【R18】石に花咲く

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石に花咲く

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 ふと、目を開くと、なんだかものすごくきらきらしたものが、視界に飛び込んできた。
 ぼんやりとした頭で、そのきらきらとしたものをしばし見つめて、それがひとの顔であることに、シィーファは気づく。
 ラディスだ。
 きらきらしている、と思ったのは、彼の髪の色だったらしい。

 それにしても、本当に、きらきらしている。

 本当に、王子様なんだなぁ、と思っていると、微笑んだその人物の顔が近づいてくる。
 反射的に目を伏せると、ちゅう、と唇を吸われた。


「ん…」
 柔らかくて、心地いい。
 もう一度、眠ってしまおうかな…、なんて考えていると、生温かくて柔らかいぬめったものが口の中に滑り込んでくる。
 無意識のうちに差し出した舌を、強く吸われて、ぞわぞわとしたものが背筋を駆けた。
「んんぅ…」

 ふるふるっ…と震えたシィーファの目が、一気に覚めたところで、ラディスはシィーファの舌を吸いながら離れて、微笑んだ。
「おはよう」
「お…、はようございま…」
 身体を起こしながら、返事をしかけたシィーファだったが、掛布がさらさらと肌と擦れる感じに違和感を覚えて、ハッとする。

 自分が、何も衣服を身に着けていないことに気づいて、慌てて掛布を被り直したのだ。
 それを見て、寝間着を身に着けているラディスは、満面の笑みを浮かべた。
「照れているんだ。 嬉しい」
「嬉しい、ですか…?」
 ラディスの言葉の意味がわからなくて、シィーファは眉を寄せた。


 確かにシィーファは照れているのは照れているが、それは、むやみやたらに裸体を晒すものではないと思っているからだ。
 風呂場で衣服を脱ぐのに抵抗はないし、身体を重ねるにあたって衣服を脱ぐのも普通のことだから問題ない。
 だが、意味もないのに服を脱ぐ、露出狂の気はシィーファにはないし、不特定多数の人間に裸体を晒す趣味もない。
 胡乱な目でラディスを見つめるシィーファにも、ラディスは通常運行で緩く笑む。
「どんな顔をすればいいのか、悩んでいたから。 私だけでなくてよかった」


 シィーファが動揺した理由はそれではないのだが、ラディスがそう思うならそれでいいだろう。
 浮上しているラディスの気持ちを、わざわざ沈ませることはない。

 ラディスはもしかすると、シィーファが目を覚ます以前から起きていたのかもしれない。
 いつの間にか、白い折り畳まれたものを手に持っていて、広げる。
 それは、以前に使ったことのある、バスローブというものに似ていた。


 シィーファがジッとそれを見つめていると、ラディスは更にそれをシィーファの方に差し出して、頷く。
 恐らく、身に着けるように、ということだろうと察して、シィーファはラディスに従って袖を通した。


「身体は、つらくない? お風呂は使う?」
 シィーファの背後に回ったラディスが、シィーファの耳元で囁く。
 くすぐったいな、と思いつつ、シィーファはその衣装の前を合わせた。
「平気、です。 …お風呂は、ご迷惑で、なければ」
 シィーファはそのまま寝台から下りて、昨夜使った浴室へ行こうとしたのだが、ラディスが先に寝台から下りて、シィーファの前に立ち塞がった。


「では、行こう」
 ラディスに目の前で諸手を広げられて、シィーファは目を瞬かせる。
「ぇ、何を」


「何って、お姫様だっこ」
 きょとんとするシィーファに対し、何をきょとんとするのかと更にきょとんとするラディスに、シィーファは混乱した。


「お姫様だっこ………!?」


 一体なぜ、お姫様だっこなんて単語が出てきたのだろう。
 そもそも、お姫様だっこをラディスがする意味もわからなければ、シィーファがしてもらう意味もわからない。
 
 その思いは、恐らくシィーファの表情に、如実に表れていたのだろう。
 だが、ラディスはそれがどうしたのかとばかりに、微笑んでいる。


「お姫様だっこも、してみたかったこと」


 ラディスの言葉に、シィーファはぐっと唇を引き結んだ。
 ラディスは、シィーファがラディスにそう言われると弱いことに、気づいているのだろうか。
 シィーファが考えている間に、ラディスはシィーファの膝裏と背に腕を回して立ち上がり、シィーファを横抱きにしてしまう。


 シィーファは、腕二本に支えられて自分が宙に浮く、心許ない感じに狼狽えた。
 なので、自分の不安が薄れるようにと、ラディスの胸の側へと身体を寄せる。
 そして、せめてラディスにかかる負担が少ないようにと、シィーファはラディスの首に腕を回した。


 大人しく、腕に抱かれるシィーファに満足したのか、ラディスは微笑んで、シィーファの唇を啄んだ。
 そして、上機嫌で離れていく。


 ラディスの望むような恋人ごっこをしながら、性教育をするのが仕事だと思ったのだが、早まったかもしれない、とシィーファは後悔していた。

 女の身体と、女が悦ぶようなやり方を教えるのに、実際に口づけをする必要はなかったのだ。
 むしろ、本当に好きな相手のために、取っておいてもよかったと思うのに。


 シィーファはラディスと口づけをしてしまったし、ラディスは口づけを気に入ってしまったようなのだ。
 朝目覚めてから、する必要もないのに、何度も口づけをされてしまっている。


 次にされそうになったら、しなくてもいいことだと言わなければ、とシィーファは心に誓う。


 自分が歩いていないのに、ラディスが歩く振動が、ラディスの身体を通して伝わってくる。
 それが、昨夜の、自分が動いていないのに、ラディスが動くから揺れる感覚に似ていて、なんだか身体の奥底から、羞恥心が湧き上がってくる。
 それを紛らわせたくて、シィーファは別のことを口にすることにした。
「お、重いのに、ごめんなさい…」
「うん? シィーファはもう少しふくよかになってもいいと思うよ?」
 視線を落として告げたシィーファの、前髪の生え際のあたりに口づけながら、ラディスはそんなことをのたまう。


 その、言葉選びに、シィーファは言葉を失った。
 例えば、「重い」と言ったシィーファに、「そんなことないよ、軽いよ」と言ってもらった方が、反論できただろう。
 咄嗟に反論しづらい、シィーファにとって困るような言い方を、どうしてぽんと口にできるのだろう。
 何となく悔しくて、シィーファはむぅぅ…となりつつ、苦し紛れに口にした。
「どこでそういう物言いを覚えてこられるのですか…?」


 ラディスは、シィーファの顔を見てきょとんとし、考えるように視線を宙へやった。
「…祖父、かなぁ」
「…おじい様」
 シィーファが繰り返すと、ラディスは笑った。
「気難しくてわかりにくいけれど、優しいひとだよ。 きっと、私が女性といると知ったら驚く」
 ラディスは、楽しそうに笑っているが、シィーファは気が気でなく、彼の言葉を聞いた。


 可愛くて大切な孫をたぶらかした、性悪女だと認定される前に、逃げた方がよさそうだ、と。


 因みに、お風呂を使わせてもらった後は、自分で敷布を洗った。 もちろん、布団も自分で干した。
 ラディスもやることがなくて暇なのか、物珍しいのか、手を貸してくれて有難かったのだけれど、シィーファがそれを自分でやる真意には気づいていないだろう。
 事後の寝具を、セネウに処理してもらうのは気が引けたし、彼女にとっても酷だろうと思ったのだ。


 例え、シィーファとラディスの間に、特別な感情がなくとも。

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