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人の夢は儚きもの(下)

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「シェイラを傷つける全てから、護るつもり」

 シェロンが応じると、王太子は赤鉄鉱ヘマタイトの瞳でまじまじとシェロンを観察し、緩く首を揺らす。
 まるで、新種の生物を目の前にしたときの顔だ、と思うが、自分たちの存在が特殊な自覚はあるので、口には出さない。
「…君は、本当に【悪魔】? 護る、なんて、まるで【天使】のようだ」


 シェロンは、軽く目を見張る。
 【天使】と【悪魔】の議論が飛び出したので、思わず嗤ってしまった。

「人間に、【天使】と【悪魔】の別がわかるとでも?」

 今は目の前に鏡がないからわからないが、恐らくシェロンの顔はその甘いマスクに似合わず、皮肉げに歪んでいることだろう。
 浮かんでいるのは恐らく、嘲笑だ。


「【天使】と信じた存在が【天使】となり、【悪魔】と信じた存在が【悪魔】となる。 それだけでは?」


 シェロンは、真っ直ぐに王太子を見つめ、芝居がかっているとは思うが大仰に手を広げて見せる。
「天使と悪魔を識別するものが、それぞれの髪の色、目の色、肌の色、羽根の色であるなら、それらを全て持たない僕を、殿下はどう見る?」


 彼らが【悪魔】と呼ぶ存在は、シェロンという器の内側で、ほとんどシェロンと同化してしまっている。
 シェロンという人間の外見的特徴だけを見るなら、【悪魔】よりも【天使】に近い。
 【天使】と【悪魔】の根本が、本当はよく似ていることを、人間たちは知っているのだろうか。

 根本は、似ている。
 なのに、違う。
 だからこそ、その正当性を巡って、衝突しているのだ。


「悪魔は、代償を求めて願いを叶える。 天使は、代償として願いを叶える。 どちらも取引であり、差し出しているものがあるんだよ。 そうとは気づかないだけで」


 何かを差し出すなら、願いを叶えよう。
 今までの善行の対価として、願いを叶えよう。


 この違いが、わかるだろうか。
 人間は、【悪魔】にも【天使】にも、何かを捧げているのだ。
 それが、代償としてか、報償としてかの違いだけだというのに。


 シェロンの言葉を、全て理解したのだろうか。
 王太子は一つ、深く頷く。

「最後に、ひとつだけ聞かせてほしい。 君は、【代償】として、そこに留まっているのだろうか?」

 核心に触れた問いだ、と思った。
 答えたのが、シェロンだったのか、ベリアルだったのか、そのいずれでもあったのかは、もう、わからない。


「神などあてにできないから」


 だから、シェロンは、光の加護を、自らの意思で放棄したのだ。
 いざというときに、救ってくれない加護であれば、いらない、と。
 そして彼は、悪魔の手を取った。


「神があの子を護らないというなら、他にあの子を護る存在が必要だろう。 それが例え、【悪魔】と呼ばれる存在でも、構わないと思った。 それだけのこと」


 じっと、シェロンの唇から語られる言葉に耳を傾けていた王太子は、目を伏せて、もう一度、頷く。
「…なるほど、万人が【悪魔】と呼ぶ存在であっても、シェロンにとっては【神】に等しかったということか」


 王太子は、そのまま手を伸ばして、すっかり冷めてしまったティーカップを手に取り、優雅に口に運ぶ。
 そして、全く異なる問いを投げてきた。

「それよりも、君がシェイラにかけている目くらまし、あんなもの、無意味では?」
 シェロンは、王太子の指摘に、ぎくりとする。

 周囲の人間を怖がるシェイラを落ち着かせるために、シェロンは「シェイラに好意を持つ人間以外には、シェイラの容姿がわからない魔法だからね」と言ったが、そんなに都合の良い魔法はない。
 少なくとも、現代の魔法学でも魔術学でも完成されていない。

 シェロンがシェイラにかけた目くらましは、ごく単純なもので、シェイラの纏うあのきらきらとした空気を押さえるというかオブラートに包む程度のものである。
 簡単に言えば、シェイラが【きらきらしたすごい美人】から【地味だけどよく見るとすごい美人】になる、程度のものだ。
 シェイラを注意してよく見ている人間にはわかるが、それ以外の人間にはわからない、という意味で【好意を持つ人間以外には】と言ったのだが…。
 シェイラはそれを完全に信じている。
 おかげで、外出もできるようになったし、周囲を過度に恐れることもなくなった。


 けれど、いつシェロンの嘘も方便がシェイラにばれるのではないかと、シェロンははらはらとしている。
 お兄様の嘘つき、大っ嫌い、と言われたら、軽く一週間は寝込める自信がある。


 シェロンは特に何を口に出したわけでもないのに、じっとシェロンの様子を観察していたらしい王太子が、訳知り顔で頷く。
「…うん、わかった。 シェイラには黙っていてあげるよ。 だから、君も、オリヴィエとシェイラのこと、認めてあげるといい」
「なっ…」
 何をわかって、何をしろというのか、この王太子は!
 開いた口が塞がらないシェロンに、王太子はすぅ…と表情を消して、神妙な様子で言い聞かせる。


「シェロン、シェイラはきっとオリヴィエのことが好きだから、そのうち、『結婚を認めてくれないお異母兄様なんて大っ嫌い』と言われてしまうよ?」
「っ…!!?」
 王太子の言葉は、二重の意味でシェロンの繊細な心を打ち砕いた。
 まずは、「お兄様なんて大っ嫌い」。
 そして、もう一つは、「シェイラはきっとオリヴィエのことが好きだから」だ。


 シェイラの何をわかってそんなことを言うのか、と反論しかけて、シェロンは気づいてしまったのだ。
 シェイラには、シェロンが、処女保護の魔法をかけていたことに。


 つまりは、シェイラは女好きで女たらしでクズでゲスのケダモノ元王子に手籠めにされたわけではなく、シェイラ自身が望んで受け容れたということ。


 もう、これは、二週間立ち直れないコース確定だ。


 落ち込んで、周囲の音など入ってこなくなったシェロンの目の前で、王太子はまだ、優雅に紅茶を楽しんでいるところだった。
「確かに、シェイラは危険なくらいの美人だよね。 だから結果的に、オリヴィエの施した【精霊の戒め】はよかったんじゃないかな。 あれは、問答無用で正当防衛が成り立つ代物だから…。 って、聞いていないね。 別に構わないけれど」


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