【R18】白百合の女王

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よんまいめ *

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 今朝も早くに出かけていったフレイディアだったが、大抵は帰りも遅い。
 さすがに、当直のときは言って行ってくれるが、それ以外は特に帰宅時間については告げないし、夕食については王宮だとかで済ませてくることが多い。
 だからアイシェリアは今夜も夕食を済ませ、入浴も済ませて、先にベッドに入って就寝することにした。

 特に、それがおかしなことだとは、今まで思ってもいなかった。
 王宮では、公式行事以外誰かと食事をするような機会はなかったし、国王の訪いを待つこともなく眠っていたからだ。
 寝付きもいい方だし、嫌なことはとりあえず眠れば薄れるだろう。
 早々にアイシェリアは眠りに落ちた。

 のだが、ふと、妙な感覚に襲われ、ゆっくりとだが、意識が浮上していく。
 まどろみの中、とはこういう感じなのだろうか。
 ふわふわ、ゆらゆらして、ぬるま湯に浸かっているような心地よさだ。

 かすかに百合の香りがする気もする。
 湿気のようなものが、肌に纏わり付く。
 ふわふわ、ゆらゆらと心地良い、身体全体がお湯のようなものに浸かっている感じ。

 これは、錯覚か何かだろうか。
 そう考えて、アイシェリアはふっと目を開けた。


 明るさに、思わず目を眇める。
 意識がはっきりして、見ているものと意識の連結が上手くいくようになるまで、数瞬要した。


 目の前に広がるのは、ほのかな明かりに照らされた、白い霞のようなものが漂う空間。
 瞬きを繰り返し、アイシェリアは自身が、寝室の隣のバスルームにいることに気づく。 猫足のバスタブに浸かっている自分は、入浴の最中にうたた寝をしてしまったのだろうか。


「ああ、お目覚めか」


 聞こえた声に、アイシェリアはぱっと胸元を隠す。
 白乳色のお湯は、アイシェリアの鳩尾のあたりまでしか、隠していなかったからだ。


「入浴の最中に立ち入るのなど、不躾です」


 アイシェリアは、精一杯の虚勢を張って、キッと闖入者――フレイディアを睨みつけた。
 胸を、自分の身体を、フレイディアに見られた。
 その、不安と羞恥の裏返しでもある。

 フレイディアは、自分の身体をどう思っただろう。
 フレイディアは感情の読めない表情と目で、アイシェリアを見下ろしているだけ。

 帰ったばかりなのか、フレイディアは近衛騎士団の制服を着込んだままだ。 けれど、なぜかそのフロックコート風の上衣の袖は中のシャツごと捲られており、その腕にはバスタオルが抱えられている。
 アイシェリアが身体を縮こまらせて、早く出て行ってくれますようにと願いながらも、訝しく思っていると、フレイディアは驚くべきことを口にした。

「…入浴の最中、というか…私がついさっきまで貴女の身体を洗っていたのを、覚えていない、と?」
「!!?」
 アイシェリアはその瞬間、自分が真っ赤になったのか、真っ青になったのかわからなかった。

 ということは、何か?
 もう、全部、見られたし、触れられたと?
 このまま、お風呂のお湯に、溶けてしまいたい!

 ふるふると震えて、俯いたアイシェリアは、別のことにも気づいてしまった。
 アイシェリアの裸を見て、微塵も動揺をしていないし、直視していた。
 彼は、女性に興味がないか、もう女性の裸体など見慣れているかの、どちらか。

 言われずともわかっている。 【林檎の花の乙女】という想い人がいるのだ、女性に興味がないということは、ありえない。 とすると、後者だろう。
 胸の奥が、ズキリと痛む。
「あの、色々と、お手間をおかけして、申し訳ありませんでした…。 あとは、自分でできますか、ら、!?」

 驚きに、言葉が途切れたのは、フレイディアの手がアイシェリアの二の腕――ほとんど肩の付け根に近い辺りをぐっと握って引き立たせたからだ。
 痛い、とは思わなかったけれど、その強引さにぎょっとしているうちにさっと大きなタオルで包まれただけで、抱え上げられる。

 お姫様抱っこにきゅんとしながら見上げたフレイディアの表情に、アイシェリアはぎくりとする。
 そこには、どんな表情も浮かんでいなかったからだ。

 彼は、何を考えて、こんなことを。
 本当は、もがいて抵抗したいところだが、それがフレイディアの負担になることもわかっているのでできない。
 どうしよう。
 アイシェリアが混乱している間にも、フレイディアの歩は進み、ぱた、ぱた、と床に水滴が落ちる小さな音もする。


「…お待ちください。 身体を拭かないと、床が、貴方の制服も。 あの、自分でできますし、下ろしていただければ」
「必要ない」
 アイシェリアを全く見ることなく、前を見据えたままで、フレイディアは即答した。
 だから、アイシェリアは口を噤む。
 そして、ハッとした。 見れば、すぐそこにはベッド。 当たり前だ、浴室と寝室は繋がっている。

 ろくに身体も拭かないままに、ベッドに下ろされたアイシェリアは、すぐにベッドから下りようとした。
 だって、このままではベッドも濡らしてしまう。
 けれど、アイシェリアが動くよりも早く、フレイディアが動いて、アイシェリアの身体を跨ぐように膝立ちになった。

「!?」
 さすが騎士位までも与えられた近衛騎士、と感心しそうになったが、感心している場合ではない。
 これは、押し倒されている、という状況ではないのか。


 なぜ。 どうして。 彼には、【林檎の花の乙女】という、想い人がいるのに。


 アイシェリアが動揺と混乱のままに見上げたフレイディアは、表情を消したままでアイシェリアを見下ろし、制服の襟元を片手で緩めたところだった。


「濡れたところで構わない。 どうせ、もっと濡れるし乱れる」


 怖い、と思うのに、制服の留め金を外していくフレイディアの指先から、目が離せない。


 ずっと、ずっと、望んでいたことなのだ。
 初恋の王子様に愛されたい。
 優しく、大切に触れてもらって、甘く夢のようなひとときを、過ごせたら、と。


 その夢も、叶うのだろうか。


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