46 / 55
【レイナール夫人の秘密】
3.レイナール夫人の安堵
しおりを挟む
呆然とした呟きが耳に届き、リシアの心臓が、痛いくらいに跳ねて、ドッドッとその音のままで駆け出す。
見なくとも、声の主はわかる。
そして、リシアは後ろめたさと罪悪感から、その声の主を見ることが出来なかった。
リシアが顔を上げられずにいると、ディアヴェルがそっと動いて扉の方に顔を向ける。
「ああ、お帰りになったのですね、カイト殿」
ディアヴェルの紡ぐ穏やかな声音に、どうしてそんなに落ち着いていられるのか、とリシアは身を震わせる。
「ああ、ただいま」
同じくらいに穏やかな声音がカイトから返ってくるが、リシアは居たたまれなさに視線を下げたままでいる。
そんなリシアの手にディアヴェルの手が重なる。
ちら、とディアヴェルの菫青石の瞳がリシアを見た。
ディアヴェルがリシアを安心させようとするかのように笑むと、リシアの心臓は穏やかに動き始める。
そのように機能する自分の身体に、リシアは軽い驚きを覚える。
どうやら自分は、自分で思っていたよりも遥かに、ディアヴェルに自身を委ねているらしい。 このひとがいれば大丈夫、と思えるくらいには。
カイトはリシアとディアヴェルの座るソファの向かいにあるソファに腰掛けた。
カイトの視線が一瞬、重なり合ったリシアとディアヴェルの手に向いたのがわかる。
けれど、ディアヴェルはリシアの手から手を離そうとはしなかったし、リシアも抵抗をしなかった。
カイトは、ふっと息をついて微苦笑する。
「リーシュは、貴殿の邸の者からも、夫人に望まれているようだね。 わざわざ、こんなところに通すのだから、人の悪い執事だ。 やはり、現場を見るのは気まずいものだね」
軽く肩を竦めたカイトが、ディアヴェルと同じ色の瞳をサイフォンに流す。
だが、サイフォンは、その整った顔に浮かべる表情をいささかも変えない。 鉄面皮とはこのことか、と思う。
「お褒めに預かり光栄です。 リシア様にシャルデル伯爵夫人になっていただくには、一番の効率的な方法と判断致しましたので」
どうやら、空気を読んだからこその乱入だったらしい。 始末に負えない。
「ディアヴェルも落ち着いているね。 主従で申し合わせでもしていたのか」
まさか、とリシアが傍らのディアヴェルを見れば、ディアヴェルは少しだけ申し訳なさそうに笑んだ。
ということは、カイトの言葉が、正解ということだろう。
怒りが、生まれればよかったのに。
リシアはそれを、嬉しく思ってしまった。
場合によっては、カイトに決闘を申し込まれる場合だってあるのに。
そこまでして、自分を欲してくれているのかと。
そんな自分をリシアが気まずく思いながらもカイトを見ると、カイトは慈愛に満ちた笑みをリシアに向けてくれる。
リシアが口を開く前に、カイトの目はディアヴェルに向けられ、揶揄するように笑った。
けれど、それが少しも嫌な感じではないのだから、不思議なものだ。
「まぁ、貴殿が狙った獲物を逃すはずがないとは思っていたけれどね」
独白のような音が落ちると、室内は静まる。
その無音の空間がまた居たたまれなくて、リシアが何か言わねばと思っていると、カイトの瞳が、リシアに向く。
カイトの顔には、清々しくも愛情に溢れた、優しい微笑が浮かんでいた。
「…リーシュ、今日付けで離婚しようか」
その言葉に、安堵する自分を、リシアは見つける。
ああ、これでやっと、このひとを解放してあげられる。
見なくとも、声の主はわかる。
そして、リシアは後ろめたさと罪悪感から、その声の主を見ることが出来なかった。
リシアが顔を上げられずにいると、ディアヴェルがそっと動いて扉の方に顔を向ける。
「ああ、お帰りになったのですね、カイト殿」
ディアヴェルの紡ぐ穏やかな声音に、どうしてそんなに落ち着いていられるのか、とリシアは身を震わせる。
「ああ、ただいま」
同じくらいに穏やかな声音がカイトから返ってくるが、リシアは居たたまれなさに視線を下げたままでいる。
そんなリシアの手にディアヴェルの手が重なる。
ちら、とディアヴェルの菫青石の瞳がリシアを見た。
ディアヴェルがリシアを安心させようとするかのように笑むと、リシアの心臓は穏やかに動き始める。
そのように機能する自分の身体に、リシアは軽い驚きを覚える。
どうやら自分は、自分で思っていたよりも遥かに、ディアヴェルに自身を委ねているらしい。 このひとがいれば大丈夫、と思えるくらいには。
カイトはリシアとディアヴェルの座るソファの向かいにあるソファに腰掛けた。
カイトの視線が一瞬、重なり合ったリシアとディアヴェルの手に向いたのがわかる。
けれど、ディアヴェルはリシアの手から手を離そうとはしなかったし、リシアも抵抗をしなかった。
カイトは、ふっと息をついて微苦笑する。
「リーシュは、貴殿の邸の者からも、夫人に望まれているようだね。 わざわざ、こんなところに通すのだから、人の悪い執事だ。 やはり、現場を見るのは気まずいものだね」
軽く肩を竦めたカイトが、ディアヴェルと同じ色の瞳をサイフォンに流す。
だが、サイフォンは、その整った顔に浮かべる表情をいささかも変えない。 鉄面皮とはこのことか、と思う。
「お褒めに預かり光栄です。 リシア様にシャルデル伯爵夫人になっていただくには、一番の効率的な方法と判断致しましたので」
どうやら、空気を読んだからこその乱入だったらしい。 始末に負えない。
「ディアヴェルも落ち着いているね。 主従で申し合わせでもしていたのか」
まさか、とリシアが傍らのディアヴェルを見れば、ディアヴェルは少しだけ申し訳なさそうに笑んだ。
ということは、カイトの言葉が、正解ということだろう。
怒りが、生まれればよかったのに。
リシアはそれを、嬉しく思ってしまった。
場合によっては、カイトに決闘を申し込まれる場合だってあるのに。
そこまでして、自分を欲してくれているのかと。
そんな自分をリシアが気まずく思いながらもカイトを見ると、カイトは慈愛に満ちた笑みをリシアに向けてくれる。
リシアが口を開く前に、カイトの目はディアヴェルに向けられ、揶揄するように笑った。
けれど、それが少しも嫌な感じではないのだから、不思議なものだ。
「まぁ、貴殿が狙った獲物を逃すはずがないとは思っていたけれどね」
独白のような音が落ちると、室内は静まる。
その無音の空間がまた居たたまれなくて、リシアが何か言わねばと思っていると、カイトの瞳が、リシアに向く。
カイトの顔には、清々しくも愛情に溢れた、優しい微笑が浮かんでいた。
「…リーシュ、今日付けで離婚しようか」
その言葉に、安堵する自分を、リシアは見つける。
ああ、これでやっと、このひとを解放してあげられる。
1
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる