【R18】紅薔薇の棘に口づけ

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紅薔薇の棘

葉、二枚

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 病床に就いた父は、アルヴァート宛に手紙を遺していた。
 父が信頼し、恐らく友人だと呼べる唯一の人物――ジルド・ガーファンクルに託されたそれは、文字を書くことも儘ならないのか、震える筆跡だった。


 それは、短い手紙だった。
――お前の思い描く、フレンティアに光あれ
――ベアトリスに気をつけろ。 あれは王座を狙っている


 たったそれだけの文章。
 震える筆跡。
 そこから、父の想いが、痛いほど伝わるような気がした。

 父は、政治的に対立する自分を、疎んでいるのだと思っていた。
 でも、違ったのだろう。
 父は、アルヴァートの身を案じていたのだ。
 フレンティア王朝の血を引く誰か、ではなく、アルヴァートに、王座を守ってほしいと思っている。

 どうして、生きている間に、それを伝えてくれなかったのだろう。
 そう思うと同時に、答えは出ていた。

 父は、とても器用で、不器用なひとだったのだ。
 器用貧乏と言って差し支えない。
 そして、アルヴァートは父を誤解していた。

 父は、何の根拠もなく父の体調不良と伯母を結び付けたわけではなかった。
 父は亡くなる一か月ほど前に風邪を引いた。
 その際に、伯母が父を見舞った。 それから、父の体調は大きく崩れたらしい。

 伯母が父に飲ませていた水に、毒物が混入されていたことは宮廷医務官の分析ではっきりしている。
 病死に見せかけるつもりでもあったのだろう。 伯母は、毎日とはいかないが二日に一度くらいの割合で父を見舞ったし、父は一か月程度を経て、徐々に弱っていったのだから。

 伯母が、父に対して良い感情を持っていないということは、何となく気づいていた。
 伯母は、父に対して素っ気なかったし、アルヴァートとロワイエールが表立って仲良くすることにも良い顔をしなかった。

 噂好きな使用人はどこにでもいるもので、メイドたちが話しているのを、幼かりし日のアルヴァートは偶然耳にした。
 父の二つ年上の伯母はどうやら、父とは政敵にあたる宰相のゼヴルに恋していたらしいのだ。
 だが、政策上対立する宰相の下に、父が伯母を嫁がせることができるはずもなく、伯母は現在の夫――ほとんど父の後ろ盾となっていた公爵家の令息と夫婦となった。

 一方的に伯母がゼヴルを恋い慕っており、当のゼヴルは伯母に対して一切の感情を抱いていなかったというのに、伯母の不満は父へと向かったのだろう。
 その、伯母の息子であり、自分と同じくフレンティア王朝の血を引く男子・ロワイエールを、アルヴァートは見つめて微笑む。


「ロワ。 取引をしないか?」


「取、引」
 アルヴァートの発した言葉を繰り返したロワイエールの声には、警戒が滲む。
 けれど、アルヴァートはそれには気づかないふりをして、続ける。


「君は、王座に興味がない。 君は賢い子だから、今のフレンティアの安定、または成長を伯母上のくだらない執着のために、壊したいとは思わないはずだ」


 真っすぐに、ロワイエールの目を見つめていたから、気づいた。
 ロワイエールの瞳が、揺れたことに。

 ロワイエールは昔から、静かな子であった。
 少なくとも、母親の前では、母親の望むように振舞おうとするような子どもだった。
 それは、母親のことが好きだからというよりも、腫れ物にでも触れるような、ロワイエール自身が平穏な日々を送るための自衛策だったような気がする。

 もういい加減、母親の呪縛から離れ、自分の思うままに生きてもいいと思うのだ。
 少なくとも、ロワイエールは賢く、自分の利益のためではなく、国民の将来を見据えて選択の出来る人間だ。
 だから、アルヴァートは、微笑んで、ロワイエールに条件を提示する。
 彼が、その一歩を踏み出せるように、望まれ整えられた道から踏み外せるようにと、手を伸べるのだ。


「王位継承権を放棄し、私の臣門に下りなさい。 代わりに、私は君の欲しいものを何かひとつ、君に与えよう」


 ロワイエールの目が、食い入るようにアルヴァートを見つめている。
 先を促すまでもなかった。 ロワイエールからの返答は、すぐにもたらされた。
「…では、林檎の国の、紅薔薇姫に会わせていただきたい」


 林檎の国の、紅薔薇姫、と言われても、アルヴァートにはすぐには該当する人物が思い浮かばない。
 【姫】、というからにはその【紅薔薇姫】は女性のはずだ。 ロワイエールが会いたいという相手が、女性、そこからまずおかしい。

 ロワイエールは、あの母――アルヴァートにとっては伯母――のもとで育ったために、少々女性嫌いの気がある。 ロワイエールはこの容姿だし、年上の女性からやたら可愛がられる。 だが、それにもまたロワイエールは嫌気がさしているらしく、女性のスルースキルだけは無駄に上がっている。
 その、ロワイエールが、会いたい、女性?
 ………ありえない。

 もしかすると、おとぎ話の中の登場人物なのかもしれないという馬鹿げたことを考えていたアルヴァートは恐らく、間の抜けた顔をしていたことだろう。


「…それは、謎かけかな?」
 ようやくのことで、アルヴァートが問い返せば、ロワイエールの顔はふいと逸らされる。
「わからないのなら、結構です」


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