大切なら、絶対に手放すべきじゃない」

 キュビスが、クッと目を見張る。
 その鳶色の瞳が、不安定に揺れた。

 さいを振った当人は、キュビスの反応など気にしていないのか、気にならないのか…。
 優しい笑みをリシェーナに見せて、手を伸べる。


「おいで、リシェ」


 そのあまりにも優しい微笑みに誘われたのだろうか。
 無意識のうちに、リシェーナはジオークの手に自分の手を重ねていた。

「最初から馴れ馴れしすぎるぞ」
 苦虫を噛み潰したような顔、憮然としたキュビスの声に、ジオークは適当に返答する。
「顔見知りなんだから別にいいじゃん」
 なんとなくだが、ジオークとキュビスの間には険悪な雰囲気が漂っている。
 そのことにはらはらしながらも、リシェーナは自分が大切なことをキュビスに伝えていないことに気づいた。


 ジオークに手を引かれて、キュビスの横を通り過ぎたリシェーナは、振り返りながらキュビスの背に声をかける。
「…今まで、ありがと」

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