【R18】石に花咲く

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石に花咲く

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 早々に逃亡に失敗したシィーファは、ラディスに捕捉され、捕獲され、馬車に押し込まれてしまった。
 …ラディスは、一言も発さない。

 馬車の中の空気が、とんでもなく重くて、薄いような気がする。
 呼吸が儘ならなくて、具合が悪くなりそうだ。

 逃亡を企てたのが、そもそもの間違いだったのだろうか…。
 ぐるぐると悩み始めたシィーファの隣に座っていたラディスが、シィーファに向き直る気配がする。
 シィーファは、一瞬呼吸の仕方を忘れるほどだった。


 がちがちに身体を強張らせて、身を縮ませるしかないシィーファの視界に、ラディスの手が伸ばされるのが映る。
 殴られるか叩かれるかするのだろう、と身構えたシィーファだったが、覚悟した衝撃はなかった。
 代わりに、頭部の窮屈さがなくなって、ふぁさ…と髪が落ちてくる。
 驚いて、ラディスを見ると、ラディスがシィーファの被っていた帽子を取り去り、帽子の中に入れていた髪を手櫛で梳いてくれているところだった。


 ラディスの手が、いつも通り優しいので、シィーファは拍子抜けしてしまった。
 逃走を企てたことについて、無言の圧力と怒りを向けられていると思ったのは、シィーファの気のせいだったのだろうか。
 そう、考え始めたときだった。


 微笑んだラディスの、綺麗な紫紺の瞳が鋭い光を放った気がした。
 例えるなら、光を反射する、刃物のような鋭さだ。
 微笑みを維持したままで、けれど瞳は鋭い光を宿し、ラディスは形の良い唇を動かした。
「…これでもねぇ、私は怒っているんだよ? わかっている?」


 声も、甘く優しいのに、どうしてこんなに圧を感じるのだろう。
 シィーファはびしりと固まってしまった。
 どうやら、ラディスが怒っていないと思ったことが気のせいだったらしい。
 今、当のラディス本人が、「怒っている」と言ったのだから間違いない。


 シィーファは居心地が悪くなって、ラディスから正面へと顔を戻して、視線を落とす。
「ご…、ごめんなさい…」
 ラディスが、怒っているのがわかったから、ラディスに悪いことをしたと思ったから、シィーファは謝罪したというのに、ラディスは容赦なかった。
 目を細めて微笑んだままで、更にシィーファを追究する。


「形だけの謝罪ならいらないよ。 何について謝っているか理解している?」
「あ…貴方のお家から、…出ていこうとしたこと…」
 逃げ出そうと、という言葉を使ったら、火に油を注ぐような気がして、シィーファは別の言葉を探した。
 そんなシィーファの小賢こざかしさを、ラディスは寛容な心で見逃してくれたのだろう。

 少なくとも、シィーファには、そのように思えた。

 ラディスは、身体をシィーファの方に向けて、ジッとシィーファを見つめているのだろう。
 そう思ったら、全身がチクチクするような気がして、落ち着かなくなる。
 何か、何か言わないと、沈黙に押し潰されそうで、シィーファが必死に話題を探していると、ふぅ、と小さな溜息のような音が耳に届く。


「…こんな形で、私が準備した衣装を着てもらうことになるとは思わなかった」


 ごめんなさい、と言おうとして、シィーファはラディスを見たのだが、言葉を発そうとして薄く開いた唇は、そのまま言葉を失った。
 ラディスの瞳から、鋭い刃のような光が消えて、やわらかく微笑んでいたのだ。
「でも、思った通り、似合っている」


 シィーファは瞬きをして、ラディスを見つめる。
 もう、怒っていないのだろうか、と思うだけならよかったのに、その気持ちは言葉になって口から出ていたらしい。
「…もう、怒っていない?」
 耳に届いた自分の声に、慌てて口を噤むも、時すでに遅し。
 シィーファの耳に届いたということは、ラディスの耳にも届いたということに他ならない。


 シィーファの問いに、目を丸くしたのはラディスだ。
 思いがけないことを言われた、とでも思ったのだろうか。
 ふっと吹き出すように優しく笑う。
「まだ、少し怒っている、と言ったら、お仕置きをさせてくれる?」


 お仕置き、という穏やかではない単語に、シィーファはすぐに身構えた。
「…拒否権は」
 恐る恐る尋ねると、ラディスは微笑んだままで首を揺らした。
「あると思う?」
「…ですよね…」
 まあ、それはないと思ってはいたけれど。


 あまり、痛いことはされないといいなぁ…、と思っていると、ラディスの手がシィーファに向かって伸びてくる。
「シィーファは、西洋風の下着が苦手だったよね。 まさか、下には何もつけていないの?」
 さわ、と衣装の上から、胸の膨らみに触れられて、シィーファはびくりとする。
「…ぁ、だめ、ぅむ」
 思わず、声を上げると、ラディスの手にぱっと口を塞がれた。


 ああ、どうやら、言葉だけの脅しではなく、本当にお仕置きをされてしまうらしい。
 シィーファが絶望的な気持ちになっていると、ラディスはシィーファの胸の膨らみに触れた手を離した。
 人差し指を立てて、自らの口元に持って行き、唇に当てると、シィーファの目と鼻の先で囁く。


「シィーファ、しー、だよ。 ウーアに貴女の可愛い声、聞かせないで」


 ここで逆らったらえらいことになる、と本能が警告したので、シィーファは小刻みに、首を縦に振った。
 そうすれば、ラディスは満足したらしく、シィーファの口から手を外し、再びシィーファの胸の膨らみを手で覆う。


「ん…」
 シィーファは今、釦のついた前開きの袖のある白い衣装に、栗色の袖のないワンピース風の衣装を重ねて着ている。
 西洋風の下着であるコルセットの役割とはだいぶ大きいらしく、あれをつけないだけで身体の自由が利く感じがする。
 だが、逆に、胸元が多少心許ない、とは思っていたのだ。


 実際に触れられてみれば、わかる。
 布を二枚隔てたくらいでは、触れられていることがこんなに伝わってくるものなのか、と。


 同じことを、ラディスも思ったのだろう。
 興味深そうに、あるいは、シィーファに思い知らせるように、シィーファの胸の膨らみをこね回している。
「やわらかいし…、触ると、ここが固くなっているの、わかるね。 こんなに淫らな格好で外に出たらだめだよ。 あっという間に犯されてしまう」


 ラディスの愛撫に反応して尖り始めた胸の先を、あっという間に探り当てられて、摘ままれてしまった。
 びりり、と快感が走るから、シィーファは慌てて唇を引き結ぶ。
「ん…」


 ここは、馬車の中ではあるが、薄い壁を隔てた向こうで、ウーアが馬車の御者をしているはずなのだ。
 がたごとと馬車の揺れる雑音で、馬の足音で、幾らか消されるかもしれないが、情時の声を聴かれるのはやはり恥ずかしい。
 だから、やめてほしい、とラディスに訴えようとした。
 ラディスだって、わかってくれるはずだ、と思ったのだ。

「ね…、声、出ちゃう、から…、今は」
 ラディスの目を見つめて、ふるふると首を小さく横に振ったのだが、ラディスはきょとんという顔をした。
 しかも、シィーファの胸を弄る指はそのまま動き続けているので、シィーファはすぐに唇を噛む。
「ん、ふ」
「でも、シィーファ、今止めたら、お仕置きにならないし…」


 シィーファの発言にこそ困ったようなラディスの返答に、シィーファはハッとした。
 というか、ようやく一本の線に繋がって、理解したのだ。
 馬車の中で、ウーアやほかの人間に気づかれないかとひやひやしながら、ラディスの愛撫を受けることが、ラディスの言う、【お仕置き】らしい、と。


 お仕置きと言えば、痛いこと、苦しいこと、つらいことだというシィーファの固定概念を覆す、お仕置き論で、しばし呆然としてしまった。
 気づくのが遅いという苦情は受け付けよう。
 だが、こんなお仕置き、初めてだったのだから仕方がない。

 シィーファがそんなことを考えている間に、ラディスの左手はシィーファの衣装の裾を持ち上げて、裾の膨らみを出すために、幾重にもなった布の間にシィーファの脚を見つけたようだ。
 膝の上まで裾をたくし上げられて、ラディスの手は、シィーファの太腿の内側を滑り、太腿の隙間に差し込まれる。


「ぁう…」
 敏感な、小さな粒に触れられながら、指を滑らされて、思わず声を上げてしまったシィーファは、慌てて口を手で覆う。


 ラディスはと言えば、シィーファの耳に唇を寄せて、甘く囁く。
 もちろん、ぬめりを纏わせた指で、シィーファの割れ目を、上下に擦りたてながら…。
「こんなに濡れているんだもの、やめたくないよね?」
 きっとラディスは、シィーファが返す答えなど、お見通しなのだ。
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