【R18】石に花咲く

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石に咲いた花は

家族になる日①

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 姿見の中に自分に、シィーファは驚きを隠せなかった。
 頭部の窮屈さとか、胸部から腹部へかけての圧迫感や苦痛を一瞬忘れるくらいには、衝撃の光景だった。


「シィーファさん、感想は?」


 背後から、奥様に優しく問われて、シィーファはビクリとする。
 背後を振り返りつつ、奥様に微笑んだ。
「自分じゃないみたいです。 素敵な衣装のおかげで」
「何を言うの。 素材が良くなければこう綺麗にはならないわ」


 奥様の言葉に、シィーファはハッとする。
 素材。
 それは、シィーファのことだ。


 いつかのことを思い出した。
 再会とわからぬまま、ラディスと再会したあの日、シィーファは自分たちを素材だと考えたのだ。
 素材をわかりやすくするために、皆が同じ白い衣装を身に着ける。


 ああ、そうだった。
 あの日、身に着けた白い衣装を、死に装束のようだ、なんて思いもしたんだっけ。
 思わず、シィーファは笑ってしまった。


「何か可笑しかったかしら?」
 奥様が羽根つきの扇で口元を隠しながら、不思議そうにしている。
「あ、いえ。 …こんな気持ちになれる日が来るなんて、夢みたいだなって」
「夢ではないわよ。 こんな気持ち、が幸せだとしたら、これから何度でもあるわ。 ラディスは貴女のことが、本当に好きだから」
 すかさず否定した奥様に、シィーファは目を丸くする。
 照れくさくなって、少し視線を落としたシィーファの頬に、ふわふわと奥様の扇の羽根が触れる。


「それにしても貴女、あまり顔色が良くないわね。 頬紅を足しましょう? 花嫁がそんな顔色では、権力を盾に無理強いしたと思われてしまうわ」
「問題ありませんよ、奥様。 若旦那とシィーファ様が仲睦まじいことは、皆承知しておりますもの」
 奥様の、冗談とも冗談でないともつかない発言を、すかさず使用人が否定した。
 そうすれば、奥様はにこにこと笑顔で頷く。
「そうだったわ。 ラディスは心が狭いから、今日はわたくしたち以外、お祝いする者はいないんですものね。 貴女に着飾ってもらいたいけれど、見るのは自分だけでいい、なんてどれだけ贅沢なのかしら、あの子」


 奥様の発言に、シィーファは目を瞬かせてしまった。
 ラディスの心が狭い、なんて、シィーファには信じられない。
 彼ほど寛容なひとはいないと思うのに。
「…あの、お身内だけでお式、というのは、彼のわたしへの配慮ではないかと思います。 お国の偉い方々が軒並みいらっしゃっては卒倒するかもしれませんから」


 シィーファがシィーファの認識を口にすると、数瞬、場が静まり返った。
 奥様が微妙な表情をしているのがわかるし、使用人の方々も張り付けたような笑顔だ。
 これをどう解釈すれば…、とシィーファが口を開きかけたときだ。
 奥様がもう一度、シィーファの頬を羽根つきの扇で擽った。
「そうねぇ、それは置いておいても、やっぱり貴女、卒倒しそうな顔色だから、頬紅は足しましょうね」


 そう指摘されれば、やはり内臓が限界に思えてきて、ぎゅうぎゅうと締め上げられた腹部をさする。
「…実は、内臓が飛び出すのではないかと気が気ではありません」
 それは、紛れもないシィーファの本音だったのだが、奥様は本音と取らなかったのかころころと笑った。
「それはよかったわ。 わたくし、貴女がいつラディスに愛想を尽かして飛び出していくかと気が気でありませんでしたもの」
「そんなことは、ありえませんよ」
 シィーファがラディスに愛想を尽かして飛び出していく。
 脳が認識するとほぼ同時、光の速さでシィーファは反論していた。
 あまりに食い気味で前のめりだったシィーファに、奥様は目を丸くしたようだったが、ふっと綻ぶように笑ってくれた。
「うふふ、そうね」


「失礼する」
 奥様の笑い声に被せるように、よく響く通る声が聞こえた。
 室内に入ってきたのは…。


「どこの女神かと思ったら、当家の花嫁か」
 ラディスのお祖父様であり、現公爵の、ベネディクトだった。
 公爵は、ラディスと同じ色彩の瞳にシィーファを認め、目を丸くしたと思ったら、微笑んでそんなことを口にされた。
「ありがとうございます」


 シィーファは未だにこの方とどう接したらいいのかわからずに、挙動不審になるのだが、さすがはラディスのお祖父様にして公爵。
 何事もなかったかのように、孫の嫁としてシィーファと接してくださる。
「いや、本当に綺麗だ。 ラディスが見せ渋るのもよくわかる」
「本当に」
「若旦那様、きっと言葉も出ませんよ」
 公爵の言葉に、使用人の方々が頷いている。


 ひとり、否定をしたのが、奥様だった。
「いいえ、わたくしの勘ではあの子はまず、狂喜乱舞するわ。 言葉を失くすのはそのあとよ」


 皆が皆勝手なことを言っているが、いささか大袈裟ではないだろうか。
 そんな話題で盛り上がるよりも、シィーファは早く諸々を終わらせたい。
 内臓が本当に限界なのだ。


 思考を読まれたわけではないと思いたいのだが、シィーファの目の前に、漆黒の衣装に身を包んだ腕が示される。
 シィーファが驚いて顔を上げると、公爵が微笑んでいた。
「では、花嫁。 私の腕を貸そう」
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