【R18】石に花咲く

環名

文字の大きさ
上 下
12 / 65
石に花咲く

11.*

しおりを挟む
 仮住まいに到着した日は、一緒に夕食を摂り、同じ寝台で眠った。
 何をするでもなかった。

 その翌日以降も、一緒に食事を摂るのは当たり前。
 ラディスが特に何か仕事をしている様子もない。
 一緒にどこどこに行こうとか、一緒に何何をしようとか。
 本を読む間傍にいてほしいとか、ラディスが求めるのはそんな他愛もないことばかり。
 四六時中とはいかないまでも、ほとんどの時間を共にしている。
 本当に、子どものお遊びのようだな、と考えていた三日目のことだった。


「シィーファ、一緒にお風呂にしよう」


 夕食を終えた後、いつも通りひとりで湯を使おうと思っていたシィーファは、ラディスの唐突な誘いに思わず瞬きをしてしまった。
 その瞬きを、どのように受け取ったのか、ラディスは気まずげに目を逸らす。
「嫌なら嫌で構わない。 無理強いは好きではないから」

 嫌がられるほど燃える、興奮する、という性癖の男性も多いと聞く中で、このラディスはまともなようだ。
 ラディスがじっと待っているので、どうやら返答しなければならないらしい、とシィーファは気づいて、口を開く。
「いえ、大丈夫です」

 シィーファは答えたというのに、ラディスはまだじっとシィーファを見つめており、緩く首を揺らした。
「それは、どちらの大丈夫?」


 真っすぐに、シィーファの瞳を見つめるラディスは、もしかすると緊張しているのかもしれない。
 もしくは、柔らかい言葉で尋ねつつ、何か考えを巡らせているか。

 そう考えて、シィーファは気づいた。

 恐らく彼は、シィーファの口から語らせたいのだ。
 ラディスが求めて、無理強いしたことではなく、シィーファが同意し、合意の上でのことだと、言葉で得たいのだろう。


 シィーファは小さく、笑ってしまった。
 親の許しや、友人の許可を待つ子どものようで、可愛く思えないこともない。
 それは、拒まれることを恐れるのと同意なのだ、きっと。
 拒まれず、受け容れてもらえていることを、実感したいのだろう。

 だから、シィーファは微笑んだ。
「嫌ではありません、の大丈夫です」



*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○



 ラディスの【仮住まい】の風呂は、シィーファの里のものとは全く違った。
 けれど、以前お世話になっていた屋敷のものと同じだったので、使い方にシィーファは困らなかった。

 シィーファの里の風呂は、備え付けのものだったが、ラディスの仮住まいの風呂は、シャワーつきのバスタブというらしい。
 シィーファの里では、衣装を脱ぐ部屋は別だが、ラディスの仮住まいは、バスタブが置いてある場所にカーテンのような仕切りがあり、そのカーテンの外で衣装の着脱を行う。


 冷たい、すべすべの陶器のような、四角が敷き詰められたような床に、同じくすべすべの陶器のようなバスタブが置かれているのだ。
 その中には、白乳色のいい香りのするお湯が、なみなみと注がれている。

 シィーファたちの里では、湯船の外で髪を洗ったり身体を洗ったりするものだが、ラディスたちの文化では、湯船の中で髪を洗ったり身体を洗ったりするらしい。
 最初は驚きだったが、そういう文化にも、シィーファは慣れた。
 そういうわけで、シィーファはラディスたちの文化に従い、むあっと湿気で充満した浴室の、カーテンの外で衣装を脱ぎ、衣装籠に入れる。


 その隣で、ラディスは衣装を着たままで立ち尽くしていた。
 正確には、シィーファを見つめたままで、固まっている。


 だから、不思議に思って、シィーファは尋ねた。
「なんですか?」


 シィーファの視線を受けて、ラディスはびくりとした。
 心なしか、その頬は赤く、シィーファからすーっと視線が逸らされる。


「…意外だ。 華奢だと思っていたのに…」


 おそらく、ラディスはシィーファの胸やお尻の膨らみことを言っているのだろう。
 どこか、困った様子のラディスに、シィーファは何となくだが、理解した。

 ラディスは本当に、子どもなのだ。

 これは、シィーファの想像でしかないが、ラディスはきっと、シィーファが成熟した女性の肉体を持っているとは思っていなかったのだろう。
 普通なら、ありえないことだが、そうとしか思えない。


 ラディスはどこぞの国の王子様なのだから、身の回りの世話は恐らく使用人がするものだっただろうし、母親や大人の女と風呂に入るなんていう経験もなかったのだろう。
 男女の違いが肉体にあらわれる前の、女――この場合、女児と言ったほうがわかりやすいかもしれない――の身体を念頭に置いていたように思える。


「貴方より先に浸かるのは気が引けますけれど…、その方が貴方は落ち着くと思いますので、失礼します」


 シィーファは大きめのタオルを持って先にカーテンの向こうへ行き、木のようにも見えるハンガーラックにタオルをかける。
 そして、身体を軽くシャワーで流した。

 シィーファたちの文化では、大人数でひとつの湯船を使うことが多いため、身体を清めてから湯を使うし、湯の中で髪を洗ったり身体を洗ったりはしないものだ。
 だが、ラディスたちの文化では、ひとり使うごとに湯船をきれいにするらしい。
 お湯も使い捨てだ。


 だから本来、今シィーファがしたような気づかいは無用なのだが、ラディスが一緒に浸かるとなれば気を遣わないわけにもいかずに、そのような行動を取った。
 手を湯船につけて温度を確認し、低い柵を乗り越えるようにして、バスタブにつま先から沈める。
 いい香りと適温に、シィーファはほっ…と息を吐いた。

 その、しばしあと、カーテンの隙間から、ラディスが身を滑らせてくる。
 もしかしたら、ラディスはシィーファをお風呂に誘ったことを後悔しているのかもしれない。
 タオルで股間を隠すようにして、シィーファを見ないようにしながら、近づいてきた。


 シィーファは、ほとんど反射で、ラディスの肉体を観察してしまった。
 どこぞの国の王子様、お貴族様というと、軟弱…と言ってはあれだが、長身痩躯だと思っていた。
 だが、ラディスは鍛え上げられた、とはいかないまでも、程よく筋肉がついており、この身体を見て軟弱という言葉は使えないだろう。


 ラディスは、シィーファが身体をシャワーで清めたのを知っていたのか、タオルをハンガーラックにかけて、シャワーを身体に当てる。
 そして、濡れた足でぺたぺたと音を立ててバスタブに近づき、バスタブの縁を乗り越える素振りを見せた。
 だから、シィーファはそっとバスタブの隅に身体を寄せるようにする。

 一人で入ると大きいと感じるバスタブだが、二人で入るとなると少し狭いかもしれない。
 というか、恐らく、彼らの文化でのバスタブは、複数人で使用することを想定していないのだと思う。
 ラディスがシィーファと向かい合うように身を沈めると、バスタブからはザパァッ…とお湯が溢れた。
 そうなるだろう、という予想はついていたが、実際そうなると可笑しくて、シィーファは思わず笑ってしまった。
「ふふっ…」

 シィーファが笑うのに合わせて、ちゃぷちゃぷとお湯が揺れ、ちゃぷちゃぷとお湯が零れる。
 そうすれば、ラディスも小さく笑った。
「…狭いね」
 ラディスが、改めてそんなことを言って来たので、シィーファはまた笑ってしまった。

 狭いのは当たり前だ。
 もちろん、脚を伸ばしてなどいられないし、互いに遠慮しても足がぶつかるような状態だ。

「ええ、狭いです。 大人二人ですもの、当たり前です」
 その、シィーファの返答が意外だったのだろうか。
 意外だったとすれば、何が意外だったのか、シィーファにはわからない。
 ラディスは、軽く目を見張ったあとで、何か新しい気づきを得たような神妙な顔で頷いた。
「そうだね」

 何かに気づき、納得した様子だというのに、ラディスの様子はなぜか落ち着かない。
 そわそわとした様子というか…、言うなれば、挙動不審だ。
 ちらちらとシィーファを見ては、目を逸らす。
 見たいのに、見続けることに不安があるとでも言うような様子だ。

 一体、彼は何に気づいたというのだろう。
 そう不思議に思いながら、シィーファはラディスを落ち着けるために、尋ねた。


「…洗いましょうか?」


 子どもは、髪や身体を大人に洗ってもらうことを喜ぶものだ。
 だから、そう申し出たのだが、ラディスは目を逸らしながら、首を緩く横に振った。
「いや、いい」
 その頬が、うっすらと染まって見えるのはきっと、湯のあたたかさのためだろう。


「…遠慮なさらなくても」
「遠慮じゃない」
 いいのに、と言おうとしたのだが、その言葉は、ラディスに遮られた。
 いつもの話し方を考えると、割ときっぱりとした響きだったと思う。
 何か、機嫌を悪くしたらしい。 理由はわからないけれど。


 シィーファがじっとラディスを見つめると、ラディスは気まずそうに目を逸らした。
「今ですら、まずいのに、触られたら、勃つ、きっと」
 眉間に皺を寄せて、頬を染め、俯きがちにぼそぼそと話すラディスに、シィーファは思わず吹き出してしまった。


「面白い方」
「私は、本気で」
 その言葉に、ラディスはむっとしたようだ。
 もしかしたら、シィーファが女性慣れしていないラディスを揶揄したと思ったのかもしれない。
 だから、シィーファは首を緩く横に振り、そんな意図はない、と伝えながら、零した。
「わたしたちの一族が、どんな生業をしているか、ご存じないわけでもないでしょうに」


 ヒュッ、とラディスが息を呑むような気配がした。
 もしかすると、ラディスは立ち上がりかけたのかもしれない。
 バスタブの中のお湯がとぷんと揺れた。
「私は、そのために、貴女を買ったわけでは」
「わたしは、貴方に買われたときに、覚悟しましたよ? 愛人になれと言われるのか、性教育係になれと言われるのか、と…」


 それが、通常シィーファたち【石女の一族】が身請けされる場合に、求められることだ。
 ラディスは軽く目を見開いたまま、まるで身動きが取れなくなったかのように、シィーファを見つめ返している。
 だから、シィーファは微笑んだ。


「何でも好きなことをなさればいいのに」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...