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林檎の花の乙女 (上)
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【完璧な淑女】、【高嶺の百合の花】、【白百合の女王】、そんなふうに彼女が呼ばれているのは知っていた。
けれど、でも。
彼女は、アイシェリアは、フレイディアの中では出逢った日のまま、林檎の花のように愛らしく、可憐で、護るべき対象だったのだ。
それは、今も、変わらない。
ベッドに横たわり、幸福と羞恥の間で肌を染め、震える彼女はやはり、白百合というよりも林檎の花だ。
彼女からはほのかに甘酸っぱいような、爽やかな甘い香りがする。
どこの誰とも知れなかった。
わかるのは、彼女が自分を【アイシェ】と呼んでいたことだけ。
身なりはそれなりのものだったけれど、貴族かどうかは怪しいところだった。
裕福な商家の娘かもしれないと思っていた。
彼女と出会ったのは、ハルヴェール侯爵家の別荘がある保養地だったから。
フレイディアの小さな、可愛いお姫様の口癖は、「王子様のお嫁さんになる」だった。
彼女は、フレイディアのことを、どこかの国の王子様だと思っているようだったのだ。
なりたかったのは、騎士ではない。
強くなりたかったのは、手段だ。
フレイディアは、彼女にとって、唯一人の、騎士になりたかった。
だって、フレイディアは、彼女の求める【王子様】にはなれないから。
それでなくても、フレイディアは侯爵家の次男坊。
名門貴族ではあるが、ヤンガーサンは長子に何か問題がない限り、家督は継げない。
例えば、何も持たないフレイディアが迎えに行ったとして、「王子様のお嫁さんになる」と言っていた、林檎の花のような可愛いお姫様は、フレイディアのお嫁さんになってくれるだろうか。
だから、せめて、彼女に恥じない立場や身分を得ようと思ったのだ。
ハルヴェール侯爵家は、代々騎士を多く輩出している。
だからフレイディアは、ヤンガーサンであっても騎士位を賜ることができれば、一代貴族としてではあるが、認められることは知っていた。
なのに、夢半ばで、フレイディアの夢は潰えた。
きっと、あの、可愛いお姫様は、フレイディアのことなど忘れてしまったのだろう。
無理もないことだ、当時フレイディアは八歳だったけれど、あの可愛いお姫様はフレイディアよりも幼かった。
確か、六歳と言っていた気がする。
フレイディアのお姫様は、フレイディアを置いて、嫁いで行ったのだ。
フレイディアの、仮初の主――本物の、王子様だった、国王陛下の元へ。
それを知ったのは、アイシェリアが王宮へやって来た日だった。
フレイディアは、可愛いお姫様のために、立派な騎士になるために彼女と出逢ってからの十年間を捧げてきた。
夜会や茶会に顔を出すこともなかった。
だからまさか、噂の【白百合の女王】が、フレイディアの【お姫様】だとは思わなかったのだ。
林檎の花の精のような彼女と、【白百合の女王】と同一人物だなんて、誰が予想しようか。
だが、もっと予想しなかったのは、一度は国王陛下の妃になった彼女が、今はフレイディアの妻となり、フレイディアを受け容れて、フレイディアの腕の中にいてくれることだ。
「もう、もう、痛いって、言いましたのに。 だめって、言いましたのに…」
甘いひととき――とフレイディアは思っている――を過ごした後、アイシェリアは自分の腕の中で、顔を真っ赤にして涙目になってそんな可愛い不平不満を漏らしている。
やはり、初体験とは酷なものなのだろう。
例えば彼女が初めてでなくても、フレイディアにとっての彼女の価値は変わらないが、やはり自分のためにそれを取っておいてくれたというのは嬉しいものだった。
「半分は、貴女の愛らしさのせいでもあるんだから、許してくれるだろう?」
優しくキスをしながら問うと、アイシェリアはかぁぁーと赤くなって、恥ずかしそうに目を伏せる。
「二度と、なさらないのでしたら…」
努めて優しく触れたつもりだし、優しく愛したつもりだが、フレイディアも初めての女性を相手にするのは、実は初めてだったのだ。
熟練した女性の何もかもわかっての締め付けと、初めての女性の無意識での締め付けは全く違うのだと、フレイディアは今日、学んだ。
誰も開いていない女性の蜜洞の収縮具合と言ったら言葉にできない。
無意識に、身体の中に入ってきた異物を押し戻そうとするのか、フレイディアが射精しようがしまいが関係ないというくらいの締め付けなのだ。 この辺がやはり、玄人女性との違いだと思う。
アイシェリアのなかに、初めて収まったあの瞬間、痛みに収縮するアイシェリアの蜜洞に持って行かれるかと思ったし、かなり危なかった。
その後、不意打ちの強襲で射精させられてしまい、妙なスイッチが入った自覚はある。
簡単に言えば、抜かずに行為を続けたのだ。 「だめ」を繰り返すアイシェリアの喘ぎは耳に甘いだけで、困惑はしていても、嫌がってはいないと思ったから続けた。
結果、アイシェリアも最後の頃には、きちんとこの行為を「気持ちのいいこと」と認識したはずなのだが。
そう考えて、フレイディアは気づく。
ああ、嫌なわけではなく、恥ずかしかったのか、と。
まだ、拗ねたような顔をして、それでもフレイディアの腕の中にいれくれるアイシェリアに、フレイディアは気づけば声をかけていた。
「アイシェ」
「…はい」
不思議そうに、アイシェリアの視線が上がる。
ずっと、呼ぶことは叶わないと思っていた、アイシェリアの愛称。
愛称を呼べる間柄の者など、限られる。
だから、フレイディアはずっとアイシェリアをそのように呼びたいと思っていたし、彼女に「フレア」と呼んでもらえて、嬉しかった。
自分の願いは、ほとんど叶ったけれど、では、彼女の願いは、どうだったのだろう。
王子様のお嫁さんになりたい、と言った彼女の夢は、結果、フレイディアの願いのために終えている。
嬉しくて、幸せなはずなのに、上手に微笑めなかったのはそのためだろう。
自分でも情けなくなるくらいに、ぎこちない笑みになったのがわかる。
「王子様ではなくて、ごめん」
フレイディアが言うと、アイシェリアの目がクッと見開かれた。
「貴女は、貴女が言っていた通り、王子様の…陛下の妃になっていたから、それが、君の、幸せだと、納得しようとした、のに」
私は、私の望みを、諦めきれなかった。
けれど、でも。
彼女は、アイシェリアは、フレイディアの中では出逢った日のまま、林檎の花のように愛らしく、可憐で、護るべき対象だったのだ。
それは、今も、変わらない。
ベッドに横たわり、幸福と羞恥の間で肌を染め、震える彼女はやはり、白百合というよりも林檎の花だ。
彼女からはほのかに甘酸っぱいような、爽やかな甘い香りがする。
どこの誰とも知れなかった。
わかるのは、彼女が自分を【アイシェ】と呼んでいたことだけ。
身なりはそれなりのものだったけれど、貴族かどうかは怪しいところだった。
裕福な商家の娘かもしれないと思っていた。
彼女と出会ったのは、ハルヴェール侯爵家の別荘がある保養地だったから。
フレイディアの小さな、可愛いお姫様の口癖は、「王子様のお嫁さんになる」だった。
彼女は、フレイディアのことを、どこかの国の王子様だと思っているようだったのだ。
なりたかったのは、騎士ではない。
強くなりたかったのは、手段だ。
フレイディアは、彼女にとって、唯一人の、騎士になりたかった。
だって、フレイディアは、彼女の求める【王子様】にはなれないから。
それでなくても、フレイディアは侯爵家の次男坊。
名門貴族ではあるが、ヤンガーサンは長子に何か問題がない限り、家督は継げない。
例えば、何も持たないフレイディアが迎えに行ったとして、「王子様のお嫁さんになる」と言っていた、林檎の花のような可愛いお姫様は、フレイディアのお嫁さんになってくれるだろうか。
だから、せめて、彼女に恥じない立場や身分を得ようと思ったのだ。
ハルヴェール侯爵家は、代々騎士を多く輩出している。
だからフレイディアは、ヤンガーサンであっても騎士位を賜ることができれば、一代貴族としてではあるが、認められることは知っていた。
なのに、夢半ばで、フレイディアの夢は潰えた。
きっと、あの、可愛いお姫様は、フレイディアのことなど忘れてしまったのだろう。
無理もないことだ、当時フレイディアは八歳だったけれど、あの可愛いお姫様はフレイディアよりも幼かった。
確か、六歳と言っていた気がする。
フレイディアのお姫様は、フレイディアを置いて、嫁いで行ったのだ。
フレイディアの、仮初の主――本物の、王子様だった、国王陛下の元へ。
それを知ったのは、アイシェリアが王宮へやって来た日だった。
フレイディアは、可愛いお姫様のために、立派な騎士になるために彼女と出逢ってからの十年間を捧げてきた。
夜会や茶会に顔を出すこともなかった。
だからまさか、噂の【白百合の女王】が、フレイディアの【お姫様】だとは思わなかったのだ。
林檎の花の精のような彼女と、【白百合の女王】と同一人物だなんて、誰が予想しようか。
だが、もっと予想しなかったのは、一度は国王陛下の妃になった彼女が、今はフレイディアの妻となり、フレイディアを受け容れて、フレイディアの腕の中にいてくれることだ。
「もう、もう、痛いって、言いましたのに。 だめって、言いましたのに…」
甘いひととき――とフレイディアは思っている――を過ごした後、アイシェリアは自分の腕の中で、顔を真っ赤にして涙目になってそんな可愛い不平不満を漏らしている。
やはり、初体験とは酷なものなのだろう。
例えば彼女が初めてでなくても、フレイディアにとっての彼女の価値は変わらないが、やはり自分のためにそれを取っておいてくれたというのは嬉しいものだった。
「半分は、貴女の愛らしさのせいでもあるんだから、許してくれるだろう?」
優しくキスをしながら問うと、アイシェリアはかぁぁーと赤くなって、恥ずかしそうに目を伏せる。
「二度と、なさらないのでしたら…」
努めて優しく触れたつもりだし、優しく愛したつもりだが、フレイディアも初めての女性を相手にするのは、実は初めてだったのだ。
熟練した女性の何もかもわかっての締め付けと、初めての女性の無意識での締め付けは全く違うのだと、フレイディアは今日、学んだ。
誰も開いていない女性の蜜洞の収縮具合と言ったら言葉にできない。
無意識に、身体の中に入ってきた異物を押し戻そうとするのか、フレイディアが射精しようがしまいが関係ないというくらいの締め付けなのだ。 この辺がやはり、玄人女性との違いだと思う。
アイシェリアのなかに、初めて収まったあの瞬間、痛みに収縮するアイシェリアの蜜洞に持って行かれるかと思ったし、かなり危なかった。
その後、不意打ちの強襲で射精させられてしまい、妙なスイッチが入った自覚はある。
簡単に言えば、抜かずに行為を続けたのだ。 「だめ」を繰り返すアイシェリアの喘ぎは耳に甘いだけで、困惑はしていても、嫌がってはいないと思ったから続けた。
結果、アイシェリアも最後の頃には、きちんとこの行為を「気持ちのいいこと」と認識したはずなのだが。
そう考えて、フレイディアは気づく。
ああ、嫌なわけではなく、恥ずかしかったのか、と。
まだ、拗ねたような顔をして、それでもフレイディアの腕の中にいれくれるアイシェリアに、フレイディアは気づけば声をかけていた。
「アイシェ」
「…はい」
不思議そうに、アイシェリアの視線が上がる。
ずっと、呼ぶことは叶わないと思っていた、アイシェリアの愛称。
愛称を呼べる間柄の者など、限られる。
だから、フレイディアはずっとアイシェリアをそのように呼びたいと思っていたし、彼女に「フレア」と呼んでもらえて、嬉しかった。
自分の願いは、ほとんど叶ったけれど、では、彼女の願いは、どうだったのだろう。
王子様のお嫁さんになりたい、と言った彼女の夢は、結果、フレイディアの願いのために終えている。
嬉しくて、幸せなはずなのに、上手に微笑めなかったのはそのためだろう。
自分でも情けなくなるくらいに、ぎこちない笑みになったのがわかる。
「王子様ではなくて、ごめん」
フレイディアが言うと、アイシェリアの目がクッと見開かれた。
「貴女は、貴女が言っていた通り、王子様の…陛下の妃になっていたから、それが、君の、幸せだと、納得しようとした、のに」
私は、私の望みを、諦めきれなかった。
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