【R18】石に花咲く

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石に花咲く

14.**

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 甘ったるい雰囲気に呑まれて、少し酔っていたのかもしれない。
 最も大切なことを忘れそうになっていた。
 自分は【売り物】で、相手は【客】。
 自分たちは彼らにとっていいこと尽くしの【石女うずまめの一族】だ。


「…何か、気に障るようなことを言った?」


 案じるような表情のラディスに顔を覗き込まれて、シィーファはハッとする。
 今は【仕事中】なのだ。
 ぼんやりしている場合ではない。
 これは、自分たちに課せられた役割なのだ。
 だから、相手を溺れさせることはあっても、自分たちは溺れてはならない。


 そう、気を引き締めて、シィーファは微笑む。
「いいえ、何も」

 シィーファの返答に、納得はしていないらしい。
 ラディスはその、夜明けを待つような色の美しい瞳で、ジッとシィーファを凝視する。
「…何か、難しいことを考えている?」
「それは、何が難しいかによりますね」


 シィーファの返した言葉は、ラディスの望んだものではなかったらしい。
 ラディスの眉間に、一瞬だが皺が刻まれたのを、シィーファは見逃さなかった。
 だが、それはどちらかと言えば、【気分を害した】よりも【拗ねた】ように、シィーファの目には映った。
 恐らく、それは間違いではなかったのだろう。


 まるで、身体に訊くとばかりに、ラディスがシィーファの胸に顔を埋めた。
「ぁっ…!」
 シィーファは、思わず首を反らして声を上げてしまう。
 熱く、濡れた、粘膜の刺激に、胸の先から腰に凄まじい快感が駆けたのだ。


 ラディスは、シィーファの左胸の先を舌先で舐め上げ、右胸の先を指の腹で撫でる。
 お腹の奥の熱が一気に上昇して、脚の間がぎゅううとなる。
 もう、久しく、身体がこんな反応を示すことなどなかったのに。

 猫がミルクを舐めるときのように、舌先や舌全体を使ってシィーファの胸の先を舐め上げていたラディスだが、急に、ちゅっとシィーファの胸の先を啄んだ。
「んっ…」
 先程までとは違った刺激に、シィーファは身震いする。
 そのことに、ラディスは気を良くしたらしい。
 ちゅうっとシィーファの固くなった尖りに、吸いついてきた。
「あ…」


 唇の内側の、柔らかくて熱い粘膜に、扱くようにされるのが、ぞくぞくする。
 飴玉を舌の上で転がすように、胸の先を舐められるのが気持ちいい。
 気持ちよくて、膝をくっつけてもじもじとしながら、シィーファは唇に手を当てた。
 それでも声が漏れそうなので、唇を噛む。

 恐らくは年下の、初めての男に、いいようにされているのが、癪ではあるけれど、シィーファはある種尊敬の念をもって、ラディスを見た。
 ラディスは、若くて、健全な男だ。
 それは、ラディスの下肢の中心が、角度をもって立ち上がっているのを見れば一目瞭然である。

 加えて、ラディスは初めてなのだ。
 好奇心や興味、あるいは欲望が暴走し、もしかすると乱暴に、よくても雑に扱われるのではないかと、シィーファは覚悟していた。
 自分が気持ちよくなることに、自分が気持ちいいことに夢中で、受け容れる女の側の苦痛を理解しない男は、実は多い。


 それでも、シィーファたちはプロだから、気持ちいいかと問われれば気持ちいいと言い、欲しいかと問われれば欲しいと言う。
 もっととねだる。


 それは、シィーファたちにとって、その行為が対価を得る【仕事】だからだ。
 多少の苦痛には目を瞑るし、我慢する。
 相手が望むものを、提供する。 否、差し出す。
 自分の身体を、精神を、心を削って。


 だから、今回もそうだと思っていたのに、ラディスは、どこまでも穏やかだった。


 呼吸が、時折弾むようになるので、興奮していないわけではない。
 興奮していないわけではないことは、その隆起を見れば明白なのだが、それにしても鋼の理性だと思う。

 今だって、シィーファが快感のあまり震えると、ちらと視線を上げてシィーファの様子を気にするのだ。
 そして、シィーファの表情や様子を確認し、安堵したように微笑んで、続ける。


 その度に、シィーファの胸の奥――心臓が、ドクンと大きく脈打つことに、恐らくラディスも気づいているだろう。


 不思議なことだ。
 苦しくて、胸がいっぱいで、目が潤む。


 いつだって、身体を重ねるときは、自分を殺そうとしてきた。
 自分は今、人間ではなく、ものなのだと、思おうとしてきた。


 身体は自分の意思に反して動く、あるいは動かないのに、頭だけは冷静に物事を考えていて、非常に気持ちが悪かった。
 なのに今、例えば身体が言うことを利かなくても、あるいは無意識に動いても、不快感がない。


 脈打つ、心臓を、実感する。
 心臓が動いて、血液を送り出し、全身に巡らせていることを、汗ばみ、上気する肌や熱と共に、自覚するのだ。
 自分が、生きていること。


 どうしてだろう。
 これは、仕事、なのに。


 今、シィーファに触れる男にとって、シィーファはものではなく人間であり、大切に、丁寧に扱われる対象だということを、意識せずにはいられないのだ。
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