【R18】石に花咲く

環名

文字の大きさ
上 下
21 / 65
石に花咲く

19.*

しおりを挟む
 ふと、目を開くと、なんだかものすごくきらきらしたものが、視界に飛び込んできた。
 ぼんやりとした頭で、そのきらきらとしたものをしばし見つめて、それがひとの顔であることに、シィーファは気づく。
 ラディスだ。
 きらきらしている、と思ったのは、彼の髪の色だったらしい。

 それにしても、本当に、きらきらしている。

 本当に、王子様なんだなぁ、と思っていると、微笑んだその人物の顔が近づいてくる。
 反射的に目を伏せると、ちゅう、と唇を吸われた。


「ん…」
 柔らかくて、心地いい。
 もう一度、眠ってしまおうかな…、なんて考えていると、生温かくて柔らかいぬめったものが口の中に滑り込んでくる。
 無意識のうちに差し出した舌を、強く吸われて、ぞわぞわとしたものが背筋を駆けた。
「んんぅ…」

 ふるふるっ…と震えたシィーファの目が、一気に覚めたところで、ラディスはシィーファの舌を吸いながら離れて、微笑んだ。
「おはよう」
「お…、はようございま…」
 身体を起こしながら、返事をしかけたシィーファだったが、掛布がさらさらと肌と擦れる感じに違和感を覚えて、ハッとする。

 自分が、何も衣服を身に着けていないことに気づいて、慌てて掛布を被り直したのだ。
 それを見て、寝間着を身に着けているラディスは、満面の笑みを浮かべた。
「照れているんだ。 嬉しい」
「嬉しい、ですか…?」
 ラディスの言葉の意味がわからなくて、シィーファは眉を寄せた。


 確かにシィーファは照れているのは照れているが、それは、むやみやたらに裸体を晒すものではないと思っているからだ。
 風呂場で衣服を脱ぐのに抵抗はないし、身体を重ねるにあたって衣服を脱ぐのも普通のことだから問題ない。
 だが、意味もないのに服を脱ぐ、露出狂の気はシィーファにはないし、不特定多数の人間に裸体を晒す趣味もない。
 胡乱な目でラディスを見つめるシィーファにも、ラディスは通常運行で緩く笑む。
「どんな顔をすればいいのか、悩んでいたから。 私だけでなくてよかった」


 シィーファが動揺した理由はそれではないのだが、ラディスがそう思うならそれでいいだろう。
 浮上しているラディスの気持ちを、わざわざ沈ませることはない。

 ラディスはもしかすると、シィーファが目を覚ます以前から起きていたのかもしれない。
 いつの間にか、白い折り畳まれたものを手に持っていて、広げる。
 それは、以前に使ったことのある、バスローブというものに似ていた。


 シィーファがジッとそれを見つめていると、ラディスは更にそれをシィーファの方に差し出して、頷く。
 恐らく、身に着けるように、ということだろうと察して、シィーファはラディスに従って袖を通した。


「身体は、つらくない? お風呂は使う?」
 シィーファの背後に回ったラディスが、シィーファの耳元で囁く。
 くすぐったいな、と思いつつ、シィーファはその衣装の前を合わせた。
「平気、です。 …お風呂は、ご迷惑で、なければ」
 シィーファはそのまま寝台から下りて、昨夜使った浴室へ行こうとしたのだが、ラディスが先に寝台から下りて、シィーファの前に立ち塞がった。


「では、行こう」
 ラディスに目の前で諸手を広げられて、シィーファは目を瞬かせる。
「ぇ、何を」


「何って、お姫様だっこ」
 きょとんとするシィーファに対し、何をきょとんとするのかと更にきょとんとするラディスに、シィーファは混乱した。


「お姫様だっこ………!?」


 一体なぜ、お姫様だっこなんて単語が出てきたのだろう。
 そもそも、お姫様だっこをラディスがする意味もわからなければ、シィーファがしてもらう意味もわからない。
 
 その思いは、恐らくシィーファの表情に、如実に表れていたのだろう。
 だが、ラディスはそれがどうしたのかとばかりに、微笑んでいる。


「お姫様だっこも、してみたかったこと」


 ラディスの言葉に、シィーファはぐっと唇を引き結んだ。
 ラディスは、シィーファがラディスにそう言われると弱いことに、気づいているのだろうか。
 シィーファが考えている間に、ラディスはシィーファの膝裏と背に腕を回して立ち上がり、シィーファを横抱きにしてしまう。


 シィーファは、腕二本に支えられて自分が宙に浮く、心許ない感じに狼狽えた。
 なので、自分の不安が薄れるようにと、ラディスの胸の側へと身体を寄せる。
 そして、せめてラディスにかかる負担が少ないようにと、シィーファはラディスの首に腕を回した。


 大人しく、腕に抱かれるシィーファに満足したのか、ラディスは微笑んで、シィーファの唇を啄んだ。
 そして、上機嫌で離れていく。


 ラディスの望むような恋人ごっこをしながら、性教育をするのが仕事だと思ったのだが、早まったかもしれない、とシィーファは後悔していた。

 女の身体と、女が悦ぶようなやり方を教えるのに、実際に口づけをする必要はなかったのだ。
 むしろ、本当に好きな相手のために、取っておいてもよかったと思うのに。


 シィーファはラディスと口づけをしてしまったし、ラディスは口づけを気に入ってしまったようなのだ。
 朝目覚めてから、する必要もないのに、何度も口づけをされてしまっている。


 次にされそうになったら、しなくてもいいことだと言わなければ、とシィーファは心に誓う。


 自分が歩いていないのに、ラディスが歩く振動が、ラディスの身体を通して伝わってくる。
 それが、昨夜の、自分が動いていないのに、ラディスが動くから揺れる感覚に似ていて、なんだか身体の奥底から、羞恥心が湧き上がってくる。
 それを紛らわせたくて、シィーファは別のことを口にすることにした。
「お、重いのに、ごめんなさい…」
「うん? シィーファはもう少しふくよかになってもいいと思うよ?」
 視線を落として告げたシィーファの、前髪の生え際のあたりに口づけながら、ラディスはそんなことをのたまう。


 その、言葉選びに、シィーファは言葉を失った。
 例えば、「重い」と言ったシィーファに、「そんなことないよ、軽いよ」と言ってもらった方が、反論できただろう。
 咄嗟に反論しづらい、シィーファにとって困るような言い方を、どうしてぽんと口にできるのだろう。
 何となく悔しくて、シィーファはむぅぅ…となりつつ、苦し紛れに口にした。
「どこでそういう物言いを覚えてこられるのですか…?」


 ラディスは、シィーファの顔を見てきょとんとし、考えるように視線を宙へやった。
「…祖父、かなぁ」
「…おじい様」
 シィーファが繰り返すと、ラディスは笑った。
「気難しくてわかりにくいけれど、優しいひとだよ。 きっと、私が女性といると知ったら驚く」
 ラディスは、楽しそうに笑っているが、シィーファは気が気でなく、彼の言葉を聞いた。


 可愛くて大切な孫をたぶらかした、性悪女だと認定される前に、逃げた方がよさそうだ、と。


 因みに、お風呂を使わせてもらった後は、自分で敷布を洗った。 もちろん、布団も自分で干した。
 ラディスもやることがなくて暇なのか、物珍しいのか、手を貸してくれて有難かったのだけれど、シィーファがそれを自分でやる真意には気づいていないだろう。
 事後の寝具を、セネウに処理してもらうのは気が引けたし、彼女にとっても酷だろうと思ったのだ。


 例え、シィーファとラディスの間に、特別な感情がなくとも。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...