8 / 16
はちまいめ
しおりを挟む
髪を、優しく梳かれるような感じがする。
瞼に、優しく降る感触。
アイシェリアがふっと目を開けば、そこには王子様がいた。
朝陽に透ける、飴色の髪。 南国の海の碧を思い起こさせる、エメラルドグリーンの瞳。
微笑んで、アイシェリアの顔を覗き込んでくる王子様の名前を、アイシェリアは知っている。
「おはようございます、フレイディア」
アイシェリアは、そのひとの名を、呼んだ。
フレイディア・ハルヴェール。
アイシェリアの、夫となった男性。
フレイディアは、近衛騎士の制服を身につけてベッドに腰かけ、優しい眼差しをアイシェリアに注いでくれている。
寝顔を見られていたなんて、恥ずかしい。
おかしな顔をしていなかっただろうか。
そんなことを考えて、アイシェリアはもう今更だが、布団で顔を隠そうとした。
だが、アイシェリアの行動を見越していたかのように、フレイディアはアイシェリアの頬を撫でる。
「おはよう。 …仕事に行ってくるけれど…、今日は、できるだけ早く帰る、から」
朝、目覚めて、フレイディアが傍にいてくれるのなど、初めてのことだった。
それが、嬉しい。
それから、陽の光を浴びたフレイディアは、いつもよりきらきらしていて素敵に見える。
フレイディアがここにいてくれているということは、昨夜のことは、アイシェリアの夢や願望ではなかったのだろう。
アイシェリアはフレイディアを好きで、フレイディアもアイシェリアを憎からず思ってくれている。
それを思えば、ほわ、と胸が温かくなって、自然と笑みが浮かんだ。
「はい、お待ちしています。 御夕飯を一緒に食べましょうね」
今日から本当の夫婦生活が始まるのだ。
そんなふうに浮かれるアイシェリアに水を差したのもまた、アイシェリアの夫であるフレイディアだった。
「残念だけれど、夕飯を一緒に食べるつもりはないんだ」
割と、白黒はっきりとした性格をしている自覚はあるけれど、自分はそれほど短気ではなかったはずなのだ。
けれど、昨日からフレイディアの言動にはイラっとしたり、カチンときたりが続いている。
そして、今日もフレイディアの言葉はアイシェリアを苛立たせた。
では、どういうつもりなのでしょう?
問いが、口をついて出そうになったのだが、口が開くことはなかった。
フレイディアの表情に、アイシェリアの意識が持っていかれていたからだ。
少し、頬に赤みが差して見えるのは、気のせいか。
思い詰めているように見えるのは?
アイシェリアがじっとフレイディアを見つめていると、フレイディアの唇がゆっくりと動いた。
「このベッドで、待っていてほしい。 …心の準備ができないようだったら、客室にでも逃げていて。 そうしたら、今夜はあきらめるから」
アイシェリアは、じっとフレイディアの言葉に耳を傾けていたが、言われている内容を理解して、じわじわと頬が熱を持つ。
頬だけではない、全身が。
フレイディアも、言葉に出して言うのは気まずかったのかもしれない。
口を引き結んだかと思うと、アイシェリアの頬にそっと唇を寄せて、踵を返す。
「フレイディア」
そのまま、足早に去っていこうとするフレイディアの背中に、アイシェリアはサッと身を起こしながら声をかけていた。
足を止めたフレイディアが、振り返る。
アイシェリアは、精一杯の微笑みを向ける。
「いってらっしゃいませ、お待ちしています」
「…行ってくる」
微笑んで、軽く頷いてくれたフレイディアはやっぱり素敵だった。
瞼に、優しく降る感触。
アイシェリアがふっと目を開けば、そこには王子様がいた。
朝陽に透ける、飴色の髪。 南国の海の碧を思い起こさせる、エメラルドグリーンの瞳。
微笑んで、アイシェリアの顔を覗き込んでくる王子様の名前を、アイシェリアは知っている。
「おはようございます、フレイディア」
アイシェリアは、そのひとの名を、呼んだ。
フレイディア・ハルヴェール。
アイシェリアの、夫となった男性。
フレイディアは、近衛騎士の制服を身につけてベッドに腰かけ、優しい眼差しをアイシェリアに注いでくれている。
寝顔を見られていたなんて、恥ずかしい。
おかしな顔をしていなかっただろうか。
そんなことを考えて、アイシェリアはもう今更だが、布団で顔を隠そうとした。
だが、アイシェリアの行動を見越していたかのように、フレイディアはアイシェリアの頬を撫でる。
「おはよう。 …仕事に行ってくるけれど…、今日は、できるだけ早く帰る、から」
朝、目覚めて、フレイディアが傍にいてくれるのなど、初めてのことだった。
それが、嬉しい。
それから、陽の光を浴びたフレイディアは、いつもよりきらきらしていて素敵に見える。
フレイディアがここにいてくれているということは、昨夜のことは、アイシェリアの夢や願望ではなかったのだろう。
アイシェリアはフレイディアを好きで、フレイディアもアイシェリアを憎からず思ってくれている。
それを思えば、ほわ、と胸が温かくなって、自然と笑みが浮かんだ。
「はい、お待ちしています。 御夕飯を一緒に食べましょうね」
今日から本当の夫婦生活が始まるのだ。
そんなふうに浮かれるアイシェリアに水を差したのもまた、アイシェリアの夫であるフレイディアだった。
「残念だけれど、夕飯を一緒に食べるつもりはないんだ」
割と、白黒はっきりとした性格をしている自覚はあるけれど、自分はそれほど短気ではなかったはずなのだ。
けれど、昨日からフレイディアの言動にはイラっとしたり、カチンときたりが続いている。
そして、今日もフレイディアの言葉はアイシェリアを苛立たせた。
では、どういうつもりなのでしょう?
問いが、口をついて出そうになったのだが、口が開くことはなかった。
フレイディアの表情に、アイシェリアの意識が持っていかれていたからだ。
少し、頬に赤みが差して見えるのは、気のせいか。
思い詰めているように見えるのは?
アイシェリアがじっとフレイディアを見つめていると、フレイディアの唇がゆっくりと動いた。
「このベッドで、待っていてほしい。 …心の準備ができないようだったら、客室にでも逃げていて。 そうしたら、今夜はあきらめるから」
アイシェリアは、じっとフレイディアの言葉に耳を傾けていたが、言われている内容を理解して、じわじわと頬が熱を持つ。
頬だけではない、全身が。
フレイディアも、言葉に出して言うのは気まずかったのかもしれない。
口を引き結んだかと思うと、アイシェリアの頬にそっと唇を寄せて、踵を返す。
「フレイディア」
そのまま、足早に去っていこうとするフレイディアの背中に、アイシェリアはサッと身を起こしながら声をかけていた。
足を止めたフレイディアが、振り返る。
アイシェリアは、精一杯の微笑みを向ける。
「いってらっしゃいませ、お待ちしています」
「…行ってくる」
微笑んで、軽く頷いてくれたフレイディアはやっぱり素敵だった。
0
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。


愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。


王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる