【R18】石に花咲く

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石に花咲く

12.**

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「…本当に、待っていらっしゃったの?」
 寝室に足を踏み入れたシィーファは、寝台に腰かけたラディスを認めて、目を瞬かせた。
 てっきり、寝ているか、寝たふりを決め込んでいると思っていたのだ。

 シィーファの問いに、ラディスはぎゅっと眉間に皺を寄せ、膝の上で合わせた手を所在なさげに動かしている。
 ラディスの視線は、シィーファを見ずに、床の一点に注がれていた。

「…先に、断っておくけれど…。 私は、本当に、そんなつもりで貴女を身請けしたわけではないんだ。 でも…」
 考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐラディスは、一度言葉を切り、視線を上げる。
 そして、真っ直ぐにシィーファを見つめてきた。


「今は、女性とそういうことになるのだとすれば、貴女以外いないって思っている」


「…そうですか」
 それは、一時の錯覚だ、と喉から出かかったが、シィーファはその言葉を飲み込むことに成功した。
 シィーファから言わせれば、彼は恐らく、生身の女の身体に、気分が高揚してそのように思っているだけだ。

 シィーファが静かにベッドに近づくと、ラディスはシィーファに手を伸ばして、シィーファの手を握る。
 シィーファとしては、ラディスの隣に腰かけるつもりだったのだが、ラディスに手を引かれるままに、脚を広げて座ったラディスの足の間に引き寄せられた。

 ラディスは、シィーファの手を握ったままで、じっとシィーファを見上げてくる。
 その、夜明けを待つかの如き、色の瞳で。


「だから、…上手く言えないけれど、私は貴女を意のままにするために貴女を身請けしたわけではなく、貴女だから、一緒に過ごしたくて…、本当に、それだけで」


 ラディスの様子があまりに必死なので、シィーファはラディスが握ったシィーファの手をそっと、握り返す。
「大丈夫です。 たった三日ですけれど、貴方のことはなんとなくわかったつもりです」
 シィーファの返した言葉に、ラディスの瞳が輝いたように見える。
 ランプの明かりを、瞳が吸い込むか、虹彩が弾くかしたのだろうが、輝いて見えたのだ。


 ラディスはいつかのように、それはどちらの大丈夫? とは問わなかった。
 代わりに微笑むと、シィーファの手を恭しく掲げて、口づける。
 両手の指の付け根に、交互に唇を押し付けたのだ。


「ありがとう。 …きっと私は、シィーファをほかの男に触れさせたくなかったんだ。 シィーファにも、ほかの男には触れてほしくない」
 シィーファは、ラディスの主張に、思わず目を丸くしてしまった。


 ただの興味と好奇心を、特別な感情と錯覚しているものと思っていたが、もしかするとこれは、独占欲や所有欲が高じたものなのだろうか?
 つまりは、子どもが、気に入りの玩具を誰にも渡したがらない様と同じだ。


 気に入りの玩具を、誰にも取られないように、自分のものにする。
 目の前のこの方は、本当に、子どもなのだ。

 そう思うと、母性本能というのだろうか。
 ますます、自分がこの方に、女の見極め方を伝授しなければという気になった。

 彼のような、容姿だけでなく恐らく家柄や血筋もよく、尚且つ真面目で誠実で優しい青年に近寄る悪い女は少なくない。
 素直で純粋で、子どものような方だからこそ、聖母のような、あるいは天使のような女性と結ばれるべきだ。
 そのための作法を、自分は彼に、教えるだけ。
 そう、シィーファは自分を納得させる。


「脱ぎますか?」


 シィーファが問うと、ラディスは動物が驚いたときに毛を逆立てるような様子になった。
 そして、そっとシィーファの手から手を離すと、自分が先にベッドに上がり、シィーファの手を引く。


「…私が、脱がせたい」


 ラディスがそのように希望するから、シィーファは頷く。
 シィーファとしては、自分から脱ごうが、誰かに脱がせてもらおうが、あまり変わりはないと思っているので、どちらでもいい。
 ラディスに手を引かれるままにベッドに上がったシィーファは、ラディスの目の前に膝立ちになった。


「どうぞ?」


 今、シィーファが身に着けているのは、里の衣装ではなく、ラディスたち西洋圏の人間が着るような、上下一体となった頭から被る衣装だ。
 まるで、てるてる坊主のようだな、というのがシィーファの正直な感想である。


 ラディスは、一つ、細く静かに深呼吸をすると、シィーファの着ている寝間着の裾に、手をかける。
「…嫌だったら、言って」
 何かに挑むような、緊張した、真剣な表情で、この期に及んでそんなことを言うから、シィーファは笑ってしまった。
「…大丈夫です。 殿方って、緊張するとだめなんですよ? だから、気楽になさって」
 緊張すると何がだめか、明言は避けたが、ラディスには伝わったはずだ。


 まあ、だめだったときはだめだったときで、役に立たせるやり方なんて幾らでもあるけれど、最初からそれでは、ラディスにはいささか刺激が強すぎるだろう。


「わかった、ありがとう」
 ラディスは、そう微笑むと、ゆっくりとシィーファに顔を近づけてきた。
 そして、そっと、シィーファの唇の端に、唇を押し当てる。
 シィーファが驚いている間に、ラディスの唇はシィーファの唇に触れては、離れる。


 そうされたことに、シィーファは目を見張る。
 ぶわわ、と自分の頬が熱くなるのを、感じた。


 ラディスは、西洋文化圏の人間らしく、キスやビズに慣れているのだろう。
 【石女うずまめの一族】であり、娼婦だったシィーファこそ、そういう恋人めいた甘い戯れには慣れていない。


 何となくだが、このことはラディスには気づかれてはならない。
 そう思うのは、直感だ。

 シィーファの唇に、軽いキスを降らせ終えたラディスは、満足したのか、シィーファの下唇を吸うようにして、離れる。
 そして、シィーファの目を間近に覗き込んで、微笑んだ。
「脱がせるね…」


 ラディスが、シィーファの寝間着の裾を持ち上げるから、シィーファはその動きに合わせて腕を上げる。
 今日は、下着を身に着けていなかったので、あっという間にシィーファの肌がラディスに晒された。
 ラディスはラディスで、もう風呂場で全部晒しているのだからと腹を括っているのか、さっさと寝間着を脱いで素肌を晒す。


 ラディスは、シィーファの裸体をじっくりと、目に焼きつけるように見つめているが、シィーファもシィーファで、じっとラディスの身体を確認してしまった。
 ランプのオレンジの明かりに照らされると、人体はどうしてこうも淫らに見えるのだろう。
 なんだか、変な気分になってしまう。
 それに、見つめるラディスの視線が、チリチリと肌を灼くように熱い気がしてくる。


 あまりにまじまじとラディスが見つめるものだから、見られることが恥ずかしいような気もしてきた。
「…あの、そんなに見ないで、いただけますか」


 シィーファが目を逸らしつつ小さく訴えると、ラディスはハッとした様子で頬を染めた。
「シィーファがあまりにもきれいだから」
「!?」
 裸体を、きれいだなどと褒められるのは初めてで、シィーファは言葉が返せない。
 ラディスはシィーファの裸体を凝視していた目を、シィーファの顔へと向けてきた。
「…どうしたの?」
 綺麗な瞳にジッと見つめられて、どうしようもなくなってしまったシィーファは、小さく悲鳴を上げるしかない。
「少し、恥ずかしい、だけです」


 もう、触って、愛撫して、さっさと挿入してくれればいいのに。
 顔から火が出そうになっていると、ふっと微笑む気配がした。

 笑うなんてひどい、という恨めしい気持ちで視線を上げたシィーファだったが、その気はがれてしまう。
 ラディスが、あまりにもきれいな微笑みを浮かべていたからだ。
「よかった。 私だけでなくて」


 思わず、見惚れていたのだが、ぬくもりが二の腕に触れてビクリとする。
 すると、すぐにぬくもりが離れる。 ラディスの、手だ。

「触ったら、いやだった?」
 優しく問われたシィーファは、ほとんど反射で首を横に振った。
 ラディスは安堵したように微笑んで、再びシィーファの両の二の腕にそれぞれ触れる。
 そして、その場で円を描き始めた。


肌理きめが細かくてすべすべだ…。 少しひんやりするね、寒くない?」
 ラディスの手を温かいと感じるのだから、確かにシィーファの二の腕は少しひんやりとしているのだろう。
 けれど、寒いとは思わないから、首を横に振る。
「寒くありませんよ。 それに、これから熱くしてくださるでしょう?」


 シィーファがラディスの目を見つめて首を揺らすと、ラディスが目を伏せて堪えるような表情になった。
「…シィーファ…。 嬉しいけれど、あまり煽らないでほしい。 割と、余裕がないから」

 余裕がない、と告白されて、改めてラディスの下肢の中心を見てみれば、確かにラディスのものは緩くち上がりかけている。
 その状態で、余裕がないのだろうか、とシィーファはまた笑ってしまった。
「まだまだ、余裕ですよ。 もっと、もっと、余裕がなくなってもらわないと」

 もしかすると、そのシィーファの余裕な態度に、ラディスはむっとしたのかもしれない。
 先程までの慎重な触れ方とは別人のように、シィーファに抱きつくようにして、首の付け根に顔を埋めてきた。
 そこで、大きく息を吸い込まれ、吐かれて、熱い吐息が肌を撫でる感触に、肌がざわざわする。


「シィーファと一緒に寝る度に、いい匂いがするって思っていたけれど…。 いい匂いは、肌の匂いなのか。 寝るときに抱きしめて、知っていたはずなのに…。 柔らかくて、気持ちいいね」

 何か、吹っ切れたのだろうか。
 ラディスは、そのまま、シィーファの肌に唇を這わせ始める。

「ん…」
 時に吸い上げられ、舌先が這わせられる生ぬるい感触に、震えずにはいられない。
 ラディスの手も、シィーファの太腿を撫でていたかと思えば、撫でながら、徐々に上に上がっていく。
 太腿の付け根、腹、そして、胸の膨らみへと。


「ふ…」
 胸の膨らみを、下から持ち上げるようにして揉み込まれて、シィーファは思わず、鼻から抜けるような音を出してしまった。

 媚びるようで、甘えるようなその音のせいだろうか。
 何でもないことのはずなのに、身体が、異性に触れられていることを、妙に意識してしまっているような気がした。
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