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目が亡くなれば盲る (下)
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シェイラは困っていることはないと言ったのに、この異母兄は信じなかったらしく、シェイラの手を握ったままでもう一歩前に詰めた。
「本当に? どこぞの馬の骨に言い寄られたりしていないだろうね?」
「…お異母兄様のおかげで、そういう心配もなく助かっています」
「ああ、シェイラ。 僕の女神…」
お異母兄様のおかげ、をさりげなく強調すれば、異母兄のシェイラと同じ色の瞳がうるっと潤む。
正直、一日に一度はシェロンのことをうざったい鬱陶しいと思うけれど、シェイラにとってシェロンは恩人だから、その想いは顔に出さないようにする。
「相手があの、人間にあるまじき化物王子でなければ、僕が太刀打ちできない相手はいないから、安心するんだよ。 化物王子だって、相打ちを狙えばどうにか…」
シェロンの言う化物王子、とはこのオキデンシアの王太子殿下であるクレイディオ様のことだ。
クレイディオ王太子殿下が並外れた魔力をお持ちで複数の精霊の加護を受けているという話はシェイラでも知っているが、化物王子ということはないだろう。
だが、それよりもまず、言っておかねばならないことがある。
「お異母兄様、殿下は新婚で妃殿下とそれはそれは仲睦まじくいらっしゃるので、軽々しく口になさらないで。 首が飛びます」
クレイディオ王太子殿下は、つい一年ほど前に彼の方が【雲英雪の妖精】と呼んで憚らない女性を妃殿下に迎えたところだ。
王太子殿下は妃殿下を溺愛していらっしゃるし、他の者など王太子殿下の視界の隅にも入る余地はない。
溺愛する【雲英雪の妖精】に愛情を疑われる原因となったとあっては、兄妹共々、リアルな意味で首が胴体から離れて飛びかねない。
「シェイラが僕の心配をしてくれている…」
なぜかここでシェロンは感動に打ち震えているが、シェイラはこのあと用事があるのだ。
シェロンだって、仕事があるはずなのである。
だから、シェイラはいつもの譲歩というか別れの挨拶をすることにした。
「お異母兄様、ぎゅっとして差し上げますから、わたし、お仕事に行ってもいいかしら?」
「…名残惜しいが…いいだろう」
これを恐らく待っていたのだろうシェロンは、笑みを堪えようとしながらも堪えられずに諸手を広げている。
だから、シェイラは一度シェロンをぎゅっとしてあげることにしたのだが、ぎゅっにぎゅうう~~~で返された。
「お異母兄様、苦しいです」
シェイラは頃合いを見計らって、苦しくないのに、苦しいと訴えながらシェロンの背中を軽く叩く。
そうすれば、シェロンが離れてくれる。 これもいつものこと。
「ああ、済まないね。 お前はいつまでも子どものままではないというのに…。 僕にとってはいつまでも可愛い可愛い妹に変わりないんだ」
さて、これでようやく用事に向かえる、と思ったシェイラの耳に、シェロンの声が届いた。
「それで、シェイラ。 最近はあまり王妃様の近くで見かけないのだが、どこで仕事をしているのかな?」
シェロンの言葉に、シェイラは微笑んだままで固まる。
シェイラが最近、王妃様の傍にいない、なんて、どうしてそんなことをシェロンが知っているのだろう。
喉から言葉が出かかったが、シェイラは気力でその言葉を飲み込んだ。
聞いたら何か怖いことが返ってきそうな気がしたからだ。
「王妃様の身の回りのことをした後は、宮廷魔道師様のお手伝いをしています」
これは、王妃様も認めてくださっていることなので、シェイラが後ろめたいようなことは何もない。
だが、ここで、シェロンのシェイラと同じ色の瞳が、ギラリと底光りした。
「まさか、男ではないだろうね?」
シェロンはシェイラに近づく男は皆【馬の骨】だと言って排除の対象とみなしている。
シェイラもそれで構わないが、まずシェロンには、シェイラが【女性もしくは子どものお世話しかしない】という契約で雇っていただいていることを思い出してほしい。
図々しくも、その条件を提示したのだってシェロン当人だというのに。
シェイラは、シェロンの懸念を微笑みで否定した。
「すごく、素敵な女性です」
そう、これは、嘘ではない。
「本当に? どこぞの馬の骨に言い寄られたりしていないだろうね?」
「…お異母兄様のおかげで、そういう心配もなく助かっています」
「ああ、シェイラ。 僕の女神…」
お異母兄様のおかげ、をさりげなく強調すれば、異母兄のシェイラと同じ色の瞳がうるっと潤む。
正直、一日に一度はシェロンのことをうざったい鬱陶しいと思うけれど、シェイラにとってシェロンは恩人だから、その想いは顔に出さないようにする。
「相手があの、人間にあるまじき化物王子でなければ、僕が太刀打ちできない相手はいないから、安心するんだよ。 化物王子だって、相打ちを狙えばどうにか…」
シェロンの言う化物王子、とはこのオキデンシアの王太子殿下であるクレイディオ様のことだ。
クレイディオ王太子殿下が並外れた魔力をお持ちで複数の精霊の加護を受けているという話はシェイラでも知っているが、化物王子ということはないだろう。
だが、それよりもまず、言っておかねばならないことがある。
「お異母兄様、殿下は新婚で妃殿下とそれはそれは仲睦まじくいらっしゃるので、軽々しく口になさらないで。 首が飛びます」
クレイディオ王太子殿下は、つい一年ほど前に彼の方が【雲英雪の妖精】と呼んで憚らない女性を妃殿下に迎えたところだ。
王太子殿下は妃殿下を溺愛していらっしゃるし、他の者など王太子殿下の視界の隅にも入る余地はない。
溺愛する【雲英雪の妖精】に愛情を疑われる原因となったとあっては、兄妹共々、リアルな意味で首が胴体から離れて飛びかねない。
「シェイラが僕の心配をしてくれている…」
なぜかここでシェロンは感動に打ち震えているが、シェイラはこのあと用事があるのだ。
シェロンだって、仕事があるはずなのである。
だから、シェイラはいつもの譲歩というか別れの挨拶をすることにした。
「お異母兄様、ぎゅっとして差し上げますから、わたし、お仕事に行ってもいいかしら?」
「…名残惜しいが…いいだろう」
これを恐らく待っていたのだろうシェロンは、笑みを堪えようとしながらも堪えられずに諸手を広げている。
だから、シェイラは一度シェロンをぎゅっとしてあげることにしたのだが、ぎゅっにぎゅうう~~~で返された。
「お異母兄様、苦しいです」
シェイラは頃合いを見計らって、苦しくないのに、苦しいと訴えながらシェロンの背中を軽く叩く。
そうすれば、シェロンが離れてくれる。 これもいつものこと。
「ああ、済まないね。 お前はいつまでも子どものままではないというのに…。 僕にとってはいつまでも可愛い可愛い妹に変わりないんだ」
さて、これでようやく用事に向かえる、と思ったシェイラの耳に、シェロンの声が届いた。
「それで、シェイラ。 最近はあまり王妃様の近くで見かけないのだが、どこで仕事をしているのかな?」
シェロンの言葉に、シェイラは微笑んだままで固まる。
シェイラが最近、王妃様の傍にいない、なんて、どうしてそんなことをシェロンが知っているのだろう。
喉から言葉が出かかったが、シェイラは気力でその言葉を飲み込んだ。
聞いたら何か怖いことが返ってきそうな気がしたからだ。
「王妃様の身の回りのことをした後は、宮廷魔道師様のお手伝いをしています」
これは、王妃様も認めてくださっていることなので、シェイラが後ろめたいようなことは何もない。
だが、ここで、シェロンのシェイラと同じ色の瞳が、ギラリと底光りした。
「まさか、男ではないだろうね?」
シェロンはシェイラに近づく男は皆【馬の骨】だと言って排除の対象とみなしている。
シェイラもそれで構わないが、まずシェロンには、シェイラが【女性もしくは子どものお世話しかしない】という契約で雇っていただいていることを思い出してほしい。
図々しくも、その条件を提示したのだってシェロン当人だというのに。
シェイラは、シェロンの懸念を微笑みで否定した。
「すごく、素敵な女性です」
そう、これは、嘘ではない。
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