【R18】紅薔薇の棘に口づけ

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その先は、薔薇色の日々

陛下の恋路(下)※微BL※

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 執務室に戻って、アルヴァートはひとつ溜息をついた。
 アンネローゼは、人の気も知らずに好き勝手言ってくれるものである。


 …告白など、できるものならとっくにしている。


 もう一つ、溜息をつくと、コンコンとノックの音がして、アルヴァートは表情を引き締める。
 きっとオズワルドが来たのだろう。
 オズワルドから、話があると言われていたのだ。 オズワルドの誘いを断ることなどできるはずもない。

「許可する」

 アルヴァートが短く告げれば、扉が開いた。
 案の定、そこにはオズワルドがいたが、手にトレイを持っていて、その上にはワインのボトルとグラス、ジュレのようなものがあった。

 長い話になるのかもしれない。
 そう思ったから、アルヴァートは扉に近づいて、そこを守る近衛騎士たちに告げる。

「籠りきりになると思う。 よろしく頼む」
 扉をそっと閉めて、アルヴァートは移動し、奥の部屋――仮眠室へと続く扉を開けた。


「聞かれたくない、話だろう?」


 アルヴァートが問うと、まだ立ったままのオズワルドは軽く目を見張り、次いで目を細めた。
 そして、アルヴァートの仮眠室へと入る。

 機密性の高い内容の話をするとき、アルヴァートはオズワルドを仮眠室に通す。
 そこには、アルヴァートの仮眠用のベッドと、ベッドとしても使える低い長椅子、低いテーブルがある。
 テーブル面がガラスでできており、床の絨毯の模様までわかる低いテーブルに、オズワルドがトレイを置いた。

「掛けていいよ」
 仮眠室に施錠したアルヴァートは、長椅子に腰かけながらオズワルドにも席を勧める。
 オズワルドは、一度頷くようにすると、アルヴァートの隣に腰かけた。
 そして、早速ボトルワインを手に取ってワインオープナーでコルクを開ける。 グラスにとくとくとワインを注ぐまでの一連の動作が、まるで流れるようでアルヴァートは知らず目を奪われていたた。

 オズワルドはワインを注いだグラスに、恐れることもなく、口をつける。
 そして、いつも、それをアルヴァートに差し出すのだ。

「どうぞ」
「…君は、毒見役のような真似などしなくてもいいと、いつも言っているのに」
 アルヴァートが溜息交じりに言うも、オズワルドは微笑む。
「私といらっしゃるときに、陛下に何かあっては一番に疑われるのは私ですから。 自衛策ですよ、貴方のためではありません」
 そして、オズワルドは自分のグラスに口をつける。

 珍しいことに、一気にワインを呷り、飲み干した。
 オズワルドはあまり、酒に強くはなく、そのことを自覚しているためにそのような飲み方はほとんどしない。


 何か、いつもと様子が違う。


 そのことだけはわかって、アルヴァートはオズワルドを見つめた。
 彼は、普段もっと上手に微笑む。
 作り笑いとすぐに判断できないような、自然な微笑みを浮かべるのだ。 だが、今日、アルヴァートの部屋に入ってからのオズワルドは、作り笑いしか浮かべていない。

 ほぅ、とひとつ、オズワルドの淡い色の唇が息を吐いた。
 目尻が微かに赤く、漂ってくる淑やかな色気に目が眩みそうになる。 それでなくても、オズワルドはいつもいい香りがするのだ。
 そんな風にアルヴァートはオズワルドを見つめていたのだが、オズワルドの唇が動いて、驚くべき言葉が飛び出した。


「陛下は、姪の…アイシェリアのことが、お気に召したのですか?」


 驚きのあまり、思考が停止した。
 誰が、誰を、気に入ったと…。
 ああ、それよりも、なぜ、そのことをオズワルドが知っているのか?

 そう考えて記憶を巡らせると、今日の夜会のときに、ロワイエールが何事かを言いかけていたことを思い出した。
 もしかすると、あのとき、近くにはオズワルドが来ていたということなのか。

 では、どうしてあのとき、ロワイエールがそのことを知らせてくれなかったのかといえば、恐らくはアンネローゼが原因だ。
 ロワイエールは、アルヴァートとアンネローゼの意見が対立したとき、最終的にはいつも、アルヴァートではなく、アンネローゼを優先する。
 それは仕方のないことだ。 ロワイエールの最愛はアンネローゼなのだから。

 アンネローゼが、アルヴァートの恋路を応援しているのはアルヴァートもロワイエールも知るところではある。 丁度あのときアンネローゼは「告白するように」とアルヴァートを焚きつけていたのだ。
 ロワイエールが、オズワルドの存在に気づきながら、わざとその存在を見過ごし、アルヴァートの言葉を聞かせた可能性は十分にある。

 どうして、あの可愛い従弟は、そんなお節介を焼くようになってしまったのだろう。
 アンネローゼの影響だろうか。

 自分がお節介焼きであることを棚に上げて、アルヴァートはそんなことを思った。
 アンネローゼでもこの場にいたならば、「血筋ですわね」とばっさりと切り捨てたことだろう。

 そんなことを考え、返答しあぐねていたアルヴァートの沈黙を、オズワルドは肯定と取ったのだろうか。一度ぎゅっと唇をかみしめると、ばっとアルヴァートに向き直った。


「っ…顔が、お気に召したのなら」


 オズワルドの顔は、今までに見たことがないくらいに必死で、余裕がなく、淑やかでありながら、色気に溢れていた。


「顔が似ている私でもいいでしょう」


 アルヴァートは、これでもかというくらいに目を見張った。

 言葉が、出てこない。
 なのに、じわじわと顔の表面が熱を持つ。
 腰が抜けてしまいそうだ。

 これは、まさか、告白されて、いる?
 こんなことが、あって、いいのだろうか。

 アルヴァートの頭の中に、アンネローゼとの婚姻の儀の際に鳴らされた、鐘の音が響き渡るような感じがする。
 この現実は、本当に現実でよいのだろうか。
 熱に浮かされるようにしながら、アルヴァートは震える唇で言葉を紡ぐ。


「君でもいい、では、ない」


 震える声を、情けない思いで聴く。
 今まで、どんな政治の場面でも、こんな風になったことはなかった。


「君が、いい。 君でなければ、だめなんだ。 ずっと想っていたよ、オズワルド」


 恋とは、人を無力に、愚かにさせるもの。
 けれど、アルヴァートはこの恋を守るために、強く、賢くならねばならない。
 改めて、その決意を強くする。


 神様は、アルヴァートの考えを、行いを、ずっと見守っていてくれたのだ、と思いながら。

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