40 / 44
その先は、薔薇色の日々
陛下の恋路(下)※微BL※
しおりを挟む
執務室に戻って、アルヴァートはひとつ溜息をついた。
アンネローゼは、人の気も知らずに好き勝手言ってくれるものである。
…告白など、できるものならとっくにしている。
もう一つ、溜息をつくと、コンコンとノックの音がして、アルヴァートは表情を引き締める。
きっとオズワルドが来たのだろう。
オズワルドから、話があると言われていたのだ。 オズワルドの誘いを断ることなどできるはずもない。
「許可する」
アルヴァートが短く告げれば、扉が開いた。
案の定、そこにはオズワルドがいたが、手にトレイを持っていて、その上にはワインのボトルとグラス、ジュレのようなものがあった。
長い話になるのかもしれない。
そう思ったから、アルヴァートは扉に近づいて、そこを守る近衛騎士たちに告げる。
「籠りきりになると思う。 よろしく頼む」
扉をそっと閉めて、アルヴァートは移動し、奥の部屋――仮眠室へと続く扉を開けた。
「聞かれたくない、話だろう?」
アルヴァートが問うと、まだ立ったままのオズワルドは軽く目を見張り、次いで目を細めた。
そして、アルヴァートの仮眠室へと入る。
機密性の高い内容の話をするとき、アルヴァートはオズワルドを仮眠室に通す。
そこには、アルヴァートの仮眠用のベッドと、ベッドとしても使える低い長椅子、低いテーブルがある。
テーブル面がガラスでできており、床の絨毯の模様までわかる低いテーブルに、オズワルドがトレイを置いた。
「掛けていいよ」
仮眠室に施錠したアルヴァートは、長椅子に腰かけながらオズワルドにも席を勧める。
オズワルドは、一度頷くようにすると、アルヴァートの隣に腰かけた。
そして、早速ボトルワインを手に取ってワインオープナーでコルクを開ける。 グラスにとくとくとワインを注ぐまでの一連の動作が、まるで流れるようでアルヴァートは知らず目を奪われていたた。
オズワルドはワインを注いだグラスに、恐れることもなく、口をつける。
そして、いつも、それをアルヴァートに差し出すのだ。
「どうぞ」
「…君は、毒見役のような真似などしなくてもいいと、いつも言っているのに」
アルヴァートが溜息交じりに言うも、オズワルドは微笑む。
「私といらっしゃるときに、陛下に何かあっては一番に疑われるのは私ですから。 自衛策ですよ、貴方のためではありません」
そして、オズワルドは自分のグラスに口をつける。
珍しいことに、一気にワインを呷り、飲み干した。
オズワルドはあまり、酒に強くはなく、そのことを自覚しているためにそのような飲み方はほとんどしない。
何か、いつもと様子が違う。
そのことだけはわかって、アルヴァートはオズワルドを見つめた。
彼は、普段もっと上手に微笑む。
作り笑いとすぐに判断できないような、自然な微笑みを浮かべるのだ。 だが、今日、アルヴァートの部屋に入ってからのオズワルドは、作り笑いしか浮かべていない。
ほぅ、とひとつ、オズワルドの淡い色の唇が息を吐いた。
目尻が微かに赤く、漂ってくる淑やかな色気に目が眩みそうになる。 それでなくても、オズワルドはいつもいい香りがするのだ。
そんな風にアルヴァートはオズワルドを見つめていたのだが、オズワルドの唇が動いて、驚くべき言葉が飛び出した。
「陛下は、姪の…アイシェリアのことが、お気に召したのですか?」
驚きのあまり、思考が停止した。
誰が、誰を、気に入ったと…。
ああ、それよりも、なぜ、そのことをオズワルドが知っているのか?
そう考えて記憶を巡らせると、今日の夜会のときに、ロワイエールが何事かを言いかけていたことを思い出した。
もしかすると、あのとき、近くにはオズワルドが来ていたということなのか。
では、どうしてあのとき、ロワイエールがそのことを知らせてくれなかったのかといえば、恐らくはアンネローゼが原因だ。
ロワイエールは、アルヴァートとアンネローゼの意見が対立したとき、最終的にはいつも、アルヴァートではなく、アンネローゼを優先する。
それは仕方のないことだ。 ロワイエールの最愛はアンネローゼなのだから。
アンネローゼが、アルヴァートの恋路を応援しているのはアルヴァートもロワイエールも知るところではある。 丁度あのときアンネローゼは「告白するように」とアルヴァートを焚きつけていたのだ。
ロワイエールが、オズワルドの存在に気づきながら、わざとその存在を見過ごし、アルヴァートの言葉を聞かせた可能性は十分にある。
どうして、あの可愛い従弟は、そんなお節介を焼くようになってしまったのだろう。
アンネローゼの影響だろうか。
自分がお節介焼きであることを棚に上げて、アルヴァートはそんなことを思った。
アンネローゼでもこの場にいたならば、「血筋ですわね」とばっさりと切り捨てたことだろう。
そんなことを考え、返答しあぐねていたアルヴァートの沈黙を、オズワルドは肯定と取ったのだろうか。一度ぎゅっと唇をかみしめると、ばっとアルヴァートに向き直った。
「っ…顔が、お気に召したのなら」
オズワルドの顔は、今までに見たことがないくらいに必死で、余裕がなく、淑やかでありながら、色気に溢れていた。
「顔が似ている私でもいいでしょう」
アルヴァートは、これでもかというくらいに目を見張った。
言葉が、出てこない。
なのに、じわじわと顔の表面が熱を持つ。
腰が抜けてしまいそうだ。
これは、まさか、告白されて、いる?
こんなことが、あって、いいのだろうか。
アルヴァートの頭の中に、アンネローゼとの婚姻の儀の際に鳴らされた、鐘の音が響き渡るような感じがする。
この現実は、本当に現実でよいのだろうか。
熱に浮かされるようにしながら、アルヴァートは震える唇で言葉を紡ぐ。
「君でもいい、では、ない」
震える声を、情けない思いで聴く。
今まで、どんな政治の場面でも、こんな風になったことはなかった。
「君が、いい。 君でなければ、だめなんだ。 ずっと想っていたよ、オズワルド」
恋とは、人を無力に、愚かにさせるもの。
けれど、アルヴァートはこの恋を守るために、強く、賢くならねばならない。
改めて、その決意を強くする。
神様は、アルヴァートの考えを、行いを、ずっと見守っていてくれたのだ、と思いながら。
アンネローゼは、人の気も知らずに好き勝手言ってくれるものである。
…告白など、できるものならとっくにしている。
もう一つ、溜息をつくと、コンコンとノックの音がして、アルヴァートは表情を引き締める。
きっとオズワルドが来たのだろう。
オズワルドから、話があると言われていたのだ。 オズワルドの誘いを断ることなどできるはずもない。
「許可する」
アルヴァートが短く告げれば、扉が開いた。
案の定、そこにはオズワルドがいたが、手にトレイを持っていて、その上にはワインのボトルとグラス、ジュレのようなものがあった。
長い話になるのかもしれない。
そう思ったから、アルヴァートは扉に近づいて、そこを守る近衛騎士たちに告げる。
「籠りきりになると思う。 よろしく頼む」
扉をそっと閉めて、アルヴァートは移動し、奥の部屋――仮眠室へと続く扉を開けた。
「聞かれたくない、話だろう?」
アルヴァートが問うと、まだ立ったままのオズワルドは軽く目を見張り、次いで目を細めた。
そして、アルヴァートの仮眠室へと入る。
機密性の高い内容の話をするとき、アルヴァートはオズワルドを仮眠室に通す。
そこには、アルヴァートの仮眠用のベッドと、ベッドとしても使える低い長椅子、低いテーブルがある。
テーブル面がガラスでできており、床の絨毯の模様までわかる低いテーブルに、オズワルドがトレイを置いた。
「掛けていいよ」
仮眠室に施錠したアルヴァートは、長椅子に腰かけながらオズワルドにも席を勧める。
オズワルドは、一度頷くようにすると、アルヴァートの隣に腰かけた。
そして、早速ボトルワインを手に取ってワインオープナーでコルクを開ける。 グラスにとくとくとワインを注ぐまでの一連の動作が、まるで流れるようでアルヴァートは知らず目を奪われていたた。
オズワルドはワインを注いだグラスに、恐れることもなく、口をつける。
そして、いつも、それをアルヴァートに差し出すのだ。
「どうぞ」
「…君は、毒見役のような真似などしなくてもいいと、いつも言っているのに」
アルヴァートが溜息交じりに言うも、オズワルドは微笑む。
「私といらっしゃるときに、陛下に何かあっては一番に疑われるのは私ですから。 自衛策ですよ、貴方のためではありません」
そして、オズワルドは自分のグラスに口をつける。
珍しいことに、一気にワインを呷り、飲み干した。
オズワルドはあまり、酒に強くはなく、そのことを自覚しているためにそのような飲み方はほとんどしない。
何か、いつもと様子が違う。
そのことだけはわかって、アルヴァートはオズワルドを見つめた。
彼は、普段もっと上手に微笑む。
作り笑いとすぐに判断できないような、自然な微笑みを浮かべるのだ。 だが、今日、アルヴァートの部屋に入ってからのオズワルドは、作り笑いしか浮かべていない。
ほぅ、とひとつ、オズワルドの淡い色の唇が息を吐いた。
目尻が微かに赤く、漂ってくる淑やかな色気に目が眩みそうになる。 それでなくても、オズワルドはいつもいい香りがするのだ。
そんな風にアルヴァートはオズワルドを見つめていたのだが、オズワルドの唇が動いて、驚くべき言葉が飛び出した。
「陛下は、姪の…アイシェリアのことが、お気に召したのですか?」
驚きのあまり、思考が停止した。
誰が、誰を、気に入ったと…。
ああ、それよりも、なぜ、そのことをオズワルドが知っているのか?
そう考えて記憶を巡らせると、今日の夜会のときに、ロワイエールが何事かを言いかけていたことを思い出した。
もしかすると、あのとき、近くにはオズワルドが来ていたということなのか。
では、どうしてあのとき、ロワイエールがそのことを知らせてくれなかったのかといえば、恐らくはアンネローゼが原因だ。
ロワイエールは、アルヴァートとアンネローゼの意見が対立したとき、最終的にはいつも、アルヴァートではなく、アンネローゼを優先する。
それは仕方のないことだ。 ロワイエールの最愛はアンネローゼなのだから。
アンネローゼが、アルヴァートの恋路を応援しているのはアルヴァートもロワイエールも知るところではある。 丁度あのときアンネローゼは「告白するように」とアルヴァートを焚きつけていたのだ。
ロワイエールが、オズワルドの存在に気づきながら、わざとその存在を見過ごし、アルヴァートの言葉を聞かせた可能性は十分にある。
どうして、あの可愛い従弟は、そんなお節介を焼くようになってしまったのだろう。
アンネローゼの影響だろうか。
自分がお節介焼きであることを棚に上げて、アルヴァートはそんなことを思った。
アンネローゼでもこの場にいたならば、「血筋ですわね」とばっさりと切り捨てたことだろう。
そんなことを考え、返答しあぐねていたアルヴァートの沈黙を、オズワルドは肯定と取ったのだろうか。一度ぎゅっと唇をかみしめると、ばっとアルヴァートに向き直った。
「っ…顔が、お気に召したのなら」
オズワルドの顔は、今までに見たことがないくらいに必死で、余裕がなく、淑やかでありながら、色気に溢れていた。
「顔が似ている私でもいいでしょう」
アルヴァートは、これでもかというくらいに目を見張った。
言葉が、出てこない。
なのに、じわじわと顔の表面が熱を持つ。
腰が抜けてしまいそうだ。
これは、まさか、告白されて、いる?
こんなことが、あって、いいのだろうか。
アルヴァートの頭の中に、アンネローゼとの婚姻の儀の際に鳴らされた、鐘の音が響き渡るような感じがする。
この現実は、本当に現実でよいのだろうか。
熱に浮かされるようにしながら、アルヴァートは震える唇で言葉を紡ぐ。
「君でもいい、では、ない」
震える声を、情けない思いで聴く。
今まで、どんな政治の場面でも、こんな風になったことはなかった。
「君が、いい。 君でなければ、だめなんだ。 ずっと想っていたよ、オズワルド」
恋とは、人を無力に、愚かにさせるもの。
けれど、アルヴァートはこの恋を守るために、強く、賢くならねばならない。
改めて、その決意を強くする。
神様は、アルヴァートの考えを、行いを、ずっと見守っていてくれたのだ、と思いながら。
20
お気に入りに追加
633
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる