6 / 16
ろくまいめ
しおりを挟む
フレイディアの顔を直視することなんて、もちろんできない。
アイシェリアが涙をこらえながら、じっと視線を落としていると、ぐいとフレイディアの腕がアイシェリアの身体を遠ざけた。
このフレイディアの行動が、どれだけアイシェリアを苛立たせたか、わかるだろうか。
色んなショックも吹き飛ぶくらいに、苛立つ行動だった。
突然アイシェリアを押し倒して、自由にしようとして、かと思えば抱き寄せておいて、今度は突き放す?
以前は【白百合の女王】と【完璧な淑女】と呼ばれたアイシェリアだが、だからといって何も感じないわけではないし、全てを許せるわけではない。
そこにきて、フレイディアのこの行動だ。
怒ってもいい気がする、とアイシェリアが思ったとき、フレイディアがぐっと頭を下げた。
「畏れ多いことを」
この発言が、またもやアイシェリアの気に障った。
「何が、恐れ多いのです? ここまで、しておいて」
フレイディアは頭を下げているので見えていないだろうが、アイシェリアは自分の頬が引きつっているのを感じる。
もしかしたら、こめかみには青筋が浮いて、ひくひくしているかもしれない。
「…申し訳のしようもない。 頭に血が上っていた。 なんと、お詫びをすればいいか…」
頭を下げたままのフレイディアが、アイシェリアの問いに応答した言葉に、アイシェリアの中でぷちっと何かが切れる音がした。
申し訳が必要なこととわかっていてやったのか?
頭に血が上っていたら、何でも許されるのか?
それから、何をどう、詫びようというのか?
詫びなければいけないようなことだったのか?
もう、止まらなかった。
勢いのままに、フレイディアの肩を押して、ベッドに背中から押し倒す。
そして、その上に馬乗りになる。
「あ…いしぇりあ…?」
フレイディアは、状況を呑み込めていないような顔をしているし、若干顔色が悪いような気がするが、そんなことは構っていられない。
アイシェリアは、気づいたときには口走っていた。
「フレイディア、わたくしを抱きなさい」
アイシェリアに乗られたフレイディアが、瞠目するのがわかる。
自分がどれだけ必死な顔をして、フレイディアに迫っているかもわかっている。
本当は、もっと可愛らしく、淑やかに、「お情けを…」とか「思い出を…」とでも言えればよかったのだが、ようやく気づいた。
アイシェリアの恋した王子様は、きっと世に言う【へたれ】なのだ。
アイシェリアが可愛く、淑やかにお願いしたところで、絶対にアイシェリアには触れてくれない。
それならば、アイシェリアから迫るしかないだろう。
恥も外聞もかなぐり捨てなければ、この王子様は手に入らない。
瞠目したまま、アイシェリアを凝視する綺麗な碧の瞳を、真っすぐにとらえて、言う。
否、命じる。
「わたくしを、抱きなさい。 フレイディア、わたくしに、恥をかかせるの」
こんな言葉でしか、欲しがれない。
否、こういった言葉で欲しがらなければ、アイシェリアをまだどこかで【国王】の【妃】扱いする【騎士】は動かないだろう。
そして、自分も。
こういう状態にならなければ、本心を告げられないのだ。
きっと、今、言わなかったら、この先ずっと、一生、言えない。 そう感じたのもまた、直感。
ぎゅっと、フレイディアのシャツの胸元を握って、アイシェリアは訴えた。
「お願いです、ここまできて、終わりにしないで。 ずっとずっと、好きだったの」
決死の思いで、アイシェリアは告げた。
その言葉を、どう受け取ったのか…。
フレイディアはその顔の前に腕をかざして、ふっと口元を歪めた。
フレイディアの反応が、アイシェリアの一世一代の告白を信じていないように思えて、アイシェリアは言葉と気持ちを重ねる。
「貴方は、わたくしのことなど、覚えていないでしょうけれど…。 貴方でしょう? わたくしは、ずっと貴方のお嫁さんになりたくて」
「嘘吐き」
アイシェリアの言葉は、フレイディアの一言に、遮られる。
今度は、アイシェリアが瞠目していると、フレイディアはそろりとその顔の前にかざしていた腕をずらす。 その顔は、泣き笑いのように、皮肉気に歪んでいた。
「…待っていてはくれずに、嫁いで行ったくせに」
瞬間、アイシェリアの目の前に、ぶわっとある光景が広がった。
思い出した。
どうして、忘れていたのだろう。
――アイシェは王子様のお嫁さんになる
その、子どもらしい我儘に、彼がいつも、困ったような、嬉しそうな顔で言ってくれたこと。
――ぼくは王子様にはなれないけど、アイシェにふさわしい男になる。 だから、それまで、ぼくを、待っていて
アイシェリアは、王子様のお嫁さんになりたかったわけではないのだ。
アイシェリアの王子様――フレイディアの、お嫁さんになりたかった。
フレイディアがアイシェリアにふさわしい男になると言ってくれたから、だから自分も、フレイディアのために、素敵な女性にならなければ、と思ったのか。
頑張って、自分を磨こうと思ったのには、やはり理由があったのだ。
アイシェリアが涙をこらえながら、じっと視線を落としていると、ぐいとフレイディアの腕がアイシェリアの身体を遠ざけた。
このフレイディアの行動が、どれだけアイシェリアを苛立たせたか、わかるだろうか。
色んなショックも吹き飛ぶくらいに、苛立つ行動だった。
突然アイシェリアを押し倒して、自由にしようとして、かと思えば抱き寄せておいて、今度は突き放す?
以前は【白百合の女王】と【完璧な淑女】と呼ばれたアイシェリアだが、だからといって何も感じないわけではないし、全てを許せるわけではない。
そこにきて、フレイディアのこの行動だ。
怒ってもいい気がする、とアイシェリアが思ったとき、フレイディアがぐっと頭を下げた。
「畏れ多いことを」
この発言が、またもやアイシェリアの気に障った。
「何が、恐れ多いのです? ここまで、しておいて」
フレイディアは頭を下げているので見えていないだろうが、アイシェリアは自分の頬が引きつっているのを感じる。
もしかしたら、こめかみには青筋が浮いて、ひくひくしているかもしれない。
「…申し訳のしようもない。 頭に血が上っていた。 なんと、お詫びをすればいいか…」
頭を下げたままのフレイディアが、アイシェリアの問いに応答した言葉に、アイシェリアの中でぷちっと何かが切れる音がした。
申し訳が必要なこととわかっていてやったのか?
頭に血が上っていたら、何でも許されるのか?
それから、何をどう、詫びようというのか?
詫びなければいけないようなことだったのか?
もう、止まらなかった。
勢いのままに、フレイディアの肩を押して、ベッドに背中から押し倒す。
そして、その上に馬乗りになる。
「あ…いしぇりあ…?」
フレイディアは、状況を呑み込めていないような顔をしているし、若干顔色が悪いような気がするが、そんなことは構っていられない。
アイシェリアは、気づいたときには口走っていた。
「フレイディア、わたくしを抱きなさい」
アイシェリアに乗られたフレイディアが、瞠目するのがわかる。
自分がどれだけ必死な顔をして、フレイディアに迫っているかもわかっている。
本当は、もっと可愛らしく、淑やかに、「お情けを…」とか「思い出を…」とでも言えればよかったのだが、ようやく気づいた。
アイシェリアの恋した王子様は、きっと世に言う【へたれ】なのだ。
アイシェリアが可愛く、淑やかにお願いしたところで、絶対にアイシェリアには触れてくれない。
それならば、アイシェリアから迫るしかないだろう。
恥も外聞もかなぐり捨てなければ、この王子様は手に入らない。
瞠目したまま、アイシェリアを凝視する綺麗な碧の瞳を、真っすぐにとらえて、言う。
否、命じる。
「わたくしを、抱きなさい。 フレイディア、わたくしに、恥をかかせるの」
こんな言葉でしか、欲しがれない。
否、こういった言葉で欲しがらなければ、アイシェリアをまだどこかで【国王】の【妃】扱いする【騎士】は動かないだろう。
そして、自分も。
こういう状態にならなければ、本心を告げられないのだ。
きっと、今、言わなかったら、この先ずっと、一生、言えない。 そう感じたのもまた、直感。
ぎゅっと、フレイディアのシャツの胸元を握って、アイシェリアは訴えた。
「お願いです、ここまできて、終わりにしないで。 ずっとずっと、好きだったの」
決死の思いで、アイシェリアは告げた。
その言葉を、どう受け取ったのか…。
フレイディアはその顔の前に腕をかざして、ふっと口元を歪めた。
フレイディアの反応が、アイシェリアの一世一代の告白を信じていないように思えて、アイシェリアは言葉と気持ちを重ねる。
「貴方は、わたくしのことなど、覚えていないでしょうけれど…。 貴方でしょう? わたくしは、ずっと貴方のお嫁さんになりたくて」
「嘘吐き」
アイシェリアの言葉は、フレイディアの一言に、遮られる。
今度は、アイシェリアが瞠目していると、フレイディアはそろりとその顔の前にかざしていた腕をずらす。 その顔は、泣き笑いのように、皮肉気に歪んでいた。
「…待っていてはくれずに、嫁いで行ったくせに」
瞬間、アイシェリアの目の前に、ぶわっとある光景が広がった。
思い出した。
どうして、忘れていたのだろう。
――アイシェは王子様のお嫁さんになる
その、子どもらしい我儘に、彼がいつも、困ったような、嬉しそうな顔で言ってくれたこと。
――ぼくは王子様にはなれないけど、アイシェにふさわしい男になる。 だから、それまで、ぼくを、待っていて
アイシェリアは、王子様のお嫁さんになりたかったわけではないのだ。
アイシェリアの王子様――フレイディアの、お嫁さんになりたかった。
フレイディアがアイシェリアにふさわしい男になると言ってくれたから、だから自分も、フレイディアのために、素敵な女性にならなければ、と思ったのか。
頑張って、自分を磨こうと思ったのには、やはり理由があったのだ。
0
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。


愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。


竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる