【R18】石に花咲く

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血は争えない

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「…お兄さま」
 廊下を歩いていたラディスラウスは、呼びかけられた気がして足を止めた。


 視線を走らせたが、前方に異常はないので、振り返る。
 すると、花瓶の載った台の掛布の下から異父弟――ユリウスの顔が覗く。
「ねぇ、お兄さま」

 ラディスラウスは台に近づいて、身を屈めた。
「ユーリ、そんなところで何を?」
「かくれてるの」


 隠れている。
 誰と遊んでいるのだろう、とラディスラウスは首を揺らす。


「誰から?」
「先生」
 即答されて、ラディスラウスは苦笑いする。
「ということは、今はお勉強の時間だね?」
 手を差し伸べて、台の下からユリウスを引きずり出しながら確認する。
 ユリウスはぎゅっと眉根を寄せた。
「おべんきょうきらい」


 あまりにも嫌そうな顔をするものだから、ラディスラウスはひとつ大きく頷いて同意する。
「その気持ちはよくわかる」



 ラディスラウスの反応に、味方を得たと思ったのか、ユリウスは質問を投げかけてくる。
「お母さまも、おじいさまも、お兄さまもおべんきょうしないでしょう? どうしてぼくだけ?」
 まるで、ユリウスだけ罰で勉強を課されでもしているかのような発言に、またもやラディスラウスは苦笑いする。
「お母様も、お祖父様も、お兄様もお仕事をしているし、必要があればお勉強だってしているよ」
「どうしておべんきょうするの?」
 お勉強をするのはユリウスだけではないし、罰でも何でもないということを伝えたかったのだが、ユリウスには伝わらなかったらしい。
 まだ5歳だ。 仕方ないだろう。



 なるべくユリウスに理解しやすいように、と考えながら、ラディスラウスは言葉を紡ぐ。
「将来必要になるからだよ。 お勉強をしていなくて、知らないことで、みんなの前で恥をかきたくないだろう? 特に、大切な人の前では」
 ラディスラウスの顔をジッと見つめていたユリウスは、ラディスラウスの発言を吟味していたのだろう。
 少しの間の後で、頷いた。
「…うん」


 納得してくれたようだ、と安堵しながら、ラディスラウスはユリウスの小さな手と手を繋ぐ。
「では、お勉強に戻るよ。 今、お祖父様や私が持っているもの全てを引き継ぐのは、ユーリなのだから」
 ラディスラウスは一歩足を踏み出したのだが、ユリウスは動かない。
「ユーリ?」
「お兄さまがもっているもの、全部?」
 先程ラディスラウスが口にしたことをユリウスが繰り返すから、ラディスラウスはそれを肯定する。
「そうだよ」


「シィーファ姉さまも?」
 ラディスラウスを見上げたユリウスは、きらきらと表情を輝かせている。


 だが、ラディスラウスは会話の繋がりと質問の意図がわからなくて、こう返すのがやっとだった。
「………うん?」


 ユリウスは、丁寧に説明してくれなくてもいいものを、丁寧に説明してくれた。
「シィーファ姉さまも、ぼくのになる?」
 期待に胸を膨らませているらしい異父弟の発言に、ラディスラウスは頭を抱えたくなる。



 異父弟あるユリウスは5歳だが、ラディスラウスの妻であるシィーファがお気に入りだ。
 お気に入りなのは理解していたが、まさか「ぼくのになる?」発言をするほどとは。
 いや、「大きくなったらシィーファ姉さまとけっこんする」と言い出さないだけマシなのだろうか。
 というか、ユリウスはシィーファを一体どのように認識しているのだろう。
 考えたが答えが出ないので、考えることを放棄したラディスラウスは、とりあえず今返せる答えだけを渡すことにする。
「…シィーファ姉様は、ユーリのにはならないよ」



「どうして?」
 あまりにも純粋な瞳で問われるが、ならないものはならないのだから仕方ない。
 ユリウスの瞳は、「お兄さまのものは全部ぼくのになるのにどうして?」と言っているが、そんなものは簡単だ。
「シィーファ姉様はシィーファ姉様のもので、私のものではないからね」


 ラディスラウスのものは全部ユリウスのものになると言ったが、シィーファはそもそもラディスラウスのものではないから、ユリウスのものにはならない。
 この説明で筋が通るし、ユリウスは納得するはずだ。
 少なくとも、ラディスラウスはそう考えた。


 だが、ここでユリウスは、ますます表情を輝かせる。
「お兄さまのじゃないなら、ぼくのになる?」
「………うん???」
 ラディスラウスが、そう問い返すしかなかったのも、無理からぬことだと思っていただきたい。

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