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【レイナール夫人の秘密】
4.シャルデル伯爵の解答
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穏やかに笑んだままのカイトは、視線をディアヴェルへと流した。
「ディアヴェル、私の可愛いリーシュを、頼んでもいいだろうか?」
そのあまりにあっさりとした態度に、ディアヴェルは違和感を抱いたのだろう。
「カイト殿、それは俺の望むところですが、一つだけお聞かせ願いたい」
リシアは、二人の男の同じ色の瞳が、交錯するのを見た。
一拍分の、空白を置いて、ディアヴェルが問う。
「貴方にとって、リシアは【何】なのですか?」
ディアヴェルは、カイトの態度を【妻と離縁する夫】のものとしては不自然だ、と言っているようだった。
ディアヴェルは、鋭い。
リシアは、ディアヴェルは何もかも知っているのだろうか、と思いながらディアヴェルを見ていたのだが、その形の良い唇が、意外な言葉を紡いだ。
「先日、フレンティアの、クーヴレール辺境伯夫妻にお会いしました」
どうして、ここで、その名前を出すのか、とリシアは思ったのだが、すぐに考えを改める。
組んだ脚の上で、ゆったりと組まれていたカイトの指先が、ピクリ、とわずかに反応したからだ。
そこに見たのは、動揺。
リシアは全て知っていると思っていたのに、まだ、リシアの知らないことがあったというのか。
ディアヴェルは、真っ直ぐにカイトを見つめたままで、手の内を明かす。
「御夫妻の、リシアを見たときの態度が気になったので、カマをかけました。 『まるで、娘に会った父母のようですね』と」
すらすらと淀みなく紡がれた言葉は、さらさらと流れる。
だから、【娘】が自分のことで、【父母】がクーヴレール辺境伯夫妻だと理解するのに、数拍を要した。
「え…?」
リシアが声を洩らすと、ディアヴェルは一度リシアを見た。
ディアヴェルの顔に、微笑が浮かぶ。
案じるような、励ますような、不思議な微笑だった。
けれど、すぐにその表情を消して、彼はカイトに向き直る。 リシアの知る【ディアヴェル】ではなく、豪商貴族の異名を取る【シャルデル伯爵家当主】の顔だった。
「案外、あっさりと教えてくれましたよ。 リシアは、末娘のリュシーヌにそっくりだ、と」
リュシーヌ。
初めて聞く名前だった。
けれど、リシアはその名前に親しみを覚える。 自分の名前と音が似ているからだろうか。
考えるリシアの耳に、深い煩悶を帯びた声が届く。
「…そっくりなわけがあるか…」
はぁぁ、と深い溜息と共に吐き出したのは、カイトだ。
リシアは、不思議な想いでカイトを見る。
カイトは、先ほどまでの余裕に溢れて泰然とした風情はどこにいったのか、脚を拡げて座り、その上に腕を載せて前傾姿勢になっている。
「私のリーシュの方が美人だし、聞きわけもいい。 リュシーは甘やかされて育ったお嬢様で、本当に手に負えなかったんだが…」
一度言葉を切ったカイトの顔には、懐かしむような微笑が浮かんでいた。
「そこが、可愛くもあった」
カイトの口にした言葉が、リシアの胸に落ちて響く。 振動する。
リシアは確信した。
そして、ディアヴェルも同じように、何かを確信したらしかった。
「…貴方は、リシアの父親ですね?」
「ディアヴェル、私の可愛いリーシュを、頼んでもいいだろうか?」
そのあまりにあっさりとした態度に、ディアヴェルは違和感を抱いたのだろう。
「カイト殿、それは俺の望むところですが、一つだけお聞かせ願いたい」
リシアは、二人の男の同じ色の瞳が、交錯するのを見た。
一拍分の、空白を置いて、ディアヴェルが問う。
「貴方にとって、リシアは【何】なのですか?」
ディアヴェルは、カイトの態度を【妻と離縁する夫】のものとしては不自然だ、と言っているようだった。
ディアヴェルは、鋭い。
リシアは、ディアヴェルは何もかも知っているのだろうか、と思いながらディアヴェルを見ていたのだが、その形の良い唇が、意外な言葉を紡いだ。
「先日、フレンティアの、クーヴレール辺境伯夫妻にお会いしました」
どうして、ここで、その名前を出すのか、とリシアは思ったのだが、すぐに考えを改める。
組んだ脚の上で、ゆったりと組まれていたカイトの指先が、ピクリ、とわずかに反応したからだ。
そこに見たのは、動揺。
リシアは全て知っていると思っていたのに、まだ、リシアの知らないことがあったというのか。
ディアヴェルは、真っ直ぐにカイトを見つめたままで、手の内を明かす。
「御夫妻の、リシアを見たときの態度が気になったので、カマをかけました。 『まるで、娘に会った父母のようですね』と」
すらすらと淀みなく紡がれた言葉は、さらさらと流れる。
だから、【娘】が自分のことで、【父母】がクーヴレール辺境伯夫妻だと理解するのに、数拍を要した。
「え…?」
リシアが声を洩らすと、ディアヴェルは一度リシアを見た。
ディアヴェルの顔に、微笑が浮かぶ。
案じるような、励ますような、不思議な微笑だった。
けれど、すぐにその表情を消して、彼はカイトに向き直る。 リシアの知る【ディアヴェル】ではなく、豪商貴族の異名を取る【シャルデル伯爵家当主】の顔だった。
「案外、あっさりと教えてくれましたよ。 リシアは、末娘のリュシーヌにそっくりだ、と」
リュシーヌ。
初めて聞く名前だった。
けれど、リシアはその名前に親しみを覚える。 自分の名前と音が似ているからだろうか。
考えるリシアの耳に、深い煩悶を帯びた声が届く。
「…そっくりなわけがあるか…」
はぁぁ、と深い溜息と共に吐き出したのは、カイトだ。
リシアは、不思議な想いでカイトを見る。
カイトは、先ほどまでの余裕に溢れて泰然とした風情はどこにいったのか、脚を拡げて座り、その上に腕を載せて前傾姿勢になっている。
「私のリーシュの方が美人だし、聞きわけもいい。 リュシーは甘やかされて育ったお嬢様で、本当に手に負えなかったんだが…」
一度言葉を切ったカイトの顔には、懐かしむような微笑が浮かんでいた。
「そこが、可愛くもあった」
カイトの口にした言葉が、リシアの胸に落ちて響く。 振動する。
リシアは確信した。
そして、ディアヴェルも同じように、何かを確信したらしかった。
「…貴方は、リシアの父親ですね?」
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