【R18】石に花咲く

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石に花咲く

43.

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 なんか、もう、いいのかな。
 そう、ラディスの胸に、身体を預けそうになったときだ。

「ごたごたしているから、ほとぼりが冷めるまでもう少し隠れていようかと思っていたんだけど…。 貴女には逃げられそうになったし、そろそろ私の巣に連れ込もうかと思って」
 シィーファはラディスにすり寄りかけたのだが、気になる単語に踏みとどまって、そろそろと離れた。
 だが、ラディスの手が、シィーファの腰に回っているので、ほんの少ししか距離を置けない。
 なんだか、もう、ラディスの巣にいるような気分だ、と思いながら、シィーファはその単語を繰り返す。
「貴方の、巣」


 そうすれば、ラディスは、シィーファが震え上がらずにはいられないようなことを、きらきらの笑顔で口にした。
「貴女は二度と戻りたくないかもしれないけれど、祖父の屋敷。 もう、あの離れはないから安心して。 本邸で一緒に暮らそう」
 我が耳を疑った。
 どこで、一緒に暮らそうというのか、この男は。

 シィーファが何者で、何をしていたか、何もかもご存知の公爵様と、ラディスの母君と、使用人たちのいるお屋敷で、一緒に暮らそう、と?
 それも、ラディスの、妻として?
 厚顔無恥にもほどがある!!
 シィーファは本気で震え上がった。


「公爵様だって、母君だって、お認めになりません」
「母は好きにしたらいいと言っているし、ウーアという恋人ができてからは、肯定的というか…。 貴女にそこまで悪感情は持っていないよ」
 シィーファは今度こそ、ものの見事に固まった、と思う。
 さらりと何気なく語ってくれたが、ラディスのお母様と? ラディスの従者のウーアが? 恋人同士、だと?
 恐らく、シィーファが相手だから、こんな風に簡単に語ってくれるのだろうが、こちらの心の準備をさせてほしい。
 そして、シィーファが固まっている間に、ラディスは先に進む。

公爵そふは…、貴女を、あんな目に遭わせたことに、負い目があるのだろうね。 だから、貴女がもう二度と、貴女の意思に寄らずに一族の定めを負わないことを条件に、援助をした」
 優しい顔をしたラディスが、ラディスの想像する、公爵様の気持ちを語る。

 それは、シィーファが考えていたこととも、ほぼ同じだった。
 あの方が、シィーファに対して、罪悪感を抱いていることは、知っていた。
 厳しくて、愛情深い方なのだと、思う。

「その貴女が、私と結婚して、私の妻になるのであれば、きっと公爵そふの罪の意識は、昇華されると思うよ。 だから、公爵そふが私たちのことに反対するなんて、ありえない」
 ラディスは、そう、自信満々に言い切る。
 どうやら、ラディスは公爵様の弱みに付け込む気らしい、と気づけば、呆れるしかないのだが、ラディスは笑顔だ。
「シィーファだって、私と結婚したら、いいことばかりだよ。 私が、毎朝キスで起こしてあげるし、昼間はそっとしておいてあげる。 あ、でも、たまには一緒に出掛けたい。 夜は気持ちいいことをたくさんして、一緒に寝よう? ね? きっと楽しいし、絶対後悔させないから」

 本当に、自信満々に言ってくれるものだ。
 こんなに自信満々の笑顔で、自信満々に言い切られてしまっては、それが未来に確約されたことだと、思えてしまう。


「だから、ね? 私と結婚して、私の妻になって?」
 シィーファの瞳を覗き込んでくるラディスに、シィーファの胸は、内側から揺さぶられて、苦しくなる。
 内側から揺さぶられて、喉の奥から、詰まったような声が出た。
 感極まった、とは言いたくないので、詰まった、と表現しておく。
「…あなたは?」


「え?」
 尋ねた言葉に、ラディスは問いで返す。
 シィーファが何を訊いたか、わからないらしい。
 だから、シィーファは、詳細を説明する。
「あなたは、わたしと結婚して、後悔しない? 毎日、楽しくいられる?」
 こんなの、好きだと言っているようなものだと、観念しながら。


「…幸せだって、思ってくれる?」


 最後、自分で訊いた言葉に、自分で、泣きたくなった。
 声が、不自然に詰まったのも、視界が潤んだのも、全部自覚している。

 言葉にして、初めて、気づいた。
 もしかすると、自分が、ラディスとの将来を考えるにあたり、最も気にしていたのは、その、三点だったのかもしれない、と。
 自分が、ラディスを不幸にするのではないか。
 そのせいで、ラディスに嫌われてしまうのではないか。


 あ、泣きそうかも。
 そう思った瞬間、ぎゅうっと、力強い腕に、身体を抱きしめられた。
「そんなの、もちろんだ」


 ラディスが、あまりにもきっぱりと断言するものだから、シィーファも不思議と、そんな気持ちになる。
 ほっと安堵して、ラディスの胸に頬を寄せ、身体を預けると、ラディスが何度も、何度も、シィーファの頭部にキスを降らせる。
「大好きだよ、シィーファ。 大好き」
 大好き、と言ってもらえるのが嬉しくて、ラディスの腕の中に抱きしめられながら、シィーファは考えた。
 シィーファがラディスに、すきだと伝えたら、ラディスも嬉しい気持ちになってくれるだろうか、と。

「…わたし、も」
 ラディスの腕の中で声を上げれば、ラディスがシィーファを抱きしめる腕を緩める。
 そして、首を傾げるようにして、シィーファの顔を覗き込んでくるものだから、シィーファは視線を上げて、告げた。
「…きっと、すき」


 シィーファの【すき】が、ラディスの言う【好き】と、同じだけの大きさや熱量を持ったものなのかわからなくて、【きっと】という言葉がついてしまった。
 だが、シィーファはシィーファなりに、ラディスを好きだと思っている。
 その気持ちは、きちんと、ラディスに伝わったらしい。
「ありがとう。 すごく、嬉しい」
 頬をうっすらと染めて、潤ませた瞳を細めて微笑むラディスを見て、シィーファはそう思った。

 シィーファはラディスの背に腕を回して抱きつき、ラディスもシィーファの身体を抱きしめていてくれたのだが、ふと思い出したような声が降ってくる。
「あ、それからね、シィーファ」
 何だろう、と思って、顔を上げると、ラディスはにこにこと微笑んでいた。


「あれ、粗相ではなく、潮というらしい」
 即座には、何を言われているかわからなかったが、数拍後、何を意味することなのか理解して、シィーファは一瞬にして顔が熱を持つのを感じた。


 それを隠したくて、再びラディスの胸に顔を埋める。
 今言わなくたっていいことではないか、とシィーファはラディスを恨んだのだが、ラディスはシィーファに抱きついてもらえることに、ひたすらに上機嫌だった。

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