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紅の騎士は白き花を愛でる
0.男としての責任てないの?
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「…いつまで黙ってんの?」
おれの存在、忘れてるんじゃないだろうか?
そんな疑念の元に、ジオークは口を開いた。
座った太腿に肘をついて手を組み、何かを思うように視線を伏せている目の前の男――キュビス・カージナルとは長い付き合いだ。 鳶色の髪と瞳の、実直そうな印象の青年がこういう態度を取るときは、話しにくい話題を切り出そうとしているときだ。
それがわかる程度には、ジオークと目の前の男は付き合いが長い。
「わざわざ呼び出しておいて、だんまり? おれだって暇じゃないんだけどな」
ふう、と聞こえるように溜息をつきながらがジオークが言えば、ようやく家主であるキュビスは視線を上げる。
けれど、その目は何か言いたげなだけで、まだ口を開かない。
ジオークは、目を眇めて、問う。
「…何なの?」
苛立ちではなく、呆れや疲れが声に滲んだのが、自分でもわかる。
そうすれば、キュビスはようやく口火を切った。
「…大切な、話がある」
重い、何かを宿した声。
だから、ジオークは敢えて、茶化すような軽い口調で言葉を発する。
「ビスにとっては大切な話でも、それがおれにも当てはまるとは限らないじゃん? まあ、他人に聞かれて困る話ではあるようだけど」
ジオークは、帰り支度をしているときにキュビスに呼びとめられて、彼の家に連れてこられた。
その場で話してもよかったはず…むしろ、そのほうが手間がかからなかっただろう。
なのに、キュビスは自宅を選んでジオークを誘った。
とすると、これからキュビスがしようとしている話は、できるだけ他者に聞かせたくはない話。
ジオークの言は図星だったのだろう。
キュビスは再び沈黙モードに入ってしまった。
ああ、もう、本当に面倒くさい。
そう辟易しながら、ジオークはさらにソファの背もたれに体重をかける。
話すつもりがない、というわけではないのはわかっている。
話すつもりがないのなら、ジオークをわざわざ連れてきた意味がない。
だとしたら、キュビスの性格上、切り出し方に迷っている、といった具合だろうか。
そうさせるものはなんだろう、と考えて、一つの可能性に気づいたジオークは、キュビスを見ないままで、いつもの軽い調子で訊いてみる。
「ところで、奥さん、元気?」
ハッと顔を上げたキュビスは、目を見張っていた。
どうやら、当たりらしい。
助け船を出してもらってほっとしたのか、幾分安堵したような表情と声音で、キュビスは言った。
「…その、リシェーナのことなんだ」
「…奥さん、どうかしたの?」
「リシェーナと、離婚することにした」
あっさりと、告げられた内容に、ジオークは目を見張った。 少なくとも、キュビスの口ぶりをジオークはあっさりとしていると感じた。
それから、本当に嫌なものを見るような、物凄い顔をした、と思う。
「…ふざけてんの」
静かに、低く、唸るような自分の声が耳に届いた。
だが、そのことに驚きはない。
自分の心境からすれば、至極真っ当な反応だと思う。
頭に血が上る、とはよく言ったものだ。
今、ジオークは自分の頭が熱を持ち、熱くなり、なんだか破裂しそうなのを感じている。
キュビスも、これがジオークの、本気の不愉快だということを、知っているだろう。
「…お前、男としての責任てないの?」
「…それは、お前には言われたくない台詞だな」
ジオークの言葉を、どのように捉えたのか、冗談めかした反応がキュビスから返ってくる。
それがまた、ジオークの癇に障った。
「話の上げ足とらないでくれる? それに、おれとお前じゃ立場がまるで違うからね?」
社会的地位だけでなく、未婚か既婚か――様々な立場が、ジオークとキュビスでは異なる。
立場が異なるからこそ、許されることもあれば、許されないこともあるのだ。
「師に娘さんを預けられたって自覚はないの?」
畳みかけるように、ジオークは続けた。
「唯一の絶対って、定めたんじゃないの? それをそんな簡単に放りだすの? …奥さんのこと、なんだと思ってんの?」
だが、ジオークの不機嫌くらいでは、妻と離婚するといった面の皮の厚い男にはあまり効果がないようだ。
「…リシェーナも、納得済みのことだ」
開き直ったのか、キュビスの声はひたすらに静かだった。
厚顔無恥とは、このことだろう。
渋い顔でジオークがキュビスを見ていると、キュビスはふっと扉へ顔を向けた。
「入ってきなさい、リシェーナ」
おれの存在、忘れてるんじゃないだろうか?
そんな疑念の元に、ジオークは口を開いた。
座った太腿に肘をついて手を組み、何かを思うように視線を伏せている目の前の男――キュビス・カージナルとは長い付き合いだ。 鳶色の髪と瞳の、実直そうな印象の青年がこういう態度を取るときは、話しにくい話題を切り出そうとしているときだ。
それがわかる程度には、ジオークと目の前の男は付き合いが長い。
「わざわざ呼び出しておいて、だんまり? おれだって暇じゃないんだけどな」
ふう、と聞こえるように溜息をつきながらがジオークが言えば、ようやく家主であるキュビスは視線を上げる。
けれど、その目は何か言いたげなだけで、まだ口を開かない。
ジオークは、目を眇めて、問う。
「…何なの?」
苛立ちではなく、呆れや疲れが声に滲んだのが、自分でもわかる。
そうすれば、キュビスはようやく口火を切った。
「…大切な、話がある」
重い、何かを宿した声。
だから、ジオークは敢えて、茶化すような軽い口調で言葉を発する。
「ビスにとっては大切な話でも、それがおれにも当てはまるとは限らないじゃん? まあ、他人に聞かれて困る話ではあるようだけど」
ジオークは、帰り支度をしているときにキュビスに呼びとめられて、彼の家に連れてこられた。
その場で話してもよかったはず…むしろ、そのほうが手間がかからなかっただろう。
なのに、キュビスは自宅を選んでジオークを誘った。
とすると、これからキュビスがしようとしている話は、できるだけ他者に聞かせたくはない話。
ジオークの言は図星だったのだろう。
キュビスは再び沈黙モードに入ってしまった。
ああ、もう、本当に面倒くさい。
そう辟易しながら、ジオークはさらにソファの背もたれに体重をかける。
話すつもりがない、というわけではないのはわかっている。
話すつもりがないのなら、ジオークをわざわざ連れてきた意味がない。
だとしたら、キュビスの性格上、切り出し方に迷っている、といった具合だろうか。
そうさせるものはなんだろう、と考えて、一つの可能性に気づいたジオークは、キュビスを見ないままで、いつもの軽い調子で訊いてみる。
「ところで、奥さん、元気?」
ハッと顔を上げたキュビスは、目を見張っていた。
どうやら、当たりらしい。
助け船を出してもらってほっとしたのか、幾分安堵したような表情と声音で、キュビスは言った。
「…その、リシェーナのことなんだ」
「…奥さん、どうかしたの?」
「リシェーナと、離婚することにした」
あっさりと、告げられた内容に、ジオークは目を見張った。 少なくとも、キュビスの口ぶりをジオークはあっさりとしていると感じた。
それから、本当に嫌なものを見るような、物凄い顔をした、と思う。
「…ふざけてんの」
静かに、低く、唸るような自分の声が耳に届いた。
だが、そのことに驚きはない。
自分の心境からすれば、至極真っ当な反応だと思う。
頭に血が上る、とはよく言ったものだ。
今、ジオークは自分の頭が熱を持ち、熱くなり、なんだか破裂しそうなのを感じている。
キュビスも、これがジオークの、本気の不愉快だということを、知っているだろう。
「…お前、男としての責任てないの?」
「…それは、お前には言われたくない台詞だな」
ジオークの言葉を、どのように捉えたのか、冗談めかした反応がキュビスから返ってくる。
それがまた、ジオークの癇に障った。
「話の上げ足とらないでくれる? それに、おれとお前じゃ立場がまるで違うからね?」
社会的地位だけでなく、未婚か既婚か――様々な立場が、ジオークとキュビスでは異なる。
立場が異なるからこそ、許されることもあれば、許されないこともあるのだ。
「師に娘さんを預けられたって自覚はないの?」
畳みかけるように、ジオークは続けた。
「唯一の絶対って、定めたんじゃないの? それをそんな簡単に放りだすの? …奥さんのこと、なんだと思ってんの?」
だが、ジオークの不機嫌くらいでは、妻と離婚するといった面の皮の厚い男にはあまり効果がないようだ。
「…リシェーナも、納得済みのことだ」
開き直ったのか、キュビスの声はひたすらに静かだった。
厚顔無恥とは、このことだろう。
渋い顔でジオークがキュビスを見ていると、キュビスはふっと扉へ顔を向けた。
「入ってきなさい、リシェーナ」
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