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石に花咲く
―and then②―
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ラディスラウスは、約二年ぶりにヴァルハール公爵領…ヴァルハール公爵邸にやってきた。
敷地内にあったはずの、彼女が暮らしていた離れは、取り壊されたらしい。
建物は跡形もなくなり、そこには噴水ができていた。
それを見た瞬間、ラディスラウスはまず、自分の記憶を疑ったのだけれど。
覚えている、思い出した、と思っただけで、彼女は実際には、存在しなかったのではないか。
彼女は、ラディスラウスの想像の産物なのではないか。
そう疑いながらも、ラディスラウスは母と対面している。
「おかえりなさい、ラウ。 やっぱり、自分の屋敷で見る息子はいいですねぇ。 また、背が伸びたのでは? 男前に育って、母様は嬉しいです。 本当に、陛下に似なくてよかったこと」
ラウはお祖父様似ですからねぇ、とにこにこしている母に、ラディスラウスは意を決して切り出した。
「…母上、ジェイドのことを、覚えていますか?」
ドッドッと、運動をしたわけでもないのに、鼓動が大きく、速い。
ラディスラウスの問いに、母の、深みのある濃緑の瞳が、丸くなる。
「…ジェイド? …どなたのことかしら?」
記憶を辿るようにしながら、緩く首を傾げる母が、とぼけているようには見えなかった。
彼女の存在は、夢や幻の類だったのだろうか、という疑念を払拭できないながら、ラディスラウスは、諦めきれずに問う。
「叔父上により、離れに軟禁され、強姦された上に、首を締めたられた女性のことです」
【軟禁】も【強姦】も、彼女と叔父の関係性を正確に言い表したものではないかもしれないが、ラディスラウスの認識と語彙では、そのようにしか表現できない。
ラディスラウスの言葉に、母の目が徐々に見開かれて行った。
その様子に、ラディスラウスは、確信する。
彼女は、ラディスラウスの想像や、妄想ではない。
現実に、存在する。
実在する、女性だ。
そのことに、安堵し、嬉しくなる。
「…思い出したの」
強張った表情と声で、母は言った。
ラディスラウスが、彼女のことを思い出したことを、喜ばしいとは思っていない風だ。
それだけはわかった。
これ以上、この話を母は、続けたくないのかもしれない。
けれど、ラディスラウスは、訊かずにおれなかった。
「…彼女は今、どうしていますか」
多少緊張しながら、口にした。
生きていますか、という言葉は、使えなかった。
だって、ラディスラウスが最後に見たのは、投げ捨てられた花のように無造作に身体を投げ出し、息を止めた彼女だったから。
細く白い首には、くっきりとした絞め跡がついていたことも思い出せる。
最悪の答えを予想しつつも、ラディスラウスは、母から目を逸らさなかった。
そうすれば、母の方がラディスラウスから目を逸らし、細く、長く、溜息をつく。
「…あの方のことなら、お祖父様がよくご存知ですよ」
母の顔は、歓迎はできないけれど、仕方ない。
そのように語っていた。
敷地内にあったはずの、彼女が暮らしていた離れは、取り壊されたらしい。
建物は跡形もなくなり、そこには噴水ができていた。
それを見た瞬間、ラディスラウスはまず、自分の記憶を疑ったのだけれど。
覚えている、思い出した、と思っただけで、彼女は実際には、存在しなかったのではないか。
彼女は、ラディスラウスの想像の産物なのではないか。
そう疑いながらも、ラディスラウスは母と対面している。
「おかえりなさい、ラウ。 やっぱり、自分の屋敷で見る息子はいいですねぇ。 また、背が伸びたのでは? 男前に育って、母様は嬉しいです。 本当に、陛下に似なくてよかったこと」
ラウはお祖父様似ですからねぇ、とにこにこしている母に、ラディスラウスは意を決して切り出した。
「…母上、ジェイドのことを、覚えていますか?」
ドッドッと、運動をしたわけでもないのに、鼓動が大きく、速い。
ラディスラウスの問いに、母の、深みのある濃緑の瞳が、丸くなる。
「…ジェイド? …どなたのことかしら?」
記憶を辿るようにしながら、緩く首を傾げる母が、とぼけているようには見えなかった。
彼女の存在は、夢や幻の類だったのだろうか、という疑念を払拭できないながら、ラディスラウスは、諦めきれずに問う。
「叔父上により、離れに軟禁され、強姦された上に、首を締めたられた女性のことです」
【軟禁】も【強姦】も、彼女と叔父の関係性を正確に言い表したものではないかもしれないが、ラディスラウスの認識と語彙では、そのようにしか表現できない。
ラディスラウスの言葉に、母の目が徐々に見開かれて行った。
その様子に、ラディスラウスは、確信する。
彼女は、ラディスラウスの想像や、妄想ではない。
現実に、存在する。
実在する、女性だ。
そのことに、安堵し、嬉しくなる。
「…思い出したの」
強張った表情と声で、母は言った。
ラディスラウスが、彼女のことを思い出したことを、喜ばしいとは思っていない風だ。
それだけはわかった。
これ以上、この話を母は、続けたくないのかもしれない。
けれど、ラディスラウスは、訊かずにおれなかった。
「…彼女は今、どうしていますか」
多少緊張しながら、口にした。
生きていますか、という言葉は、使えなかった。
だって、ラディスラウスが最後に見たのは、投げ捨てられた花のように無造作に身体を投げ出し、息を止めた彼女だったから。
細く白い首には、くっきりとした絞め跡がついていたことも思い出せる。
最悪の答えを予想しつつも、ラディスラウスは、母から目を逸らさなかった。
そうすれば、母の方がラディスラウスから目を逸らし、細く、長く、溜息をつく。
「…あの方のことなら、お祖父様がよくご存知ですよ」
母の顔は、歓迎はできないけれど、仕方ない。
そのように語っていた。
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