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石に花咲く
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仮住まいに到着した日は、一緒に夕食を摂り、同じ寝台で眠った。
何をするでもなかった。
その翌日以降も、一緒に食事を摂るのは当たり前。
ラディスが特に何か仕事をしている様子もない。
一緒にどこどこに行こうとか、一緒に何何をしようとか。
本を読む間傍にいてほしいとか、ラディスが求めるのはそんな他愛もないことばかり。
四六時中とはいかないまでも、ほとんどの時間を共にしている。
本当に、子どものお遊びのようだな、と考えていた三日目のことだった。
「シィーファ、一緒にお風呂にしよう」
夕食を終えた後、いつも通りひとりで湯を使おうと思っていたシィーファは、ラディスの唐突な誘いに思わず瞬きをしてしまった。
その瞬きを、どのように受け取ったのか、ラディスは気まずげに目を逸らす。
「嫌なら嫌で構わない。 無理強いは好きではないから」
嫌がられるほど燃える、興奮する、という性癖の男性も多いと聞く中で、このラディスはまともなようだ。
ラディスがじっと待っているので、どうやら返答しなければならないらしい、とシィーファは気づいて、口を開く。
「いえ、大丈夫です」
シィーファは答えたというのに、ラディスはまだじっとシィーファを見つめており、緩く首を揺らした。
「それは、どちらの大丈夫?」
真っすぐに、シィーファの瞳を見つめるラディスは、もしかすると緊張しているのかもしれない。
もしくは、柔らかい言葉で尋ねつつ、何か考えを巡らせているか。
そう考えて、シィーファは気づいた。
恐らく彼は、シィーファの口から語らせたいのだ。
ラディスが求めて、無理強いしたことではなく、シィーファが同意し、合意の上でのことだと、言葉で得たいのだろう。
シィーファは小さく、笑ってしまった。
親の許しや、友人の許可を待つ子どものようで、可愛く思えないこともない。
それは、拒まれることを恐れるのと同意なのだ、きっと。
拒まれず、受け容れてもらえていることを、実感したいのだろう。
だから、シィーファは微笑んだ。
「嫌ではありません、の大丈夫です」
*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○
ラディスの【仮住まい】の風呂は、シィーファの里のものとは全く違った。
けれど、以前お世話になっていた屋敷のものと同じだったので、使い方にシィーファは困らなかった。
シィーファの里の風呂は、備え付けのものだったが、ラディスの仮住まいの風呂は、シャワーつきのバスタブというらしい。
シィーファの里では、衣装を脱ぐ部屋は別だが、ラディスの仮住まいは、バスタブが置いてある場所にカーテンのような仕切りがあり、そのカーテンの外で衣装の着脱を行う。
冷たい、すべすべの陶器のような、四角が敷き詰められたような床に、同じくすべすべの陶器のようなバスタブが置かれているのだ。
その中には、白乳色のいい香りのするお湯が、なみなみと注がれている。
シィーファたちの里では、湯船の外で髪を洗ったり身体を洗ったりするものだが、ラディスたちの文化では、湯船の中で髪を洗ったり身体を洗ったりするらしい。
最初は驚きだったが、そういう文化にも、シィーファは慣れた。
そういうわけで、シィーファはラディスたちの文化に従い、むあっと湿気で充満した浴室の、カーテンの外で衣装を脱ぎ、衣装籠に入れる。
その隣で、ラディスは衣装を着たままで立ち尽くしていた。
正確には、シィーファを見つめたままで、固まっている。
だから、不思議に思って、シィーファは尋ねた。
「なんですか?」
シィーファの視線を受けて、ラディスはびくりとした。
心なしか、その頬は赤く、シィーファからすーっと視線が逸らされる。
「…意外だ。 華奢だと思っていたのに…」
おそらく、ラディスはシィーファの胸やお尻の膨らみことを言っているのだろう。
どこか、困った様子のラディスに、シィーファは何となくだが、理解した。
ラディスは本当に、子どもなのだ。
これは、シィーファの想像でしかないが、ラディスはきっと、シィーファが成熟した女性の肉体を持っているとは思っていなかったのだろう。
普通なら、ありえないことだが、そうとしか思えない。
ラディスはどこぞの国の王子様なのだから、身の回りの世話は恐らく使用人がするものだっただろうし、母親や大人の女と風呂に入るなんていう経験もなかったのだろう。
男女の違いが肉体にあらわれる前の、女――この場合、女児と言ったほうがわかりやすいかもしれない――の身体を念頭に置いていたように思える。
「貴方より先に浸かるのは気が引けますけれど…、その方が貴方は落ち着くと思いますので、失礼します」
シィーファは大きめのタオルを持って先にカーテンの向こうへ行き、木のようにも見えるハンガーラックにタオルをかける。
そして、身体を軽くシャワーで流した。
シィーファたちの文化では、大人数でひとつの湯船を使うことが多いため、身体を清めてから湯を使うし、湯の中で髪を洗ったり身体を洗ったりはしないものだ。
だが、ラディスたちの文化では、ひとり使うごとに湯船をきれいにするらしい。
お湯も使い捨てだ。
だから本来、今シィーファがしたような気づかいは無用なのだが、ラディスが一緒に浸かるとなれば気を遣わないわけにもいかずに、そのような行動を取った。
手を湯船につけて温度を確認し、低い柵を乗り越えるようにして、バスタブにつま先から沈める。
いい香りと適温に、シィーファはほっ…と息を吐いた。
その、しばしあと、カーテンの隙間から、ラディスが身を滑らせてくる。
もしかしたら、ラディスはシィーファをお風呂に誘ったことを後悔しているのかもしれない。
タオルで股間を隠すようにして、シィーファを見ないようにしながら、近づいてきた。
シィーファは、ほとんど反射で、ラディスの肉体を観察してしまった。
どこぞの国の王子様、お貴族様というと、軟弱…と言ってはあれだが、長身痩躯だと思っていた。
だが、ラディスは鍛え上げられた、とはいかないまでも、程よく筋肉がついており、この身体を見て軟弱という言葉は使えないだろう。
ラディスは、シィーファが身体をシャワーで清めたのを知っていたのか、タオルをハンガーラックにかけて、シャワーを身体に当てる。
そして、濡れた足でぺたぺたと音を立ててバスタブに近づき、バスタブの縁を乗り越える素振りを見せた。
だから、シィーファはそっとバスタブの隅に身体を寄せるようにする。
一人で入ると大きいと感じるバスタブだが、二人で入るとなると少し狭いかもしれない。
というか、恐らく、彼らの文化でのバスタブは、複数人で使用することを想定していないのだと思う。
ラディスがシィーファと向かい合うように身を沈めると、バスタブからはザパァッ…とお湯が溢れた。
そうなるだろう、という予想はついていたが、実際そうなると可笑しくて、シィーファは思わず笑ってしまった。
「ふふっ…」
シィーファが笑うのに合わせて、ちゃぷちゃぷとお湯が揺れ、ちゃぷちゃぷとお湯が零れる。
そうすれば、ラディスも小さく笑った。
「…狭いね」
ラディスが、改めてそんなことを言って来たので、シィーファはまた笑ってしまった。
狭いのは当たり前だ。
もちろん、脚を伸ばしてなどいられないし、互いに遠慮しても足がぶつかるような状態だ。
「ええ、狭いです。 大人二人ですもの、当たり前です」
その、シィーファの返答が意外だったのだろうか。
意外だったとすれば、何が意外だったのか、シィーファにはわからない。
ラディスは、軽く目を見張ったあとで、何か新しい気づきを得たような神妙な顔で頷いた。
「そうだね」
何かに気づき、納得した様子だというのに、ラディスの様子はなぜか落ち着かない。
そわそわとした様子というか…、言うなれば、挙動不審だ。
ちらちらとシィーファを見ては、目を逸らす。
見たいのに、見続けることに不安があるとでも言うような様子だ。
一体、彼は何に気づいたというのだろう。
そう不思議に思いながら、シィーファはラディスを落ち着けるために、尋ねた。
「…洗いましょうか?」
子どもは、髪や身体を大人に洗ってもらうことを喜ぶものだ。
だから、そう申し出たのだが、ラディスは目を逸らしながら、首を緩く横に振った。
「いや、いい」
その頬が、うっすらと染まって見えるのはきっと、湯のあたたかさのためだろう。
「…遠慮なさらなくても」
「遠慮じゃない」
いいのに、と言おうとしたのだが、その言葉は、ラディスに遮られた。
いつもの話し方を考えると、割ときっぱりとした響きだったと思う。
何か、機嫌を悪くしたらしい。 理由はわからないけれど。
シィーファがじっとラディスを見つめると、ラディスは気まずそうに目を逸らした。
「今ですら、まずいのに、触られたら、勃つ、きっと」
眉間に皺を寄せて、頬を染め、俯きがちにぼそぼそと話すラディスに、シィーファは思わず吹き出してしまった。
「面白い方」
「私は、本気で」
その言葉に、ラディスはむっとしたようだ。
もしかしたら、シィーファが女性慣れしていないラディスを揶揄したと思ったのかもしれない。
だから、シィーファは首を緩く横に振り、そんな意図はない、と伝えながら、零した。
「わたしたちの一族が、どんな生業をしているか、ご存じないわけでもないでしょうに」
ヒュッ、とラディスが息を呑むような気配がした。
もしかすると、ラディスは立ち上がりかけたのかもしれない。
バスタブの中のお湯がとぷんと揺れた。
「私は、そのために、貴女を買ったわけでは」
「わたしは、貴方に買われたときに、覚悟しましたよ? 愛人になれと言われるのか、性教育係になれと言われるのか、と…」
それが、通常シィーファたち【石女の一族】が身請けされる場合に、求められることだ。
ラディスは軽く目を見開いたまま、まるで身動きが取れなくなったかのように、シィーファを見つめ返している。
だから、シィーファは微笑んだ。
「何でも好きなことをなさればいいのに」
何をするでもなかった。
その翌日以降も、一緒に食事を摂るのは当たり前。
ラディスが特に何か仕事をしている様子もない。
一緒にどこどこに行こうとか、一緒に何何をしようとか。
本を読む間傍にいてほしいとか、ラディスが求めるのはそんな他愛もないことばかり。
四六時中とはいかないまでも、ほとんどの時間を共にしている。
本当に、子どものお遊びのようだな、と考えていた三日目のことだった。
「シィーファ、一緒にお風呂にしよう」
夕食を終えた後、いつも通りひとりで湯を使おうと思っていたシィーファは、ラディスの唐突な誘いに思わず瞬きをしてしまった。
その瞬きを、どのように受け取ったのか、ラディスは気まずげに目を逸らす。
「嫌なら嫌で構わない。 無理強いは好きではないから」
嫌がられるほど燃える、興奮する、という性癖の男性も多いと聞く中で、このラディスはまともなようだ。
ラディスがじっと待っているので、どうやら返答しなければならないらしい、とシィーファは気づいて、口を開く。
「いえ、大丈夫です」
シィーファは答えたというのに、ラディスはまだじっとシィーファを見つめており、緩く首を揺らした。
「それは、どちらの大丈夫?」
真っすぐに、シィーファの瞳を見つめるラディスは、もしかすると緊張しているのかもしれない。
もしくは、柔らかい言葉で尋ねつつ、何か考えを巡らせているか。
そう考えて、シィーファは気づいた。
恐らく彼は、シィーファの口から語らせたいのだ。
ラディスが求めて、無理強いしたことではなく、シィーファが同意し、合意の上でのことだと、言葉で得たいのだろう。
シィーファは小さく、笑ってしまった。
親の許しや、友人の許可を待つ子どものようで、可愛く思えないこともない。
それは、拒まれることを恐れるのと同意なのだ、きっと。
拒まれず、受け容れてもらえていることを、実感したいのだろう。
だから、シィーファは微笑んだ。
「嫌ではありません、の大丈夫です」
*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○*:.。..。.:*●*:.。..。.:*○
ラディスの【仮住まい】の風呂は、シィーファの里のものとは全く違った。
けれど、以前お世話になっていた屋敷のものと同じだったので、使い方にシィーファは困らなかった。
シィーファの里の風呂は、備え付けのものだったが、ラディスの仮住まいの風呂は、シャワーつきのバスタブというらしい。
シィーファの里では、衣装を脱ぐ部屋は別だが、ラディスの仮住まいは、バスタブが置いてある場所にカーテンのような仕切りがあり、そのカーテンの外で衣装の着脱を行う。
冷たい、すべすべの陶器のような、四角が敷き詰められたような床に、同じくすべすべの陶器のようなバスタブが置かれているのだ。
その中には、白乳色のいい香りのするお湯が、なみなみと注がれている。
シィーファたちの里では、湯船の外で髪を洗ったり身体を洗ったりするものだが、ラディスたちの文化では、湯船の中で髪を洗ったり身体を洗ったりするらしい。
最初は驚きだったが、そういう文化にも、シィーファは慣れた。
そういうわけで、シィーファはラディスたちの文化に従い、むあっと湿気で充満した浴室の、カーテンの外で衣装を脱ぎ、衣装籠に入れる。
その隣で、ラディスは衣装を着たままで立ち尽くしていた。
正確には、シィーファを見つめたままで、固まっている。
だから、不思議に思って、シィーファは尋ねた。
「なんですか?」
シィーファの視線を受けて、ラディスはびくりとした。
心なしか、その頬は赤く、シィーファからすーっと視線が逸らされる。
「…意外だ。 華奢だと思っていたのに…」
おそらく、ラディスはシィーファの胸やお尻の膨らみことを言っているのだろう。
どこか、困った様子のラディスに、シィーファは何となくだが、理解した。
ラディスは本当に、子どもなのだ。
これは、シィーファの想像でしかないが、ラディスはきっと、シィーファが成熟した女性の肉体を持っているとは思っていなかったのだろう。
普通なら、ありえないことだが、そうとしか思えない。
ラディスはどこぞの国の王子様なのだから、身の回りの世話は恐らく使用人がするものだっただろうし、母親や大人の女と風呂に入るなんていう経験もなかったのだろう。
男女の違いが肉体にあらわれる前の、女――この場合、女児と言ったほうがわかりやすいかもしれない――の身体を念頭に置いていたように思える。
「貴方より先に浸かるのは気が引けますけれど…、その方が貴方は落ち着くと思いますので、失礼します」
シィーファは大きめのタオルを持って先にカーテンの向こうへ行き、木のようにも見えるハンガーラックにタオルをかける。
そして、身体を軽くシャワーで流した。
シィーファたちの文化では、大人数でひとつの湯船を使うことが多いため、身体を清めてから湯を使うし、湯の中で髪を洗ったり身体を洗ったりはしないものだ。
だが、ラディスたちの文化では、ひとり使うごとに湯船をきれいにするらしい。
お湯も使い捨てだ。
だから本来、今シィーファがしたような気づかいは無用なのだが、ラディスが一緒に浸かるとなれば気を遣わないわけにもいかずに、そのような行動を取った。
手を湯船につけて温度を確認し、低い柵を乗り越えるようにして、バスタブにつま先から沈める。
いい香りと適温に、シィーファはほっ…と息を吐いた。
その、しばしあと、カーテンの隙間から、ラディスが身を滑らせてくる。
もしかしたら、ラディスはシィーファをお風呂に誘ったことを後悔しているのかもしれない。
タオルで股間を隠すようにして、シィーファを見ないようにしながら、近づいてきた。
シィーファは、ほとんど反射で、ラディスの肉体を観察してしまった。
どこぞの国の王子様、お貴族様というと、軟弱…と言ってはあれだが、長身痩躯だと思っていた。
だが、ラディスは鍛え上げられた、とはいかないまでも、程よく筋肉がついており、この身体を見て軟弱という言葉は使えないだろう。
ラディスは、シィーファが身体をシャワーで清めたのを知っていたのか、タオルをハンガーラックにかけて、シャワーを身体に当てる。
そして、濡れた足でぺたぺたと音を立ててバスタブに近づき、バスタブの縁を乗り越える素振りを見せた。
だから、シィーファはそっとバスタブの隅に身体を寄せるようにする。
一人で入ると大きいと感じるバスタブだが、二人で入るとなると少し狭いかもしれない。
というか、恐らく、彼らの文化でのバスタブは、複数人で使用することを想定していないのだと思う。
ラディスがシィーファと向かい合うように身を沈めると、バスタブからはザパァッ…とお湯が溢れた。
そうなるだろう、という予想はついていたが、実際そうなると可笑しくて、シィーファは思わず笑ってしまった。
「ふふっ…」
シィーファが笑うのに合わせて、ちゃぷちゃぷとお湯が揺れ、ちゃぷちゃぷとお湯が零れる。
そうすれば、ラディスも小さく笑った。
「…狭いね」
ラディスが、改めてそんなことを言って来たので、シィーファはまた笑ってしまった。
狭いのは当たり前だ。
もちろん、脚を伸ばしてなどいられないし、互いに遠慮しても足がぶつかるような状態だ。
「ええ、狭いです。 大人二人ですもの、当たり前です」
その、シィーファの返答が意外だったのだろうか。
意外だったとすれば、何が意外だったのか、シィーファにはわからない。
ラディスは、軽く目を見張ったあとで、何か新しい気づきを得たような神妙な顔で頷いた。
「そうだね」
何かに気づき、納得した様子だというのに、ラディスの様子はなぜか落ち着かない。
そわそわとした様子というか…、言うなれば、挙動不審だ。
ちらちらとシィーファを見ては、目を逸らす。
見たいのに、見続けることに不安があるとでも言うような様子だ。
一体、彼は何に気づいたというのだろう。
そう不思議に思いながら、シィーファはラディスを落ち着けるために、尋ねた。
「…洗いましょうか?」
子どもは、髪や身体を大人に洗ってもらうことを喜ぶものだ。
だから、そう申し出たのだが、ラディスは目を逸らしながら、首を緩く横に振った。
「いや、いい」
その頬が、うっすらと染まって見えるのはきっと、湯のあたたかさのためだろう。
「…遠慮なさらなくても」
「遠慮じゃない」
いいのに、と言おうとしたのだが、その言葉は、ラディスに遮られた。
いつもの話し方を考えると、割ときっぱりとした響きだったと思う。
何か、機嫌を悪くしたらしい。 理由はわからないけれど。
シィーファがじっとラディスを見つめると、ラディスは気まずそうに目を逸らした。
「今ですら、まずいのに、触られたら、勃つ、きっと」
眉間に皺を寄せて、頬を染め、俯きがちにぼそぼそと話すラディスに、シィーファは思わず吹き出してしまった。
「面白い方」
「私は、本気で」
その言葉に、ラディスはむっとしたようだ。
もしかしたら、シィーファが女性慣れしていないラディスを揶揄したと思ったのかもしれない。
だから、シィーファは首を緩く横に振り、そんな意図はない、と伝えながら、零した。
「わたしたちの一族が、どんな生業をしているか、ご存じないわけでもないでしょうに」
ヒュッ、とラディスが息を呑むような気配がした。
もしかすると、ラディスは立ち上がりかけたのかもしれない。
バスタブの中のお湯がとぷんと揺れた。
「私は、そのために、貴女を買ったわけでは」
「わたしは、貴方に買われたときに、覚悟しましたよ? 愛人になれと言われるのか、性教育係になれと言われるのか、と…」
それが、通常シィーファたち【石女の一族】が身請けされる場合に、求められることだ。
ラディスは軽く目を見開いたまま、まるで身動きが取れなくなったかのように、シィーファを見つめ返している。
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