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血は争えない
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「…お兄さま」
廊下を歩いていたラディスラウスは、呼びかけられた気がして足を止めた。
視線を走らせたが、前方に異常はないので、振り返る。
すると、花瓶の載った台の掛布の下から異父弟――ユリウスの顔が覗く。
「ねぇ、お兄さま」
ラディスラウスは台に近づいて、身を屈めた。
「ユーリ、そんなところで何を?」
「かくれてるの」
隠れている。
誰と遊んでいるのだろう、とラディスラウスは首を揺らす。
「誰から?」
「先生」
即答されて、ラディスラウスは苦笑いする。
「ということは、今はお勉強の時間だね?」
手を差し伸べて、台の下からユリウスを引きずり出しながら確認する。
ユリウスはぎゅっと眉根を寄せた。
「おべんきょうきらい」
あまりにも嫌そうな顔をするものだから、ラディスラウスはひとつ大きく頷いて同意する。
「その気持ちはよくわかる」
ラディスラウスの反応に、味方を得たと思ったのか、ユリウスは質問を投げかけてくる。
「お母さまも、おじいさまも、お兄さまもおべんきょうしないでしょう? どうしてぼくだけ?」
まるで、ユリウスだけ罰で勉強を課されでもしているかのような発言に、またもやラディスラウスは苦笑いする。
「お母様も、お祖父様も、お兄様もお仕事をしているし、必要があればお勉強だってしているよ」
「どうしておべんきょうするの?」
お勉強をするのはユリウスだけではないし、罰でも何でもないということを伝えたかったのだが、ユリウスには伝わらなかったらしい。
まだ5歳だ。 仕方ないだろう。
なるべくユリウスに理解しやすいように、と考えながら、ラディスラウスは言葉を紡ぐ。
「将来必要になるからだよ。 お勉強をしていなくて、知らないことで、みんなの前で恥をかきたくないだろう? 特に、大切な人の前では」
ラディスラウスの顔をジッと見つめていたユリウスは、ラディスラウスの発言を吟味していたのだろう。
少しの間の後で、頷いた。
「…うん」
納得してくれたようだ、と安堵しながら、ラディスラウスはユリウスの小さな手と手を繋ぐ。
「では、お勉強に戻るよ。 今、お祖父様や私が持っているもの全てを引き継ぐのは、ユーリなのだから」
ラディスラウスは一歩足を踏み出したのだが、ユリウスは動かない。
「ユーリ?」
「お兄さまがもっているもの、全部?」
先程ラディスラウスが口にしたことをユリウスが繰り返すから、ラディスラウスはそれを肯定する。
「そうだよ」
「シィーファ姉さまも?」
ラディスラウスを見上げたユリウスは、きらきらと表情を輝かせている。
だが、ラディスラウスは会話の繋がりと質問の意図がわからなくて、こう返すのがやっとだった。
「………うん?」
ユリウスは、丁寧に説明してくれなくてもいいものを、丁寧に説明してくれた。
「シィーファ姉さまも、ぼくのになる?」
期待に胸を膨らませているらしい異父弟の発言に、ラディスラウスは頭を抱えたくなる。
異父弟あるユリウスは5歳だが、ラディスラウスの妻であるシィーファがお気に入りだ。
お気に入りなのは理解していたが、まさか「ぼくのになる?」発言をするほどとは。
いや、「大きくなったらシィーファ姉さまとけっこんする」と言い出さないだけマシなのだろうか。
というか、ユリウスはシィーファを一体どのように認識しているのだろう。
考えたが答えが出ないので、考えることを放棄したラディスラウスは、とりあえず今返せる答えだけを渡すことにする。
「…シィーファ姉様は、ユーリのにはならないよ」
「どうして?」
あまりにも純粋な瞳で問われるが、ならないものはならないのだから仕方ない。
ユリウスの瞳は、「お兄さまのものは全部ぼくのになるのにどうして?」と言っているが、そんなものは簡単だ。
「シィーファ姉様はシィーファ姉様のもので、私のものではないからね」
ラディスラウスのものは全部ユリウスのものになると言ったが、シィーファはそもそもラディスラウスのものではないから、ユリウスのものにはならない。
この説明で筋が通るし、ユリウスは納得するはずだ。
少なくとも、ラディスラウスはそう考えた。
だが、ここでユリウスは、ますます表情を輝かせる。
「お兄さまのじゃないなら、ぼくのになる?」
「………うん???」
ラディスラウスが、そう問い返すしかなかったのも、無理からぬことだと思っていただきたい。
廊下を歩いていたラディスラウスは、呼びかけられた気がして足を止めた。
視線を走らせたが、前方に異常はないので、振り返る。
すると、花瓶の載った台の掛布の下から異父弟――ユリウスの顔が覗く。
「ねぇ、お兄さま」
ラディスラウスは台に近づいて、身を屈めた。
「ユーリ、そんなところで何を?」
「かくれてるの」
隠れている。
誰と遊んでいるのだろう、とラディスラウスは首を揺らす。
「誰から?」
「先生」
即答されて、ラディスラウスは苦笑いする。
「ということは、今はお勉強の時間だね?」
手を差し伸べて、台の下からユリウスを引きずり出しながら確認する。
ユリウスはぎゅっと眉根を寄せた。
「おべんきょうきらい」
あまりにも嫌そうな顔をするものだから、ラディスラウスはひとつ大きく頷いて同意する。
「その気持ちはよくわかる」
ラディスラウスの反応に、味方を得たと思ったのか、ユリウスは質問を投げかけてくる。
「お母さまも、おじいさまも、お兄さまもおべんきょうしないでしょう? どうしてぼくだけ?」
まるで、ユリウスだけ罰で勉強を課されでもしているかのような発言に、またもやラディスラウスは苦笑いする。
「お母様も、お祖父様も、お兄様もお仕事をしているし、必要があればお勉強だってしているよ」
「どうしておべんきょうするの?」
お勉強をするのはユリウスだけではないし、罰でも何でもないということを伝えたかったのだが、ユリウスには伝わらなかったらしい。
まだ5歳だ。 仕方ないだろう。
なるべくユリウスに理解しやすいように、と考えながら、ラディスラウスは言葉を紡ぐ。
「将来必要になるからだよ。 お勉強をしていなくて、知らないことで、みんなの前で恥をかきたくないだろう? 特に、大切な人の前では」
ラディスラウスの顔をジッと見つめていたユリウスは、ラディスラウスの発言を吟味していたのだろう。
少しの間の後で、頷いた。
「…うん」
納得してくれたようだ、と安堵しながら、ラディスラウスはユリウスの小さな手と手を繋ぐ。
「では、お勉強に戻るよ。 今、お祖父様や私が持っているもの全てを引き継ぐのは、ユーリなのだから」
ラディスラウスは一歩足を踏み出したのだが、ユリウスは動かない。
「ユーリ?」
「お兄さまがもっているもの、全部?」
先程ラディスラウスが口にしたことをユリウスが繰り返すから、ラディスラウスはそれを肯定する。
「そうだよ」
「シィーファ姉さまも?」
ラディスラウスを見上げたユリウスは、きらきらと表情を輝かせている。
だが、ラディスラウスは会話の繋がりと質問の意図がわからなくて、こう返すのがやっとだった。
「………うん?」
ユリウスは、丁寧に説明してくれなくてもいいものを、丁寧に説明してくれた。
「シィーファ姉さまも、ぼくのになる?」
期待に胸を膨らませているらしい異父弟の発言に、ラディスラウスは頭を抱えたくなる。
異父弟あるユリウスは5歳だが、ラディスラウスの妻であるシィーファがお気に入りだ。
お気に入りなのは理解していたが、まさか「ぼくのになる?」発言をするほどとは。
いや、「大きくなったらシィーファ姉さまとけっこんする」と言い出さないだけマシなのだろうか。
というか、ユリウスはシィーファを一体どのように認識しているのだろう。
考えたが答えが出ないので、考えることを放棄したラディスラウスは、とりあえず今返せる答えだけを渡すことにする。
「…シィーファ姉様は、ユーリのにはならないよ」
「どうして?」
あまりにも純粋な瞳で問われるが、ならないものはならないのだから仕方ない。
ユリウスの瞳は、「お兄さまのものは全部ぼくのになるのにどうして?」と言っているが、そんなものは簡単だ。
「シィーファ姉様はシィーファ姉様のもので、私のものではないからね」
ラディスラウスのものは全部ユリウスのものになると言ったが、シィーファはそもそもラディスラウスのものではないから、ユリウスのものにはならない。
この説明で筋が通るし、ユリウスは納得するはずだ。
少なくとも、ラディスラウスはそう考えた。
だが、ここでユリウスは、ますます表情を輝かせる。
「お兄さまのじゃないなら、ぼくのになる?」
「………うん???」
ラディスラウスが、そう問い返すしかなかったのも、無理からぬことだと思っていただきたい。
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