54 / 65
石に咲いた花は
無花果と約束
しおりを挟む
「無花果って変なの」
ラディスラウスが、一口齧った無花果の実を嚥下して、ぽろりと零すと、ジェイドの不思議そうな瞳がラディスラウスを見た。
今日も、ラディスラウスはジェイドの部屋を訪れて、窓から部屋を覗き込み、ジェイドと果物――今日は無花果だ――を食べながらお話を楽しんでいる。
ラディスラウスは無花果の見た目から、無花果が嫌いだったのだが、ジェイドの影響で今や無花果は好物だ。
きっと、ジェイドが「半分こしましょう」と言って、無花果の実を半分に割り、「目を瞑って、あーんですよ」と食べさせてくれなかったら、嫌いが好きには変わらなかっただろう。
ジェイドが好きなものを、悪く言っているとは思われたくなくて、ラディスラウスは慌てた。
「こんなに気持ち悪いのに、美味しいんだよ。 果実なのに花が咲かないんだ。 変だよね。 花が咲くから実が生るって、今日家庭教師に教わったのに、無花果は違うから」
慌てていたために、うっかり本音を口にしてしまった。
無花果が美味しいものだと知った後も、ラディスラウスは実は、無花果の見た目が苦手だ。
なんだか、ぐちゃぐちゃしていて、気持ち悪いと思う。
でも、甘い香りに誘われて、美味しいことも知ってしまったので、なるべく断面を見ないように目を瞑って食べていたことに、ジェイドは気づいているだろうか。
そろり、とジェイドを見ると、ジェイドは微笑みながら、ラディスラウスの持ってきた無花果の実をひとつ、手に取った。
「いいことを教えてあげましょう」
いいこと、とジェイドに言われて、ラディスは目をぱちぱちと瞬かせる。
ジェイドに教えてもらえるいいこと、なんて、いいことに違いない、とラディスラウスは窓枠に手をかけて身を乗り出した。
「何?」
「あなたが気持ち悪いと言った、無花果の中身。 よぅく見て」
きらきらと目を輝かせて問うと、ジェイドはまた、無花果の実を半分に割って、その断面をラディスラウスに向けてきた。
くすんだ赤と、白の、ぐちゃぐちゃ。ラディスラウスが、「うっ」と目を背けそうになったときだ。
ジェイドが口にした言葉に、ラディスラウスは、その断面から目が逸らせなくなった。
「この、白いの、お花なの」
「えぇ?」
微笑んだジェイドの顔を見、無花果の断面を見る。
不思議なことに、今まで【気持ち悪いぐちゃぐちゃ】と思っていたものが、きらきらと光る宝石のように見える。ジェイドはそれを、【お花】だと?
「実の中でお花が咲いてるの。 わたしたち、お花を食べてるのよ。 だからね、蜜がたっぷりで、美味しいのは当たり前なの。 そうしたら、気持ち悪くないでしょう?」
微笑んだジェイドが、ラディスラウスにまた、半分に割った無花果の片割れを渡してくれるので、ラディスラウスはそれを受けとる。
「食べられるお花って、すごいね。 それも、こんなに美味しいの」
ラディスラウスが興奮気味に言うと、ジェイドは微笑んでくれた。
「そう、甘くて美味しいから、無花果を食べたくて、虫が中に入り込んでいることもあるの。 だから、一度割って、中をよく確認してから食べるようにね」
ジェイドが、ラディスラウスと半分こした無花果の片割れを、口に運び、歯を立てる。
きらきらと、光って見えるのは、ジェイドなのか、無花果なのか、わからなくなりながら、ラディスラウスも無花果を口に運んだ。
もくもくと、甘く潤んだ果肉を咀嚼していたラディスラウスだったが、ふと気づく。
口の中のものを飲み込んで、ラディスラウスは、ジェイドに尋ねた。
「ねぇ、ジェイド、またけがしたの?」
無花果を食べ終えたジェイドは、ラディスラウスがじっと見つめている場所に気づいたようで、ハッと袖口を押さえた。
長い袖口から覗く左手首に、白い包帯らしきものが巻いてあるのに、ラディスラウスは目を留めたのだ。
ジェイドは、袖口を押さえたままで、どこかぎこちない笑みをラディスラウスに向けた。
「わたしって、ドジだから、ぶつけてしまったの」
その笑顔に違和感を覚えて、ラディスラウスは思わず口を挟んでいた。
「この前も転んだって言ってた」
ラディスラウスの指摘に、ジェイドは一瞬固まったように見えたが、すぐに何でもないことのように微笑む。
「わたしって、ドジだから」
何となく、だけれど、ジェイドはそれ以外の答えを、ラディスラウスに返すつもりはないのだろう、と思った。
それは、きっと、ラディスラウスが、子どもだから。
ラディスラウスは、むぅと眉間に皺を寄せたが、そのことを面白くなく思っても、何も解決しないことに、すぐに気づく。
食べかけの無花果をぽいと口に放り込んで、咀嚼し、飲み込む。
その間に、両手をごしごしと上着の裾で拭いて、窓の内側にいる、ジェイドの手を両手でつかんだ。
「私がジェイドと一緒に暮らすようになったら、ジェイドの代わりに何でもするよ。 そうしたら、ジェイドは、転んだり、ぶつけたり、しないで済むから、痛くないよね」
ラディスラウスが、そんなことを言うとは思わなかったのか、ジェイドは目を丸くして、ぽかんとしている。
でも、ラディスラウスは本気だったから、ジェイドの手をぎゅっと握って、じっとジェイドを見つめ続けた。
きっと、ラディスラウスの気持ちは伝わったのだろう。
「…ありがとう…」
ジェイドは、微笑んでくれた。
静かで、きれいで、泣きそうな微笑みだ、と思った。
ラディスラウスが、一口齧った無花果の実を嚥下して、ぽろりと零すと、ジェイドの不思議そうな瞳がラディスラウスを見た。
今日も、ラディスラウスはジェイドの部屋を訪れて、窓から部屋を覗き込み、ジェイドと果物――今日は無花果だ――を食べながらお話を楽しんでいる。
ラディスラウスは無花果の見た目から、無花果が嫌いだったのだが、ジェイドの影響で今や無花果は好物だ。
きっと、ジェイドが「半分こしましょう」と言って、無花果の実を半分に割り、「目を瞑って、あーんですよ」と食べさせてくれなかったら、嫌いが好きには変わらなかっただろう。
ジェイドが好きなものを、悪く言っているとは思われたくなくて、ラディスラウスは慌てた。
「こんなに気持ち悪いのに、美味しいんだよ。 果実なのに花が咲かないんだ。 変だよね。 花が咲くから実が生るって、今日家庭教師に教わったのに、無花果は違うから」
慌てていたために、うっかり本音を口にしてしまった。
無花果が美味しいものだと知った後も、ラディスラウスは実は、無花果の見た目が苦手だ。
なんだか、ぐちゃぐちゃしていて、気持ち悪いと思う。
でも、甘い香りに誘われて、美味しいことも知ってしまったので、なるべく断面を見ないように目を瞑って食べていたことに、ジェイドは気づいているだろうか。
そろり、とジェイドを見ると、ジェイドは微笑みながら、ラディスラウスの持ってきた無花果の実をひとつ、手に取った。
「いいことを教えてあげましょう」
いいこと、とジェイドに言われて、ラディスは目をぱちぱちと瞬かせる。
ジェイドに教えてもらえるいいこと、なんて、いいことに違いない、とラディスラウスは窓枠に手をかけて身を乗り出した。
「何?」
「あなたが気持ち悪いと言った、無花果の中身。 よぅく見て」
きらきらと目を輝かせて問うと、ジェイドはまた、無花果の実を半分に割って、その断面をラディスラウスに向けてきた。
くすんだ赤と、白の、ぐちゃぐちゃ。ラディスラウスが、「うっ」と目を背けそうになったときだ。
ジェイドが口にした言葉に、ラディスラウスは、その断面から目が逸らせなくなった。
「この、白いの、お花なの」
「えぇ?」
微笑んだジェイドの顔を見、無花果の断面を見る。
不思議なことに、今まで【気持ち悪いぐちゃぐちゃ】と思っていたものが、きらきらと光る宝石のように見える。ジェイドはそれを、【お花】だと?
「実の中でお花が咲いてるの。 わたしたち、お花を食べてるのよ。 だからね、蜜がたっぷりで、美味しいのは当たり前なの。 そうしたら、気持ち悪くないでしょう?」
微笑んだジェイドが、ラディスラウスにまた、半分に割った無花果の片割れを渡してくれるので、ラディスラウスはそれを受けとる。
「食べられるお花って、すごいね。 それも、こんなに美味しいの」
ラディスラウスが興奮気味に言うと、ジェイドは微笑んでくれた。
「そう、甘くて美味しいから、無花果を食べたくて、虫が中に入り込んでいることもあるの。 だから、一度割って、中をよく確認してから食べるようにね」
ジェイドが、ラディスラウスと半分こした無花果の片割れを、口に運び、歯を立てる。
きらきらと、光って見えるのは、ジェイドなのか、無花果なのか、わからなくなりながら、ラディスラウスも無花果を口に運んだ。
もくもくと、甘く潤んだ果肉を咀嚼していたラディスラウスだったが、ふと気づく。
口の中のものを飲み込んで、ラディスラウスは、ジェイドに尋ねた。
「ねぇ、ジェイド、またけがしたの?」
無花果を食べ終えたジェイドは、ラディスラウスがじっと見つめている場所に気づいたようで、ハッと袖口を押さえた。
長い袖口から覗く左手首に、白い包帯らしきものが巻いてあるのに、ラディスラウスは目を留めたのだ。
ジェイドは、袖口を押さえたままで、どこかぎこちない笑みをラディスラウスに向けた。
「わたしって、ドジだから、ぶつけてしまったの」
その笑顔に違和感を覚えて、ラディスラウスは思わず口を挟んでいた。
「この前も転んだって言ってた」
ラディスラウスの指摘に、ジェイドは一瞬固まったように見えたが、すぐに何でもないことのように微笑む。
「わたしって、ドジだから」
何となく、だけれど、ジェイドはそれ以外の答えを、ラディスラウスに返すつもりはないのだろう、と思った。
それは、きっと、ラディスラウスが、子どもだから。
ラディスラウスは、むぅと眉間に皺を寄せたが、そのことを面白くなく思っても、何も解決しないことに、すぐに気づく。
食べかけの無花果をぽいと口に放り込んで、咀嚼し、飲み込む。
その間に、両手をごしごしと上着の裾で拭いて、窓の内側にいる、ジェイドの手を両手でつかんだ。
「私がジェイドと一緒に暮らすようになったら、ジェイドの代わりに何でもするよ。 そうしたら、ジェイドは、転んだり、ぶつけたり、しないで済むから、痛くないよね」
ラディスラウスが、そんなことを言うとは思わなかったのか、ジェイドは目を丸くして、ぽかんとしている。
でも、ラディスラウスは本気だったから、ジェイドの手をぎゅっと握って、じっとジェイドを見つめ続けた。
きっと、ラディスラウスの気持ちは伝わったのだろう。
「…ありがとう…」
ジェイドは、微笑んでくれた。
静かで、きれいで、泣きそうな微笑みだ、と思った。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
はじまりはガシャポンで!
米と麦
恋愛
都内勤務のOLである十和は、その日なんとなくガシャポン(ガチャガチャ)を回したばかりに、全くの別人、ビアとして異世界に召喚されてしまった…
なんでも召喚された「救国の乙女」は、皆一様に特殊能力(職種)持っているそうだが、彼女のそれは分からなくて!?
知識皆無!能力不明!割と詰んでる異世界転移譚!
※小説家になろうにも公開しております
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる