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紅薔薇の棘
九輪
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「では、言い方を変えましょう。 長子のマリアンネ姫はエルディース王朝を継ぎますね。 ということは、末子のロージリー姫もどこかに嫁がされる。 その為には、ロージリー姫を可愛がっているアンネローゼ姫がいることが、障害になるのでしょう」
女帝の顔から表情が消えた。
紅薔薇姫の口に上る話題には、妹のロージリー姫のことが多い。
姉のマリアンネ姫や母親の話を彼女が全くしないのに対し、彼女の溺愛する【ロージィちゃん】の話が出ない日は、彼女がエルディースにやってきてからは一日とてなかった。
異母弟ジオークが可愛くて仕方がない自分が言うのもなんだが、紅薔薇姫はかなりのシスコンだ。
そういった点でももしかすると、アルヴァートは紅薔薇姫に対して親近感を抱いているのかもしれない。
余計な話をしたが、紅薔薇姫は「うちの激かわロージィちゃんと(アルヴァートの従弟であるロワイエールを)並べたら、めちゃめちゃ可愛いとは思いますけど!」と力説していた。
ということは、紅薔薇姫には、溺愛する妹姫の伴侶に対して、何らかの判定基準とこだわりを持っているのだ。
それは恐らく、ロージリー姫の夫となる人物は、紅薔薇姫のお眼鏡にかなう人間ではないと紅薔薇姫が猛反発する、ということだ。
実際、紅薔薇姫を嵌めるための狂言ではあったが、アルヴァートとロージリー姫の間に持ち上がった婚姻話に紅薔薇姫は猛反発し、自らが身代わりにと嫁いで来たくらいなのだから。
つまりは、ロージリー姫をどこかに嫁がせるに当たり、紅薔薇姫は邪魔になるということである。
それならば、邪魔者を先に嫁がせてしまえばいい。
「貴女がたが、ロージリー姫の輿入れ先として視野に入れているのは、アンネローゼ姫が、絶対に反対するであろう、国なのでしょうね。 きっと、相手が私である以上に」
真っすぐに、女帝を見据える。
女帝は、唇を引き結んだまま、表情を崩さない。
そうしていると、まるで蝋人形のようだな、と思いながら、アルヴァートは更に追撃する。
「アルヴィアーノ帝国か、ディストニアあたりでしょうか」
二三度、立て続けに、女帝が瞬きをした。
それだけで、十分。
やはり、と満足して、アルヴァートは悠然と椅子にもたれて微笑んだ。
「アンネローゼ姫が仰っていましたよ。 アンネローゼ姫は言語が苦手で、フレンティア語はエルディース語に似ているから覚えられた、と」
アルヴァートとて、紅薔薇姫と似たようなもので、エルディース語はフレンティア語と似ているから、比較的習得が容易だったというだけだ。
「逆に、我々の使う言語から遠いのが、ディストニア語。 我が国でも、ディストニア語を理解できる者は重宝されます。 ロージリー姫は語学に堪能で、ディストニア語もお手の物、だそうですね」
一日に一度【ロージィちゃん】自慢をしないと気が済まないらしい紅薔薇姫は、ロージリー姫の情報をぼろぼろとアルヴァートに流してくれた。
伝統的なエルディースは、女王を国の頂に据えておきながら、「女性は男性の一歩後ろを歩いて然るべき」と言うような、よくわからない国だ。 女性の教育には男性ほどの力を入れていないのだが、その国においてディストニア語を含め七か国語を自在に操るとはどんな頭だ、とアルヴァートは思った。 これは、紅薔薇姫自慢の【ロージィちゃん】の話である。
うちの可愛いジオークだって、ディストニア語を含め五か国語に精通しているが、その上を行っている。
ディストニア語に堪能な姫、それを、エルディースの女帝が利用しない手はないはずだ。
アルヴィアーノ帝国も、ディストニアも、ディストニア語圏の国である。
だが、恐らくそのどちらかの国に溺愛する【ロージィちゃん】が嫁がされるとなれば、あの紅薔薇姫は【ロージィちゃん】を連れて亡命するくらいはやってのけるだろう。
紅薔薇姫の口から聞いた話だが、彼女はどうやらダヴェルシオの皇太子と懇意らしい。
といっても、恋愛めいた意味ではない。
経緯は興味がなかったので聞き流したのだが、彼女たちは意気投合し、【うちの弟妹一番同盟】という謎の同盟を結んでいるということだった。 今でも、「うちの妹のここが可愛い」「いや、私の弟のここが最高」というどうしようもない身内自慢の文のやり取りを続けているらしい。
いつか、アルヴァートもその同盟にいれてほしいとは、思う。
まぁ、そういうわけで、紅薔薇姫が溺愛する【ロージィちゃん】を連れて亡命したいと言えば、恐らく、ダヴェルシオの皇太子は否とは言わな…いや、むしろ喜んで受け容れただろう。
アルヴィアーノ帝国は、軍国主義の国である。
今は、【帝国の針】と呼ばれる宰相が国の実権を握っているから、大きな戦争は起きていないが、近隣のカイリヤ国との衝突は絶えない。 加えて、皇帝・マティアスは女好きの戦好きと来ている。
そんな国と男に溺愛する【ロージィちゃん】が嫁がされるとなったら、紅薔薇姫は発狂するだろう。
最悪、【ロージィちゃん】をフレンティアに亡命させるように懇願されるところまでは、アルヴァートの想定の中に入っている。
ディストニアはエルディース以上に、格式が重んじられ、女性の権利が弱い国だ。 一家の長が絶対的な決定権を持ち、特に娘は口答えなど許されない、というのが一昔前までのディストニア。 先代の王の頃から、だいぶそれも薄れてきているようだが、それでもその時代の名残はあるようだ。
加えて、現王は大の女嫌いときている。 「うちのロージィちゃんを嫁に迎えておいて蔑ろにするなんて、頭湧いてるんじゃございませんこと?」と笑顔で威嚇する紅薔薇姫が目に浮かぶようだ。
紅薔薇姫は、周囲を警戒してはいるものの、一度懐に入れた相手には割と気安い質のようだ。
紅薔薇姫は、フレンティアに、アルヴァートに嫁ぐと決めた時点で、自分からエルディースを切り離したように、アルヴァートの目には映っている。
自分がフレンティア人になれないことを知りながらも、彼女はこれから死ぬまで彼女のことをフレンティア人だと言い続けるのだろう。
その覚悟を、きっと、彼女はしている。
いい王妃になるだろうと思うし、いい取引をしたとも思っている。
「…アンネを貴方の下に嫁がせたのは失敗ね」
エルディースの女帝はそのように吐き捨て、不愉快そうに笑う。
だから、アルヴァートは朗らかに笑って見せた。
「私は、逆に良いご縁だったと満足していますよ。 アンネローゼ姫は、柔軟な方だし、情に脆く、情に厚い。 彼女は、フレンティア国民になれるし、フレンティアを愛すことができる。 これは、確信です」
そこまで告げて、意識して目からだけ、笑みを消す。
アルヴァートは、目元と口元だけで微笑んだ。
「彼女は、貴女の傀儡にはならない女性だ。 残念でしたね、ロザンナマリア殿下」
女帝の、紅薔薇姫と同じ、グリーンタイガーアイの瞳が細められた。
目は笑っていないが、美しい、美しい笑みを浮かべたままで、女帝の赤い唇が動く。
『本当に、いけ好かない男』
エルディースの女帝が紡いだ言葉は、エルディース語。
フレンティア語で言うのは憚られたのだろうが、声量を抑えなかったあたりは、いい性格をしていると思う。
だから、アルヴァートも微笑みとエルディース語で皮肉を返す。
『お褒めにあずかり、光栄です』
女帝の顔から表情が消えた。
紅薔薇姫の口に上る話題には、妹のロージリー姫のことが多い。
姉のマリアンネ姫や母親の話を彼女が全くしないのに対し、彼女の溺愛する【ロージィちゃん】の話が出ない日は、彼女がエルディースにやってきてからは一日とてなかった。
異母弟ジオークが可愛くて仕方がない自分が言うのもなんだが、紅薔薇姫はかなりのシスコンだ。
そういった点でももしかすると、アルヴァートは紅薔薇姫に対して親近感を抱いているのかもしれない。
余計な話をしたが、紅薔薇姫は「うちの激かわロージィちゃんと(アルヴァートの従弟であるロワイエールを)並べたら、めちゃめちゃ可愛いとは思いますけど!」と力説していた。
ということは、紅薔薇姫には、溺愛する妹姫の伴侶に対して、何らかの判定基準とこだわりを持っているのだ。
それは恐らく、ロージリー姫の夫となる人物は、紅薔薇姫のお眼鏡にかなう人間ではないと紅薔薇姫が猛反発する、ということだ。
実際、紅薔薇姫を嵌めるための狂言ではあったが、アルヴァートとロージリー姫の間に持ち上がった婚姻話に紅薔薇姫は猛反発し、自らが身代わりにと嫁いで来たくらいなのだから。
つまりは、ロージリー姫をどこかに嫁がせるに当たり、紅薔薇姫は邪魔になるということである。
それならば、邪魔者を先に嫁がせてしまえばいい。
「貴女がたが、ロージリー姫の輿入れ先として視野に入れているのは、アンネローゼ姫が、絶対に反対するであろう、国なのでしょうね。 きっと、相手が私である以上に」
真っすぐに、女帝を見据える。
女帝は、唇を引き結んだまま、表情を崩さない。
そうしていると、まるで蝋人形のようだな、と思いながら、アルヴァートは更に追撃する。
「アルヴィアーノ帝国か、ディストニアあたりでしょうか」
二三度、立て続けに、女帝が瞬きをした。
それだけで、十分。
やはり、と満足して、アルヴァートは悠然と椅子にもたれて微笑んだ。
「アンネローゼ姫が仰っていましたよ。 アンネローゼ姫は言語が苦手で、フレンティア語はエルディース語に似ているから覚えられた、と」
アルヴァートとて、紅薔薇姫と似たようなもので、エルディース語はフレンティア語と似ているから、比較的習得が容易だったというだけだ。
「逆に、我々の使う言語から遠いのが、ディストニア語。 我が国でも、ディストニア語を理解できる者は重宝されます。 ロージリー姫は語学に堪能で、ディストニア語もお手の物、だそうですね」
一日に一度【ロージィちゃん】自慢をしないと気が済まないらしい紅薔薇姫は、ロージリー姫の情報をぼろぼろとアルヴァートに流してくれた。
伝統的なエルディースは、女王を国の頂に据えておきながら、「女性は男性の一歩後ろを歩いて然るべき」と言うような、よくわからない国だ。 女性の教育には男性ほどの力を入れていないのだが、その国においてディストニア語を含め七か国語を自在に操るとはどんな頭だ、とアルヴァートは思った。 これは、紅薔薇姫自慢の【ロージィちゃん】の話である。
うちの可愛いジオークだって、ディストニア語を含め五か国語に精通しているが、その上を行っている。
ディストニア語に堪能な姫、それを、エルディースの女帝が利用しない手はないはずだ。
アルヴィアーノ帝国も、ディストニアも、ディストニア語圏の国である。
だが、恐らくそのどちらかの国に溺愛する【ロージィちゃん】が嫁がされるとなれば、あの紅薔薇姫は【ロージィちゃん】を連れて亡命するくらいはやってのけるだろう。
紅薔薇姫の口から聞いた話だが、彼女はどうやらダヴェルシオの皇太子と懇意らしい。
といっても、恋愛めいた意味ではない。
経緯は興味がなかったので聞き流したのだが、彼女たちは意気投合し、【うちの弟妹一番同盟】という謎の同盟を結んでいるということだった。 今でも、「うちの妹のここが可愛い」「いや、私の弟のここが最高」というどうしようもない身内自慢の文のやり取りを続けているらしい。
いつか、アルヴァートもその同盟にいれてほしいとは、思う。
まぁ、そういうわけで、紅薔薇姫が溺愛する【ロージィちゃん】を連れて亡命したいと言えば、恐らく、ダヴェルシオの皇太子は否とは言わな…いや、むしろ喜んで受け容れただろう。
アルヴィアーノ帝国は、軍国主義の国である。
今は、【帝国の針】と呼ばれる宰相が国の実権を握っているから、大きな戦争は起きていないが、近隣のカイリヤ国との衝突は絶えない。 加えて、皇帝・マティアスは女好きの戦好きと来ている。
そんな国と男に溺愛する【ロージィちゃん】が嫁がされるとなったら、紅薔薇姫は発狂するだろう。
最悪、【ロージィちゃん】をフレンティアに亡命させるように懇願されるところまでは、アルヴァートの想定の中に入っている。
ディストニアはエルディース以上に、格式が重んじられ、女性の権利が弱い国だ。 一家の長が絶対的な決定権を持ち、特に娘は口答えなど許されない、というのが一昔前までのディストニア。 先代の王の頃から、だいぶそれも薄れてきているようだが、それでもその時代の名残はあるようだ。
加えて、現王は大の女嫌いときている。 「うちのロージィちゃんを嫁に迎えておいて蔑ろにするなんて、頭湧いてるんじゃございませんこと?」と笑顔で威嚇する紅薔薇姫が目に浮かぶようだ。
紅薔薇姫は、周囲を警戒してはいるものの、一度懐に入れた相手には割と気安い質のようだ。
紅薔薇姫は、フレンティアに、アルヴァートに嫁ぐと決めた時点で、自分からエルディースを切り離したように、アルヴァートの目には映っている。
自分がフレンティア人になれないことを知りながらも、彼女はこれから死ぬまで彼女のことをフレンティア人だと言い続けるのだろう。
その覚悟を、きっと、彼女はしている。
いい王妃になるだろうと思うし、いい取引をしたとも思っている。
「…アンネを貴方の下に嫁がせたのは失敗ね」
エルディースの女帝はそのように吐き捨て、不愉快そうに笑う。
だから、アルヴァートは朗らかに笑って見せた。
「私は、逆に良いご縁だったと満足していますよ。 アンネローゼ姫は、柔軟な方だし、情に脆く、情に厚い。 彼女は、フレンティア国民になれるし、フレンティアを愛すことができる。 これは、確信です」
そこまで告げて、意識して目からだけ、笑みを消す。
アルヴァートは、目元と口元だけで微笑んだ。
「彼女は、貴女の傀儡にはならない女性だ。 残念でしたね、ロザンナマリア殿下」
女帝の、紅薔薇姫と同じ、グリーンタイガーアイの瞳が細められた。
目は笑っていないが、美しい、美しい笑みを浮かべたままで、女帝の赤い唇が動く。
『本当に、いけ好かない男』
エルディースの女帝が紡いだ言葉は、エルディース語。
フレンティア語で言うのは憚られたのだろうが、声量を抑えなかったあたりは、いい性格をしていると思う。
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