62 / 65
石に咲いた花は
石に咲いた花は
しおりを挟む
「おはよう」
瞼に感じる光が明るくて、シィーファが瞼を上げると、唇に柔らかい感触が降る。
「…おはよう…」
ぼんやりとしながらそう返したシィーファだが、唐突に昔のことを思い出して、笑ってしまった。
「? 何か可笑しかった?」
不思議そうな顔でシィーファの顔を覗き込んでくるラディスに、シィーファは微笑む。
「…約束、ずぅっと守ってくれてるなぁって」
「当たり前だよ。 忘れるわけないでしょう?」
ラディスは、何でもないことのように、笑う。
そのことこそが奇跡だと、シィーファは思うのだ。
ラディスは、シィーファにプロポーズをするときに、「私が、毎朝キスで起こしてあげる」と言ったのだが、あれからずっとラディスは、それを律儀に守ってくれている。
忘れるわけないでしょう? と言ったラディスには、いまいちシィーファの言いたいことは伝わらなかったらしい。
あんなに小さな、約束とも言えないような約束を大切にして、ずっと守り続けてくれるラディスが、稀有な存在だ、と言いたかったのだ。
ラディスは、そっとベッドから抜け出すと、サッとカーテンを開ける。
そして、いつの間に置いていたのか、出窓のところにあった鉢を持ってきた。
「シィーファ。 これ、なんだと思う?」
シィーファは、身体を起こして、ラディスが持った鉢を見た。
そこには、シィーファの髪に似た色の、ごつごつと石のような塊がある。
石を鉢の土の上に置いてどうするんだろう、と思いながら、シィーファは視線をラディスに戻す。
「石、ですか?」
「植物だって。 花も咲くらしい」
「花、が」
ラディスの説明に、シィーファは驚いて、鉢に視線を戻した。
植物、と言われてみれば、そう見えないこともないけれど、こんな植物があることが、驚きだ。
シィーファが瞬きを繰り返していると、ラディスが柔らかな微笑みをその植物に落とした。
「シィーファの瞳と同じ、蜂蜜色の、タンポポみたいな花が咲くんだって。 きっと可愛いよ。 いつか、シィーファと一緒に見られたらいいな」
そして、その微笑みを、シィーファへと向けてくれる。
また、シィーファの胸の奥が、きゅううとなる。
石のようだけれど、石ではなく、花を咲かせる、植物。
何となく、だけれど、ラディスは、再会したその日に、シィーファが言ったことを覚えてくれていたのかな、と思った。
シィーファは、自分の名を、「石なのに、花を売る」と言ったのだ。
でも、ラディスは、「石のようなのに、花を咲かせる植物」をシィーファに見せてくれた。
こういう意味かもしれないよ、と示されたような気分に、なったのだ。
「…じゃあ、大切に、育てなきゃ。 …ありがとう、ラディス」
「うん、楽しみだね」
シィーファが微笑んで言ったお礼に、ラディスは安堵したように笑う。
ラディスは、シィーファに結婚を申し込んだ日、「絶対に後悔させないから」、とも言った。
こんなの、後悔なんてしようがない。
シィーファは、もう、ラディスの前では石の心を保てない、けれど。
ラディスと一緒にいるためなら、石の心を保っていける。 そう思うのだ。
瞼に感じる光が明るくて、シィーファが瞼を上げると、唇に柔らかい感触が降る。
「…おはよう…」
ぼんやりとしながらそう返したシィーファだが、唐突に昔のことを思い出して、笑ってしまった。
「? 何か可笑しかった?」
不思議そうな顔でシィーファの顔を覗き込んでくるラディスに、シィーファは微笑む。
「…約束、ずぅっと守ってくれてるなぁって」
「当たり前だよ。 忘れるわけないでしょう?」
ラディスは、何でもないことのように、笑う。
そのことこそが奇跡だと、シィーファは思うのだ。
ラディスは、シィーファにプロポーズをするときに、「私が、毎朝キスで起こしてあげる」と言ったのだが、あれからずっとラディスは、それを律儀に守ってくれている。
忘れるわけないでしょう? と言ったラディスには、いまいちシィーファの言いたいことは伝わらなかったらしい。
あんなに小さな、約束とも言えないような約束を大切にして、ずっと守り続けてくれるラディスが、稀有な存在だ、と言いたかったのだ。
ラディスは、そっとベッドから抜け出すと、サッとカーテンを開ける。
そして、いつの間に置いていたのか、出窓のところにあった鉢を持ってきた。
「シィーファ。 これ、なんだと思う?」
シィーファは、身体を起こして、ラディスが持った鉢を見た。
そこには、シィーファの髪に似た色の、ごつごつと石のような塊がある。
石を鉢の土の上に置いてどうするんだろう、と思いながら、シィーファは視線をラディスに戻す。
「石、ですか?」
「植物だって。 花も咲くらしい」
「花、が」
ラディスの説明に、シィーファは驚いて、鉢に視線を戻した。
植物、と言われてみれば、そう見えないこともないけれど、こんな植物があることが、驚きだ。
シィーファが瞬きを繰り返していると、ラディスが柔らかな微笑みをその植物に落とした。
「シィーファの瞳と同じ、蜂蜜色の、タンポポみたいな花が咲くんだって。 きっと可愛いよ。 いつか、シィーファと一緒に見られたらいいな」
そして、その微笑みを、シィーファへと向けてくれる。
また、シィーファの胸の奥が、きゅううとなる。
石のようだけれど、石ではなく、花を咲かせる、植物。
何となく、だけれど、ラディスは、再会したその日に、シィーファが言ったことを覚えてくれていたのかな、と思った。
シィーファは、自分の名を、「石なのに、花を売る」と言ったのだ。
でも、ラディスは、「石のようなのに、花を咲かせる植物」をシィーファに見せてくれた。
こういう意味かもしれないよ、と示されたような気分に、なったのだ。
「…じゃあ、大切に、育てなきゃ。 …ありがとう、ラディス」
「うん、楽しみだね」
シィーファが微笑んで言ったお礼に、ラディスは安堵したように笑う。
ラディスは、シィーファに結婚を申し込んだ日、「絶対に後悔させないから」、とも言った。
こんなの、後悔なんてしようがない。
シィーファは、もう、ラディスの前では石の心を保てない、けれど。
ラディスと一緒にいるためなら、石の心を保っていける。 そう思うのだ。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-
さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。
「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」
「でも……」
「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」
「はい?」
「とりあえず一年契約でどう?」
穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。
☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる