【R18】石に花咲く

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石に咲いた花は

無花果と約束

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無花果イチジクって変なの」
 ラディスラウスが、一口齧った無花果の実を嚥下して、ぽろりと零すと、ジェイドの不思議そうな瞳がラディスラウスを見た。

 今日も、ラディスラウスはジェイドの部屋を訪れて、窓から部屋を覗き込み、ジェイドと果物――今日は無花果だ――を食べながらお話を楽しんでいる。
 ラディスラウスは無花果の見た目から、無花果が嫌いだったのだが、ジェイドの影響で今や無花果は好物だ。
 きっと、ジェイドが「半分こしましょう」と言って、無花果の実を半分に割り、「目を瞑って、あーんですよ」と食べさせてくれなかったら、嫌いが好きには変わらなかっただろう。
 ジェイドが好きなものを、悪く言っているとは思われたくなくて、ラディスラウスは慌てた。

「こんなに気持ち悪いのに、美味しいんだよ。 果実なのに花が咲かないんだ。 変だよね。 花が咲くから実が生るって、今日家庭教師に教わったのに、無花果は違うから」
 慌てていたために、うっかり本音を口にしてしまった。

 無花果が美味しいものだと知った後も、ラディスラウスは実は、無花果の見た目が苦手だ。
 なんだか、ぐちゃぐちゃしていて、気持ち悪いと思う。

 でも、甘い香りに誘われて、美味しいことも知ってしまったので、なるべく断面を見ないように目を瞑って食べていたことに、ジェイドは気づいているだろうか。
 そろり、とジェイドを見ると、ジェイドは微笑みながら、ラディスラウスの持ってきた無花果の実をひとつ、手に取った。


「いいことを教えてあげましょう」
 いいこと、とジェイドに言われて、ラディスは目をぱちぱちと瞬かせる。


 ジェイドに教えてもらえるいいこと、なんて、いいことに違いない、とラディスラウスは窓枠に手をかけて身を乗り出した。
「何?」
「あなたが気持ち悪いと言った、無花果の中身。 よぅく見て」
 きらきらと目を輝かせて問うと、ジェイドはまた、無花果の実を半分に割って、その断面をラディスラウスに向けてきた。

 くすんだ赤と、白の、ぐちゃぐちゃ。ラディスラウスが、「うっ」と目を背けそうになったときだ。
 ジェイドが口にした言葉に、ラディスラウスは、その断面から目が逸らせなくなった。


「この、白いの、お花なの」


「えぇ?」
 微笑んだジェイドの顔を見、無花果の断面を見る。
 不思議なことに、今まで【気持ち悪いぐちゃぐちゃ】と思っていたものが、きらきらと光る宝石のように見える。ジェイドはそれを、【お花】だと?
「実の中でお花が咲いてるの。 わたしたち、お花を食べてるのよ。 だからね、蜜がたっぷりで、美味しいのは当たり前なの。 そうしたら、気持ち悪くないでしょう?」

 微笑んだジェイドが、ラディスラウスにまた、半分に割った無花果の片割れを渡してくれるので、ラディスラウスはそれを受けとる。
「食べられるお花って、すごいね。 それも、こんなに美味しいの」
 ラディスラウスが興奮気味に言うと、ジェイドは微笑んでくれた。

「そう、甘くて美味しいから、無花果を食べたくて、虫が中に入り込んでいることもあるの。 だから、一度割って、中をよく確認してから食べるようにね」
 ジェイドが、ラディスラウスと半分こした無花果の片割れを、口に運び、歯を立てる。
 きらきらと、光って見えるのは、ジェイドなのか、無花果なのか、わからなくなりながら、ラディスラウスも無花果を口に運んだ。
 もくもくと、甘く潤んだ果肉を咀嚼していたラディスラウスだったが、ふと気づく。


 口の中のものを飲み込んで、ラディスラウスは、ジェイドに尋ねた。
「ねぇ、ジェイド、またけがしたの?」
 無花果を食べ終えたジェイドは、ラディスラウスがじっと見つめている場所に気づいたようで、ハッと袖口を押さえた。

 長い袖口から覗く左手首に、白い包帯らしきものが巻いてあるのに、ラディスラウスは目を留めたのだ。
 ジェイドは、袖口を押さえたままで、どこかぎこちない笑みをラディスラウスに向けた。
「わたしって、ドジだから、ぶつけてしまったの」


 その笑顔に違和感を覚えて、ラディスラウスは思わず口を挟んでいた。
「この前も転んだって言ってた」
 ラディスラウスの指摘に、ジェイドは一瞬固まったように見えたが、すぐに何でもないことのように微笑む。
「わたしって、ドジだから」


 何となく、だけれど、ジェイドはそれ以外の答えを、ラディスラウスに返すつもりはないのだろう、と思った。
 それは、きっと、ラディスラウスが、子どもだから。

 ラディスラウスは、むぅと眉間に皺を寄せたが、そのことを面白くなく思っても、何も解決しないことに、すぐに気づく。
 食べかけの無花果をぽいと口に放り込んで、咀嚼し、飲み込む。
 その間に、両手をごしごしと上着の裾で拭いて、窓の内側にいる、ジェイドの手を両手でつかんだ。


「私がジェイドと一緒に暮らすようになったら、ジェイドの代わりに何でもするよ。 そうしたら、ジェイドは、転んだり、ぶつけたり、しないで済むから、痛くないよね」
 ラディスラウスが、そんなことを言うとは思わなかったのか、ジェイドは目を丸くして、ぽかんとしている。
 でも、ラディスラウスは本気だったから、ジェイドの手をぎゅっと握って、じっとジェイドを見つめ続けた。
 きっと、ラディスラウスの気持ちは伝わったのだろう。
「…ありがとう…」
 ジェイドは、微笑んでくれた。
 静かで、きれいで、泣きそうな微笑みだ、と思った。

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